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2015年・今年もお世話になりました!

2015年も、大晦日を迎えた。
ご近所の家でも、門松を新しく備えて、見ていてとてもすがすがしい。
気持ちのひきしまる思いがする。

年末ジャンボ宝くじの抽選発表が、テレビ中継を通して行われた。
私も、数枚のくじ券を握りしめて、じっと見守った。
「幸運の女神」という、美しい女性がいた!
高市早苗総務相も、「幸運の女神」となって、登場して、お言葉を述べられていた。
そして、「幸運の矢」を、発射してくださった。

この、高市氏の放った矢のおかげで、一番はずしてしまって、私の夢は、はかなくも消えてしまった。
本当に残念であった…。

でも、いいお正月を迎えられそうだ。
総務大臣が幸運の矢を射るわけだから、内閣としては、宝くじにもろ手を挙げて賛成なのだと思ってまちがいないだろう。

いい夢を見たついでに、午前中のうちに茹でた年越しそばを、お昼ごはんにいただいた。
何事も、早め早めに先手を打つのが、勝つための盲点ではないか。
いや、ポイントではないだろうか。
やはり、政府としては、遅め、遅めに、すべてを地道に行うのが、教育勅語のしきたりであるようである。

ところで、今夜であるが、なんと、カウントダウンのニューイヤーデー、ということである。
私たちは、クリスマス前後を乗り切った。
しかしまだ、テロの脅威は、続いている。
今夜は、日本でもカウントダウンコンサートや、各地でカウントダウンのお祭りがある。
世界的にも、たとえば、アメリカ、ニューヨークのタイムズスクエアでの、カウントダウンは、とても有名である。

こうしたことで、テロが、本当に狙いを定めているのは、今夜から明日にかけて、なのかもしれない。

日本でも、カウントダウンコンサートや、初詣に出かける人はたくさんいる。
この初詣は、年が明けて元旦になってから、朝から出かけるのでなくて、お寺や神社に、除夜の鐘を聞くところから、深夜に行くことが、多いようなのである。
「行く年くる年」でも、放送されている。

そういうわけで、今夜は、できるだけ行動を慎んで、テロの脅威に備えたほうがよい、と私は思う。

安心・安全な自宅で、家族や友人と一緒に、NHK紅白歌合戦を観よう。
私は、毎年楽しみにしているので、紅白を見る予定である。
紅白では、紅白アプリというのがあって、ダウンロードすれば、紅組でも白組でも、いいと思ったほうに投票することもできる。
曲順もわ…

教育勅語を垂れるべき資格はあるのか。

年末も、とうとう30日となった。
明日は大晦日である。
もう、きょうからあれこれ忙しい。
おせちの仕込みに入らなければならないし、大掃除はまさに大詰めである。
年賀状はきれいに印刷して出し終えた。
年末の買い物もほぼ済ませて、あとは楽しい寝正月を待つだけである。

それにしても、政治の世界というのは、今、話題の「ブラック企業」であるらしい。
官庁では、御用納めをするその日も、翌日も、まだまだ上役が仕事をしているのだから、部下は休めない。
日本人は、エコノミックアニマルだとか、働きバチだとか言われるけれど、まずは政治家自ら、「ライフワークバランス」の姿勢を示してほしいものが、ブラックなありさまである。
そのうえ、力になってくれたブロガーには、給料はあげないで働かせるのだから、日本の政治家の「ブラックぶり」はたいしたものである。
まず、生まれ持った才能がない。
だから、努力で補うしかないのだろう、と思う。
日本の政治家は、上から下まで、本当に「努力家」である。

こうした、誠意も真心もない、付け届けの腐敗で歪んだ政治家が、真摯で真面目な一国民に、何をか訓示を垂れたいらしい。
なぜ今ごろ、そんなことを言い出すのか、首を傾げてしまう。
教えてあげたいのは、こちらのほうである。

だいたい、今の総理大臣の権力というのは、あらゆる問題に関して「知恵」があったから、求心力を持てたのではないか。
その知恵、というのは、一国民、それも若い女性から、こっそり得たものなのである。
実際には、総理大臣の頭のなかは、それほど重量はなさそうだ。

だいたいにおいて、出てくる時期が遅かったではないか。
三党合意による、税・社会保障一体改革、つまり、消費税の増税は、民主党の野田総理大臣と、朝日新聞とで、行って成果を挙げたのである。
安倍総理大臣が、第一次安倍内閣を崩壊させるしかなかった、仇敵の小沢一郎氏を、追放したのは、私のブログと、朝日新聞とメディアの皆さまが、友情で結びついて、チームワークで行ったからである。

自分の力では、小沢一郎に負けっぱなしだったものが、今ごろ出てきて、私たちに何をか訓示を垂れる立場になろうとは、おこがましいものである。
消費税の増税も、経済政策はまずは、民主党と、朝日新聞と、読売新聞も社説でたくさん応援したし、「増税は少子高齢化の対策で、有意義なこと」と書いたからである。
そ…

きょう、日韓外相会談。

きょうは、師走も28日となった。
官庁は御用納めの日である。
大掃除などをして、あとは忘年会であろうか。
明日からは本格的に、Uターンラッシュとなる。

こんなに暮も押し迫ったときに、外交は年末の最後の最後まで、とても忙しそうだ。
28日のきょう、岸田外相が訪韓して、日韓外相会談を行う予定だ、という。
慰安婦問題の妥結をはかっているらしい。

ところで、私もあらためて、友達や先輩に尋ねてみたのだが、慰安婦問題というのは、結局のところ、事実だったのか?

誰にどう尋ねてみても、答は明白で、今、日本政府がしようとしていることは、友好的な外交問題ではなくて、歴史をねじ曲げようとしている、ということらしい。
未来志向で考える、という意味はよいことだと思うが、韓国の人々の気持ちを考えると、これは、非情な国家的策略で、TPPやこれから起こるであろう戦争に関して、韓国を脅した、取引だと思う。
韓国は、中国や北朝鮮に挟まれたが、経済のこともあって、アメリカ組に着くことにしたようだ。

それにしても、安倍総理の「おわびの手紙」というのは、なんなんだろう?
心から謝罪するつもりは毛頭なくて、ただ、この場を丸く収め、あとあと利益を収めるための、演技で行う「おわび」というわけだ。
思い起こしてみれば、8月の広島、長崎での「おわび」も、そのあとの談話も、あとあとの利益、権益を思えば、簡単に頭を下げることができた、というわけなのだ。
どこからどこまでが嘘なのか、まったくわかりかねる。

ここ数年の安倍政権で、どの団体も、どの個人も、政権から「飴」と「鞭」の両方をもらったのではないか、と思う。
そう思うのは、私自身がその「個人」であるからだ。

テレビの報道番組では、有能なキャスターが、降板を明らかにした。
言論の封じ込めも甚だしい。
このテレビ局もきっと、「鞭」をくらったのだろうが、同時に、「飴」もたくさんもらっていたのだろう、と思うと、なんだか人間って、こんなものなのか、と思ってしまう。

だけど一番情けないのは、安倍政権である。
支配力はとても強めているが、その内容は、飴と鞭による拘束であり、「志を共にして集まった」とか、「尊敬の気持ちで集まった」というわけではないのだ。
何よりも確かなのは、安倍政治の内容を理解して支持しているわけではない、ということである。
「仕方がないから言うことを聞いている」の…

浅田真央さん・蝶々夫人。全日本選手権・2015

全日本選手権も、昨夜は男子のフリースケーティングが行われて、盛り上がっている。
地元、北海道では、こうして札幌に世界レベルの選手たちが集まることを、とても楽しみにしていて、たくさんの観客が、暖かい拍手で、迎えている。
日本ハムファイターズも、こうして、北海道の温かいファンに恵まれて、強くなった。
昨日の、羽生結弦選手の成績は、とても素晴らしかった。
スポーツをしていれば、そして仕事をしていれば、調子のいいときもあれば、そうでもないときもある。
「そうでもないとき」に現れてくるのが、実力というもので、このときに出てくるのが、練習の成果、というものなのだ、と思う。

私もこうして書く仕事をしていて、けっこう「易しい」文章をすらすらと書くものだから、あまり練習も訓練もしていないのだろう、と思われがちなのだが、実は、文章鍛錬というのは、欠かさずにしているものである。
それを、そうと見せないところが、やはり一流と呼ばれるための大切なことなのではないか、と自分で自分に言い聞かせている。

きょうは、女子のフリースケーティングがある。
宮原知子さんも、新しく登場してきて、女子の難易度はとても高くなっている。
そうしたところで、浅田さんがどのように、次の試練を乗り越えるのか、みんなが見ている。
私自身が、仕事に関しても、技術や練習に関しても、また女性としても、学ぶ気持ちで、一生懸命見つめている。

浅田選手は、ジュニア時代から、日本の女子フィギュアスケートの世界を、ひっぱってきた。
「憧れ」でもって、ひっぱってきたのである。
そして、新しいまだ幼いジュニアたちが、浅田選手の背中を慕って、たくさん、氷の上に舞い降りてきている。

浅田選手は、デビューのころは、「妹キャラ」で、かわいらしく元気に演じればよかった。
スケートを楽しめればよかった。
でも、大人になって、25歳になって、追われる立場になった。
その状況で、やはり先頭に立っているのだから、常に挑戦、挑戦である。
また、後輩の指導・育成に携わる立場になって、「お姉さんキャラ」も、身につけなければならないのだろう。
そういったところを、今まさに乗り越えようとしている。

私は、そういう生き方を、本当に尊敬している。

ところで、「和」の表現なのだけれども、私もずいぶんと考えたけれども、世界というレベルで、「和」を、特に女性の「和」を表現する…

総理のご病気。

総理大臣は、どうもノイローゼらしい。
知っている人から聞いた話だが、ある日本人は、自宅のごはんの残りがあると、「アフリカの難民の皆様が困っているのに」と思って、傷んでいても捨てられないのだそうである。
それどころか、遠く何万キロも離れたところにいる飢餓難民のことを思うと涙が出て、食事ものどを通らないのだそうである。
テレビの報道を聴いて、まるで自分のことのように思い、外国と我が家との境目がわからなくなってしまう状態を、ノイローゼ、という。

しかし、確かにこの論法は正しい。
この「正しさ」で、総理大臣は、戦争を正当化して、たくさんの議員たちを論戦に巻き込み、打ち負かしてきたのだろうと思う。
しかし、難民だけじゃなく、「私」も、幸せになる権利があるのである。

貧困の子どもたちが出るのは、ひとえに政治家の責任である。
これを、なんともできないで、政治家づらをして「なごみスパ」に通っているのは、怠け政治家としか言いようがない。
誰がどんなふうに論戦をかましても、難民のために、今日の幸せを我慢する必要はないのである。



夢を買う~宝くじの楽しみ方。

今年も年末となった。
年末恒例の行事を、このブログでいくつか紹介しているけれども、大晦日の楽しみといえば、紅白歌合戦と、「年末ジャンボ宝くじ」の抽選発表である。
宝くじの思い出といえば、たくさんの人々に、その人の数だけ、きっとあるだろう、と思う。
私が思い出すのは、以前、ラジオ番組で聞いた、「宝くじ川柳」である。
「宝くじ はずれて今日から 仕事始め」 
嗚呼!

また、こんな思い出もある。
実は私、一家でひとりの「当たる人」で、300円の一枚買って、3000円当たったことがある。
この3000円で、万年筆を買った。
その後、書くことはますます、楽しくなった。

今年の年末ジャンボは、なんと10億円当たるのであるが、私は、まだ3億円というころから、夢を買うこの宝くじを、楽しみ尽くしている。

一番楽しいのは、使い道を考えることだ。
「3億円当たったら、どんなふうに使おう!」という計画を綿密に立てるのである。
これは、漠然としているよりも、できるだけ具体的なほうが面白い。
ただし、抽せん日当日までしか楽しめないので、買って神棚にあげたら、そのときから、ネットを駆使して情報収集を始めたいものである。

たとえばこんなふうである。

「欲しかったCD、全部買う!」
CDアルバム一枚の値段が3000円として、リストアップしてみたが、私のほしいのは100枚くらいである。
そうすると、CDだけで、300万円である。
すごい!
まだまだ使える。

次に、欲しかった本、全部買う!
けっこう高い専門書も欲しかったので、一冊5000円として、これをやはり100冊である。
そうすると、500万円也。

次に、マンションを買うことにする。
駅前の新築で、2000万円。

それから、車を買う。
レクサス 400万円。

う~ん。
足りない。
足りないのは、私の買い物の額なのである。
とても一億円使えないのである。

それで、翌日また考えて考えて、お友達にも相談して、「社会人留学っていいわよ」という話を聞く。
書店で、留学情報誌を見て計算する。
留学の学費、一年で500万円。
オーストラリアあたりがいい、滞在費 500万円。
これで合計4200万円。

やっぱり、3億円どころか、1億円も使えない!

そのあたりで、ようやく気付くのである。
3億円というお金は、おうちに持ってきて積んでおくことは不可能だ、ということで…

フィギュアスケート・全日本選手権始まる!

今夜から、フィギュアスケートの全日本選手権が始まる。
まずは、ジュニア、そしてペア、そして、男子ショートプログラムである。
羽生結弦選手は、スペインでのグランプリファイナルで、男らしい快挙をなしとげた。
本当に拍手喝采である。
あの、伝説となった完売御礼の「anan」は、もちろん私も手に入れた!
これからの羽生選手の挑戦は、王者の地位を堅持し続けることにあるだろう、と思う。
スポーツの世界は記録、記録ということで厳しいが、300点代を、コンスタントに出せるか、というあたりが、これからの目標になってくるのではないだろうか。
そうして、王者を維持し続けたところに、ステイタスがある。
これからは、ステイタスを築く時期ともいえるかもしれない。

また、こうしたトップクラスの選手が、素晴らしい演技をすることで、次々に新しい、若い選手が、出てくる。
きっと、テレビの前の小さな子どもたちだって、スケート靴を、サンタさんにお願いしたに決まっている!

また、女子のフィギュアスケートの熱も、もっともっとヒートアップしているところである。
今回の全日本選手権が行われる、札幌の真駒内アイスアリーナは、1972年(昭和47年)に、札幌オリンピックで使われたリンクである。
ここでは、最高にキュートな、ジャネット・リン選手が、演技を披露した。
その笑顔は、世界中に希望と喜びを広げていった。

(真駒内のスケートリンクは、日常的には、市民に開放されているので、私も友達と、スケート遊びに行ったことがある)(すべれます)

それはともかくとして、今回も、浅田真央選手には、期待が集まるところである。
日本は今、2020東京オリンピックに向けて、スポーツにはものすごく力を入れている。
オリンピックに出られるようなトップアスリートには、どうにも国から、至上命令がくだされているように思う。
「国威向上」なのだろうか。

羽生選手は、「和」のプログラムを見事に成功させた。
そして、世界トップクラスの成績を収めて「和」を世界に宣揚した。

どうにも私のカンでは、浅田選手も「蝶々夫人」で、「和」の表現を申し渡されているのではないか、と思える。

しかし、蝶々夫人は、日本人女性をモチーフにした、といっても、イタリアのオペラである。
まして、ワールドワイドでグローバルなこの時代に、まるで国粋主義、まるで民族主義の「和の宣揚」なん…

クリスマスイブに映画「ボディ・ガード」!

きょうは、クリスマスイブ!
家族で、恋人同士で、ひとりぼっちで、仕事の山と一緒に、いろいろな人がいろいろなところで、クリスマスイブを迎えるのだと思う。

私は、午前中に、ささやかながら、エビフライとフライドチキンを、一生懸命揚げた。
そしてこれから出かけて、予約した小さなクリスマスケーキを受け取りに行ってくる。
早めのクリスマスイブの準備は、13時35分からの映画を楽しみたいから、ちょっと急いでいる。

テレビ東京系、7チャンネルで、13時35分から、映画「ボディガード」が放送される。
クリスマスイブにぴったりの、ラブロマンスである。
きょうは、映画とケーキとチキンで、クリスマスを祝いたい。
もしよかったら、年末のお忙しいところ、手をとめて、一緒に映画を見ませんか?

by 朝倉聡子♪


子どもと女性の貧困について。

年末年始となった。
子どもたちにとっては、冬休みにクリスマス会、おじいちゃんおばあちゃんの元へ里帰り、お年玉、と楽しみなことがたくさんある。
「子どもは風の子」とはよく言ったもので、どんなときにも、子どもたちは元気である。
しかし、この時期、クリスマスやお年玉を、楽しみに思うことができない子どもがたくさんいる。
冬休みで、学校が休みだからといって、家で面白いことがあるわけではない。
お母さんのひとり親家庭で、そのお母さんが、仕事に行って、生活を支えているのである。
お昼ごはんを、お母さんが作ってくれるわけではない。
それどころか、冬の寒い一日を、ストーブもエアコンもなしで、過ごさなければならない子どもが、案外たくさんいる。

私は、そうした子どもたちが、どのようにして、どんな理由で、貧困になってしまうのか、いろいろ考えてみる。
子どもたちの貧困は、そのまま、その母親である女性の貧困でもある。
女性たちがなぜ、幼い子どもを抱えて、貧困になってしまうのか、いろいろな原因も理由もある。

理由をつきつめてみれば、男女間の問題であったり、性格の問題であったり、あるいは、ご両親の問題かもしれないし、教育の問題でもあるかもしれない。
また、労働環境の問題もあるかもしれない。

そうした理由や原因を、もっともっと、たくさんの人たちが、関心をもって、取り組んでほしい、と私は思う。

メディアでも、もっともっと取り上げて、たくさんの人が、関心を持ち、情報を入手し、そして、その結果としては、社会全体で、子どもたちの貧困に取り組めるようにしたいものだ。
また、産まれてきた子どもたちが、平等に教育を受け、食べるものや寝る場所に困らないように、国政で取り組んでほしい、と私は総理大臣に、お願いしたいと思う。

国の予算で、子どもたちの貧困に取り組んでほしい、と切に願っている。
また、女性の貧困に対する対策も、専門家の助力や、たくさんの人たちの専門的な意見を取り入れて、具体的に打ち立ててほしい、と心から願っている。

年末の寒いときに、子どもたちが、暖かいリビングで、クリスマスケーキとクリスマスプレゼントに囲まれて、そして、幸せそうなお母さんに抱きしめられて、笑顔ですごせるように、心から願っている。


冬至からクリスマスにかけて。

日が暮れてきました。
冬至ですね。
一年で一番、夜の時間が長くて、昼の時間が短い、そういう日です。
子どものころ、そうした説明を聞いて、不思議な気がしたものです。
太陽さんは、ちょっと気分屋さんなのかな、と思ってしまったものです。

日本やアジアでは、冬至と呼んで、ゆず湯に漬かったり、かぼちゃ料理をいただいたりします。
また、暦の作り方も、冬至を始点にしているようです。

ヨーロッパでは、キリスト教にとって、キリストの生誕の日、ということで、お祭りや儀式が行われたりします。
でも、皆さんもご存知のように、キリスト教を信じる人たちの説にもいろいろあって、実際にキリストが生誕したのは、12月ではない、という話もありますね。

これは、もともと、ヨーロッパに古くから根付いていた、太陽への信仰と関わりがあるようです。
太陽を尊敬する気持ちや風習が、キリスト教に重なって、冬至とクリスマスとニューイヤーが近いのですね。

きょうから、クリスマスまで、テロに関しては、特別な注意をしましょう。
明日は天皇誕生日で、日本ではゲリラの可能性も否定できないです。
夜も暗くなって、いろいろ心配ですから、みんなで声をかけあって、早くおうちに帰りましょう。
そして、静かにこれから年末年始を、乗り越えましょう。



今週の予定。

週明けの月曜日となった。
年末年始に向けて、ラストスパートの一週間である。
今回の年末年始の休みは、
26日が土曜日なので、27、28、29、30、31、1、2、3、と、
9連休になる。
里帰りや旅行の予定を立てている人も多いだろうか。

今年の年末年始は、いろいろな点で、
毎年とは少しちがう、ということを、考えにいれてみたい。
楽しみもある。
年賀状も楽しみだし、年末ジャンボ宝くじも、今年は1等が10億円だ、ということである。
しかし、恐れや不安もある。
テロの不安である。

特に、イスラム教とキリスト教の対立、といった点から、25日のクリスマスはもしかしたら、何かあるのかも…?と推測する人もいる。
もし、クリスマスが無事に終わったとしても、今年から来年の冬にかけて、年末年始にかけて、対テロ対策では、いろいろなことが想定される。

そういうわけで、今週は、できることはしておこう。
まず、インフルエンザの予防接種である。
これは、来年の2月まで、長い期間に有効である。
真冬にテロが起こって、逃げたり隠れたりしなければならないときに、風邪やインフルではどうしようもない。
インフルエンザの予防接種を、今週中に受けておこう。
ご近所の内科が開いているのも、きょう月曜日と、火曜日、そして、水曜日は天皇誕生日で祝日だから、木曜日、金曜日だけ、となる。
土曜日の診療はないもの、と思って、病院の9連休に備えたい。
子どもたちのことも、対応しておきたい。

そういう意味で、風邪薬や頭痛薬などの常備薬も、今のうちに、ドラッグストアで備えたい。

それから、年末年始と冬の期間にかけて、歯医者にも行っておきたい。
痛いところがなければ、歯科検診でもいいし、今痛いと思うならば、すぐに治しておこう。

反戦派は、年末年始の活動を予定しているのだろうか。
私は思う。
私もそれなりに長い期間、世界情勢に関わってきて、今の情勢もよく考えて、理解しているつもりである。
今、日本で、憲法がどうであるとか、あるいは、主義主張で、平和・反戦運動を起こしても、対テロ戦争を止めることはできない。
男性から愛されている人も、愛されなくてつらかった人も、よくよくわかっていることであるが、男性というのは、一度言い出したら、女性の言うことなど、聞かないものだ。
男性には男性の思考があり、理屈があり、世界があり、社会があり、社会…

「喜びを表現する」ということ。

きょうは、日曜日。
師走となれば、いろいろと忙しい。
貴重な日曜日である。
私はきょうは、年賀状の住所録を打ち込みをしていた。
毎年、少しずつ引っ越しなどがあって、正確に住所を打ち込むのは、
根気のいる作業であるが、
お正月を思うと、それも師走の日曜日ならではの楽しみである。

昨日、土曜日には、「ミュージックフェア」を見た。
たくさんの、素敵な歌があった。
私の大好きな松田聖子さんの歌もあった。
「生きてるって素晴らしい」!
松田聖子さんにしか表現できないフレーズである。

人生には、山があって谷がある。
人にはいろいろな感情があって、喜怒哀楽がある。
表現者というのは、喜怒哀楽のすべての感情を、
表現できる技術力がなければならない。
それがすべてできないと、優秀な表現者とはとても言えない。

松田聖子さんは、特に「喜び」「楽しさ」を表現する力がある。
作詞家の松本隆さんも、松田さんのことを、「天才」と高く評価している。
作詞家としては、「恋をした喜び」「恋がかなったうれしさ」「恋人と一緒にいるときのときめき」を、歌手に表現してほしい、と願うものだ。
それを、頭のてっぺんから足のつま先まで、「うれしい」と表現できるのが、松田さんだ、ということである。
私も、松田聖子さんの歌からは、恋をする喜び、歌う喜びが伝わってくる。
そして、生きる元気が湧いてくる。
湧いてくるというよりは、元気をもらえるのだろうか。

表現者としては、視聴者や読者を、悲しい気持ちにさせたり、落胆させたり、暗く沈んだ気持ちにさせたりするほうが、技術的には、簡単なことである。
これは、映画でも言えることであるが、たとえば、コメディ映画などを、「お笑い」といって、ちょっと低く見る人もいるけれども、実際には、視聴者を泣かせるよりも、視聴者を笑わせるほうが、ずっと難易度が高いのである。

日本には伝統的に、話芸というものがある。
落語である。
この落語は、さまざまな種類はあるものの、お客さんを「笑わせる」ところに、高い技術が求められている。
人を泣かせることは簡単だが、笑わせることは、伝統芸能として弟子入りして習い、そして襲名するほどの、高い高い技術だ、ということである。

笑い、喜びというのは、ポジティブシンキングである。
ポジティブでいる、ということは、絶え間ない努力の結果である。
一方で、悲観的である、悲し…

今夜は、おうちで「ミュージックフェア」を見よう!

今年もあと…何日だろう?
「もういくつ寝るとお正月♪」という歌は、
カウントダウンの歌なのだ、と気づいた。
私はこの時期、卓上カレンダーに、
カウントダウンの数をつけている。
あともういくつ眠ると、2016年になるだろう?

年末ということもあり、
一年をしめくくるための、さまざまな催しがある。
「今年の漢字」というのも、面白い企画である。
ある雑誌では、タレントのみんなに、
それぞれに、「今年の漢字」を尋ねていた。
私もそろそろ、自分自身の「今年一年」を、
あれこれと考えている。

テレビでは、音楽番組で、
「今年一年の総集編」を放送することが多い。
きょうは土曜日。
土曜日の夕方6時というと、
フジテレビのミュージックフェアである。
新聞のテレビ欄には、Music Fair の頭文字をとって、
「MF」と記載されているようだ。

ミュージックフェアは、
静かなスタジオで収録した、質の高い音楽番組として、
長年親しまれている。
そして、毎年暮れには、「今年の総集編」
を放送する。
きょうが、その放送日である。

きょうの放送では、私の大好きな、松田聖子ちゃんが、
登場するようである。
聖子さんの歌声は、うれしさやよろこびが素直に表現されていて、
大好きだ。
今夜は、早く帰って、おうちでテレビを見よう。
「ミュージックフェア」を見よう、っと!!!

ミュージックフェア 公式サイト →
http://www.fujitv.co.jp/MUSICFAIR/

「波の数だけ抱きしめて」

きょうは、晴れて気持ちのいい金曜日。
クリスマスの準備の手を止めて、
少し楽しんでみたい。
午後1時から、NHKのBSプレミアムで、
映画が始まる。
「波の数だけ抱きしめて」
中山美穂さんと、織田裕二さんが主演の、
湘南が舞台の映画である。
楽しみに、観ようと思って、
今、おひるごはんとポップコーンの準備をしている。





テロに注意!

一昨日、政府の「国際組織犯罪等・国際テロ対策推進本部」が、テロ対策の強化策を決定した。
パリの同時テロを受けた対応である。
こうして、日本でも「テロ対策推進本部」が出来て、そこが、こうして首相官邸に集約する情報一元化を打ち出した、ということは、日本でも、テロが起こる危険性がある、ということだと、私は思う。
まだ、政府から、たとえば「非常事態宣言」のようなものは出されていない。
もしも、政府から正式な宣言が出たら、もしかしたら、パニックが起こるかもしれない。
また、テロ組織にむしろ「チャンス」を与えてしまうかもしれない。
だから、気になる人から、まず自分から、テロ対策をしていってはどうか、と思う。

パリのテロ事件から学べることが、いくつかある。
パリで同時多発テロが起こったのは、夜の9時過ぎであった。
この、夜の9時過ぎに、どんな場所で起こったかというと、ひとつは、コンサートホール、つまりライブハウスである。
それから、レストラン、これはお酒も出す料理屋である。
それから、郊外のサッカースタジアムである。

ここに出かけていた人は、どんな用事で、この時間帯に家にいないで、外にいたのだろうか。
現代は、夜型社会である。
夜に、仕事が終わった後に、趣味や友達付き合いをするのは、もちろん自由である。
でも、仕事や家族でどうしても出かけなければならない用事だった、とは言い難い。
テロは許しがたい行為であるが、テロに遭った人たちが、どんな行動形態をしていたのか、そうしたところから、学べるものは学んでいこう。
必要な用事でなければ、夜は出歩かないようにしたい。

特にこれからの季節は、忘年会やクリスマス会、年末の用事など、出かける行事が増える季節である。
「本人の自粛」というところで、テロを未然に防ぎたいものだと思う。

また、非常事態宣言のあとのパリの様子を、インターネットなどでうかがい知ることができる。
できるようでできないかんじもある。
しかし、私たち日本人は、東日本大震災のころから、いざというときの備え、をする習慣ができている。
もしも夜や、真冬の寒い時期に、テロが起こったら、どういう状況になるかよく考えて、予備のたくわえを、できる人から、自主的にしていこう。

それから、こうしたときは、男女平等もなにもないものである。
男性は、女性を、家族を、しっかり守っていこう。
職場では…

フィギュアスケート・グランプリファイナル・2015

先週末は、フィギュアスケートのNHK杯で、
本当に熱い熱い三日間を生きることができた、と思う。
特にやっぱり、「歴史的瞬間に居合わせた」「異次元」と呼ばれた、
羽生結弦選手の演技は、素晴らしかったと思う。
ショートプログラムでは、ショパンを華麗に熱く演じてくれた。
私もあらためて、ショパンを「聴いた」気持ちでいる。
そして、フリースケーティングでは、いまだ成功したことがない、とかねがね言われていた「和」の演技を、見せてくれた。
ジャンプがすべて成功、という素晴らしい演技である。
日本の「和」が、胸に熱く伝わってきた。
そして、世界最高得点である。
「王者」と自分で言い切れる自信が、本当になんだか、うれしい、というかんじである。

フィギュアスケートの「シーズン」というのが、だんだん理解されてきたこのごろである。
いくつかのグランプリシリーズで演技して、それから、グランプリファイナルが行われる。
これから、12月10日(日本時間では12月11日の早朝)に、スタートする。
スペインのバルセロナで行われる、というから、選手たちはすでに現地入りしていることだろうか。

今、ヨーロッパでは、厳戒態勢が敷かれているところである。
そのなかで、競技を行うということは、「平和の勢力がめげない」ということだと思う。
男子選手はもちろんのこと、女子選手も、世界情勢がわかっていての、競技だと思うので、いろいろ心細いこともあるだろうけれども、がんばってほしい、と思う。

浅田真央選手の、NHK杯のフリースケーティング「蝶々夫人」は、とても素晴らしかった。
浅田選手の目指すところを、よく知らなくて、あの女性らしい演技を、高く評価しない人がいる。
けれども、浅田選手が目指しているのは、世界レベルなのだ、ということを、理解してほしいと思う。
まだ十代のうちは、「元気」「活発」「陽気」でよかった。
元気いっぱいのジャンプを飛べればよかった。
でも、世界は、特に欧米は、「女性らしいしなやかさ」「女性らしい豊かさ」があって当たり前の場所である。
浅田選手が立っている場所は、「世界」なのである。
アジア的な、アクロバットではなくて、女性的な演技を目指している。
そういう視点で、浅田選手の演技を、評価していきたいものだ、と思う。

ところで、浅田選手のショートプログラム「素敵なあなた」これからもっともっといろん…

シングルマザーとその子どもたち。

子どもの貧困が今、わたしたちが抱える問題となっている。
子どもの貧困について、テレビでも新聞でも、インターネットでも、詳しくその内実が語られている。私もそれをよく読んでみる。
子どもの貧困には、いくつかの典型があるようだ。
ひとつは、以前は「母子家庭」と呼ばれた「ひとり親家庭」である。
母子家庭も父子家庭も、一様に子どもを育てるには、課題を持っている、という意味で、名称を「ひとり親」にしたのだろうが、やはり、ずっと以前からそうであったように、母子家庭つまり、「母ひとり子ひとり」という家庭において、貧困の度合いが、強いようである。

私が気になったのは、これらのニュース記事を読んでいて、その詳細が語られているにも関わらず、この家庭が、どうしてひとり親家庭になったのか、その理由については、ほとんど触れられていないことだ。
子どもが産まれた以上は、今は母子家庭であったとしても、必ず父親の存在があったはずである。
なぜ、結婚したにも関わらず離婚をしたのか。
あるいは、なぜ結婚をしなかったのか。
そのいきさつについては、ほとんど触れられていない。

しかし、新聞ニュースが触れても触れなくても、だいたいのところは想像がつく、というところだろう。
ひとり親家庭になった母は、結婚しても夫婦関係がうまくいかなかったので、離婚したのである。
夫婦関係がうまくいかなかったのはなぜなのか。
その理由は千差万別だろうと思う。
なかには、夫のDVを挙げている記事もあった。
あるいは、インターネット上で匿名の記事があって、夫の浮気が原因で離婚した、という例がある。
いずれの場合でも、夫つまり、男性の側に原因があって、離婚せざるを得なかった、ということである。
けれども、子どもには何の罪もない、夫は憎いが、子どもは可愛い、というのが、母親たちの気持ちである。

また、もうひとつの、ひとり親家庭の理由としては、もともと結婚しないで、子どもが産まれた、という状況である。
「シングルマザー」という言い方には、結婚してから子どもが産まれて、それから離婚した場合と、最初から結婚をしなかった場合と、両方が含まれている。
私が特に、いろいろと思いを至らせるのは、後者の、「結婚をしなかった」場合のほうである。
シングルマザーのなかには、結婚をして産まれた子どもも、結婚をしなかった場合も、どちらも同じように扱ってほしい…

今夜12月2日・FNS歌謡祭♪

12月、師走となった。
いろいろなことがあった一年である。
年末恒例の行事が、次々に行われている。
年賀状はもう書いただろうか?
私は、パソコンとプリンターを駆使して、
毎年、かわいらしい年賀状を印刷している。
今年の年末は、郵便事情が、遅れがちになっている、
という話がある。
もともと、お歳暮の季節でもある。
マイナンバーの配達が遅れていて、
気持ちが落ち着かないかもしれないが、
郵便局と自治体を信じて、待つことにしてみよう。
私は、マイナンバーは届いた。
郵便配達の人に、「お待ちしていました」
と言うと、笑顔で応対してくれた。

郵便局もがんばっているから、
私たちも、年賀状は、余裕をもって、
住所や郵便番号は、わかりやすい文字で、
書くことにしよう。

真冬のシーズンにさしかかり、
夜はすぐに暗くなる。
先週末は、夕暮れになると、
フィギュアスケートが放送されて、
本当に素晴らしかった。
私たちは、この冬、
風邪をひいたりしないように、
外出なども、必要ではない限りは控えて、
家で家族と一緒に、
手作りのお料理をいただきながら、
テレビで、楽しむことにしてはどうか、と思う。

今夜、12月2日は、フジテレビ系で、
FNS歌謡祭の放送が行われる。
これも、ライブ中継なので、
なにごとにおいてもライブ中継が好きな私は、
毎年、楽しみにしている。

FNS歌謡祭は、大晦日のNHK紅白歌合戦とは、
また、雰囲気がちがっている。
出場する歌手のメンバー構成が、
若手が多い。
紅白歌合戦だと、演歌の歌手も登場して、
老若男女向けの構成になっているが、
FNS歌謡祭は、まったく若者向けの構成になっているのではないかと思う。

さらに楽しみは、さまざまな歌手が、
コラボをするところである。
FNS歌謡祭ならではの、スペシャルコラボや、
ここでしか歌わない曲があったりする。
誰かのとてもいい歌が、
別の歌手でカバーされて歌われて、
とても新鮮な聞き心地になる。

また、東京のホテルの大広間に集まって、
それがライブ中継されるので、
観客は、参加する歌手のメンバーである。
有名な歌手の皆さんが、
テーブルに着席して、
ジュースを飲みながら拍手をしていたり、
歌っている人の応援をしていたりするのが、
みどころのひとつになっている。

演奏は、ひとつの楽団で行うわけだから、
特に私は、ピアノを弾…

浅田真央さん。NHK杯・2015.

真冬の楽しみといえば、やはりNHK杯のフィギュアスケートである。
毎日、スケート三昧をして楽しんでいる人も、たくさんいるようだ。
昨夜は、女子ショートプログラムだった。
私もずっと以前から応援している浅田真央選手。
ジャズのナンバー「素敵なあなた」を、見事に演じていた。
ジャズの「魂」というのは、こういうところにあるのかもしれない。
何よりも、「恋」の素敵さが、伝わってきた。

浅田選手、今季絶好調である。
とても調子がいい。
だから、ちょっと曲よりも、動きが早くなって、勢いが余ってしまったようである。
これまで、努力と訓練で演技してきたスケートだけれども、一年の休暇ののち、とても楽しめるようになった、という。
きっとフリーの演技も、とても自信があるのだろう、と思う。
その勢いがあまって、ジャンプの着氷がうまくいかなかったのではないか、と思う。

これまでには、あまりしなかったことかもしれないが、少し勢いを抑え気味にする、という技が、求められるのかもしれない。
蝶々夫人、とても楽しみである。

フィギュアスケート・NHK杯2015。

明日11月27日と、あさって28日、そして29日と、
フィギュアスケートのNHK杯が開かれる。
明日27日金曜日は、女子と男子のショートプログラムが行われる。
あさって28日土曜日は、女子と男子のフリースケーティングが行われる。
とても楽しみである。

特に今年は、日本でもテレビとインターネットの同時放送を始めるための、今回は、試験放送ということで、パソコンのインターネットでも、タブレットでもスマートフォンでも、リアルタイムに競技の放送を楽しめる、というわけである。
私もさっそく、NHKのサイトから、スマートフォンの視聴ができるように、アプリをダウンロードしておいた。
準備万端である。

今年のNHK杯の見どころは、いろいろあるが、各種スポーツ新聞、スポーツサイトなどでたくさん書かれている。
私もそういった、詳しい競技の記述を読むのが大好きである。

男子のショートプログラムでは、金メダリストの羽生結弦選手はもちろんとして、そのライバルである、無良崇人選手の演技も、とても楽しみである。
先月のアメリカでの演技を、動画で観たのだが、ショートプログラムの「黒い瞳」は、とても素晴らしかった。
ロシア民謡は、フィギュアスケートの定番であるが、無良選手は、どんな女性の「黒い瞳」を思っていたのだろうか、奥さんであろうか、まだ幼い娘さんであろうか、地に足の着いた、しっかりとした、男の愛情を感じさせるものであった。
指から、エッジから、あふれるような、「真冬の男の愛情」が、感じられた。
明日もとても楽しみである。

無良選手の、フリーの曲は、シルク・ド・ソレイユの「O」である。
「O」は、「オー」であり、フランス語の「水」を意味するそうだ。
シルクドソレイユといえば、現代の前衛の大道芸で、世界的にとても有名で人気がある。
前衛というのは、カウンターカルチャーとも呼ばれる類の芸術である。
その本質というのはなんなのか。
なんなのかわからないところが、前衛的、というところだろうか。
カウンターカルチャーと言えば、「今あるものに対抗する」「今まであったもの、既成概念に抵抗する」というような意義がある。
そして、シルクドソレイユの舞台もそうであるが、ボーダレス、つまり、国境のない文化芸術を表現している。
「国境のない」という言い方も、さまざまな解釈があるだろうが、私の感じるところでは、たとえば、…

羽生結弦選手、「オペラ座の怪人」素敵でした!

きょうも、とても寒い。
本格的な冬のシーズンが始まろうとしている。
冬には冬の楽しさがある。
それが、私も大好きな、フィギュアスケートである。

男子選手で、その演技を楽しみにしているのは、
ソチ五輪で金メダルをとった、羽生結弦選手である。
圧倒的な強さで、昨シーズンも絶好調であった。
昨シーズンは、フリーの曲は、「オペラ座の怪人」であった。
「怪人」の恋する悲しみとその切ない思いが、
美しく表現された、素晴らしい演技だった、と思う。
私も、テレビ画面の前で、拍手をおしまなかった。
感動をたくさんもらえて、
本当に、フィギュアの選手の素晴らしさを思った。

今年もシーズンが始まり、
羽生選手の演技を見ていると、
本当に、すがすがしい冬の凛とした北風を思わされる。

ソチで金メダルをとったころよりは、
体格が、よくなったと思う。
これは、きっと誰からも言われることだろうと思う。
年齢的に、身体がどんどんできていくときなのだろうと思う。
今の羽生選手は、男らしい力強い演技ができる。
そういう体つきになっていると思う。
これも日ごろの訓練のたまものである。

ショートプログラムのショパンのバラード。
ショパンは、鍵盤の詩人、とか、ピアノの詩人、
とか呼ばれてたくさんの人から愛されている。
たとえば、浅田選手もソチのショートプログラムで使った
「ノクターン9番」などは、
繊細なピアノのメロディと、和音が奏でられる。

しかしショパンは、繊細さと同時に、
男らしさ、力強さのある、作曲家である。
たとえば、祖国ポーランドで革命がおこったときに、
エチュード「革命」を、作成している。
この、激しさと情熱は、
繊細さの裏側にある、ショパンの「底力」とも呼べるものである。

フリーの曲では、映画「陰陽師」から、SEIMEIを選ばれている。
これは、映画「陰陽師」の主人公「安倍清明」のテーマである。
日本的で、アジア的な、また横笛を使ったオリエンタルな、
そういったところに、今年の羽生選手は、挑戦している。

「陰陽師」「陰陽道」というと、
現代の日本人には、ちょっとなかなか、理解しずらいところもある。
「日本的な」ということで、歌舞伎や狂言でも、現代ものとして、
新作でトライされているのであるが、
日本の思想というと、仏教や神道が、主として思われるところであるので、
私たちの日常には、陰陽道が息…

ニューヨークの皇太子さま。

先日、11月17日に、皇太子さまが、ニューヨークに出発された。
ニューヨークの国連本部で、18日に、
「水と災害に関する特別会合」の開会式が行われた。
そこで基調講演をされた。
「水と衛生に関する諮問委員会」の最終会合にも
出席される予定であるという。
日本へは、いつお戻りになるのだろうか。
もう、帰途につかれただろうか。

13日の金曜日には、フランス・パリで、同時多発テロがあり、
その後、ISからは、アメリカへの攻撃の予告も行われた。
もちろん、ワシントンもニューヨークも、
テロのターゲットである。

なにかよからぬ予感がしたニュースであったが、
その後、ソルトレークシティーなどで、
アメリカの航空機が臨時着陸をしている。

もしも、日本の皇太子殿下が、ニューヨーク滞在中に、
テロに遭遇したりすれば、
日本に対するテロ攻撃とみなすこともできて、
日本も非常事態宣言が発令されるような事態となる。
とうとう日本も巻き込まれる、ということなのだ。

しかしこれは、日本としてもアメリカとしても、
戦略的なことで、
初めから予定されていたことなのではないか、と、
私は思う。

皇太子さまのニュース動画→
http://www.news24.jp/articles/2015/11/17/07315094.html

宮内庁の案内→
http://www.kunaicho.go.jp/activity/gonittei/02/gaikoku/h27america/cpv-h27-america.html

NHK朝の連続テレビ小説「あさが来た」感想。11月19日。

どんな夜にも、朝が来る。
「あさが来た」の題名の意味の深さを、なにか感じさせる、きょうこのごろである。
ヒロインあさは、ようやく炭鉱を運転させることができた。
その名も「加野炭鉱」である。
立派な看板も作ってもらって、机もひとつもらって、
本当に「働く女性」になってきた。
看板も机も、働く女性として仕事が認められたという証で、
あさにとっては、本当にうれしかっただろうと思う。
仕事の一番の報酬は「次の仕事がもらえること」だと、
どこかで聞いたことがある。
まさにこれが、あさにとっての、働く女性としての、入り口となるだろう。

物語は序盤のクライマックスを終え、次の山に入ろうとしている。
ここで、さまざまな伏線が混みあってきて、面白くなってきた。

ひとつは、姉はつとの対比である。
姉のはつは、同じく両替屋に嫁いだのに、その店は倒産してしまう。
そして、今は、小さいながら農業を営んでいる。
子どもがひとりいて、きょう、おなかの中にまたひとり増えた状況である。
一方でヒロインの妹あさは、働く女性であり、子どもはまだいない、という状況である。

女性が仕事をする、という大きなテーマに、真正面から体当たり、という構図である。

NHK朝の連続テレビ小説は、今年2015年前期は「まれ」であった。
「まれ」でも、仕事と家庭を両立させる女性を描いたのだったが、
「まれ」がなんとも素通りしてしまって、あっさりと、家庭と仕事、育児と夢、
両方を実現してしまったのに比べて、
今回の「あさが来た」では、「まれ」がいとも簡単にはしょってしまった、そのもやもやした部分に、堂々と切り込んでいるのである。

姉のはつが、「子育てをする専業主婦」、
対立するあさは、「仕事をするキャリアウーマン」である。

私が、「よく描けている」と思うのは、
専業主婦には専業主婦の悩みや葛藤がある、という点である。
つまり、はつに「私には、子どもを産むことしかできないのかしら?」という、
女性として、人間としての、根本的な疑問を、抱かせているのである。

また、キャリアを持って働く女性である、あさには、
子どもがいない、夫と一緒に仲良く暮らすことができない、
「なんだかすっきりしない」「充足感がない」という気持ちを、言わせているのである。
それが、貧しくても子を持ち、母親になった姉のはつに対しての、
「お姉ちゃんにはかなわな…

NHK朝の連続テレビ小説「あさが来た」感想。11月16日。

きょうも、「あさが来た」で始まる「あさが来た」! というかんじである。
昨日は、あさの女性経営者としての仕事ぶりに学んだところであった。
きょうは、あさの姉、はつについて、考えてみたいと思う。
あさとはつの姉妹は、ダブルヒロインということで、対照的な女性の姿、生き方を描いているそうだ。
昨今は、このようなダブルヒロインや、姉妹ものが、とてももてはやされているそうである。
流行である、ということは、それだけ女性たちから、興味や関心が持たれている、ということなので、このあたりも学んでいきたいと思う。

私がこのふたりの姉妹について思うのは、さまざまな対照であるが、なかでも、同じように両替屋に嫁いだのに、妹のあさは、時代の変化のなかで、両替屋としてまた商売を営む家として、生き残った、ということである。
そしてもう片方の姉のはつの家は、両替屋はとっくに潰れてしまった。
時代の変化の波に飲み込まれて、生き残れなかった、ということである。

私たち現代人も、今、時代の変化の波のなかにいる。
ふたりの女性の生き方から、「生き残れる女性」「生き残れない女性」という対照を、見ていきたいと思うのである。

生き残った加野屋のあさ、妹であり主役であるが、こちらのほうは、両替の仕事が「あぶないのではないか」ということを、とても早くに察知した。
加野屋としては、大旦那も若旦那もまだまだ、時代の変化に気づくことができず、また、蔵のなかの金貨を数えることも、大福帳を計算しなおすことも、していなかった。
それを行ったのが、嫁に入ったあさである。
あさが大福帳の計算をしていなかったら、時代の先読みをしていなかったら、まちがいなく加野屋も、倒産の憂き目にあっていただろう。
それが生き残ったのだから、嫁であるあさの才覚によるものである。

一方、はつの嫁いだ山王寺屋ではどうであったか。
これは、姑の菊や、その夫であり大旦那である辰巳卓郎、このあたりにすでに、伏線があるようだ。
というのは、婿養子で、菊がこの山王寺屋を仕切っていた、という事情があり、婿養子も息子も、この菊に頭が上がらない状況だった、ということである。
なので、時代の変化のときに、見栄や外聞が先にたって、打つべき手を打てなかった、という点が大きい。
そこへ嫁入りしたのが、当時の女性としての身だしなみを身に着けた、はつであった。
お琴にお花、お裁縫…

NHK朝の連続テレビ小説「あさが来た」感想。11月15日。

11月もなかばとなり、秋から始まった朝の連続テレビ小説「あさが来た」は、快走を続けている。
私は、このドラマから、さまざまな視点で、女性の生き方や、時代背景を学びたい、と思っている。
そのなかでも、大きなテーマとして、働く女性の悩みとその解決を、見つけたい、と思っている。
今週は、女性経営者にとって、女性管理職にとって、まったく頭の痛い問題である、「男性の部下をどのようにして働いてもらうか」「指示を聞いてもらうか」というテーマで、興味津々であった。
また、ヒロインとしても、炭鉱夫を相手に啖呵をきって、女性経営者として、しっかりと責任を果たした話題の場面であるから、とても楽しみにしていた。

一週間、見終わった。
ドラマのストーリーとしては、あれだけ反抗していた炭鉱夫たちが、おとなしくなって、あさは信頼を勝ち得ることができて、そして仕事を始めたのであるから、これは成功である。
しかし、やはりどこか見ていて、つじつまが合わないというか、「本当にこれで、彼ら炭鉱夫たちが納得したのか?」「あさのどのあたりの言動に、炭鉱夫たちが信頼をしたのか?」という点では、はてなマークがいくつも付くところであった。

とにかく、あさは、なんでもした、と思う。
女性経営者として、「私のほうが立場が上です」という尊大な態度もとってみた。
あるいは、丁寧に「石炭を掘る」という意味を、蒸気機関の働きまで説明して、誇りをもってもらった。
あるいは、頭を下げた。
あるいは、大阪から夫に来てもらった。
あるいは、相撲を取って勝った。
あるいは、仕事の内容を深く理解したいと思って、実際に炭鉱に入ってもみた。
ドラマのなかで、決め手として取り扱われていたのは、ピストルの暴発であるように思う。

それらのたくさん工夫したうちの、「どれかひとつ」が、きっと、炭鉱夫の心をつかんだのだろう、と思う。
でももしかすると、これだけたくさんいろいろなことをしたから、ようやく働いてもらえた、ということなのかもしれない。
どうなのだろう?

印象的な言葉、これは、夫の新次郎からも言われたし、祖父の林与一からも言われていることであるが、「女性のやわらかい力」は、いったいどこにあったのだろうか。

やはり、史実としても、ドラマとしても、炭鉱夫を動かした決め手は、ピストルという武器のようである。
それが、「おなごのやわらかい力」なのだろう…

これから先、10年後の日本を考える。

ここ数年、特に震災後、日本国内も、国際情勢も、
変化、変化の毎日である。
今起こっていること、これから起こるであろうこと、
その変化の激しさに、不安や恐怖を感じている人々も、
たくさんいると思う。
私自身もその一人である。

それで、これからの「人生対策」「生活対策」として、
10年後の日本、というテーマでいろいろと、
個人的に考えている。
10年後に残っているもの、変わっていないものは、
いったいどれくらいだろうか?
どんなものが生き残っているだろうか?

10年後に変わっているもの、なくなっているものは、
どんなもので、どんなふうに変わっているだろうか?

10年後に、確実に絶対に変わっている、とは言い切れないけれども、
変わっている可能性のあるもの、というと、
どんなものだろうか?

私なりに、思いつくままにメモをしてみたので、
そのリストを、ここにアップしてみようと思う。

☆ 10年後に変わっている可能性のあるもの

政府
学校制度 (教育制度)
病院 (先進医療 TPP)
通貨 (仮想通貨)
新聞 (デジタル化)
雑誌 書籍 (電子化)
寺院 (宗教 数)
お店 (なくなっている?)
パソコン (インターネット)
スマホ (もっと進化する)
宇宙旅行 (可能になる?)
交通 (リニアモーターカー、新幹線)
自動運転車
海外旅行
国際情勢 (勢力分布図)
TPP (食品やあらゆる文化)
農業
テレビ (なくなっている?)
結婚制度
苗字制度
東京駅
渋谷駅
山手線
税制

ざっとこんなところである。
そうすると、「変わらないもの」というと、
衣食住、といった、人間の基本的な生活に関することぐらい、
と思えてくる。
家族や愛情、といったものは変わらないかというと、
やはり変化がやむを得ないというところだ。

これらの変化は、震災後、ここ数年で出来た法律と、
深く関わっている。
率直に言って、現政権の安倍総理大臣になってから、
次々に作られた法律に基づいて、これらの変化が起こっている、
ということになるだろう。
新しい法律を施行するために、2~3年から十数年かけて、
現実化していくものもある。
すでに決まってしまった法律の現実化である。

10年後の日本は、とても変わった国になっている。
これは、誰が予測して、誰が予定した国なのか。
それは、安倍総理大臣である。
私たちは、1…

NHK朝の連続テレビ小説「あさが来た」感想。11月11日。

NHK朝の連続テレビ小説「あさが来た」が、好調である。
視聴率もグングンアップしている、と毎日、インターネットニュースで、
話題になっている。
誰が見ても、無条件で楽しい、というテレビドラマは、
毎日の生活に、朝の光を照らしてくれるみたいで、
本当に元気がでる。

「あさが来た」は、今、物語序盤のクライマックスに入っている。
それは、前評判でも有名なシーンが近づいている、ということである。
きょうの放送でもすでに、あさが、炭鉱の男たちを前に、
啖呵を切るシーンがあった。
本当にかっこよかった。

炭鉱と言えば、私も北海道にいたので、
夕張の炭鉱のことを思い出す。
夕張の炭鉱はすでに閉山してしまったが、
「石炭の歴史村」は行ったことがあって、
炭鉱の模型があったりして、当時の状況を知ったりすることができた。

また、映画「幸福の黄色いハンカチ」でも、
主人公の高倉健が、炭鉱夫で、とても男らしくてかっこよかった。
きょうのテレビドラマでも、炭鉱に入るときには、
ガス探知のための、小鳥のかごを持って入っていて、
とてもリアリティがある。
炭鉱の仕事は、まさに命がけである。

あさの加野屋が、新しくこの山を買い取ったのに、
肝心の炭鉱夫たちが、まったく仕事をしないで、
困っているのが、現状である。
いったい、あさは女性経営者として、
どのように「部下」に働いてもらうのだろう。
ここが今週の見どころであるように思う。

これから女性管理職もたくさん増えてくるだろう。
そうしたときに、男の人たちというのは、
多かれ少なかれ、炭鉱夫のような性分を持っているわけであるから、
どうしたら、「真面目に」「きちんと」「自主的に」
働いてもらえるのかどうか、
ここは、しっかりとテレビドラマから学びたいところである。

今週はこのあたりをしっかりと描いてほしいところである。
私なりに思うところがあるけれども、それは、テレビドラマで、
ストーリーが進んでから、私なりの感想を書いてみたい、と思う。

あさのもとで、彼らゴロツキが、
どんなにおとなしくなるものなのか、ここは見どころである。
(本当に、おとなしくなる、ということなのだろうか?)

ところで、あさの姉「はつ」である。
今、「姉妹」というのは、とても話題性のあるテーマになっている。
昨年のディズニーアニメ「アナと雪の女王」あたりから、
流行があるのだ…

浅田真央さん。「素敵なあなた」

冬が始まった。
フィギュアスケートのシーズンである。
私は、フィギュアスケートが大好きで、
だから冬のシーズンが大好き、といってもいいくらいである。
今年の冬は、「あの」浅田真央さんが、
一年間の休養ののちに、姿を現した。
きのうのショートプログラムでは、ジャズの名曲「素敵なあなた」を、
熱演された。
本当に素晴らしかった。
一年間の休養が、浅田さんにとてもよい「豊かさ」と「余裕」を与えてくれたように思った。

今夜は、グランプリシリーズ中国杯で、フリーの演技が披露される。
とても楽しみである。
フリーの曲目は「蝶々夫人」である。

「蝶々夫人」は、日本人女性の純粋な愛情を描いた物語である。
作曲家のプッチーニは、こうしたアジアティックな名オペラを、
数多く残した作家である。
その代表作がこの「蝶々夫人」である。

私たち現代の日本人女性が、この物語に触れるとき、
それは、とても悲しく、時には「悔しく」思える愛の形を見る。

それは、戦後間もないころである。
舞台は、日本の長崎である。

たくさんのアメリカ海軍兵士がやってきて、
日本という「現地」で恋愛をし、
「かりそめの」愛を誓って、結婚式を挙げた。

そして、日本での海軍の任期が終わると、
恋愛もそこで終わらせて、
さっさとアメリカに帰ってしまうのである。
そして、日本での愛も妻もなかったことのようにして、
アメリカで新しい、アメリカ人の妻をめとり、
人生を送っていく。

蝶々夫人は、そうした、戦争のあとに起こった、
「現地妻」の、状況を描いたものである。
決して帰ってこないつもりで、いつわりの愛を誓う夫、
その結婚を心配する日本の人々、
しかしここでとても大事なのは、
信じる気持ちと、純粋な愛情を持つ、蝶々夫人の、
希望を持つ愛情なのである。

プッチーニが描きたかったのは、
若い女性の持つ、純粋な愛情である。
アメリカへ行ってしまう、(本当は帰ってしまうのだが)夫が、
「きっと必ず私のところに帰ってきてくれる」
「そして迎えに来てくれる」と、信じて、
再会のときを夢に見るのが、この曲、「ある晴れた日に」
である。

私たち、日本の女性が、このオペラを思うと、
本当は悲しい。
本当はつらい。

でも、プッチーニが日本女性のなかに見たのは、
悲しみのなかで、生き生きと夢見る、
純粋な乙女の恋心なのである。

今夜も、必ず見ていま…

NHK朝の連続テレビ小説「あさが来た」感想。11月5日。

朝の連続テレビ小説「あさが来た」の視聴率が、
とても上がっているそうである。
朝ドラ初の時代劇に、AKB48の爽やかな歌声、
こうしたところで、新しい視聴者層をつかんだのかもしれない。

ところで、今週に入ってから気になっていた、
「愛と仕事の両立」である。
働く現代女性にも通じるこの「家庭と仕事の両立」
というテーマを、大森美香女史が、どのように描いてくれるのか、
私たち働く女性に、どのようなメッセージとアドバイスをくれるのか、
とても楽しみにしていた。

しかし、たくさんの女性視聴者にとってそうであるように、
「これはどうなのかな?」と、考えさせられる、
問題提起、という形になっていると、私は思う。

私が疑問に思ったのは、
ひとつは、「あさ」の悩み方である。
夫からの愛情を得たい、という気持ちが、
そのまま子どもがほしい、という気持ち、
女性として見られたい、という悩みに直結してしまっている。
でも、男性にとって、「愛」とか、
「女性を愛する」とかいうことは、
性的な欲求を抱くこととイコールなのだろうか?

女性は、男性からの「愛」を、
性的な行動とカンチガイしやすいのではないか、と思う。

あさの夫・新次郎は、お家のこと、仕事のこと、
特に新しい仕事のことでとても悩んでいるけれども、
その状態で、あさに対しては、やはり内心、
感謝の気持ちでいると思う。
そうした、「お家とりつぶし」も近いかもしれない状況のときに、
性的な気持ちになれないのは、
まっとうな男性として当たり前で理性的だともいえるかもしれない。
人間として、しっかりしているのではないか、と思う。


ところで、大森美香女史の、対照的な女性、
このドラマでは、姉妹であるが、
この描き方には、まだまだ不足があるように思う。
というのは、お家取りつぶしになった山王寺家が、
ああいった状況で暮らすことになって、
その家や、家族の、心の状態を、
しっかりと描いていないからである。
お家がなくなって、生活の質が極端に落ちたところに、
笑顔があるはずがない。

こうした状態の描き方には、
現代のリストラ家族や、倒産家族にも共通するところがあるので、
しっかりした人間観察がほしいところである。
荒んだ心や、荒んだ表情、荒んだ言葉のやりとり、
こうしたものが、まったく描けていない。
また、貧困家庭で、妊娠という事象が起こると、

NHK朝の連続テレビ小説「あさが来た」感想。11月2日。

NHK朝の連続テレビ小説「あさが来た」は、
朝ドラ初の時代劇にトライ、ということで、
たくさんの視聴者から、とても好評のようである。
私も、毎朝とても楽しみに観ている。

「あさが来た」は、ヒロインが女性実業家、
ということで、女性が働くということ、
女性が活躍する、ということが、
大きなテーマとなっているように思う。

時代背景もあり、明治維新のころ、
夫とともに、お家とともに、
時代を駆け抜けた女性、ということになるだろうか。

私はここで、もうひとつのテーマを追いかけてみたい、と思った。
それは、女性脚本家の持つ、固有のテーマである。
「あさが来た」の脚本家である大森美香女史のテーマはなんだろう?

私は、向田邦子賞も受賞した、フジテレビのドラマ「不機嫌なジーン」
にも共通するテーマを観た気がした。
それは、「男性の浮気」である。

「不機嫌なジーン」でも、
ヒロインが、研究や仕事に夢中になっていると、
パートナーであり恋人でもある男性が、
浮気をしてしまうのである。
「不機嫌なジーン」では、男性が浮気をすることを、
遺伝子のせいにしていて、
「男は浮気をする生き物である」
というようなことを、表現していた。

明るくて闊達で、仕事に夢中になっている女の子が、
恋人に浮気をされるのは、とても痛いことである。
それが、ヒロインのちょっとした劣等感になっていて、
「色っぽい女性にはかなわない」
「私には色気がない」と、意気消沈してしまうのである。

今回の、「あさが来た」でも、
元気で仕事の能力のあるヒロインの、夫が、
どうにも「色っぽい」女性と、浮気をしそうなところである。
また、姉の「はつ」も、しんみりとした色気があり、
そちらのほうが「しあわせ?」と問いかけたいような、
ストーリー展開になってきた。

しかし、NHKの朝の連続テレビ小説で、
朝から国民の皆さまの前で、
「男は浮気をする生き物である」と、
テーマを打ち出すのは、どうなのだろう?

NHKの朝ドラとして、ヒロインが、
「男性の浮気」というテーマを、
どのように風に乗り、ふわりと乗り越えるのか、
ここからが見どころである。

また、働く女性にとって、
家庭と仕事の両立とは、
愛と仕事の両立であり、
仕事に打ち込めばダンナの愛が逃げていく、
という大テーマになってきたので、
ここはNHKから、大いに学びたいところで…

衆議院解散総選挙の可能性について。

今、日本の社会は、嵐のなかにある。
東日本大震災後、原子力発電所の再稼働をめぐる対立は、国民世論を二分した。
その後、集団的自衛権についての世論でも、国民は二分されて対立した。
今年になってからは、安全保障法制に関して、またも二分された。
これは単に、与党と野党の対立だけ、とは言えなくなった。
右派と左派に、完全にふたつに分かれた日本社会は、今、対立に次ぐ対立によって、疲れ切っているともいえる。

そうした状況のなかで、反政府派、反政権派は、勢いを増している。
不満は募るばかりである。
ここはいっそ、来年の参院選を待たないで、衆議院解散総選挙を行いたい、というのが、野党の欲求ではないだろうか。

私も、ときどき思う。
デモや署名運動は、選挙で選ばれた議員の得票数に比べれば、遠く及ばないだろう。
しかし、昨年の選挙からこの一年で、デモの背後にいる、声を挙げない反対派は、いったい本当のところ、どれくらいいるのだろう。
一度、選挙を行って、その得票数を見てみたいものだ、と思うのである。
浮動票と呼ばれる人たちも、とても高い投票率で、投票に出かけるのかもしれない。
それくらい、国民世論は高まっているように見える。

自民党や政府は今、選挙について、どんな考えを持っているのだろう。
もちろん、選挙の準備はしているだろうと思う。
昨年もそうだったが、「勝てる」という見込みのない状況で、衆議院解散を宣言するとは思えない。
解散をする立場の人が、主導権を握っている選挙である。
しかし、今回ばかりは、開けてみなければわからない。

ずっと以前に、「郵政選挙」というのがあった。
これは、国民に信を問う選挙で、開けてみなければわからないところで、国民世論は盛り上がったものである。
今、安全保障法制をかけて、国民に信を問う気持ちは、総理大臣には、あるのだろうか?

解散総選挙を行うなら、11月にも解散して、またも12月、年末選挙というスケジュールになるだろう、と思う。
今を逃したら、今年中の選挙はないし、年明け選挙というのも、あまり聞かない。
とすると、今、選挙を行うメリットは、どのくらいあるだろうか?

私は、各政党の勝敗について、考えてみた。
自民党は、準備万端である。
確実な右派がしっかりといる。
民主党は、以前、政権交代を成功させた。
今も、激しい内閣攻撃をしている。
この情勢なら、きちん…

「国民連合政府」とは、どんなものなのか?

秋も深まってきている。
日が暮れるのが早くなって、一雨ごとに気温が下がってきているのがわかる。
まだ10月だけれども、今年は寒くなるのが、例年より早いかんじがする。

軽減税率の話が、進んでいるようだ。
この件では、自民党は、ちょっとした「ポカ」をしてしまったように見える。
もともと、軽減税率は、ヨーロッパの手法を模範にしたもので、
消費税の率を上げる際に、人々の生活必需品だけは、税率を低く抑えたものである。

日本でも、ずっと以前は、たとえば「塩」の値段は、専売公社が決めていて、国民を保護していた。
今でも、コメの値段が高騰しすぎることのないように、政府が管理している。
国民が、人間として、ある意味「生物として」生きていくのに不可欠な物資に対しては、それが不十分になって、生命体の維持が不可能になってしまったりしないように、商売や税率からは引き離して、保護するべきなのである。

それが、これまでの消費税の一律8パーセントの考え方では、まったくなされていなかった、と言ってもいいと思う。
しかし、10パーセント引き揚げ時には行われる、ということに、話が進んできた。
これは、国民の声や、メディアの努力によるところが大きいと思う。
自民党としては、これは勉強不足だった、としか言えないのではないか。

さらに、「新三本の矢」において「600兆円」のGDPの目標額がある。
これに向けた取り組みとして、「IOT」というモノゴトが、研究開発されるそうである。
この「IOT」というのは、Internet of Things の略で、インターネットを使って、宅配やタクシーの配車などの、さまざまな活動をまとめて行おう、ということである。
この「IOT」が以前から計画されていたとすれば、マイナンバーと「IOT」の結びつき、そこへ軽減税率の、すでに消えようとしている案であるが、還付式、というのは、まさに結びついて、大変なことになるところだった。

また、軽減税率が、一律のまま上がっていくとなれば、国際社会のなかで、「日本式はそれはどうなのか」と指摘されることになったかもしれない。
国民が、常識的な訴えを声にしたのは、とてもよかったと思う。

それにしても、マイナンバーとIOTを結び付けようとしていた、今のこの政府は、「大丈夫」なのだろうか?
大胆な改革をする、ということなので、それはきっと、賛成派も反…

内閣改造と「一億総活躍」。

先日、10月7日に、内閣改造が行われて、第三次安倍内閣が発足した。
私も記者会見を見ていた。
よいメンバーが選ばれている、と思えた。
新しいメンバーシップ、チームワークに期待する気持ちになった。
これから、来年に向けて、TPPのための秋の臨時国会や、さまざまな議論が交わされていくことになるのだと思う。
まだまだ、政治から目がはなせない。

今回の内閣改造では、「新三本の矢」が、発表された。
この「新三本の矢」は、「一億総活躍」というスローガンに代表される、大きな目標であり、具体的な数値である。
「一億総活躍相」も設けられた。

この、「一億総活躍」の意味が、いまひとつ、意味不明瞭である、という話になっている。
私も考えてみた。

具体的な数値目標はこのとおりになっている。
その1、GDP 600兆円
その2、希望出生率 1.8
その3、介護離職 ゼロ

これは、目指すべき大きな目標である、ということで、具体的な法案やロードマップは、これから考える、ということである。
どんな法案が生まれてくるのか、本当に楽しみである。

私も、じっくり考えてみた。

GDP 600兆円、という数字は、現在のGDPが490兆円であるから、とてつもなく大きな数値目標である。
これは、「一億総活躍」となった状態のときに、生み出されるであろう生産を、誰かがなんらかの方法で、計算したのだろうと思う。
「一億総活躍」となった状態、というのも、考え方というか、文章の読み取り方になってくる。
現在の日本の人口は約一億人であるが、今のところ、「総活躍」はしていない、という認識のもとに、言われている言葉である。

では、どんな人たちが、「活躍していない」と認識されているのだろう。
「活躍している」とは、どんな状態にあることを指すのだろう。

これは、目標GDPを見るとわかることで、生産活動をしている、ということになるだろう。
給与をもらって仕事をしている、という状態だと思う。

そうすると、今、「給与をもらう仕事」に従事していないのは、どんな人だろう?
と考える。
やはり、専業主婦、高齢者、障がい者、ということになるだろうか。
未成年の児童や青少年は、勉強中なので、「活躍」からは除外する、ということになるだろうか。

これらをひとつひとつ考えてみると、高齢者は、健康であれば、生産的な仕事に就くことがまだまだ可能である。

2015・ノーベル賞ウィーク。

今年も秋のノーベル賞ウィークがやってきた。
連日、速報が鳴り響く。
近年では、インターネットの動画で、発表の様子を、ライブ中継で見ることが出来る。
ノルウェーで行われている発表会の緊迫した様子が伝わってきて、どきどきする。
こうして「世界」に触れると、本当になにかこう、未来へのワクワクした気持ちが高まる。

月曜日の夜は、医学生理学賞の発表だった。
日本から、大村智博士が、授賞された。
微生物学の片りんに属する私としても、本当に本当にうれしかった。
長年にわたる、コツコツとした努力が実を結んだのだと思う。
「成功の理由は?」と記者会見で問われて、「私どもの研究は、共同研究ですから」という言い方は、とてもそのとおりで、うれしいものだった。
生物学の研究を本当にわかっているかたの言葉だと思った。
これから、日本でも世界中でも、微生物学の研究にスポットライトがあたって、予算も充分に組まれて、ますますの発展が期待される。
本当にうれしかった。
おめでとうございます。

昨夜、火曜日の夜は、ノーベル物理学賞の発表だった。
聞きなれないノルウェーの言葉に耳を澄ませていると、まちがいなく、日本人の名前が読み上げられていた。
「スーパーカミオカンデ」の言葉も聞こえる。
ニュートリノの研究で、日本の梶田隆章博士が、授賞された。
本当に素晴らしいことである。
飛騨の山奥に、地下1000メートルの深さに掘った、スーパーカミオカンデの話は私もよく知っていた。
日本の研究者の、真面目で繊細で誠実な性質が、こうした研究成果をもたらすのだと思う。
ニュートリノというのは、どこまで細かく小さいのだろうか。
宇宙の始まりに関しても、これからもっともっと研究が進むという。
また、これからの日本の子どもたちが、こうした研究に興味を持ち、取り組む意欲も環境も整うということだろう。
本当に、喜ばしいことである。
おめでとうございます。

こうして、秋の夜長は、世界的な、人類的な躍進を目の当たりにして、学問の秋を楽しむことができる。
きょう7日は、ノーベル化学賞の発表である。
そして、明日8日はノーベル文学賞、あさって9日はノーベル平和賞と、発表が続く。
週明けの12日月曜日は、ノーベル経済学賞の発表である。

明日8日の、ノーベル文学賞は、日本中の人々にとって、本当にやきもきして、ざわつく夜になりそうだ。
大江…

内閣改造の試練。

明日、7日は、内閣改造である。
相当数の閣僚席が、留任となっている。
昨年も内閣改造があった。
安倍総理大臣の方針としては、老壮青に女性、といった、バラエティに富む、それでいて安定した閣僚を整備したいようである。
来年の憲法改正に向けて、盤石な体制が準備されている。

アリの穴から堤が崩れる、という。
今回の内閣改造で、アリの穴となりそうなのは、どの閣僚席だろう。
国土交通相、公明党の席である。

思えば、維新の党も、不自然な分裂劇を繰り広げた。
次に、反戦派が狙いを定めるのは、公明党である。
公明党も、維新の党のように、内部分裂をすれば、議席の数は減り、連立与党は、危機にさらされる。

反戦派、反安倍派の動きは、安保法案の採決のあとも、決して止まってはいなかったようだ。
安倍総理大臣が、日本をあとにして、TPPに専念しているころ、反体制派は、公明党のそれもトップ幹部にモーションをかけて、公明党の分裂を、画策しているようだ。

ここで、太田国土交通相が、退陣となれば、公明党内の力関係がうまくいかなくなることは必須である。

総理大臣には、閣僚の任命権がある。
公明党の党代表がなんと言おうと、今は、与党の安定を、第一に考えて、今からでも、太田氏の留任を、決定すべきである。




TPP交渉大筋合意。乳製品について。

TPPの交渉も、最終的な目的地が見えてきたようである。
世界経済を革新的に変える、TPPの交渉は、誰もが注目しているところである。
夜になるという、共同記者会見が楽しみである。

最後の難関は、ニュージーランドがアメリカに対して、乳製品の市場開放を強く主張しているあたりだということである。
ニュージーランドは、酪農王国であり、酪農大国である。
ニュージーランド経済の大半を、酪農業が占めている、ということである。
そして、酪農立国の名にふさわしく、世界の乳製品流通量の30パーセントを、ニュージーランドが占めている。

乳製品とは、生乳、つまり搾ったばかりの状態の液体状の牛乳を、さまざまに加工して作った製品である。
チーズやバター、脱脂粉乳、粉乳、乳清、といろいろな加工製品がある。
アメリカへの市場開放は、乳製品のどれか、たとえば「乳清のみ」というような規定の枠を決めて行えば、アメリカもニュージーランドも、双方が納得できるのではないだろうか。

「乳価」は、生乳の値段である。
それは、世界経済における「株価」のような数値で表されている。
そして、世界的均衡を保っている。
世界的な「乳価」を気にしながら、農家は、生産をしている。

近年、世界的に、食生活の欧米化が進んでいることと、栄養状態のよくない難民などに対してとても栄養価が高いことで、乳製品への需要は増大している。

TPP交渉、大筋合意へ。

9月30日から始まっていた、TPPの交渉が、日程を延期しながらも、大筋合意に達する見通しとなった。
TPPが合意となれば、これからの日本の産業も、貿易も変化してくる。
長年取り組んできた課題だっただけに、大筋合意のニュースは喜ばしいことである。

最後の最後まで残った課題は、医薬品の特許保護期間であった。
私は、アメリカの言っていることは、とても重要なことだと思った。
医薬品の研究開発には、たくさんのコストと、膨大な人件費、たくさんの研究者の努力、研究のための設備投資、それから時間がかかる。
ひとつの薬を開発して商品化するまでに、数十年かかるものもある。

この医薬品のデータ、つまりレシピを、アメリカでは国内の医薬品開発のために保護したかったということだから、これも当然のことである。
医薬品の特許と、最初に研究開発した人たち、製薬会社の権利を保護しなければ、今後、医薬品の研究のための、意欲も資金もなくしてしまう。
それでは、人類的な、医学の進歩は望めない。
医薬品の研究を金銭的に守ることは、医薬品のこれからの未来のために、どうしても必要なことなのである。

せっかく、莫大な資金をかけて、医薬品を開発したとしても、ほんの5年か8年で、その特許を手放し、後発品を許すとなれば、「もうばかばかしいから、研究開発なんかしないで、どこかの誰かが開発したものを、後発品で売り出すことにする」というような製薬会社が現れないとも限らない。

アメリカの主張は、強気でもゲームでもなく、「本気」なのである。
アメリカの、「12年」を受け入れるくらいの態勢は必要である。
また、この「12年」の意義が、わかるようなアジア諸国の「意識変革」も、これから先もっともっと必要なので、理解させるように努めるべきである。





インフォメーション・「あさが来た」

9月28日から、NHK連続テレビ小説「あさが来た」が始まった。
朝の15分のテレビドラマが、半年間続くのである。
私は昨年4月から9月までの前半期に「花子とアン」の感想を書いてきた。
その後、10月から今年3月までの後半期に「マッサン」の感想を書いてきた。
どちらもとても手ごたえのあるドラマで、書いていてとても楽しかった。

今年4月から9月までの「まれ」は、都合によりお休みして、次回作の「あさが来た」を楽しみにしていた。
この「あさが来た」も、ホームページでいろいろ読んで調べてみると、展開が楽しみな、とても面白そうなドラマである。
この感想をまた、半年間、書いてみてほしい、という要望も多少ならずあって、私もどうしようか迷ったのだけれども、やはり見送ることにした。

というのは、若い書き手に、これにトライしてほしい、と思うからである。
テレビドラマを半年間、続けて見ることだけでも、忍耐力のいることだけれども、視聴者は、学校や会社、家庭という毎日を淡々と送っているのである。
そして、ドラマと一緒に、考えたり、悩んだり、楽しんだり、笑ったり泣いたりするのである。
そうした、視聴者と一緒の目線を持ちながら、一方で、ドラマ制作者の都合を考えてみたりもする。

私の「感想」には、そうした、いろいろな要素が集まっていたと、自分で思う。

今回の「あさが来た」のテーマは、ひとつは、朝ドラ初の時代劇、ということであるが、江戸時代から明治への激動の時期に、ヒロインがどう生きたか、という点が、大きなテーマであると思う。

また、いくつか絞れるテーマがあって、これは朝ドラのテーマとして定番であるが、「夫婦愛」である。
「あさが来た」では、生まれたときからの許嫁、という夫婦の縁だが、この縁を、一生はぐくんでいくことになる。
夫婦がどのように人間関係、夫婦関係を築き、大切にし、時には泣いたりもするのか、ここは、見どころというか、研究のしどころであると思う。

現代には、「嫌婚」という言葉もあるそうである。
もう、「婚活」つまり、結婚のための努力はしない、ということなのである。
結婚は、ハイリスクノーリターンである、と言いきる若者もいるそうである。

そうした現代のなかで、ドラマがどのように、夫婦が夫婦でいることの必要性を訴えていくのか、とても楽しみなところである。
視聴者によっては、「やっぱり結婚なん…

インフォメーション・文学界新人賞

少しでも文章を書く人なら、机の中に、「書き溜めた小説」というのを持っているはずだ。
その未発表の小説は、いつから眠っているだろう。
いつまで眠っているのだろう。

今年の芥川賞は、お笑いタレントの又吉直樹さんが受賞した。
受賞作「火花」を、最初のほう少し立ち読みしてみて、「このくらいなら私にも書ける」と内心思った人だって、きっといると思う。

小説家になる一番の近道、あるいはエリートコースは、文芸春秋社の「文学界新人賞」をとることである。
そこから、芥川賞への道は、一直線である。

その、文学界新人賞であるが、今年から応募規定が変更になっていて、〆切が9月30日、つまり、きょうである。

私は、年末かと思っていたので、昨夜、改めて確認して、驚いてしまった。
しかも今年からは、一年に一度の選考だという。
そうすると、次のチャンスというと、来年の9月ということなのだ。

文壇では、何か変化が起こっているのかもしれない。
今年から、WEBからの投稿も募集しているという。

WEBでの応募フォームがまだ開いている。
本当の〆切は、きょう9月30日の深夜24時だ、ということだ。

机の中に、あるいは「デスクトップの中に」眠っている原稿があるなら、アマゾンに送っている場合ではない。
少なくとも、きょうはアマゾンはやめて、文学界に送ってみよう、とは思わないか?

私も、きょうこれから、ドキュメントフォルダの中を整理して、なんとか数時間で応募の準備をしようと思うが、どうも間に合いそうにない…。

たくさんの、小説家になりたいとちょっとでも思う人たちのために、インフォメーションをしてみた次第である。
一緒にがんばろう。

文学界新人賞原稿募集要項 →https://www.bunshun.co.jp/mag/bungakukai/bungakukai_prize.htm




福山くんショックを乗り越える。

福山くんショックを乗り越える。


あれから24時間たったであろうか…。
福山雅治さんの結婚が発表された…。
いつまでもいつまでも、心の恋人でいてくれると思ったのに、
彼は、ひとりの女性を選んだ…。
既婚者も未婚者も、悲鳴をあげた、という。
悲しいのではなく、つらいのではなく、ただただ、「サヨナラ私の青春」などと思うだけである…。
「福山くん、おめでとう」
と言わなければならない。
つらくても悲しくても、おめでとう、と言おう。
自分自身の自尊心にかけても、「おめでとう」と言おうではないか。

ところで、女性たちは、きっと心にこう思っていると思う。
「この悲しみを乗り越えよう」と。
それで、やはり来年の参議院選挙は、勝たなければならない、と思うだろう。

憲法改正について、私もよく考えてみた。
しかしやはり、安全保障法案にしても、女性の意見が、うまく伝わらなかった感がある。
もっと上手に、的確に、国会に意見を伝えよう、と私は思ったのだ。

「例えば」である。
これはあくまで「例えば」の話であるが、
女優の吹石一恵さんに、女性の意見を代弁する国会議員として、参議院議員になってもらってはどうだろうか。

候補者選びというのは、いろいろな条件がある。
もちろん、日本国民なら、誰にでも平等に、政治に参加する権利がある。
が、候補者にふさわしい様々な要件があると、私は思うのである。

たとえば、吹石さんなら、人前に出て堂々と振舞えるように女優として訓練も経験も積んである。
これがやはり素人だと、人前で、テレビカメラが回っているところで、セリフひとつまちがえずに、演説をしゃべるのは、むずかしい。
想像してみてほしい、むずかしいだろうと思う。
けれども、日ごろから、あるいは若いときから、テレビカメラの前に立っていた人は、経験があるので、それができるわけである。

また、知名度の点で、女優さんとして名が通っていることは、とても望ましい。
選挙活動で一番苦労するのは、「名前を覚えてもらうこと」だという。
こうした点で、女優さんのお仕事をしていたかたは、すでに名が通っているので、選挙で勝てる可能性が高い。
丸川珠代さんなど、アナウンサーとして人前で話す経験とノウハウがあり、名が通っていて、政治にも理解がある女性が、候補者として選ばれたのは、こうした条件を満たしたからである。
特に女性は、人前で話す「度…

民主党の候補者選び。

民主党の候補者選び。

2015年9月19日。
安全保障法案が成立した。
あれから一週間が過ぎようとしている。

与党自民党・公明党の次のテーマは、憲法改正である。
秋の臨時国会では、憲法改正の論議が、始まるようだ。
これから、自民党は、来年の憲法改正と、それから参議院選挙の勝利に向けて、歩み始めることになる。

安保法案の採決の次の、勝負の「決め所」は、来年の参議院選挙である。
私は、今回の安全保障法案に関して、日本という国のたくさんの人々が、政治に関心を持つようになったことが、とても良いことだと思っている。

「ママの会」では、子どもを持つ女性たちが自らの主張を持って立ち上がった。
SEALDsでは、学生を中心とする若者たちが、自らの主張を持って立ち上がった。
こうした動きは、民主的でとてもよいことだと思う。

次の「戦い」は、デモでも街宣でもない。
参議院選挙である。

すでに民主党では、7月の選挙の候補者選びに入っている。
しかし、なかなか候補者が決まらないそうだ。
来夏7月の選挙に、今年秋から準備が始まっていることを、政治に興味・関心を持つ人々は、知っておくべきであると、私は強く思った。

民主党から立候補して、ママの会から10人くらいは、子どもを持つ女性が、立候補するのではないか、と予測している。
また、SEALDsからは、成人して、25歳以上であっただろうか、立候補する権利を持った若者代表が、参議院議員候補として十数人は立候補するのではないか、と予測している。

そして、野党連合の再編も素晴らしい勢いで始まっている。
共産党はすでに、野党共闘の呼びかけを行っている。
維新の会も、野党再編に力を入れているが、今の状態では、まとまるどころか、分裂に輪をかけている状態である。
これでは、野党連合が、与党自民党・公明党に勝てるかどうか、まったくままならない。

民主党では、昨年の衆議院議員選挙では「不戦敗」だったそうである。
つまり、最初から、候補者の数が、衆議院の過半数の数に達していなかったそうである。
こんな戦わずして負けるようなことが、今後の日本で起こるとは、考えられない、と私は思う。
野党連合も、議員の数だけ合計すれば、与党自民党・公明党に勝てる数はいるのに、こんなに仲が悪いことでどうするのだろうか。

しかし、こうした野党連合の今の姿は見せかけにすぎず、すでに共産党に…

秋は国際的。

秋は国際的。

9月も終わろうとしている。
今夜は中秋の名月である。

今年の国会は、とても長かった。
その国会も終わると、10月に入る。

10月は、毎年、国際的な日程の秋、と言われているそうである。
国連総会があり、ノーベル賞ウイークがある。
各国の首脳会談が行われ、
国際間の話し合いが、あちこちで行われる。

日本からも、安倍総理大臣が、国連総会に向けて出発した。
山積する国際的な課題について、提言をする予定であるそうだ。
耳を澄ませて聞きたい。

このところ、日本は国際化しているように思う。
海外からの観光客もとても増えているし、
輸入されたもの、輸出するもの、とても増えている。
テレビ番組を見ていても、英語を話す場面が増えていたりする。

また、国際ニュースがとても増えているように思う。
各国のニュースが、海を飛び越え、山を飛び越え、
日本のお茶の間にいる私たちの目に耳に、
飛び込んでくる。
私たちは、自然と国際的な感性を身に着け始めていると思う。
そうならざるを得ない状況かもしれない。

国際問題は、本当に、いろいろな問題があり、
日本人として生活していると、理解しにくい問題も多々ある。
それを、日本としても、国際社会の一員として、解決に取り組んでいくということは、とても良いことで、必要なことだと思う。

かつては、アジアの一国に過ぎなかったかもしれない。
もしかすると、閉鎖的で自分の国のことだけで、精いっぱいだったかもしれない。
これからは、世界に開かれた国として、国際社会の一員として、世界中の問題に積極的に取り組んでいく、ということである。

これからの日本の未来と責任を、大切に思う、秋である。



安全保障法案の成立おめでとうございます。

安全保障法案の成立おめでとうございます。
2015年9月19日未明、安全保障法案が可決された。
今回の採決に関しては、16日から特別委員会での審議が始まり、長い長い三日間だったと思う。
考えてみれば、2012年夏の、アジア危機から始まって、こうしてしっかりと法案を整備するところまでたどり着いたので、そのほうが長い道のりだったかもしれない。
民主的に法整備を整えるというのが、こんなに時間がかかることだとは思わなかった。
しかし、政権は、忍耐強く、時間をかけて、審議を尽くして、物事に対処したと思う。
この間に、たくさんの討論が重ねられた。
私も最終的には、両者の意見を聞くたびに、どちらにも理があるように思えて、まさに、情に棹させば流される、という状況のときも、あったと思う。
しかし、理想郷というのは、どこにもないのだ、と思う。
私たちは、現実を認めなければならない。
どこかにあるはずの、夢のような、善人ばかりが集まる理想郷を、いつまでも追い求めていたかった気もするときがある。
そういうときに、安保反対派の考えに流されたこともあった。
最終的には、結果が出るのを待ち、政府と内閣と総理大臣の判断に任せた、というのが、私の率直な心境である。
アジア危機がわかっていたからこそ、どう対応すればいいのか、私には何通りもの方策があるように思えて、そのたびに、日本政府のこの対応策に迷った、ということである。
しかし、やはり、理想と現実の間を、埋めなければならない。
政治には、「落としどころ」がある。
大人として、立派に妥協点を見つけなければならないが、その妥協というのは、自分の心の弱さとの妥協点であると、私は思った。
安全保障法案に関しては、たくさんの討論がなされ、世論が動いた。
これまで政治には全く興味を示さなかった、女性たち、若者たちが、考え、行動を起こした。
しかしやはりその行動や言動は、日ごろから政治を見ていなかった分、遅かったと思う。
私は思った。
あの、採決のとき、ライブ中継で見守っていた採決であるが、青票と白票で、採決をする、あの票である。
木で出来ているのだろうか、少し厚みがあって、透明なケースに入れて積み重ねたときに、票の状況が一目瞭然となる。
あの一票に、万単位の有権者の声が集まっているのである。
やはり、議会というところは、厳粛なところである、と思わされた。
こ…

軽減税率・飴と鞭。

軽減税率・飴と鞭。
安保法案も採決が間近である。
60日ルールを使える状況になったので、すぐにでも、今にでも、採決ができるというわけである。
毎日がハラハラドキドキである。
それにしても、SEALsが、思わず「大人たちはきたない」と言ってしまうのも、よくわかる。
大人の世界、政治の世界がよくわかるこのごろである。
与党・自民党は、連立を組む公明党の票を確実にするために、今、「飴」を送っているところである。
政治の世界は民主的で、正義と信念が通るべき世界ではないのか。
わかってきたこと、全国の国民が今理解していることは、自民党が今、公明党に飴を送っていて、それが政治家のやり方だ、ということである。
しかしこの飴、苦い飴もあれば、甘い飴もある。
今、公明党が口にしているのは、毒入りの飴である。
公明党は、来年の参議院選挙を考えて、昨年末の衆議院選挙で公約とした、「軽減税率」を、自民党に要求している。
公明党はすでに、支持母体の創価学会にほころびが出始めていて、こちらも必死である。
しかし、軽減税率という飴を口にして、安保法案に賛成すれば、そのあとは、いわゆる「戦争」である。
たくさんの識者が指摘しているとおり、アジアは今、危機的状況にある。
中国に対して、アメリカが攻撃をしかけることはあるだろう。
どちらが仕掛けたにしても、中国とアメリカの争いは、南シナ海のあたり、あるいは日本近海で、起こると思う。
それも、今すでに、一触即発の状況であるのだから、日本での安保法案の可決を待って、すぐにでも「始める」気だろう。
日本からすぐにでも、自衛隊が出て、日本近海でドンパチ始まることになれば、これはどう見ても、「戦争」である。
安保法案に賛成して戦争が始まったというなら、公明党は、平和の党のメンツが丸つぶれである。
今、創価学会のほころびは、始まったばかりかもしれないが、戦争になれば、来年の選挙など成立しないだろう。
しかしこれは、自民党にしても、同じ理屈なのである。
軽減税率の甘い飴は、猛毒の飴であり、公明党を地盤から滅ぼすものである。
公明党執行部も、そろそろ連立離脱を、決断すべきではないだろうか。


安保法案・採決までの日程。

安保法案・採決までの日程。
2015年。
9月もなかばとなった。
すでに秋の風である。
実りの秋である。
日本では、今、大きな法案が、実りの秋を迎えようとしている。
安全保障法案である。
採決までの日程が、大詰めである。
きょう、15日は、中央公聴会が行われる。
明日16日、水曜日は、地方公聴会である。
たくさんの人に意見を求め、たくさんの人に、法案を説明するのは、とてもよいことだと思う。
とても民主的に、手続きを踏んでいると思う。
そして、あさって17日、木曜日に、まずは特別委員会で、採決が行われる。
これはおそらくは午前中のことだろう。
そのあと、午後に、参議院本会議で採決が行われる。
野党は、この採決を阻止すべく、全力の政治的行動に出る予定であるから、本会議は時間がかかりそうである。
安全保障法案は、これまでいろいろな国会があったけれども、国民の賛否が大きくふたつに分かれることに特徴がある。
私もいろいろな審議や、国会の状況を見てきたけれども、こんなにも「最後の最後までわからない」法案は、初めて、という気がする。
もしも、参議院で採決できなければ、18日、金曜日までに採決するために、60日ルールを使って、衆議院で採決するように、万全の態勢であるという。
衆議院議員に禁足令が出ているそうだ。
参議院で採決できない場合、すぐにでも、つまり17日でも18日でも、衆議院での採決に踏み切る、ということだろう。
本当にすごい国会となった。
ニュースでは「大荒れが予想されています」と、台風ばりの報道である。
「赤信号みんなで渡れば怖くない」というが、もしも、安保法案に反対である議員がいたとして、それまでの審議では反対を表明してはいなかったのだが、採決のときだけ、反対票を入れたらどうなるのだろう?
これを、ひとりの議員でするなら、政治的にとても、あとあとまずいことになる。
でも、「みんなですれば怖くない」と思う議員がいたら、どうしよう?と思う。
私はもちろん、安全保障法案に「賛成」である。
だからこそ、心配しているのだが、最後の最後に、自民党も公明党も、議員が全員で、「反対」となったら、反対票を入れたら、どうなるのだろう?
賛成票を入れるのが、総理大臣一票だけ、となったら、どうなるのだろう?
(しかし、そういうことになったら、安全保障法案は廃案となり、総理大臣は責任をとって…

若手の時代の到来。

若手の時代の到来。
スマートフォンのiPhoneで、新しい機種が登場するそうである。
今回、新しくなったのは、「そのすべて」なのだそうである。
私たちの世代は、もうどんどん取り残されてしまっているかんじがする。
考えてみれば、パーソナルコンピューターが普及し始めてから、10年と少ししかたっていない。
しかし、今、30代、40代という人たちは、10代のころから、パソコンや携帯電話を使っていた人たちなのである。
これから、コンピューターを利用した、キャッシュレス社会が到来するかもしれない。
これからの時代は、若手の時代だといえると思う。
キャッシュレスの近未来社会を樹立するためには、それはそれは、たくさんのリスクを背負うことになるだろう。
たくさんの討論が予測される。
障害も多いことだろう。
でも、今のメディアは、成熟している。
ここ数年で、日本のメディアが、とても成熟してきていることは、世界中の話題になっているそうである。
新聞を見ても、各紙が各様の論を繰り広げていて、事実を知るだけではなく、物の見方を知ることができるのは、本当に興味深いことである。
知り合いの知識人に聞いた話であるが、社会問題をどう捉えていいのか、一紙だけ読んでいるのでは、わからなくなる、というのである。
すべての新聞をとって読まなければならない、とうれしそうに困っていた。
また、テレビ番組のニュースも、そうである。
各テレビ局の解説が、とても分かりやすい。
それでいて、それぞれのテレビ局の個性があって、カラーがある。
どのテレビ局を選んでも自由であるが、あらゆるチャンネルを見て、論をかわすのも、とても楽しい。
日本のメディアの成熟は、東日本大震災のあと、4年半たった今、成し遂げられた実りかもしれない、と思う。
思えばこの間、ツイッターなどのインターネットの普及は目覚ましかった。
これからの、新しい時代は、新しく成熟した若手の人たちが、拓いていく未来だと、私は思う。
幸い、安倍総理大臣は、若手の育成にはとても熟練な政治家だそうで、若手政治家からも、若手メディアからも、信頼が厚いそうである。
こうした、「ついていく人」がいる限り、日本の将来は明るいと、私は思う。
私自身は、私のもといた場所から、今一度、自分の人生と、健康と、それから、仕事のことを、改めて考えてみつめてみたい、と思っている。
が、正直…

ハイリスク・ハイリターン。

ハイリスク・ハイリターン。
安倍政権が続く。
先日の、自民党総裁選で、安倍総理大臣が、無投票で再選された。
とってかわる他の人材がいなかった、ということが、大きな理由であると思われる。
自民党の独走態勢はどこまで続くのだろう?
安倍政権の政治は、どう考えればいいだろうか、ある政策はとても良いし、ある政策は、う~ん、と考え込んでしまう。
全体に、勢いがあって、流れが速い。
以前から、手を付けてほしかった政策も、たくさんある。
また、政策とは別に、公共事業の工事もめざましい。
完成は、3年後、5年後、10年後となっていくが、ともかく手をつけたのが、よかったと思われる。
全体に、政策が理想的なところが多く、これだけの理想を現実にするのは、本当に安倍総理ならでは、ということだろう。
新しい時代、という気がする。
しかし、何かよくわからないが、なんとなくすぐには賛成しかねるところがある。
それが何なのか、私はよく考えてみた。
そして、あることに思い当たった。
安倍政権の政治は、ハイリターンではあるが、ハイリスクである、ということである。
そして、そのハイリスクに対して、リスク処理をしていない、ということなのである。
リスク処理とは、まず第一に、国民の理解と納得をとりつけることだろう。
安倍政権の政治は、国民の理解や納得を後回しにしたり、「いらない」と決めているようなところがある。
しかし、安保法案のデモ行進でもわかるように、これがリスクとなって、政権と、支持率を苦しめている。
最終的には、選挙が、政権を苦しめる。
これまでの、安倍政権のハイリターンな政治には、なんらかのリスク処理班が付いていたのかもしれない。
それが、よく理解し納得した、メディアだったのかもしれない、と思う。
メディアが世論に訴える力を持っていて、政策を支持したことで、リスク処理が大幅に進んだのだろう、と考えられる。
しかし、次の政策、マイナンバーとキャッシュレス社会を考えてみると、確かに理想的で、「成功したら素晴らしい」でも、「もしもうまくいかなかったら、リスクが大きい」のである。
世の中の仕事には、リターンの代わりに、リスクがつきものである。
ハイリターンのものほど、リスクも大きい、という法則がある。
ハイリターンを望み、ハイリスクを引き受けるのは、個人の判断である。
性格によるものや、生き方の規範に従…

マイナンバーと軽減税率。

マイナンバーと軽減税率。
安保法案の採決も間近である。
まだ日程がはっきり決まらないようだが、いずれ今月9月中には、
何もかも決着がつくだろうと思うと、なんだかほっとする。
ところで、採決間近、最近になって話題になっているのが、
マイナンバー制である。
このマイナンバーは、もう来月10月から施行されるそうである。
私たちが、安保法案であれこれ考えて、デモ隊が出たとか、
反戦派の運動とか、国際貢献は、と考えている間に、
いつの間にか、マイナンバー法案が可決されていた。
これは、一昔前ならば、「国民背番号制」と呼ばれていた、
国民ひとりひとりに、番号を割り振って、
行政の手続きをコンピューター化する仕組みである。
これが、人間を番号で扱うのはどうか、とか、
個人情報の取り扱い、とかで、しきりと議論されていた。
しかし、今回のマイナンバー制は、議論する余地のないまま、
いつの間にか可決である。
すでに、数か月前から、インターネットや広告などで周知されていたので、
私も知っていた。
行政の手続きがコンピューター化されるのは、効率的でもあるし、
利用者にとっても、簡単便利である。
だから、いい制度だと思っている。
私も、さっそくにマイナンバーカードを作ろう、と思っている。
ところが面白いことに、ここに軽減税率が「くっつく」という話である。
軽減税率はすでに、ヨーロッパでは導入済みなので、
いずれ日本も軽減税率を、ヨーロッパ式に取り入れるのだろう、と推測していた。
しかし、日本の軽減税率の仕組みは、マイナンバー制を使用して、
お買い物のたびに、このカードを提示し、
食料品など、軽減税率が適用される品物をどれだけ購入したか、
ポイントセンターなるコンピューターシステムを使って計測するのだそうである。
なぜ、今になって、この話が出てきたのだろう?
マイナンバーは、個人番号である。
その個人が、どこで何をどれだけ購入したか、コンピューターに情報が累積されるというのは、どうしてこんな仕組みが発想されたのか??と考え込んでしまった。
私たちがよく利用する、オンラインショッピングでは、どうなるのだろう?
オンラインショップでは、クレジットカードでの支払いが主である。
とすると、マイナンバーと、クレジットカードとが、接続されることになる。
となると、今までもクレジットカードとメールアドレス…

安全保障法案・採決間近。

安全保障法案・採決間近。

安全保障法案の参議院での採決が、間近にせまった。
この9月、日本は大きな転機を迎えることになる。
もしも法案が否決されたなら、次に集団的自衛権に関して法案が国会に出るのはいつの日となるだろうか。
集団的自衛権は、日本の政治家にとって、長い間、悲願であった法案である。
それが、否決されたとなると、次に政治的求心力が高まる時代は、100年後になるのかもしれないし、二度と来ないのかもしれない。

集団的自衛権を持たない日本は、世界情勢のなかで、孤立している。
ただでさえ、武器を持つことができない、軍隊を持つことができない、そういう国は、とてもハンディのある国である。
戦後、アメリカは日本に、憲法でしばりつけて、軍隊に関するハンディを負わせた。
日本という国から「刀」を取り上げたといってもいい。
刀を取り上げられた武士の国・日本は、寂しい、気弱な国になってしまった。

日本の政治家が今、さかんに世界を飛び回っている。
もちろんそれは、日本の政治家に限ったことではない。
G20もサミットも首脳会談も、あちこちで頻繁に開催されている。
世界のトップがこうして、頻繁に会って話す、こういう時代はこれまでそうそうなかったように思う。
そうして、世界のトップが集まるとき、わが日本の国のトップは、どんな気持ちでいるのだろうか。

私は、国と政府と国民を、よく家庭に例えて考えている。
政府は、一家の主、大黒柱の、夫、主人である。
あるいは「お父さん」と呼ぶ家もあるかもしれない。
そして、国民は、妻、子どもたち、あるいは一家の主をリーダーとして集まってそこで暮らしている老後の生活を送る家族かもしれない。
そう考えると、一家の主が、社会に出て行って、「私は家庭をこのように治めています」「私の家庭はこんな家庭です」というときに、どれだけ「仕事」をこなしたか、その仕事の成果を誇ることは、あるだろうと思う。
一家の主が、その家庭の、住宅が素晴らしく頑丈で実用的であること、見栄えも美しくよく手入れがされていることを、誇りに思うだろう。
そして、会社の昼休みに、社員仲間と集まって、「わりとさりげなく」話すのである。
どの家のご主人もそうではないだろうか。
そして、「国民」がどれだけ、一家の主に協力的であるかを話すのである。
妻がこれほど、夫のために料理を作ってくれた、とか、困ったと…

デモ隊のバックに付いている大物政治家とは誰か。

デモ隊のバックに付いている大物政治家とは誰か。
昨日、8月31日、日曜日に、国会議事堂周辺で、大規模なデモがあった。
これらのデモ隊、さまざまな「安保反対」を訴える団体には、これといった代表者がいない。
リーダーシップを執っているのは誰なのか。
学生たちに、ハンガーストライキを起こさせるほどの、影響力を持った人物は誰なのか。
背後に、安倍政権と対立する、大物政治家が、存在するのではないだろうか。
デモ隊は、その大物政治家にうまく利用されているのではないだろうか。
反安倍勢力を作って、安倍政権を脅かしたい人物がいるのではないだろうか。
このところ、あちこちで、不可思議な事件や事故が起こる。
大物政治家なら、こうした事故を、人為的に起こすことも可能だろう。
それは、政治家が一番よく知っていることだろう。
「安倍政権になってから、社会不安が大きくなった」と言われるほどの、こうした状況を生み出したのは、いったい誰なのか。
誰かが、作為的に、社会不安を作り出し、国民の心を不安に陥れ、コントロールしようとしているのではないだろうか。
その「誰か」を私は考えてみた。
安倍総理大臣にも、心当たりがないか、考えてみてほしいと思う。
私は思い当たった。
小沢一郎氏である。
考えてみれば、3年前の選挙で、滋賀県知事であった嘉田氏を、たった一か月で考えを変えさせて国政選挙に出させたのが、小沢一郎氏である。
なんらかの、心理的なトリックを使う人物なのではないだろうか。
宿命の対決は、今ここにある。


9回裏ツーアウト満塁。

9回裏ツーアウト満塁。
8月も、もうすぐ終わる。
12年ぶりの「寒い夏」だそうで、気象予報士も予測ができなかったそうである。
火山の噴火、地震、台風、何かが起こりそうな、起こっているような、2015年の夏である。
安保法案の参議院での審議も、もうすぐ100時間に達しようとしている。
あと2週間で、「60日ルール」の適用である。
安保法案、成立目前という日程であるが、反戦派も黙っているわけがない。
負けの風が吹いている。
選挙もそうであるが、風が吹く、ということはある。
安保法案の廃案に向けて、風が吹いているような気がするのは、私だけではないと思う。
反戦派もがんばっている。
あの結束力の高い創価学会に、反乱の署名運動を起こさせたのは、反対派の活動家たちだろうと思う。
これで、創価学会と公明党の間にすきま風が吹き始め、土壇場での採決反対票になりかねない状況となってきた。
あるいは、最後の最後に、キャスチングボードのカードを切って、連立を離脱するのかもしれない。
そういった状況を想定してか、自民党は、維新の党と、結びつきを図っていたようであるが、その維新の党も、事実上分裂して、安保法案で協力体制を組むことは、不可能になってしまった。
昭恵夫人へのバッシングは日ごとに、激しさを増している。
もともと、「家庭内与党」を公言していた昭恵夫人だが、いつの間にか、ご主人である安倍総理大臣を守るようになった。
安保法案に協力してくれるように、特に女性を集めての講演会で支援を願っているようであるが、それが、この状態である。
いかに政治家の妻といえども、こうしたバッシングには、心身ともに疲れ果ててしまうだろうと思える。
ご主人である総理大臣も、心労が絶えないだろう。
自民党の若手議員に関するスキャンダル、そして離党問題も持ち上がった。
もともと、若者たち、SEALDsのデモ運動を批難して、ツイッターが炎上したわけであるが、それとは別に、献金問題が浮上した。
これらはすべて、安保反対派の活動の成し遂げるところだろう。
沖縄での協議は成功しているのだろうか。
もうすぐ、工事再開の時期である。
沖縄に、エンタテイメントの施設、沖縄ユニバーサルスタジオジャパンを作ってあげる、というのは、甘い儲け話であるが、沖縄の筋金入りの平和活動家が、このような「飴をしゃぶらせる」ような方策に、むしろ激昂し…

世界的な株価の下落について。

世界的な株価の下落について。

ここ2か月ほど、世界的な株価の下落が、続いている。
ギリシアの債務危機もあり、中国の市場が不安定になったこともあった。
ユーロ圏では、賢明な対策の手が打たれた。
しかし、世界的な市場の混乱は、すぐには収まりそうにない。

本当の原因はどこにあるのか。
どのようにして、この下落を、止めたらいいのか。

政治は、長い歴史の間に、経験によって、法則を得てきた。
経済もまた、長い歴史の間に、経験によって、商法という法則を得てきたのである。

この法則に違反すると、市場経済が混乱する。

つまり、現在の、世界的市場の混乱は、「商法に関する違反」が、原因だと思われるのである。
この違反を取り去り、厳しく対処すれば、市場経済の秩序が取り戻せるとみてよいと思う。

では、商法に完全に違反しているのは、どこの取引なのだろうか。

私は思う。
中国である。

中国は、株式市場に、政府当局が、介入している。
政府の、市場への介入は、商法の違反である。
これを厳しく取り締まれば、この株価の混乱は、収まると、私は思う。

東京オリンピックのエンブレムのこと。

東京オリンピックのエンブレムのこと。

秋の気配が感じられるようになった。
変化、また変化の時代である。
人々の気持ちは、先行きへの不安が増しているように思う。
そんなときに、希望の光として、それは一筋の光というより、
大きな松明として、輝くのが、2020年の東京オリンピックである。
すでに、新国立競技場は、計画の見直しにはいった。
スポーツのための、本当に高度な競技場へと、計画が進んでいるようで、
頼もしいかぎりである。
本当にうれしい。

しかし、次に話題となってしまったのが、
オリンピックのエンブレムの問題である。
いわゆる、盗作疑惑、というものが浮上してしまった。

この盗作疑惑のニュースに触れて、たくさんの人々が、それぞれに、東京オリンピックのエンブレムを、自分なりに考えたりデザインしたり、あるいはそれを、ツイッター上で公開したりしている。
また、それらの仮エンブレムが、「これも素敵」「これもいい」と、話題になっている。

こうした状況は、たくさんの人々が、「私も、オリンピックに参加したい」と思う気持ちの表れであると、私は思う。

疑惑のほうの話題が持ち上がったときに、一番先に感じたのは、「いったい、いつ、そんなコンテストがあっただろうか?」という疑問である。

参加するには、たくさんの大きな条件があったのかもしれないが、もしかすると、有名なデザイン事務所にだけ知らされた、コンテストだったのかもしれない。

日本には今、イラストやデザインの旋風が巻き起こっている。
これは、私だけが思うことではないと思う。

私は、活字文化という方向性で、絵やイラストよりも、活字と文章を主体として表現活動をしてきた。

しかし、今は若い人も、子どもも、ちょっとしたイラストが描けない人のほうが珍しいぐらいである。
美術大学も、アニメーション専門学校も、大人気である。
一億総イラストレーター、といっても過言ではないかもしれない。

こうした状況を踏まえて、「私もオリンピックに参加したい」という気持ちを汲んで、もう一度、エンブレムのコンテストを、やりなおしてはもらえないのだろうか。

くだんの疑惑の件は、判別にまだまだ時間がかかりそうである。
こうなったら、氏のことはまた別の問題として決着をつけることとして、東京オリンピックのエンブレムのほうは、早く決めたほうが良いと思う。

そこで、エンブレムデザイ…

安全保障法案の参議院審議について。

安全保障法案の参議院審議について。

今日の日本は、明治維新の時代の様相である。
国際貢献をするか、しないか。
これは、世界に開かれた日本国になるか、それとも、世界に目を閉ざしたままの日本で居続けるか、という選択である。
つまり、現在の日本は、開国派と鎖国派に分かれて、戦っているような状況なのだ、と私は思う。
どちらが正しいのか。
勝ったほうが、正しかったことになるだろう。
歴史が証明する、というが、勝てば官軍、というわけである。

日本が国際貢献のために安全保障法制を可決すれば、いずれ長い将来にわたって、日本は世界に開かれた国となる。
そうすると、開国派が、「正しかった」という結論になる。
歴史が証明する、というは、こういうことなのかと、改めて思う。

今の日本は、国内で内乱が起こっているような状況である。
社会不安も内乱の影響であるといえるだろう。

ところで、あなたは、鎖国派、開国派、どちらだろう?
私は、開国派である。

明治維新の時代では、開国への時代の流れ、世界情勢の流れには、誰も逆らえなかった。

今、インターネットの普及というツールを介して、世界のグローバル化が進んでいる。
この時流を止められる人は、誰もいないだろうと思う。
いずれ、10年先か20年先かわからないけれども、開国の流れが実現していくことになるだろう。
そうした意味で、現在にどのような批判をされても、私は開国派なのである。

武力を使った国際平和の維持、国際貢献、という意義を、特に女性たちが理解しないようである。
非常にむずかしい理論だからである。
複雑である、ということだろうか。
また、男性の発想である、ということもあるかもしれない。
「あなたの息子さんも、世の中には悪い人がいることをいずれ知って、お母さんあなたを守るために、命を投げ出して戦いたいと思うようになるんですよ」と、伝えたい。
実際に現在でも、息子さんたちは、女性であるお母さんたちを、陰に日向に、守っているのである。
守ってもらっている「お母さん」たち、女性たちが、そのことに気づかないだけなのである。

戦後70年、「平和」と一言ですべてが語られてきた日本社会においては、「世の中には悪い人がいる」「国際貢献をするべきである」という正当な考えが、通じない。
もう、頭が固くなって硬直してしまっているのだろう。
それに、自分が正しいと信じ込んで…

安保法案と、新しい国造り。

安保法案と、新しい国造り。
安全保障法案が、衆議院を通過した。
先週からは、参議院での審議が始まっている。
国民世論が、大きく揺れている。
政治問題としては、「盛り上がっている」という見方もできるだろう。
安全保障法案に対して、賛成意見も反対意見も、これだけたくさんの考えと意見が出てくることは、民主主義国家として、とても頼もしいことだ、と私は思う。

ところで、安倍総理大臣は、安保法案が可決されたら、すぐにでも戦争を始める気持ちでいるのだろうか?
このあたりで、国民の疑心暗鬼は深まるばかりである。
何しろ、秘密情報保護法案もあるし、政治家というのは、昔から、選挙のときだけの口約束、と相場が決まっている。
本当に、信じて大丈夫なのだろうか?

私は、こういうときに、安倍総理大臣という人の、人柄や性格を、じっくりと考えてみる。
人々は、「政治家」というだけで、腐敗や汚職の色眼鏡で見てしまう傾向があるように思う。
けれども、私は、日本の政治家は、高潔で理想肌であるように思う。

特に、震災後の日本の政治家は、若手も含めて、理想と情熱に燃えているように思う。
そして、安倍総理大臣という政治家は、やはりとても、理想の高い政治家であるように、私は思う。

たとえば、安倍総理大臣は、山口県の出身であるが、山口県には、高名な吉田松陰がいる。
安倍総理大臣の演説には、この吉田松陰の名前が、何回も出ている。
「松陰のように、やろうではないか」という呼びかけもある。

現代の日本は、時代が変化変化のときである。
それはあたかも、明治維新の変化の時代と、重なるものかもしれない。
そして、安倍総理大臣は、現代の吉田松陰となるべく、理想を掲げて政治を行っているのではないか、と思うのである。

吉田松陰は、国内にあっては、改革、革新を進めた。
そして、国外にあっては、「強い日本」を造ろうとしていた。
明治維新の時代は、長い間の鎖国がほどけて、黒船が来航していた時代である。
「外にあっては」「国際的には」という点は、とても大切な視点だったのだろうと思う。

安倍総理大臣は、外務大臣を歴任している。
御父上の安倍晋太郎氏も、外務大臣であった。
若いころから、外務の仕事として、海外へ何か国も渡航して、仕事をしている。
それで、外務大臣的なものの観方が身に付き、時には海外で悔しい思いも情けない思いも体験して、「日本…

楽しみな新国立競技場。

楽しみな新国立競技場。

新国立競技場の建設計画が、白紙からもう一度始めることになった、という。
2020年の東京オリンピックが決まってから、着々と進む、前へ前への、都市計画。
その、メインスタジアムとなるのが、新国立競技場である。
東京に決まったのが、一昨年。
そして、オリンピックまで、あとわずか5年である。
競技場の建設も、今まさに始めなければ、もう間に合わなない、というところで、やんやの大騒ぎとなっている。
たくさんの人たちの、興味と関心が、オリンピックに向かって現実味を帯びてきた、ということで、とてもよいことだと、私も楽しくなってきた。

問題の建設計画は、その予算の高いことと、デザインとにあるように思う。
やはり、2500億円というのは、びっくりするほどのお値段である。
いったい、どうしてこんなに高くなってしまったのだろう?
この予算で、日本スポーツ振興団では、どうしても進めたいようである。

それはきっと、スポーツマンにとって、「夢の殿堂」となる、新スタジアムだからだろうと思う。

今、日本中が、戦後の節目を迎えて、建て替えラッシュである。
せっかく建て替えるならば、と、どの専門家も、最新の設備を望むものである。
たとえば、病院の建て替えの際には、医師たちが、最新の医療機器を望んで、予算が高騰することになり、あわてて、「あきらめを含めて」妥協地点で、少しお安いものにするそうである。

私たちも、自宅を建て替えるとしたら、最新の設備を備えたい、と思うのではないだろうか。
太陽発電や、IT設備、そして、最新のデザインである。

スポーツマンは、もしかすると口下手なのかもしれない。
走りやすいトラックと、そうでもないトラックとがあるそうである。
また、ロッカールームの設備も、カギをつけてほしい、と願っているし、シャワールームも数とプライバシーを高めてほしい、と願っている。

また、国際競技ということからも、同時通訳の設備や、世界同時放送の設備も、どうしても重要だろうと思う。
防弾ガラスのついた、VIPルームも大切になるし、選手や観客の健康管理のための、専門の保健室も必要になるだろう。
もしかすると、救急処置のできる設備も大切かもしれない。

また、観客にとっては、パウダールームの設備は、とても大切である。
限られた時間でたくさんの観客がパウダールームを利用できるように、清潔…

NHK「まれ」第1週「魔女姫バースデーケーキ」感想。

4月に入った。
桜の花の咲く季節。
新入学や新入社、新しい人生の始まりを迎える人も多い。
新しい社会に飛び込んだ人にとっては、たいへんなことも多いかもしれない、と思う。
これから始まる季節を、どんなふうに、生きて行こう、と思うだろうか。

新生活をしっかりと組み立てていくためにも、日課は大切なことである。
そんなときに、朝ドラはうれしい。
毎朝、決まった時間に起こしてくれて、新しい笑顔を見せてくれる。

今春からは、「まれ」が始まった。
「まれ」は、ヒロインの女の子の名前であるが、同時に、このドラマのテーマもあらわしているという。
「希望」の「希」という意味である。

ご当地ドラマで楽しみなのは、「今シーズンはどこが舞台なのかしら?」ということである。
「まれ」は、北陸、石川県能登半島が舞台である。

一週目は物語の始まりである。
登場人物の名前も表示されて、人間関係もとてもわかりやすかった。
そして、北陸の素晴らしい自然が、丁寧に映し出されている。

一週目は、まだ子役、「まれ」の子ども時代である。
「まれ」と、弟、両親が、北陸に移り住んだ経緯が描かれている。

子ども時代というのは、本当に自然と共にあるものだ、と思う。
子ども時代は、田舎で生き生きと伸び伸びと成長するのが、一番よいのではないだろうか。

朝ドラで楽しみというと、どんなドラマでもそうであるが、大好きな俳優さんが着る、衣装もとても楽しみである。
今週は、ヒロインが子役、ということで、子どもらしい服装をたくさん見ることができた。
女の子は、本当に楽しい。

まれ、の初登場シーンでは、青い海辺に、ピンク色のサロペットである。
Tシャツにサロペット、という姿が、「まれ」の活発な性格を、よく表しているように思える。
小学生のうちは、活動的に動きやすく、着替えやすく、洗濯もしやすい服装が、一番よいように思う。

また、服装は、自己表現である。
女の子がこれから、大人になるにしたがって、時と場所をわきまえた自己表現の仕方を身に着けていくために、小学生の服装は、とても大切な訓練期間となりそうだ。

まだ、子どもなので、母親が選んであげている状況だろうと思う。
この時期に、服装に対する、自然な取り組み方と、基礎を教えてあげるのは、大切だと思う。

今週の「まれ」では、80年代ということであるが、かわいらしいリンゴの模様のエプロン姿もあ…

NHK「マッサン」第25週(最終週)「人生は冒険旅行」感想。

半年間、ずっと毎朝観てきた、朝の連続テレビ小説「マッサン」も、いよいよ最終週、最終回となった。
昨年の秋から、真冬、年末年始やお正月も越えて、ずっと「お友達」になってきた「マッサン」とも、お別れである。

最終週は、1949年から始まる。
政春は55歳である。
戦後の復興期に造った三級ウイスキーが好調で、次に造った一級ウイスキー「スーパードウカ」も、とても好調に売れている。
特に、スーパードウカは、マッサンが目指してきた、本場スコットランドにも比肩する、理想のウイスキーである。
日本で最初の本格的ウイスキー造りに、とうとう成功するのである。

そして、日本中の人々に愛されるウイスキーとなる。
「マッサン」の物語の初めには、まだまだ日本人には、ウイスキーは、なじみがなく、聞いたこともないお酒だった。
それが、政春の夢のとおり、日本にも本格的ウイスキーの時代が来るのである。

夢の実現を成し遂げた政春。
まさに、「男のサクセスストーリー」の完遂である。

広い工場。
赤い屋根とレンガ造りの敷地。
冬の北海道のロケもとても素敵である。
冬の日に、窓から雪が降る情景も、とても美しい。
ときどき、屋根から雪がおちるのがいい。

そして1971年。
政春は77歳になっている。
本場スコッチウイスキーとして認められた賞の授賞式と、回想のシーンで、完了している。

20代のときに、ウイスキー造りを学ぶために、スコットランドに渡ってから、50年の歳月が流れている。
50年といえば、人生そのものである。
一生をかけて成し遂げる夢としては、時間は少ないかもしれないし、長すぎるかもしれない。

しかし、たくさんの人々が、夢と冒険に向かって走り始めることはできても、「成し遂げる」「成功する」ということはむずかしい。
いくつもの山や谷を乗り越え、たくさんの障害を乗り越え、次々にやってくる試練に立ち向かい、ときにはくつろげる日もあり、ときには笑いもたくさんある、そうした人生を、最終的に成功に成し遂げるものは、いったいなんだろう?

私は、ドラマのテーマである「冒険心」「チャレンジ精神」とともに、もうひとつ、「忍耐強さ」があるように思った。

それは、チャレンジやときには「賭け」と呼べるほどの、豪胆さや、先行きの見えないものに突き進んでいく勇気とともに、同時に持っていなければならないものだ、と私は思う。

政春は、…