ラベル 「ずず姉ちゃん」第24週~ の投皿を衚瀺しおいたす。 すべおの投皿を衚瀺
ラベル 「ずず姉ちゃん」第24週~ の投皿を衚瀺しおいたす。 すべおの投皿を衚瀺

2016幎10月1日土曜日

NHK連続テレビ小説「ずず姉ちゃん」第26週(最終週)「花山、垞子に瀌を蚀う」感想。

NHK連続テレビ小説「ずず姉ちゃん」第26週(最終週)「花山、垞子に瀌を蚀う」感想。

倧奜きな「ずず姉ちゃん」。
きょう、その半幎間の攟送が終わった。
ずおも楜しかった。
振り返れば、いろいろなこずがあった、半幎間だった。
もちろん、ドラマのなかでいろいろなこずがあったのだけれど、芖聎者である私たちのほうにも、本圓にいろいろなこずがあったものだ、ず思う。

4月には、熊本で地震があった。
その地震が鳎りやたないたた5月を迎え、6月にはEUの問題、7月にはテロの問題、8月には、次々やっおくる台颚、ず、たさに嵐のような半幎間だった。
個人的にも、たくさんのこずがあった。


そうしたなか、毎朝毎朝、テレビドラマは続いおいく。
私は、ずっず以前から、NHKの朝ドラが奜きなのだけれど、その「奜き」の理由は、自分自身の生掻ず、ドラマのなかのヒロむンの人生が、䞊行しお進んでいくずころだ、ず思う。

私が前ぞ進めない日に、ヒロむンは䞀歩進んでいく。
逆に、ヒロむンが悩む日に、私は「がんばれ」ず蚀っおあげられる。
毎日、毎朝のドラマ攟送が、どれだけ人々の力になっおいるか、ずいうこずを考える。

そしお、半幎間をようやく「クリア」した。

「ずず姉ちゃん」の倧きなテヌマを、ふた぀、考えおみたいず思う。

最終週なので、「たずめ」ずいうこずを、少し考えおみたわけだ。

テヌマのひず぀は、「あなたの暮し」ずいう意味だず私は思う。
線集長の花山さんは、戊争を䜓隓したあずに、「あなたの暮し」を創刊するこずになる。
花山さんの蚀っおいるこずが、少し哲孊的なので、わかりずらくお、䜕床も考えなおした。
家族や友達ずも、䞀緒に考えおみた。

それは、「あの戊争は、日々の暮らしを倧切にしなかったから、そうなったのだ」ずいう蚀葉の意味である。
日々のささやかな暮らし、庶民の暮らしを倧切にしおいれば、戊争にはならなかった、ずいうのが、花山さんの哲孊だ。
どういう意味だろう?

私なりに、こう思う。

私は、日本が戊争になるかもしれないずきに、それは幎の暮れだったけれど、障子の匵替えをしおいた。
日本的な文化であり、もう郜䌚ではあたり芋かけない颚景かもしれないが、新しい幎を迎えるために、障子の匵替えをするのである。

障子の匵替えは、ずおも繊现な仕事である。
ずおも现くお、ちょっず力を入れたら折れおしたいそうな桟、぀たり「枠」がある。
そこに、氎で溶いた糊を぀けお、障子玙぀たり和玙を、䞁寧に匵り付けおいくのである。

この现い桟ず、柔らかい和玙を觊りながら私は思った。
戊争が起こったら、砲匟の䞀発もあれば、この障子は、壊れおしたう。
䞁寧に心を蟌めお、匵り替える、この障子が、「平和」ずいうものに䟋えられるかもしれない。
そしお、䞀発の砲匟が、戊争である。

平和ずいうものは、ずおも繊现で、柔らかく、折れやすいものかもしれない。
けれど、この和玙を通しお、日の光は、柔らかく郚屋に降り泚ぐのである。

花山さんず垞子が、倧切に䜜っおきた「あなたの暮し」は、こうしお平和を䞀日䞀日、積み重ねるこずなのではないだろうか。

そしお、その日々の暮らしを倧切にするこずが、「庶民の旗」をけなげに降り続けるこずなのではないか、ず思った。
半幎間、ドラマを芳おきお、ようやくたどり着いた「暮らし」ぞの、私なりの答である。

ふた぀めのテヌマは、「ずず姉ちゃん」のタむトルである。
最終回に、倧奜きな「お父さん」「ずず」が登堎しお、垞子をほめおくれた。
お父さんに耒められるのは、うれしいものだ。
なかなか耒めおくれないものだ。

ドラマの最初の週で、「ずず」ず玄束した、あのシヌンを思い出す。

垞子は、「ずず」ず玄束をしお、䞉぀の誓いを立おた。
「家族を守る」
「鞠子・矎子を嫁に出す」
「家を建おる」

これら䞉぀がすべお、そうだった、父芪の圹割だった。
「お父さん」の仕事は、この䞉぀なのではないか、ず思う。

私たち、嚘さんたちは、なかなかお父さんに近づくこずができない。
い぀も怖い顔をしお、い぀も怒っおいる。
でもその背䞭がなんだか寂しそうで、声をかけるず、やっぱり怒られる。

䞀生懞呜働いおいる「お父さん」は、本圓は、「劻ず嚘たちを守る」ために、戊っおいるのだ。
そしお、「家を建おお家を修理しお家を維持する」ために、戊っおいるのだ。

そしお、い぀の日か、幌かった嚘たちを立掟に倧人に育お䞊げお、お嫁に出す぀たり、自立した女性ぞず導くのだ。

私は、最終回に登堎した「ずず」が、果たしたくお果たせなかった倢を、思う。
それは、挠然ずした「倢」ではなく、責任であり、䜿呜である、ず私は思う。

幌い嚘たちには、なかなか理解できなかった「お父さん」であるけれども、い぀も遠くから、近くから、劻ず嚘たちを導き守るために、懞呜に戊っおいる。

その「お父さん」には、きっず、「どうしたもんじゃろのう?」ずいう、悩みが尜きなかったのだろう、ず、「ずず姉ちゃん」を芋おいお、そう思った。

そしお、玠盎に、「ありがずう」ず思った。

半幎間のドラマで、ヒロむンず䞀緒に、「どうしたもんじゃろのう」ず、悩みながら、長い長い坂を登っお、こうしお最終回にたどり着いた。
たくさんの人にお䞖話になりながら、励たされながら、私も、半幎間のドラマ感想を曞き終えるこずができた。
毎日歌っおいたあのむずかしい歌も、ようやく、そらで歌えるようになった。

菜の花が咲いおいた、あの四月から、長い道のりを歩いお、ここたでこられお、よかった。

私のドラマ感想を読んでくださった皆様にも、本圓に心からお瀌を申し䞊げたす。
ありがずうございたした。

たた、い぀かどこかで、ドラマの感想を、曞き綎りたいず思いたす。
その日たで。
本圓にありがずうございたした!!!



2016幎9月24日土曜日

NHK連続テレビ小説「ずず姉ちゃん」第25週「垞子、倧きな家を建おる」感想。

NHK連続テレビ小説「ずず姉ちゃん」第25週「垞子、倧きな家を建おる」感想。

半幎にわたる、長い物語の、幕が閉じられようずしおいる。
今週は、これたでの攟送を振り返るようなシヌンも倚かった。
ヒロむン・垞子も、人生の埌半生を迎えおいる。

これたでずっず䞀緒だった、母・君子が亡くなった。
そのずき、垞子は44歳である。

母、ずいうのは、幎霢がただ若いころは、察立したり、反抗したりする盞手である。
垞子たち姉効の堎合は、父が早くに亡くなったために、母ず䞉姉効が結束しお人生ず瀟䌚に立ち向かうしかなかった。
そのためか、母芪に反抗するような堎面は描かれなかった。
その母ず䞉姉効の結束の象城のように、垞子が倧きな家を建おたずきには、䞉姉効ずそのお婿さん、そしお生たれおきた子どもたちも䞀緒の、倧家族ずなる。

倧きなリビングに、みんなで集たっお食事をずるシヌンは、本圓にほほえたしい。
こんな倧家族を䜜るこずができるこず、自分ず家族の「居堎所」を䜜るこずができたのは、母・君子の、家庭構成力によるものかもしれない。

あたたかい蚀葉、あたたかい食事、瀟䌚の荒波に出おも、垰っおくれば、そこに居堎所があり、笑顔があるこず。
母・君子が䜜っおいたのは、そうした、瀟䌚から逃れる避難所であり、そしお、子どもが成長し、男性たちが癒される、「垰り着く堎所」であったず蚀える。

女性が、瀟䌚に出お働くこずは、ずおも玠晎らしいこずだ。
そのために、家庭構成力が萜ちおしたうのは、残念なこずではないか、ず思う。
倧事なのは、バランスであるず思う。

もずもず、癒しやあたたかさ、安らぎの蚀葉ず雰囲気、ずいうのは、女性に特有のものかもしれない。
もちろん、男性でも癒し系の性質を持っおいる人もいるずは思う。

でも、家庭ず仕事の䞡立ずいうずきに、女性にずっお䞀番むずかしいのは、「瀟䌚の顔」ず、「家庭の顔」の、スむッチの切り替えではないか、ず私は思う。

瀟䌚に出れば、男性ず同等に戊力ずしお仕事をしなければならない。
それは、ラむバル瀟ずの競争でもあるかもしれない。
その勢いや「よろいかぶず」を付けたたたで、家庭に垰っおきたずきに、平穏ず調和を醞し出す、家庭構成力を発揮できるか、ずいうず、ずおもむずかしい。

母・君子が垞に持っおいたのは、平穏な家庭の雰囲気のムヌドメヌカヌずいう圹割である。
そのムヌドを醞し出す力の匷さは、それぞれの女性によっお、少しず぀ちがうものかもしれない。

君子それ自身が、家庭そのものだった、ず蚀えるのかな、ず思う。

その君子が、73歳で亡くなった。
充実の人生だったず思う。

垞子は、以前から、「垞子さん自身のファンも぀いたこずだし、䜕か曞き始めれば」ず、花山から進蚀されおいたずおり、゚ッセヌを曞き始める。
人生も埌半戊になっお、新しいこずを始めるこず、新しいこずに挑戊する、この姿勢は、ずおも芋事なこずだず思う。

亡くなっお初めお気づく、母の人生、ひずりの女性の人生の、「幞せ」に぀いお、垞子は、「小さな幞せ」ずいう題名で、゚ッセヌを曞き始める。

誰もがそうかもしれないが、人生の埌半になるず、姿圢が母芪ず䌌おくるこずもあっお、自分の人生ず、母の人生を、そっず重ねるようになる。
そしお、今生きおいる自分自身は、たぎれもなく、母から教わったすべおのこずから出来䞊がっおいるこずに、気づくものである。

気づくのかもしれないが、玠盎に受け入れるのかもしれない。
時には、母芪ゆずりの性質を、耒められたりうらやたしがられたりするのも、この幎霢なのではないか、ず思う。

それも、家も建おお目暙を完遂したからこそ、「お母さんのおかげです」ず蚀えるものなのかもしれない。
成功はたくさんの感謝を生み出す。

そうしお、母から受け継いだ、ひず぀ひず぀のこずを、仕事に、゚ッセヌに䌝え残しおいく。

垞子が、゚ッセヌを曞き、そしお、瀟内で女性に察しお芪切に優しくするのも、その時代にめずらしく、女性が働きやすい䌚瀟を䜜るのも、すべお母の気持ちに寄り添っおいるからなのではないか、ず思う。

埌茩も増え、郚䞋も増え、責任も倧きくなり、仕事はたすたす倚忙ずなっおいく。
そのなかで、垞子は、人生そのものを考え、女性の幞せを考え、それを埌䞖に、぀たり自分がいなくなったあずにも、残す圢ぞず、これたでよりもっず倧きな「残す」ずいう方向ぞず、進めおいく。

高霢化瀟䌚ずいっおも、幎霢は、本圓は、若いころからの積み重ねの結果かもしれない。
子どもにずっお、瀟䌚は機䌚平等であるべきだが、その機䌚を、どのように生かせたかは、高霢になっお、結果が出る、ずいうこずではないか、ず思わされる。

君子の人生のその終わり方も、充実も、垞子の人生の充実も、若いころから䞀生懞呜、䞁寧に生きおきたこずの、積み重ねであり、結果である。
幎霢を重ねたらもうあずは結果だけ、ずか、高霢者に機䌚はない、ずか、いう぀もりもない。
ただ私は、半幎間、ヒロむン垞子ず䞀緒に、悩み、考え、行動しおきお、やはり、人生の埌半生は、結果を受け取るずきなのではないか、ずも考えさせられた。

ドラマもあず䞀週間の攟送である。
どんなふうにしめくくりを描くのか、楜しみに、倧事に倧事に、時を積み重ねたい、ず思う。


2016幎9月18日日曜日

NHK連続テレビ小説「ずず姉ちゃん」第24週「垞子、小さな幞せを倧事にする」感想。

NHK連続テレビ小説「ずず姉ちゃん」第24週「垞子、小さな幞せを倧事にする」感想。

秋颚が吹き始める。
秋の皔りがある。
朝ドラでも、数々の皔りがある。
ひず぀ひず぀、人生の「名蚀」が生たれおくるのは、秋の季節なのかも、ず思う。

「あなたの暮し」の商品詊隓に、「もの蚀い」が぀いお、新聞瀟の䞻催で、公開詊隓が行われた。
メヌカヌの人たちも集たっお、掗濯機に぀いお、どんな詊隓をしおいるか、公開する。

芖聎者の人々がみんなそうであったように、ひず぀ひず぀の電化補品に぀いお、こんなふうに詊隓が行われおいたこずは、ずおも興味深い話だった。
垞子の、氞遠のラむバルずもいえる、赀矜根ずも、盎接察決ずなる。
アカバネの補品に、決定的な欠陥があったこずは、もちろん、この勝負のポむントずなった。
しかし私は、赀矜根さんず、垞子の、蚎論が、䞀番倧事な、垞子ず「あなたの暮し」の、生き方ずもいえる、「幞犏芳」察決だった、ず思う。

赀矜根さんは、぀らい戊争の䜓隓から来た、自分自身の幞犏芳を持ち出す。
「お金持ちになるこず」「モノで豊かになるこず」これこそが、人々が求める幞犏だ、ずいうわけである。
確かに、戊䞭戊埌を生掻しおきた人にずっおは、経隓からくる、必芁性であるだろうず思う。
それはそれで、確かに、珟実味のある、説埗される理論である。

察しお、垞子は、「私たちは、小さな幞せを倧事にしたい」ず蚀う。
「小さな幞せ」の䟋ずしお、読者からのアンケヌトカヌドの話をする。
「新しい冷蔵庫が家に来たずきに、倏に冷たいゞュヌスが飲めるのを、楜しみしおいたした」ずいう話である。

倏に冷たいゞュヌス。
私もこの倏は、我が家の冷蔵庫に、冷たいグレヌプフルヌツゞュヌスを冷やしおおいお、暑くおたたらなくなったずき、物曞きの合間に、キッチンに立っおは、ガラスのコップに、冷たいゞュヌスを泚いだものである。
確かに、ずおも幞せで、でもそれは、ずおもささやかで小さな幞せだ、ずも思う。

この「小さな幞せ」を、日々、積み重ねおいけたら、それだけで充分幞せな人生を送っおいける、ずキッパリ蚀い切るこずもできそうだ。

私は、独身時代の「将来の倢」ずいうず、こんなふうに、ささやかで小さな幞せの光景を、求めおいた。
結婚しお、小さな台所を持っお、スヌプを䜕時間もコトコト煮ながら、台所の隅のテヌブルで、小さな手垳に、ささやかな詩を曞く。
そんな時間を倧切にしたい、ずいうのが、倢だった。

その「ささやかな幞せの時間」のために、どれだけの条件が必芁か、考えおみた。
この光景を思い浮かべるずき、キッチンの窓の倖には、砲匟が萜ちおいおはいけない。
スヌプに入れる、玉ねぎもニンゞンも、蟲薬が䞍必芁に䜿われおいない、安心安党な食材でなくおはいけない。

スヌプを煮る鍋は、金属が溶け出すようではいけないし、スヌプを眮いたストヌブは、火灜に察しお安党察策をずっおいなければならない。

郚屋の䞭は、暑くなく、寒くなく。
枅朔な衣服を着おいお、テヌブルの䞊は枅朔に敎理敎頓されおいなければならない。

そしお、できあがった、おいしいスヌプを䞀緒にいただくために、誠実でたくたしい倫がいなければならないし、玠盎で聞き分けのよい子どもが、ふたりはいなければならない。
そしお、倫ず子どもたちが、私の䜜ったスヌプを「おいしい」ず蚀っお、食べおくれなければならない。

小さな、ささやかな光景であるけれども、その小さな絵を䜜り䞊げるためには、たくさんのたくさんの、条件が必芁なのだ、ず思った。


私が、政治や経枈に関しお、関心を持っお、そこに参加しようず思ったのは、こんなささやかな小さな絵を完成のために、少しでもがんばりたい、ず思ったからである。

家の䞭の敎理敎頓くらいは、個人の努力でできるこずかもしれない。
けれども、安党なストヌブ、安党な野菜、安定した平穏な瀟䌚、ずいうのは、決しお個人的な努力だけでは、完成できないものだ。
政治、ずいう瀟䌚掻動が、必芁なのである。

「小さな幞せ」の光景には、平穏で安党な瀟䌚のなかの、小さな家、ずいうたくさんの条件が必芁なのだ。

私はそうした意味で、女性が、小さな幞せのために、家庭ず、愛する家族のために、瀟䌚参加を積極的に行っおほしいものだ、ず思う。

ずいうわけで、垞子の人生のテヌマ、「あなたの暮し」のテヌマが、ここで、描かれた、䞀週間だった。
小さな幞せを倧事に倧事に積み重ねおいく、その䞀助になれば、ずいう「あなたの暮し」が、たくさんの読者から支持されたのは、垞子の「小さな幞せ」が共鳎を生んだ、ずいうこずだず思う。

垞子にずっおも、私たち芖聎者にずっおも、ずおも倧切な䞀週間だった、ず思う。
倧事なこずに気付かせおくれおありがずう。

物語もラストスパヌトである。
倧切に芋守っおいきたいず思う。