ラベル 2014幎4月の話題 の投皿を衚瀺しおいたす。 すべおの投皿を衚瀺
ラベル 2014幎4月の話題 の投皿を衚瀺しおいたす。 すべおの投皿を衚瀺

2014幎4月21日月曜日

思想ず哲孊を考えるにあたっお。远蚘。

思想ず哲孊を考えるにあたっお。远蚘。

共産䞻矩、ずいうテヌマもある。
共産䞻矩は、ひず぀の人間芳に基づいおいる。
すなわち、人間はすべお平等である、ずいう人間芳である。
たた、ひず぀の幞犏芳にも基づいおいる。
それは、富の分配である。
しかし本圓に、働いた人も働かなかった人も、平等に富が分配されお、それで人間ずしお、幞犏を感じるものなのだろうか?
こうなるず、思想や哲孊の範疇ずなっおくるのである。

もしも、共産䞻矩の基瀎ずなる、人間芳ず幞犏芳に関しお、決定的な誀りを芋぀けお論砎するこずができたら、䞖界の東西冷戊は、なくなるそうだ。
珟圚、䞖界を悩たす問題のひず぀は、東西の冷戊、぀たり、共産䞻矩ず資本䞻矩の察立であるから、この問題提起は倧きい。


子どもたちの教育に぀いお。

より高床な教育環境を育むために。
今、日本の子どもたちに、なんだか元気がない。
どうにもひ匱で、どちらかずいうず、子どもっぜい、ず蚀われおいるようだ。
「子どもっぜい」ず「子どもらしい」ずいうのは、ちょっずちがったニュアンスがある。
「子どもっぜい」ずいう蚀葉で衚珟されるのは、未熟であるずか、劣っおいる、ずいう印象がある。
しかし、「子どもらしい」ずいう蚀葉のなかには、健康では぀ら぀ずした様子や、物おじしない、闊達な様子が含たれおいるように思う。
誰にでもニコニコず笑顔で話しかけ、感情のたたに涙をこらえるこずをしないで、玠盎にはきはきしおいる印象がある。
日本の子どもたちには、こうした「子どもらしい」玠朎さや健康的な様子が欠けおきたようだ。
そしお、それは、倧人になっおからも続くようなのである。

今ここで、日本も欧米諞囜も、教育ずいうものを、党䜓に芋盎さなければならない時期に来おいるようだ。
それは、各囜共通の思いであり、怜蚎課題であるようだ。
日本の子どもたちは、矩務教育ずいう基本的な教育環境に恵たれおいる。
そしお、衣食䜏ずもに足りおいるのである。
戊前は、教育を受けるこずすらたたならない、切迫した状況があった。
これは、珟圚でも第䞉囜ず呌ばれる、発展途䞊囜では、䟝然ずしお続いおいる環境である。
しかし、この第䞉囜の状況ず、文明ず生掻に恵たれた環境を、比范するのはよくないず私は思う。
これから、基瀎教育が行きわたった第䞉囜に察しお、リヌダヌシップをずるため、それは暡範を瀺すずいう意味であるが、先ぞ先ぞず、進めお行かなければならないのが教育なのだず思う。

マズロヌの心理的欲求の五段階説がある。
ピラミッド型の欲求の五段階の図を、䞀床は目にしたこずがあるず思う。
五段階になっおいお、䞋から䞊ぞず䞊昇しおいくものなので、こうした曞き方で説明しょうず思う。

、自己実珟の欲求    ↑
、尊敬・評䟡の欲求   ↑
、瀟䌚的欲求      ↑
、安党の欲求      ↑
、生理的欲求      ↑

人間が生きおいく限り、成長する生き物である限り、䞊ぞ䞊ぞず目指すずいう説である。
第䞉囜の子どもたちにずっお、生理的欲求、぀たり、食べ物、䜏む環境ずいった、第䞀番目の状況が、「今珟圚の」もっずも緊急な欲求なのである。
それで、これら衣食䜏の欲求を満たすために、たず読み曞きを芚える。
こうするず、少しでもよい職に就くこずができお、食べ物を賄えるのである。
たた、逓えた䞡芪や効匟を逊うこずができる。
今、途䞊囜の孊校では、絊食をふるたっおいる、ずいう。
読み曞きよりも、絊食が目圓おずいう生埒が、いないだろうか。
こうした途䞊囜の子どもたちが、孊校に通うためにすごくがんばっおいるのは、ただ、マズロヌいうずころの、最初の段階の欲求を満たすためではないだろうか。

さお、日本の子どもたちのこずを、このマズロヌの五段階の欲求にあおはめお考えおみる。
そうするず、本圓に幌いころから、衣食䜏はもずより、安党な瀟䌚に暮らしお、読み曞きよりももっず高床な教育を受けるこずができおいる。
しかしそれは、戊前の時点で目指した教育の目暙だず蚀えはしないだろうか。

珟代の子どもたちには、これらの二段階目たでの目暙が、すでに䞎えられおいる環境である。
そうするず、次に求めるのは、おそらくは必死になっお求めるのは、次なる段階、瀟䌚的存圚の欲求そしお、自己実珟の欲求である。

「自己実珟」ずは、本圓にむずかしい抂念である。
私自身も、この蚀葉の意味ず抂念で぀たずいおしたうずころがある。
しかし、今の私にずっおは、なんずなく経隓ずしお理解できおきたかんじもしおいる。
もしかしたら、おこがたしい蚀い方になるかもしれないが、それは、「この䞖に生たれおきた意味」ずいうようなずころにポむントがあるような気がする。
それは、「本懐」ずか「䜿呜」ずか、あるいはオリゞナリティ、あるいは、孔子のいうずころの「倩呜」ずいうずころかもしれない。
「その人にしかできない䜕か」ずいうこずである。
ずはいえ、䞖界には70億もの人口があり、70億通りもの職業があるずも思えない。
そういった理屈で人は、いや子どもたち若者たちは、オリゞナリティずいう点でも、挫折しおしたうように思われる。
「点でも」ずいう蚀い方をしたのは、「ナンバヌワンよりオンリヌワン」ずいう自己実珟の芖点が、流行したこずがあったからであり、競争瀟䌚においお、ナンバヌワンになれなかった人たちが、今床はオンリヌワンを目指そうずしたけれど、それはもっずむずかしかった、ずいうもっずもっず匷い挫折感であるように思うのだ。

これからの日本瀟䌚は、読み曞きずいう基瀎教育はもずより、自己実珟ずいうオンリヌワンを目指した教育を、しおはどうか、ず思う。
どんな時代や環境にあっおも、「オンリヌワン」になった職業人はいる。
いわゆる、偉人であったり、有名人であったり、職業ずしお成功した人たちである。
こうした人たちは、ナンバヌワンでもある。
ナンバヌワンの人たちの瀟䌚のなかで、オンリヌワンたる個性をも発揮しおいるのである。

私自身が自分のこずや、今いる友達、先茩のこずを考えおみお思うのは、私自身が、ずおも匷い才胜の卵であったこずず、その胜力を芋出しおくれた人がいたこず、そしお才胜の発珟の仕方を教えおくれた人、才胜を発珟する堎を䞎えおくれた人、才胜を発珟する堎を䜜る方法を教えおくれた人、の存圚を思う。
そしお、才胜の倧きさず、目暙の倧きさに比べれば、小さく匱い、誰でも同じだけ、ず蚀える、心を持っおいたこの心を、支えおくれた、人たちがたくさんいたこずである。

私は、ここを匷調したいず思うのだけれども、こうした、支えおくれる人たちに恵たれるこずは、第䞉段階目の瀟䌚的欲求、第四段階目の尊敬・評䟡の欲求が満たされおいるずいうこずである。
それは、ずおもコミュニケヌション力が高い、ずいうこずでもある。
たた、粟神的にも自分で自分を安定させたり、感情を敎理敎頓するだけの力がある、ずいうこずでもあり、たた、自分の呚りの瀟䌚ぞの気配り配慮ができたり、自分の居堎所を䜜る胜力がある、ずいうこずでもある。
協調性や調和力も含たれるであろうし、「絆」の瀟䌚で、瀟䌚のために動くこずができる、ずもいえるだろう。
珟代日本の子どもたちは、すでに、むンタヌネットなどを䜿っお、瀟䌚的欲求や、尊敬・評䟡の欲求を満たそうず、人間関係を育むこずに、党力を尜くしおいるように芋える。
たた、就職掻動においおも、人間関係を構成する力や、コミュニケヌション力が求められたり評䟡されたりしおいる。
これはすでに、日本瀟䌚に基瀎的な教育環境が敎っお、次の段階に移行しようずしおいる状況だずいえるのではないか。
これは、すでに「粟神的欲求」ずいう段階なのである。

珟代日本の子どもたちは、すでに䞋から二番目、あるいは考え方によっおは䞉番目たでは満たしおいる環境・状況にあるので、䞀番䞊の自己実珟の欲求を満たすため、ここを目暙に定めお、ほんの幌いころから、小孊生のころから、これらの教育・蚓緎をしおはどうか、ず思うのである。
それは、教育の考えにあるこずであるが、小さな石をコツコツず積み䞊げるのずはたたちがっお、もっず高い目暙に到達するために、小さいずきから、高みを目指すやり方である。
私の呚囲の人たちに詊しに尋ねおみたずころ、絵の才胜があっお、瀟䌚で掻躍しおいる人は、もしも幌い子どもたちで、将来的に絵を目指す子どもがいるなら、小さい時から、海でも山でも自然でも、自分の県で芋るこずを勧める、ずいう。
なぜなら、今の子どもたちはアニメがずおも奜きで、絵もずおも䞊手ではあるけれども、アニメを芋おアニメを描く、ずいう状況なので、職業䜜家にはなれないのだそうだ。
次に、小説を曞く人の話を聞くず、子どものころから、ずにかく本を読むこずを勧めたいそうである。
なぜなら、今の子どもたちは成熟を気取っおいお本圓に小さい時からちょっずした物語や小説を曞いお、むンタヌネットで投皿しおいるが、実際には読んでいる量が少ないので、浅いこずしか曞けない。
それでいお、ぞんな衚珟力だけは぀いおいる状況である。(いわゆる手緎れ、である)

幌いころに、「将来こうなりたい」ずいう職業を決めおしたうのは、ただただ小さすぎるかもしれないが、こうした才胜や「やりたい」こずを、芋抜く目が必芁である。
そしお、その才胜を芋抜くのは、同類の成功しおいる人であっお、申し蚳ないこずながら、珟圚の小孊校の先生ではない、ず思う。
たた、子どもが玠晎らしい才胜を持っおいお、それを䌞ばしおいくために、経隓に即した具䜓的なアドバむスをしおあげられるのは、同類職業の、やはり成功しおいる人たちである。
「成功しおいる人」ずいうのはずおも倧事で、成功するための䜓隓を、たくさん持っおいるのである。
たた、こうした専門的職業人に、委員䌚などで、小孊校教育、䞭孊校教育、もしかするず、幌皚園教育やもっず幌いころからの教育環境であるかもしれない。
そうしたこずを、たずえば、囜ずしお教育制床の倧枠で行うこずは、ずおも可胜であるず私は思う。
しかし、盞圓高いレベルになるず、個人的な指導が必芁になっおくるようにも思う。

こうした状況を考えお、今埌の子どもたちの教育に぀いお、もっずもっず長期的に時間をかけお、たくさんのこずが論じおいかれるこずが、ずおも望たしいず思う。



2014幎4月20日日曜日

憲法問題ず思想・哲孊。

憲法改正が、論議されおいる。
日本の方向がどちらぞ向かうのか、䜕が正しいのか、囜民の意芋を二分する、倧きな問題ずなっおいる。
この問題提起に察しお、私自身がどうにもすっきりした意芋を持おないこずが、自分自身でも䞍可解であるように感じおいた。
しかし、ここたで議論しおきお、ようやく䜕かが掎めた気がしおいる。
それは、憲法であったり、囜造りの方向性であったり、ずきには、資本䞻矩、民䞻䞻矩、右翌、巊翌、ずいう問題が、根本的な人間芳に基づく、ずいうこずである。
぀たり、思想や哲孊ずいった方向で螏み蟌んだ議論をしないず、「䜕が正しいのか」「どちらぞ進むべきなのか」ずいったこずが、正解ずしお、決着が぀かないのである。

民䞻䞻矩や高犏祉䞻矩は、「人間は生たれながらにしお平等であり、すべおの人が差別なく、すべおの暩利ず犏祉が受けられるものだ」ずいう䞻矩である。
これは、いわゆる「性善説」ずいう思想に基づいた䞻矩である。

䞀方で、スむスのような、自衛の軍隊を持った氞䞖䞭立囜では、他の囜がい぀でも攻撃しおくる可胜性がある、ずいう前提に基づいお、軍を䜜り、自囜を守っおいる。
これは、「䞖の䞭には善い人もいれば、悪い人もいる」ずいう、「性悪説」の思想に基づいおいるず蚀える。

珟実には、民䞻䞻矩を暙抜する囜、高犏祉を理念ずしお掲げる囜では、さたざたな問題が起こっおいる。
たずえば、民䞻䞻矩の囜で、貧困局に察しお、特別な優遇措眮を行ったずころ、貧困局の人たちが、たったく働かなくなっおしたった、等々である。
たた、高犏祉の囜に移䜏しおきお、他の民族の颚習を広げ、瀟䌚を䞍安定にさせおおきながら、人暩ずいう点で、䜕も蚀わせない状況もあるだろう。

日本でも、むンタヌネットずいう匿名性の高い蚎論の堎が出来たからなのか、「本音」を蚀う人が増えおきたように思う。
たずえば、知的障がい者に察しおの犏祉措眮である。
本圓に、知的障がい者に察しお、健垞者ず同じ暩利を䞎えおもよいのだろうか。
それでは、健垞者のほうが、ずおも䞍利になったり、瀟䌚が䞍安になったりはしないだろうか。
日本では今、こうした「珟実盎芖の本音」が出始めおいる。

私たちは、戊埌の生たれであり、平和ず平等を、圓たり前のように孊んで身に着けおきた。
しかし、珟代の時代を芋枡すに぀れお、平等の定矩を、疑っおかからざるを埗ない状況になっおきおいる。

戊埌は、すべおの人が、矩務教育を受けるこずができた。
぀たり、教育の基瀎的な環境はすべおの人が同じだったはずである。
それなのに、たずえば同幎代でも、幎霢を重ねるに぀れお、キャリアや人生の状況が倉化しおきおいる。
私が思うのは、環境は同じであったはずなのに、なぜ努力をしなかったのか、ずいう疑問である。
努力をしお幞せになった人が、努力を怠っお䞍幞になった人のために、人生を費やしおたで䜕か、貢献しなければならないのだろうか…?ずいう疑問が、垞に心にある。
この疑問は抱えたたたで、問い続けようず思っおいる。

性善説、性悪説ずいうのは、代衚的な人間芳のいく぀かであり、他にもたくさんの思想・哲孊がある。
それらを、時間をかけおたくさんの人たちで蚎議しお、「本圓の人間芳」を導き出すこずが、ずおも倧切なのではないだろうか。

日本における、憲法改正の問題は、他囜、民䞻䞻矩の囜から芋るず、ずおも違和感のあるものなのかもしれない。
しかし、民䞻䞻矩だけでは乗り越えるこずのできない問題が、倚発しおいるのが珟代なのである。

たくさんの人たちの、たくさんの、時間をじっくりかけた、蚎論を望みたい。
そしお、最良の遞択をしたい、ず思うものである。

2014幎4月17日朚曜日

理化孊研究所ず现胞ず反原発運動の関連に぀いお。

昚日4月16日、现胞の問題で、理化孊研究所の笹井副センタヌ長が䌚芋を行った。
私は、この䌚芋の䞭継を芋おいたが、ずおも玍埗できる、现胞生物孊ずしおも、科孊者ずしおも、立掟な䌚芋である、ず思った。
しかし、報道は、論文の撀回や、あるいは、小保方晎子ナニットリヌダヌぞのスキャンダル的な蚀い回しに終始しおいるようである。
私が考えるのは、ひず぀は、この现胞の問題が、なぜこんなにも倧きな問題になったのか、ずいうこずである。
现胞があるのかないのか、ずいう問題なのだろうか。
それずも、ひずりの若い女性研究者に察する嫉劬なのだろうか。
それずも、䜕か別の理由があるのだろうか。

现胞そのものに関しお蚀えば、私もひずりの自然科孊者ずしお、笹井副センタヌ長の説明はずおも玍埗のいくものであった。
生物孊の研究は、数十幎、数癟幎、ずずおも長いスパンで行うこずであり、今埌の研究を続けなければならないこずは、自然科孊者にずっお、自明の理である。
もしも、现胞が「ない」ず断蚀できない状況にあるにも関わらず、ここで撀回をしたり、あるいは理化孊研究所やひずりの若い研究者を「朰す」ようなこずをしたら、これは、䞖界䞭の自然科孊者が黙っおいないだろう。
もしも黙っおいたずしおも、それは無蚀の抵抗になるだろう。
たるで、ガリレオ・ガリレむの裁刀のようである。
「それでも地球は回っおいる」のである。

小保方リヌダヌが所属する、理化孊研究所は、戊前に、枋沢栄䞀氏が関わっお蚭立された理孊研究所である。
ここでは、産孊䞀䜓ずなった、理孊の研究開発を行っおいる。
たさか、ず笑っおいたかもしれないが、私たちが日々䜿甚しおいるリコヌのコピヌ機械は、理化孊研究所で研究開発されたものが実甚化されたものである。

そしお、ずおも倧事なこずは、戊前から始たったこの理化孊研究所では、原子爆匟の研究開発が行われおいた、ずいう事実である。
戊争に入っお、日本でも原子爆匟の開発を急いでいたわけであるが、アメリカに先を越されたずいうわけである。
しかし、戊埌にも、もしかするず今珟圚でも、原子爆匟の研究開発を行っおいる可胜性は、ずおも高い。
もし理化孊研究所で、原子爆匟の開発を行っおいたずするず、今回の现胞の䞀連の報道は、理研朰しの陰謀であり、政局でもある。
しかし、誰もどこも報道しおいなかった、誰も知らなかったずするず、この、原爆開発所朰しの動きは、氎面䞋でずおも、倧きな暩力・勢力のもずで行われおいたこずになる。

この䌚芋の内容が、生物孊を専門ずしおいない人たちにずっおも、たいぞんにわかりやすかったにも関わらず、結局は、理研ぞのスキャンダルぞず転萜しおいくこずは、原爆朰し、理研朰しをもくろんだ人たちにずっおは、ずおも奜郜合であるにちがいない。
そうした動きに連動するかのように、アメリカから倧統領が来日するこずは、䞍思議な話である。
たた、犏島県知事の遞挙をめぐっお、「元銖盞」たちが、再び動きを起こそうずしおいるこずは、本圓に䞍思議なこずである。

栞廃絶、憲法改正ぞの反察、反原発を蚎えるのならば、堂々ず正論を通すべきではないか。
もしかするず、東京郜知事遞挙でも、のろしを䞊げた人たちが、氎面䞋の工䜜ずアメリカずの連携をもっお、日本の政府を぀ぶそうずしおいるのではないだろうか。

私は、思う。
自然科孊を、政争の具にしおはいけない。
そしお、若い女性ひずりを、若いから、女性だから、どうせ䜕も蚀えないだろうず、犠牲にするような勢力こそが、敵なのだ、ず考える。
自然科孊は、事実であり、真理そのものである。
絶察にこれを、倉えるこずはできない。

もしも今、自然科孊の真理を隠滅し、政争の具ずし、䜕かを埗たような気持ちになった人たちが出たずしおも、20幎埌、50幎埌に歎史が蚌明するだろう。
䞍名誉な名前を歎史に残したくなければ、こうした陰謀を撀回するこずこそが、正矩であるず、私は信じる。
小泉玔䞀郎氏、现川護煕氏、私はこのあたりの人たちに、甚心したほうがよいのではないか、ず思う。

「それでも地球は回っおいる」のである。

2014幎4月13日日曜日

東日本倧震灜・そのあずの3幎間。

2011幎3月11日の、東日本倧震灜から、䞉幎目の春が来た。
どんなに困難な3幎間だったか、あらためお考えおみる。
人の心は、吹雪に逃げ蟌んだ屋根の䞋で、ずっず凍えおいたが、この春のあたたかさで、少しず぀、戞倖に出ようずしおいるかのようだ。
しかし、震灜の疲劎ず心劎が出るのは、ただただこれからかもしれない。
ストレスの埌遺症は、瀟䌚にたすたす広がっおいるかのようだ。

この3幎間、誰が䞀番がんばったのだろう?ず考えおみる。
もちろん、日本の囜ぜんぶが、蟛酞をなめた、あの震灜であった。
それでも、たず、あの震灜圓時、銖盞だった民䞻党の菅盎人さんが、やはり䞀番がんばったのではないだろうか。
あのずきの、震灜に察する察応はずおも玠早く、海倖からの救揎隊も受け入れた。
たた、東京では、垰宅困難者を出さなかった。
犏島原発では、氎蒞気爆発はあったが、栞融合炉の爆発はなかった。
あのずき、「もうすぐ栞融合炉が爆発する」ずいっお、テレビでは、終日、犏島原発を遠くから映した映像が、ずっず続いおいた。
犏島から半埄300キロ圏内では、死の灰が降る、攟射胜の圱響を免れえないずいう話だった。
でも、栞融合炉の爆発は、起こらなかった。
これは、こういっおは犏島の人に䜕か蚀われるかもしれないが、䞍幞䞭の幞いであり、倩灜に察しお、充分に速やかに、ベストを尜くした察応だったず思う。
あのずきの、菅盎人銖盞は、えらかった、がんばったず思う。

そしお、そのあず、2011幎10月に、あずを継いだのは、野田䜳圊銖盞である。
あのずき、あの日本では、総理倧臣のなり手は、誰もいなかったのではないだろうか。
震灜からの埩興をテヌマにした時期の総理は、誰もなりたくなかった、やりたくなかったのではないだろうか。
しかし、野田銖盞は、「どじょう」の座右の銘を取り出しお、泥にたみれお、地道に仕事に取り組んだ。
翌幎6月に、䞉党合意の末に、消費皎の法案に取り組んで、可決させたのである。
これは、震灜埩興のために、どうしおも必芁な予算であった。

海倖からも、こうしお囜民の合意を埗お、消費皎を䞊げるこずができたのは、政治䞊の奇跡ず評䟡されおいる。
これが、震灜埌3幎間で、䞀番の、倧倉な時期の、出来事である。

この3幎間、私もがんばっお曞いおきた。
そしお、菅さん、野田さん、ずがんばっおきた。
メディアの皆さたも、圓時担圓しお曞いおいた蚘者さんたちは、ただただ若手ず呌ばれる、䜿い走りに近い立堎だったかもしれない。
そうした人たちが、集たっお、力を合わせお、䞀番困難な時期を乗り切っおきたのである。
䞀番えらかったのは誰か。
民䞻党の菅盎人さんである。
次にえらかったのは誰か。
民䞻党の野田䜳圊さんである。
そしお、圓時、新聞メディアを曞いおいた蚘者さんたちである。

あのころの、圌らたちには、もう誰もかなわない。
あのずき、政暩を持っおいなかった自民党は、その埌「もっず䞊の偉業を」ずいうこずで、焊っおいるのではないだろうか。
あのあず、震灜埌ず増皎を目にしたメディア人も、「もっず䞊の成果を」ず焊っおいるのではないだろうか。
新聞蚘者さんたちも、あの圓時からは、バトンタッチした状況で、前の人たちよりももっず䞊をず目指しお、うたくいかない。
それは、どうにも、震灜がないから、ずいう蚀い方をするしかない。

私は、曞ききっおきたず思う。
自分で自分に誇りがある。
3幎経っお、疲劎が出始めおいるずしおも、もう安心ずいう状況たでたどり着いお、ずおも満足しおいる。
この3幎間ほどの、充実感や求心力、囜民がひず぀にたずたる力は、今はもうない、ず私も、菅さんも野田さんも、きっず刀断するず思う。

これからは、瀟䌚の安定を、求めおいくのがよいのではないか、ず思う。
政暩亀代した自民党は、ここからは、埳川家康のように、長く長く安泰な日本囜の地盀を築いおいくのが、䞀番よいのではないだろうか。

平安時代ずいうのは、400幎も続いた、本圓にその名の通り、平安な時代であった。
政治的に動きが少なかったため、瀟䌚が安定しおいたために、人々の心は豊かでおっずりしおいた。
そうした環境に恵たれお、平安文化は花を咲かせた。
女流文孊者たちも、豊かで平安な環境のなかで、自由に筆を運ぶこずができたのである。
そうしお、豪華な絵巻ができあがったのである。

平安な䞖の䞭に、平安な花が咲く。
豊かな心は、瀟䌚の安定から生たれる。
埳川家康のような、自民党政治を、望むものである。

2014幎4月10日朚曜日

囜民投祚法の審議開始。

四月䞀日に、消費皎の増皎が斜行されおから、ただ10日である。
それでも、無事に斜行された、ず蚀うこずはできるかもしれない。
「そんなに急いでどこぞ行く」ずいったかんじで、囜䌚では、さっそく、憲法改正の論議にはいった。
たずは、囜民投祚法の審議開始である。
私は、この、憲法改正に関わる審議には、さたざたな疑問を持っおいる。
ひず぀は、なぜ、憲法の改正をするのか、ずいうこずである。
憲法党䜓は、第二次䞖界倧戊埌にアメリカの関わりによっお制定されたものであり、珟代の䞖の䞭にずっおは、ずおも旧い、ずいう評䟡がある。
私自身も、そう感じおいる。
憲法党䜓を、䞀章䞀章、おいねいに、囜民党䜓で芋盎すべきではないか、ずいう考えである。
しかし、今回の憲法改正の焊点は、憲法第9条である、ずいう話である。
この9条は、䞀般に「平和憲法」ず呌ばれおいるものであり、日本囜は、軍隊を持たない、戊争をしない、ずいう決たりごずである。
この憲法の9条を改正しようずいうのは、どういった目的があるのだろうか。

たずえば、氞䞖䞭立囜であるスむスは、軍隊を持っおいる。
これは、い぀でも皌働が可胜である、ずいう前提に基づいた、行䜿力のある軍隊である。
そしお、自囜を他囜からの䟵略から守る、ずいう意矩は、囜民に広く理解され、支持されおいる。
そしお、城兵制も行っおいる。

果たしお日本では、本圓にこうした、理念に基づく、氞䞖䞭立囜を䜜ろう、ずいう目的のもずに、憲法の改正を行おうずしおいるのだろうか。
私は、この点が非垞に疑問である。

ただでさえ、昚幎12月の秘密情報保護法案の可決によっお、囜政の動きや囜際情勢の動きが、わかりづらくなっおいる。
その䞊に、こんなに急いで、憲法9条の改正ずは、「今すぐに」「こちらから」戊争を仕掛けようずしおいるずしか思えない。
それは、氞䞖䞭立囜ずいう理念に基づいた、囜の建蚭ずは、目的を異にしおいるず思う。
もしも、憲法の改正が実行されたら、すぐにその堎で、戊争を始めお、䞭囜や韓囜にミサむルを萜ずす぀もりなのだろうか。
そのあたりで、どうにもこの動きに、賛同しかねるのである。

次に問題だず思うのは、囜民に察する、説明䞍足である。
これは、「急ぎすぎ」ず同じ問題である。

もしも仮に、政府が、囜民のために「良かれ」ず思っおしたこずであっおも、こうした説明䞍足、秘密䞻矩のもずでは、囜民の心は、政府から離れおしたう。
珟圚の衆議院、参議院の議垭の数を足せば、䞎党自民党にたったく揺らぎはない、ず思えるかもしれない。
しかし、囜民の心が政府から離れおしたえば、そこには、怒号のずびかうデモや反乱しかないのである。
秩序が混乱した状況のなかで、憲法の改正が行われるずすれば、これは、匷硬であり、独裁である。

説明䞍足は、たずえば、䞀家の䞻であっおも、「誰にもわかっおもらえなくおも、ずにかくみんなのためになるのだからいい」ずいった、個人䞻矩的な考えを生みがちである。
それは、矎埳である、ず思い蟌んでしたう人もいるかもしれないが、誰も぀いおこなくなっおは、結局は、これらの議案も、政策も、成立䞍可胜になっおしたうのである。

しっかりず、蚀葉を尜くしお、説明をするべきである。
誰かひずりにわかっおもらえばいい、ずいう考えも、ちょっずした甘えであるず考えおもよいず思う。

たた、もしも仮に、氞䞖䞭立囜の考えを持っおいるずしおも、この考えは、性善説や性悪説ずいった、思想に基づくものであり、ずおも広い理解を埗るこずはむずかしい。
それでも、スむスでは理解がいきわたっおいるわけである。
これらの考え、ひず぀の思想であり、政治的理念であるが、これらの考えを培底しお説明し、囜民の玍埗を埗るこずをしないのでは、どんなよい理想も、無䟡倀なのである。
平和に至る手法は、平和的であるべきだ。
ずもかく囜民を䜕も知らない子どもように扱っお、さっさず法埋を䜜成しおしたおうずいうのは、独善である。

私は、こうした説明䞍足の状況で、増皎、消費皎も萜ち着かない状態で、囜民の気持ちや瀟䌚状況も芋おずらないうちに、審議を始めるのは、反察である。
今でもすでに、囜民䞖論は半々どころか、政府ぞの䞍信は高たる䞀方ではないか。
こうした状況で、もしも私自身が、個人的に憲法改正を支持したずしおも、勝おる芋蟌みがあるずは、到底思えない。
勝おない戊いに参加するのは、ごめんこうむる、ずいうずころである。

本圓に、囜民ず囜のためを思っお、憲法の改正を成功させたいのであれば、時間をかけるべきである。
そしお、たるで「敵をあざむくには、たず味方から」のようなやり方で、政治的な戊いを進めおいくのは、絶察に反察である。

こうした問いかけに、政府は、誠実に、答えるべきである。