2019年6月30日日曜日

短編小説・初戀


短編小説・初戀


そのころ、月の夢をよくみたと思う。

夜空に浮かぶ、大きな丸い満月で、
夢の中でわたしは、その月を追いかけていた。

アパートの角を曲がって、
一軒一軒ドアベルを鳴らして、
尋ねて探していくけれど、
どうしてもその人に追いつけない。

そんな夢ばかり見ていた。


初夏の晴れて乾いた日に、
朝刊を読んでいたときだった、庭先で。

彼は音もなくわたしの心の風景に立っていた。

とにかくまず、嫌いになった。

とにかく彼は、強かった。

仕事も、勢いも、誰からも好かれて、
身のこなしも、言動も、圧倒的だった。

圧迫された。

明日も彼にまた会わなければならないのだろうか。

突然の嵐は、熱風とからから高笑いする彼の勇ましい声だった。 
  
アンダンテ、というより、アレグロ。 

早くて快活で、いつも走っていて。

どうしていつもそんなに、笑って走っていられるのだろう。


子どものころ、同級生の男子生徒たちに、
「ちび」「のろ」と呼ばれたのを思い出す。

彼はまさにおそらくきっと、小学生のときには、

真面目で勉強熱心な女子生徒を、
そう呼んでからかっていたにちがいない。

バスケットボールを追いかけ、奪い取り、
ダンクシュートを決めていたようなやつだ。

わたしは体育館の隅で、バスケの男子生徒を、
詩に書いていたっけ。


全員の前で突然、わたしを彼女呼ばわりした。

雷が落ちてきたようだった。

それ以来、彼女になってしまった。

彼のそのやり方が大嫌いだった。


あれから毎日、夢をみる。

大きく輝く太陽が、笑いながらわたしを追いかけてくる。