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NHK「花子とアン」第16週「あなたがいる限り」感想。

2014年を代表する傑作となりつつある、NHK朝のテレビ小説「花子とアン」。
大みそかの紅白歌合戦の出し物も気になってきた。
先週第15週「最高のクリスマス」に続いて、第16週は「あなたがいる限り」である。
「最高のクリスマス」では、土曜日に、朝ドラ最大のポイント「プロポーズ」が敢行された。
そして、日曜日をはさんで、月曜日には、甲府のご両親へ、花子と英治の、ご挨拶、火曜日に結婚式、水曜日におめでた、木曜日にご出産、と本当に大忙しの花子さんであった。
大変にお祝いもうしあげたい。本当におめでたい。

考えてみれば、クリスマス関連でのプロポーズは、朝ドラの注目としては、今回は誠に質素倹約であった。
夫となる村岡英治が、花子の、妹と同居している女性ふたりの下宿先に上がりこんで、テーブルをはさんで、畳の上で、正座して行うものである。
考えてみれば、プロポーズと言えば、あの歴史的な、「ちゅらさん」の、南の島の、「あの樹の下で」の、ロマンチックかつ誓いのたった、プロポーズがあった。
しかし、花子の場合は、自宅居間である。
さすがに不倫のプロポーズは、簡単に行うものである。
しかしまた、このときの英治のセリフにも、驚愕させられる。
「自分の本当の心と向き合うことにした」というのである。
ということは、これまでは、本当ではなくて、嘘の心を態度にしていたわけだ。
もしも英治が、このとき、自分の本当の心に向き合ったら、どれだけたくさんの「本当」が出てきたのだろう。
それでも、これまでの「逃げ」の姿勢を改めて、前向きになったのは、とてもよいことである。
中園ミホさんの脚本から学ぶところはとても多いのだが、ここでは、実際には恋愛もし、お子さんも出産された中園さんは、ご結婚だけはされていないのだが、もしも中園さんにとって、「こうあったら結婚にいたった」というワンポイントレッスンがあるとすれば、「男性が反省すればいい」ということになる。

また、その後の、月火水の流れを観ても、不倫シングルマザーにとっては、男性の反省に基づくプロポーズさえあれば、すべて片が付く、という素晴らしく単純明快な図式を見せてもらうことができた。
つまり、中園さんには、恋人からのプロポーズの言葉がなかった、ということなんだろう、と思う。

実際の結婚では、プロポーズから、お付き合い、両親へのご挨拶、結婚式の準備、これらのさ…

映画「八日目の蝉」おすすめポイント。

今夜7月12日(土)夜8時30分から、BSプレミアムで、映画「八日目の蝉」が放送される。
「蝉」といえば、あの宇田川満代先生、ではなくて、角田光代女史の、最高傑作とも評される文学作品の映画化である。
この「蝉」には、井上真央さんが出演される。
井上真央さんといえば、来年のNHK大河ドラマ「花燃ゆ」で、主演を務められる女優さんである。
今、新進気鋭で評価の高い女優さんというと、やはり井上真央さんなのではないか、と思う。
井上さんは、ドラマ「花より男子」のヒロイン・つくし役で、一躍有名になった。
あの可愛らしくて元気な「つくし」のイメージがとても似合っていて、印象的だった。
「八日目の蝉」は、ミステリーとかサスペンスとかいう評価もあるようだが、満たされぬ恋愛と、強い本能的な母性愛とを描いているように思える。
映画の冒頭部分では、泥沼の状態に陥った、不倫の恋愛が描かれる。
そして、非情といえば非情であるが、正妻のおなかに宿った命は生かされ、不倫の愛人の子どもは、堕胎される。
そこから、愛人・希和子の流浪の旅が始まる。
正妻の子どもを、盗んでしまったのである。
ある女性のもとから、夫を盗み、子どもを盗んだ、希和子の業が、これでもか、これでもか、と綿密に描かれている。

そして、その希和子が盗み育てた子どもが、これは女の子であるが、この女の子が大きくなった娘さんの姿を演じるのが井上真央さんであるが、役名・恵理菜は、これまた、育ての母と同じく、不倫の恋と、なさぬ仲の子どもの妊娠、となるわけなのである。
本当に、業を持った女性の人生というのは、こういうものなのか、とため息が出てしまう。
この義理の娘は、不倫のなれの果てである育ての母・希和子を許すとも愛すとも理解するともつかない状況でのらりくらりと生きているのだが、自分自身が希和子と同じ状態を経験することで、希和子を許す、という変なストーリーである。

印象的な場面は、小さな島で、子どもを誘拐した「母」と、盗まれたことを知らない「娘」が、会話をかわすところである。
この娘さんは、人目を忍ぶためであろうか、男の子のような服装をさせられている。
そして、「お母さん大好き」「誰よりもお母さんだけが好き」と言う。

このところ、シングルマザーが増えているという。
私には、こうした「子どもがあれば生きていける」という母親の気持ちが、こんなふうに…

連載・79 大正ライスカレー

お料理エッセー・そら豆のひとりごと。

ニワトリが先か、玉子が先か、というテーマがある。
同じように、カレーライスなのかライスカレーなのか、というテーマがある。
これもまた、永遠の謎である。
ライスカレーの淵源は、ご存知のとおりインドであるが、もともとはこうしたアジア熱帯地方のターメリックを中心としたさまざまな香辛料を使った料理である。
日本に入ってきたのは明治時代だったそうだ。
もともと、外国から入ってきた料理を、日本風にアレンジするのは得意なことであるから、その大本を掴んだうえで、いろいろに工夫して広がっていったようだ。
明治時代には、高級料理であった。
現代では、高級ライスカレーもあれば、家庭的ライスカレーもある。
では、日本における、ライスカレーの中心地は、というと、これは東京なのだそうだ。
東京・神田の書店街に、古書店の間と間に、レトロで小さな料理店がある。
あるいは、喫茶店でもある。
喫茶店でナポリタンやライスカレーをメニューにいれている。
そうして、今一番新しいカレーは、神田で作り出されているエチオピアカレーなのだそうだ。

私も、家で作る料理として、ライスカレーは大好きだ。
じゃがいも、にんじん、たまねぎ、を具材として、あるときはチキンカレー、あるときはビーフカレー、またあるときには、小間肉であり、あるときには、ひき肉である。
簡単に、市販の固型ルーを使うのであるが、その仕上げに、何やら隠し味をすると、作るたびにちがった味のカレーができあがる。

幼いころ、お母さんが作ってくれる夕食のカレーも、こうした市販の固型ルーを使ったものだった。
うちの母は、いろいろな種類の固型ルーをブレンドして使っていた。
子どもたちが小さいときは、林檎とはちみつ入りの「甘口」で、少しおとなになってくると、「中辛」にしてくれる。
弟は男の子だからなのか辛いのが平気で、激辛にしてほしい、などという。

母は、夕食の支度をしながらいろいろな話をしてくれるのが好きで、カレーを作りながら、カレーについて話してくれる。
「ずっと前は、バーモントカレーなんでいう便利なものはなかったから、カレー粉と小麦粉とバターとでルーを作ったのよ」
という。
私が不思議に思っていると「お母さん、今から作ってみようか、ね」という。
フライパンにバターを熱して溶かす。
そこに、カレー粉をたくさん入れて、焦がすよ…

NHK「花子とアン」第15週「最高のクリスマス」今後を予想する。

その1、英治と香澄。
英治と香澄。
花子が恋する相手・村岡英治と、その亡き妻・香澄との夫婦の絆には、まだ決着がついていない。
妻が病気で亡くなった後、夫である英治はどのように、気持ちの整理をつけていくのだろう。
このあたりは、夫婦の濃やかな絆や愛情、妻亡きあとの、英治の心情を、リアルに切実に描いてほしいものである。
特に、実在の村岡氏には、子どもさんがいらっしゃったそうである。
子どもを持った父親として、亡き妻そして、残された子どもに対して、どのような思いを抱いていたのか、そのあたりの描写がほしいところである。
英治に横恋慕するヒロインの立場としては、子どもがいるのといないのとでは、心情がちがうものなのではないだろうか。
また、社会からの評価としても、子どもさんがいるのといないのとでは、不倫の意味合いがちがってくる。
今回、ドラマ化するにあたって、相当の脚色が行われたようであるが、そのあたり、事実とフィクションの間をどのように色付けするのか、あくまでフィクションで通す予定なのか、とても興味深い。

また、夫婦というのは不思議なもので、はたから見ていてもわからない、結婚してみなければわからない、夫婦ならではの、心情や言葉のやりとり、複雑な思いがあるのではないだろうか。
生活を共にすることや、子どもを持つことや、互いに両親がいること、また今回のドラマでは、英治の弟・郁弥も、大事な役割をしている。
そこに流れ通う、独特の心情を、書き表してほしいものだ。

私の予想では、たとえば、こんなエピソードを思う。
先日、ヤフー知恵袋で話題になっていたエピソードであるが、夫が妻に内緒で、妻へのプレゼントを考えて、購入して、サプライズで贈った、という話だ。
妻がテレビをとても好きなので、夫は、大きくて高くて立派なテレビを、あちこちで見て探して、プレゼントした。
きっととても喜んでもらえるだろうと思っていたのに、妻はとても不機嫌になったというのである。
妻の言葉としては「そんなに予算があるなら、生活費に入れてほしかった」
「テレビを買う予定があるなら、一言私に相談してほしかった」ということなのである。
返品・返金してほしい、とまで言うのだそうだ。
夫としては、何が何やらわからない、というところだろう。
妻のほうの気持ちが、私にはよくわかる。
こういいたいのだろう、「テレビって次の買い替えは…

白蓮事件・その本質にせまってみる。

このところ、いわゆる「白蓮事件」に関して、話題が高まっているようだ。
白蓮事件とは、大正時代に、福岡の炭鉱王のところに嫁いだ女性・柳原白蓮が、東京の若い男性・宮本龍一と、かけおち、出奔を起こした一連のいきさつである。
この出奔の際に、白蓮が、新聞紙上に、夫である炭鉱王に対して、離縁状を掲載したことも、とても大きな行動であり、話題となって残っている。

今、NHKの通称「朝ドラ」で、「花子とアン」が放送されている。
物語のヒロイン・安東花子は、女学校の時代に、この柳原白蓮と交流があったようだ。
ドラマのなかでは、花子と白蓮が、強い友情で結ばれていた、と描かれている。
それは、互いに女学校時代の輝くばかりの夢や希望、将来や運命への不安、その不安な未来に挑戦する気持ちや、夢をかなえたい気持ち、愛する男性と一緒になりたいという、強い気持ちがあると思う。
また、共通して、若いころから学問を身に着けた女性であり、学芸や文芸にも優れていた。
日本や外国の文学も読み、音楽や語学もたしなみ、また明治から大正という、時代が大きく変化して、女性の人権も生き方も、大きく変化しようという時期である。
そういった時期に、学問を身に着けた女性が、どのように人生と仕事と恋愛、そして結婚を選択していくのか、悩み苦しみ、決断していくのか、これは女性の自立への、死闘ともいうべき、戦いの時期なのだと、私は思う。

柳原白蓮は、侯爵家・華族の家柄である。
家柄に縛り付けられて、自らの望まない男性と、家の定めにより、結婚をすることになった。
このことが、白蓮にとって、最大の苦痛になったようである。
女学生の時代に、西洋から入ってきた文学や新しい文化に触れた白蓮にとっては、「愛する男性と結婚したい」ということが、強い望みとなっていたが、それは、この時代にしては、「新しい望み」でもあった。

そうして、白蓮は、家の定めた結婚の呪縛から逃れて、「愛する男性」と巡り合い、家から出て、「愛を成就する」ということになっている。
これが、白蓮が思い描いた人生であり、愛であり、望みであり、新しい自立した女性の姿であった。
この白蓮の姿は、現代の女性たちからも、「愛を貫いた女性」として、支持されているようだ。

しかし、本当に興味深いのは、この「愛を貫いた女性」という見方が、女性のものだけのことだ、という問題である。
男性からみた「…

NHK「花子とアン」第15週「最高のクリスマス」感想。

NHKの通称・朝ドラ「花子とアン」がとても注目されているようだ。
朝ドラというと、常にそうであるが、ヒロインが恋愛をして、結婚にたどり着くまでの経緯が、一番盛り上がるエピソードである。
今回のシチュエーションは、これまでの朝ドラになく、複雑な事情がある。
それで、これから花子はどうなるのか、英治はどうなるのか、ここでダークホースの武はどうなるのか、というたいへんな話題が持ち上がるのである。
手堅いところは朝市くんなのだが、どうにもそうはいかないところも、朝ドラのむずかしいところだ。
今回の結婚問題は、村岡英治氏の、離婚、再婚、恋愛、なんといったらいいのかいろいろな事情が重なっているところも、重圧である。
英治はどんな気持ちでどんな判断をするのか、また、この苦悩を抱えた英治に、誰がどのようなアドバイスや支援をするのか、また花子がどう振る舞うのか、とても難題なところである。
きょう、火曜日まで観たところでは、英治の亡き妻の形見を抽斗に持っている、英治の弟・郁弥、そして、英治のことを、本心から心配して温かく見守る、父親と、出版社の仲間たち、こうしたところが、とても心温まる様子で描かれていると思う。
ここで、父親が、長男の再婚に関して、なんらかの口出しや手配をしそうでもあるし、また、弟の郁弥が、兄の感情を引き受けてくれているところもある。

私が予想するのは、やはり何か、弟の郁弥が、亡き妻(義姉)から、なんらかの遺言を託されていたというあたりである。
亡き妻の形見が、聖母子像であったことから、キリスト教への信仰心がうかがえるものであり、そのあたりで、香澄が何か言い残したこと、あるいは、弟の郁弥に言い残したことがありそうである。
また、父親も、親の直感や人生体験から、英治に新しい人生に踏み出してほしいところがあり、力強く背中を押しているようでもある。

それにしても、英治の心は、亡き妻への、「亡くなった」という思いでいっぱいなのではないかと思う。
幸せにしてあげられなかったように思ったり、自分の責任であるように思ったりするかもしれない。
まさに「愛と死を見つめて」の状況なのである。

私は、子どものころ、私の母親がとてもストーリーテラーなところがあって、たとえば夏休みに、母がお洗濯をしながら、夕食の支度をしながら、いろいろな話をしてくれたものだった。
母は、たとえば「愛と死を見つ…

台風8号が近づいてくる。ツイッターまとめ。

台風が近づいていますね。まだ晴れていますが、関東圏に来るのは、11日の金曜日になりそうです。関東圏、きょうは晴れて暑いですが、明日から台風の影響の雨です。雨が降り始めると、台風のいろいろな準備ができなくなっちゃいますので、きょうのうちに、準備しましょうね。
私は、ベランダや玄関に出してあった鉢や傘、電灯を、家の中に入れました。それから、洗濯物も入れておきました。明日からもう外出できない、という気持ちで、食品や水も確認したいですね。土曜日に台風が去るまで、5日間は外出しない覚悟で、食品や懐中電灯も準備です。  

北海道では、猛吹雪が三日も続くことがあり、学校は臨時休校になって、前の晩には連絡網で、各家庭に連絡が来ました。当日の朝になってから、臨時休校になることもありました。そのときも、電話による連絡網です。登下校の途中で遭難してからでは遅いですものね。

私は、北海道にいたときに、風速50メートルを体験したことがありますが、半端じゃないです。道路を歩いていても、街路樹がなぎたおされて、その樹が頭に飛んできて、亡くなった方もいらっしゃいました。今回の台風は風速75メートルということで、想像を絶するかんじです。

晴れている今日のうちに、台風の準備をしてくださいね! 会社も学校も、休みにしてしまいましょう!

外食や、宅配ピザもない、と思った方がよいと思います。運送や郵便も、一日や二日は遅らせるようにして、未然に災害事故を防ぎましょう!

台風の名前は、日本語で「たぬき」という名前らしい。名前は可愛いが、気圧が910ヘクトパスカルにまで下がるようだ。1気圧で1000ヘクトパスカルなんだから、宇宙旅行いや、富士山頂みたいになってしまう、カップラーメンのお湯も100度まで上がらない、というすごい気圧です。こわい。

じゃ、いろいろ準備しますので、BSのアンテナはどうしたらいいの?じゃまた→ 台風の準備について・まとめmatome.naver.jp/odai/2140470







NHK朝ドラ「花子とアン」第14週「ゆれる思い」感想・後編

毎朝、楽しみに見ているNHK朝ドラ「花子とアン」も、きょうが放送第83回である。
脚本家の中園ミホさんが、おそらくは自分自身の体験に基づいて、恋愛心理を描写してくれるのではないか、というところが、このドラマの見どころとなっているので、私も、こういった状況における、男性と女性の心理と行動、そして周囲の心理と行動などを、よく知りたいと思い、熱心に観察させていただいている。
ひとつは、昨日よく自分でも整理して書いてみたからか、ずいぶんと筋が通ってきたように思う。
ここで、すでに、英治(男性側)で、妻の側から言い出して離婚が成立しているならば、何の問題もなくなる。
英治の側でもともと個人の問題として抱えていたのが、結婚も仕事もうまく行っていない、という状況である。
人間であれば誰もが、仕事がうまく行かない、結婚もがんばって努力してみているがうまくいかない、という時期があるものである。
またここで、上司の編集長も、「私も結婚に一度失敗している」と体験を語っている。男性としてもそうしたことはあるだろう。
ということになる。
それに、花子も英治もとても悩んでいるのだし、ここで何の罪悪感も感じないというなら、そのほうが問題であるが、こんなに苦しんでいるのだから、許してあげてもいいではないか、という心情になってくる。

昨日、私のブログに関しても、感想をいただいて、男性陣を含めて何人かの友達と、花子の状況について、話してみた。
すると、ちょっと驚くようなことを発見した人がいた。
つまり、NHKということもあり、朝ドラということもあったのか、表現が抑えられているが、「あの夜」つまり、花子が雷鳴を聴いただけで赤い傘を思い出すフラッシュバックのような「あの夜」であるが、傘を落として抱擁したそのあとは、温泉マークのお店に行ったのだ、という話なのである。
私も、同座した友達も「えっ!」「まさか!」と驚いてしまった。
ここで、花子と英治がしたことが「ハグ」であるとしても、家族やご近所もいる、玄関前のお稲荷さんの前でというのも、ずいぶんと間の抜けた話である。
絶えず周囲の状況に目を配るのが男性の習性なので、男としてはまともな判断力ではない、というのが男性陣のご意見なのだ。
しかし、もっと驚くのは、ここで「あの夜」あったことが、「ハグ」なのか、湯気のマークのお店なのかは、これは大問題である!

全然、…

NHK「花子とアン」第14週「ゆれる思い」感想。前編。

NHK連続テレビ小説「花子とアン」も、脚本家・中園ミホにとって、佳境にはいった。
つまり、「道ならぬ恋」に身をやつす場面に入ったのである。
脚本家の中園さんが、自身が「道ならぬ恋」をして、シングルマザーになったのであるから、中園さんにしか描けない、恋の様を、克明に観察して描写してくれるだろうことは必須で、私も非常に楽しみにしていた場面であった。
それで、いつもは一週間見終えてから、書いている「感想」であるが、ドキドキするので、きょう、木曜日の分を観終わってから、考えをまとめる意味で書いている次第である。
まず、第一に、花子がどうして、そんなに村岡英治氏を思うようになったのか、そのあたりが今一つ、ピンとこない。
村岡氏との最初の出会いは、花子がまだ女学校の時代に、アルバイトで出版社で働くようになった時期であるから、十代の終わりごろである。
その後、女学校を卒業してから十年間は山梨で小学校の教員をしていて、それから改めて東京に出てきた。
英治との再会があって、十代のころには目覚めなかった恋心が芽生えた。
そしてその恋がとても情熱的な思いとなるわけである。
このあたりの流れというか、花子の心情がよく見えてこない。
出会ったころは「ナマケモノ」と呼ばれて、プンとふくれていた可愛い花子と、これまたとても無邪気で屈託のない村岡青年であった。
それが、恋に身をやつすことになっていて、これはなんだか、キャラクター的に、これまでの花子の、ちょっとコメディタッチのキャラクターとは、合わない。
それも、突然に合わなくなった、という印象である。

それで、ここでまとめてみようと思う。
その1、出会い 十代のころ。アルバイトで出会って、一緒に仕事をしたが、少年少女のような会話しかしていない。
その2、プレゼント、村岡氏から、当時のアルバイトのときに、英英辞典をプレゼントされている。これは、花子が語学力が優れていて、翻訳が上手だったから、花子も当時なかなか手に入らなかった英英辞典がとてもほしかったから、向学心に応じて、村岡氏がプレゼントしたものである。
その3、「みみずの女王」で文学賞を受賞したときに授賞式で会っている。このとき、「あなたはあなたらしく自信を持って書き続けてほしい」と励まされている。
その4、花子が山梨から上京して東京の出版社で働くことになったとき、歓迎会で花子がワインに酔った…

世界的平和への最終決戦。

昨日、7月1日、日本において、集団的自衛権の解釈変更が閣議決定された。
これに対して、日本国民の、かなりの多くの人たちが、反対の声をあげている。
正直、「閣議決定されてからの平和シュプレヒコールなのか」と思うこともあるし、「今になって憲法を学ぶのか」と思うこともある。
自国の憲法を知らないのは、日本人くらいだそうである。
だから、今からでも学びなおすことは、とてもよいことだろうと思う。
これを機会に、学んでほしいと思う。

日本国政府は、集団的自衛権を、国際情勢のなかで、とても必要なことだと認識して、これを推し進めてきた。
この、日本から集団的自衛権をもって、国連軍に参加するまでの過程は、そんなに短い道のりではない。
しかし、国際情勢に足並みを揃えて、国際的な紛争や課題を解決するために、とても大切な道のりである。

国民に理解を求めたいところであるが、これは、「平和観」「人間観」であり、ひとつの思想でもある。
だから、とても説明がむずかしいところであるし、その説明に対する理解と納得も、とてもむずかしい、ということになるだろう。

ヨーロッパでは、ナチスドイツ、あるいは、ロシアのスターリンという、とても痛いい歴史的な体験がある。
そして、人間観の確立は、ナチスドイツとユダヤ人迫害の歴史とその反省、研究を踏まえたところがある。
それで、「ヒットラーのような」人物が、独裁的な政権を持って、人々を扇動することがある、とよくわかっている。
そして、それらの兆候やあるいは、ヒットラーのような独裁者に飲み込まれてしまう大衆の心理もよく研究されている。

それらを踏まえたうえで、「人間の世界には、悪い人たちがいて、その人たちが人々を扇動し、武器を持ち、とても悪いことをする場合がある」とよく理解しているのである。
私たちに必要なのは、この、人間観とその理解である。

世界情勢は今、まるでそこに引き寄せられるかのように、中東、イラン、イラク、シリア、ウクライナ、クリミア半島、というところに、国際的テロ組織が集まっている。
そして彼らは、ツイッターなどインターネットを通じて、仲間を増やしつつある。

この状況は本当にまるで、中東というこの一帯に、悪の集結があるかのようである。

私は、私自身の人間観に基づいて、これまでもいろいろな人物に関して、このブログで書き綴ってきた。
そのひとつが、日本国内にお…