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2015年11月28日土曜日

浅田真央さん。NHK杯・2015.

真冬の楽しみといえば、やはりNHK杯のフィギュアスケートである。
毎日、スケート三昧をして楽しんでいる人も、たくさんいるようだ。
昨夜は、女子ショートプログラムだった。
私もずっと以前から応援している浅田真央選手。
ジャズのナンバー「素敵なあなた」を、見事に演じていた。
ジャズの「魂」というのは、こういうところにあるのかもしれない。
何よりも、「恋」の素敵さが、伝わってきた。

浅田選手、今季絶好調である。
とても調子がいい。
だから、ちょっと曲よりも、動きが早くなって、勢いが余ってしまったようである。
これまで、努力と訓練で演技してきたスケートだけれども、一年の休暇ののち、とても楽しめるようになった、という。
きっとフリーの演技も、とても自信があるのだろう、と思う。
その勢いがあまって、ジャンプの着氷がうまくいかなかったのではないか、と思う。

これまでには、あまりしなかったことかもしれないが、少し勢いを抑え気味にする、という技が、求められるのかもしれない。
蝶々夫人、とても楽しみである。

2015年11月26日木曜日

フィギュアスケート・NHK杯2015。

明日11月27日と、あさって28日、そして29日と、
フィギュアスケートのNHK杯が開かれる。
明日27日金曜日は、女子と男子のショートプログラムが行われる。
あさって28日土曜日は、女子と男子のフリースケーティングが行われる。
とても楽しみである。

特に今年は、日本でもテレビとインターネットの同時放送を始めるための、今回は、試験放送ということで、パソコンのインターネットでも、タブレットでもスマートフォンでも、リアルタイムに競技の放送を楽しめる、というわけである。
私もさっそく、NHKのサイトから、スマートフォンの視聴ができるように、アプリをダウンロードしておいた。
準備万端である。

今年のNHK杯の見どころは、いろいろあるが、各種スポーツ新聞、スポーツサイトなどでたくさん書かれている。
私もそういった、詳しい競技の記述を読むのが大好きである。

男子のショートプログラムでは、金メダリストの羽生結弦選手はもちろんとして、そのライバルである、無良崇人選手の演技も、とても楽しみである。
先月のアメリカでの演技を、動画で観たのだが、ショートプログラムの「黒い瞳」は、とても素晴らしかった。
ロシア民謡は、フィギュアスケートの定番であるが、無良選手は、どんな女性の「黒い瞳」を思っていたのだろうか、奥さんであろうか、まだ幼い娘さんであろうか、地に足の着いた、しっかりとした、男の愛情を感じさせるものであった。
指から、エッジから、あふれるような、「真冬の男の愛情」が、感じられた。
明日もとても楽しみである。

無良選手の、フリーの曲は、シルク・ド・ソレイユの「O」である。
「O」は、「オー」であり、フランス語の「水」を意味するそうだ。
シルクドソレイユといえば、現代の前衛の大道芸で、世界的にとても有名で人気がある。
前衛というのは、カウンターカルチャーとも呼ばれる類の芸術である。
その本質というのはなんなのか。
なんなのかわからないところが、前衛的、というところだろうか。
カウンターカルチャーと言えば、「今あるものに対抗する」「今まであったもの、既成概念に抵抗する」というような意義がある。
そして、シルクドソレイユの舞台もそうであるが、ボーダレス、つまり、国境のない文化芸術を表現している。
「国境のない」という言い方も、さまざまな解釈があるだろうが、私の感じるところでは、たとえば、西洋的であるとか、東洋的であるとか、あるいは、民族的であるとか、時には政治的であるとか、そういったことのすべてを超越したところに、新しい芸術を求めたものである、と思える。
しかし、無良選手の「O」にも見て取れるように、「西洋でも東洋でもない」というよりは、「西洋であり、東洋でもある」というふうに、たくさんの複雑な要素を取り入れたもの、といえそうだ。
このあたりを、無良選手がどのように表現するのか、とても興味深い。

ところで、町田樹選手はどうしたのだろう?
昨年、シーズンの途中で引退表明をして、それっきりである。
とても惜しい選手である。
しかし、町田選手の昨年の選曲には、少し無理があった。
というのは、ベートーベンの第九合唱付きを選んだからである。
合唱というのは、たくさんの人数が集まって表現するものである。
それを、ひとり氷上で表現するには、かなりの技術が必要とされた。
町田選手はそこに挑んだわけであるが、惜しくも引退である。

実は今年の無良選手にも、同じようなことが言える。
無良選手のフリー曲「O」は、たくさんの劇団員が集まって表現するものなのである。
舞台というのは、友情の集まりである。
実は、前衛的である人たちというのは、話をしてみると、人懐っこく、和気あいあいとしているチームである場合が多い。
同じ感性を持ち、同じ舞台をやり遂げようとする、目的意識や連帯感があるかもしれない。
「前衛」それ自体は、とてもシュールで時には「なんかこわい」ものであるのに対して、それを演じる人たちは、むしろ明るくて陽気で、底抜けに楽しいのである。

考えてみれば、ボーダレスというのも、「みんなで仲良くやろうよ」という意味かもしれない。
それくらい、今の世界は、ボーダレスな気心で満ちている、とも言える。

明日のNHK杯は、夕方4時にはスタートである。
各種情報をかき集めて、冬の夕暮れの寂しい時間帯には、鍋でも囲みながら、アイススケートを楽しみたいものである。
私も、そんなふうに、冬の夕べを迎えることにしようと思っている。


フィギュアスケートNHK杯公式サイト →

http://www.nhk-trophy2015.jp/


NHK杯 ネットで観るには →

http://www.nhk.or.jp/figure/

2015年11月21日土曜日

羽生結弦選手、「オペラ座の怪人」素敵でした!

きょうも、とても寒い。
本格的な冬のシーズンが始まろうとしている。
冬には冬の楽しさがある。
それが、私も大好きな、フィギュアスケートである。

男子選手で、その演技を楽しみにしているのは、
ソチ五輪で金メダルをとった、羽生結弦選手である。
圧倒的な強さで、昨シーズンも絶好調であった。
昨シーズンは、フリーの曲は、「オペラ座の怪人」であった。
「怪人」の恋する悲しみとその切ない思いが、
美しく表現された、素晴らしい演技だった、と思う。
私も、テレビ画面の前で、拍手をおしまなかった。
感動をたくさんもらえて、
本当に、フィギュアの選手の素晴らしさを思った。

今年もシーズンが始まり、
羽生選手の演技を見ていると、
本当に、すがすがしい冬の凛とした北風を思わされる。

ソチで金メダルをとったころよりは、
体格が、よくなったと思う。
これは、きっと誰からも言われることだろうと思う。
年齢的に、身体がどんどんできていくときなのだろうと思う。
今の羽生選手は、男らしい力強い演技ができる。
そういう体つきになっていると思う。
これも日ごろの訓練のたまものである。

ショートプログラムのショパンのバラード。
ショパンは、鍵盤の詩人、とか、ピアノの詩人、
とか呼ばれてたくさんの人から愛されている。
たとえば、浅田選手もソチのショートプログラムで使った
「ノクターン9番」などは、
繊細なピアノのメロディと、和音が奏でられる。

しかしショパンは、繊細さと同時に、
男らしさ、力強さのある、作曲家である。
たとえば、祖国ポーランドで革命がおこったときに、
エチュード「革命」を、作成している。
この、激しさと情熱は、
繊細さの裏側にある、ショパンの「底力」とも呼べるものである。

フリーの曲では、映画「陰陽師」から、SEIMEIを選ばれている。
これは、映画「陰陽師」の主人公「安倍清明」のテーマである。
日本的で、アジア的な、また横笛を使ったオリエンタルな、
そういったところに、今年の羽生選手は、挑戦している。

「陰陽師」「陰陽道」というと、
現代の日本人には、ちょっとなかなか、理解しずらいところもある。
「日本的な」ということで、歌舞伎や狂言でも、現代ものとして、
新作でトライされているのであるが、
日本の思想というと、仏教や神道が、主として思われるところであるので、
私たちの日常には、陰陽道が息づいているとは言い難い。
しかし、平安時代には、陰陽道が実際にあったわけである。
古代の日本人の「思い」を表現するには、
とてもよいテーマ曲であると思う。

平安時代というと、現代では考えられないことであるが、
まずは、電気がなかった時代である。
また、発達した医学や科学もなかった時代である。

だから、たとえばある日突然に、日食が起こったりすると、
それはそれは、恐怖であった。
明るかった昼間が、みるみる薄暗くなり、
太陽に影がさすのである。

また、今年も冬が来てインフルエンザが流行り始めるが、
こうした、目に見えないウイルスというのが、
まだわからなかった時代であるから、
いつの間にか罹患する病、はやり病というのは、
悪夢との戦いだった。

そして、何よりも恐ろしかったのが、
闇、である。
現代では、24時間、真夜中でも、
道路には街路灯が照らされ、
コンビニエンスストアの明かりが遠くからもまぶしい。
しかし、平安の時代には、夜となると、
小さな揺れるろうそくの光以外は、
すべて「闇」なのである。

古代の人々は、この「闇」と闘っていた。
闇のなかにうごめく、さまざまな目に見えない敵と、
力いっぱい戦っていた。
それは、おのれの心の中の、恐怖心と戦っていた、
ということかもしれない。

陰陽師は、そうした怖れに打ち勝つための、
まじない師である。
誰もが彼に頼り、そして、闇と病に打ち勝つことができた。
平安の都の、医師でもあり、祈祷師でもあり、
誰よりも頼れる、正義の味方であったのだろう、と思う。

古代の人々は、真冬を乗り越えるのもこわかった、
と言われている。
今度こそ本当に、もう二度と春は来ないのではないか、
このまま冬が続くのではないか、とこわくなったそうである。

フィギュアスケートは、氷のなかに咲く、春である。
冷たい北風の季節、心を熱くさせて、
今年も、私は、じっと、スケートリンクを、見つめている。



2015年11月20日金曜日

ニューヨークの皇太子さま。

先日、11月17日に、皇太子さまが、ニューヨークに出発された。
ニューヨークの国連本部で、18日に、
「水と災害に関する特別会合」の開会式が行われた。
そこで基調講演をされた。
「水と衛生に関する諮問委員会」の最終会合にも
出席される予定であるという。
日本へは、いつお戻りになるのだろうか。
もう、帰途につかれただろうか。

13日の金曜日には、フランス・パリで、同時多発テロがあり、
その後、ISからは、アメリカへの攻撃の予告も行われた。
もちろん、ワシントンもニューヨークも、
テロのターゲットである。

なにかよからぬ予感がしたニュースであったが、
その後、ソルトレークシティーなどで、
アメリカの航空機が臨時着陸をしている。

もしも、日本の皇太子殿下が、ニューヨーク滞在中に、
テロに遭遇したりすれば、
日本に対するテロ攻撃とみなすこともできて、
日本も非常事態宣言が発令されるような事態となる。
とうとう日本も巻き込まれる、ということなのだ。

しかしこれは、日本としてもアメリカとしても、
戦略的なことで、
初めから予定されていたことなのではないか、と、
私は思う。

皇太子さまのニュース動画→
http://www.news24.jp/articles/2015/11/17/07315094.html

宮内庁の案内→
http://www.kunaicho.go.jp/activity/gonittei/02/gaikoku/h27america/cpv-h27-america.html

2015年11月13日金曜日

これから先、10年後の日本を考える。

ここ数年、特に震災後、日本国内も、国際情勢も、
変化、変化の毎日である。
今起こっていること、これから起こるであろうこと、
その変化の激しさに、不安や恐怖を感じている人々も、
たくさんいると思う。
私自身もその一人である。

それで、これからの「人生対策」「生活対策」として、
10年後の日本、というテーマでいろいろと、
個人的に考えている。
10年後に残っているもの、変わっていないものは、
いったいどれくらいだろうか?
どんなものが生き残っているだろうか?

10年後に変わっているもの、なくなっているものは、
どんなもので、どんなふうに変わっているだろうか?

10年後に、確実に絶対に変わっている、とは言い切れないけれども、
変わっている可能性のあるもの、というと、
どんなものだろうか?

私なりに、思いつくままにメモをしてみたので、
そのリストを、ここにアップしてみようと思う。

☆ 10年後に変わっている可能性のあるもの

政府
学校制度 (教育制度)
病院 (先進医療 TPP)
通貨 (仮想通貨)
新聞 (デジタル化)
雑誌 書籍 (電子化)
寺院 (宗教 数)
お店 (なくなっている?)
パソコン (インターネット)
スマホ (もっと進化する)
宇宙旅行 (可能になる?)
交通 (リニアモーターカー、新幹線)
自動運転車
海外旅行
国際情勢 (勢力分布図)
TPP (食品やあらゆる文化)
農業
テレビ (なくなっている?)
結婚制度
苗字制度
東京駅
渋谷駅
山手線
税制

ざっとこんなところである。
そうすると、「変わらないもの」というと、
衣食住、といった、人間の基本的な生活に関することぐらい、
と思えてくる。
家族や愛情、といったものは変わらないかというと、
やはり変化がやむを得ないというところだ。

これらの変化は、震災後、ここ数年で出来た法律と、
深く関わっている。
率直に言って、現政権の安倍総理大臣になってから、
次々に作られた法律に基づいて、これらの変化が起こっている、
ということになるだろう。
新しい法律を施行するために、2~3年から十数年かけて、
現実化していくものもある。
すでに決まってしまった法律の現実化である。

10年後の日本は、とても変わった国になっている。
これは、誰が予測して、誰が予定した国なのか。
それは、安倍総理大臣である。
私たちは、10年後には、安倍総理大臣が理想と掲げた、
「美しい国」に暮らしていることになる。
そして、これから10年間は、
安倍総理大臣の理想の実現のために、
毎日毎日、一生懸命働いていくことになる。

私は思う。
みんなが理想として掲げた国づくりなら、問題ない。
しかし、一個人が理想にした「美しい国」というのは、どうなのか。
いつの間にか、総理一個人の理想を、一国全体で実現する羽目になってしまった。
私は、自分自身の理想を実現するために、生きて働いていきたいと思う。
本当にみんなは、こうして安倍総理大臣の掲げた理想のために、
これから働いていく気持ちがあるだろうか?
私は、NO!と言いたい。

2015年11月7日土曜日

浅田真央さん。「素敵なあなた」


冬が始まった。
フィギュアスケートのシーズンである。
私は、フィギュアスケートが大好きで、
だから冬のシーズンが大好き、といってもいいくらいである。
今年の冬は、「あの」浅田真央さんが、
一年間の休養ののちに、姿を現した。
きのうのショートプログラムでは、ジャズの名曲「素敵なあなた」を、
熱演された。
本当に素晴らしかった。
一年間の休養が、浅田さんにとてもよい「豊かさ」と「余裕」を与えてくれたように思った。

今夜は、グランプリシリーズ中国杯で、フリーの演技が披露される。
とても楽しみである。
フリーの曲目は「蝶々夫人」である。

「蝶々夫人」は、日本人女性の純粋な愛情を描いた物語である。
作曲家のプッチーニは、こうしたアジアティックな名オペラを、
数多く残した作家である。
その代表作がこの「蝶々夫人」である。

私たち現代の日本人女性が、この物語に触れるとき、
それは、とても悲しく、時には「悔しく」思える愛の形を見る。

それは、戦後間もないころである。
舞台は、日本の長崎である。

たくさんのアメリカ海軍兵士がやってきて、
日本という「現地」で恋愛をし、
「かりそめの」愛を誓って、結婚式を挙げた。

そして、日本での海軍の任期が終わると、
恋愛もそこで終わらせて、
さっさとアメリカに帰ってしまうのである。
そして、日本での愛も妻もなかったことのようにして、
アメリカで新しい、アメリカ人の妻をめとり、
人生を送っていく。

蝶々夫人は、そうした、戦争のあとに起こった、
「現地妻」の、状況を描いたものである。
決して帰ってこないつもりで、いつわりの愛を誓う夫、
その結婚を心配する日本の人々、
しかしここでとても大事なのは、
信じる気持ちと、純粋な愛情を持つ、蝶々夫人の、
希望を持つ愛情なのである。

プッチーニが描きたかったのは、
若い女性の持つ、純粋な愛情である。
アメリカへ行ってしまう、(本当は帰ってしまうのだが)夫が、
「きっと必ず私のところに帰ってきてくれる」
「そして迎えに来てくれる」と、信じて、
再会のときを夢に見るのが、この曲、「ある晴れた日に」
である。

私たち、日本の女性が、このオペラを思うと、
本当は悲しい。
本当はつらい。

でも、プッチーニが日本女性のなかに見たのは、
悲しみのなかで、生き生きと夢見る、
純粋な乙女の恋心なのである。

今夜も、必ず見ています。
浅田さん、フリーがんばってくださいね。
応援しています!