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NHK朝の連続テレビ小説「あさが来た」感想。11月15日。

11月もなかばとなり、秋から始まった朝の連続テレビ小説「あさが来た」は、快走を続けている。
私は、このドラマから、さまざまな視点で、女性の生き方や、時代背景を学びたい、と思っている。
そのなかでも、大きなテーマとして、働く女性の悩みとその解決を、見つけたい、と思っている。
今週は、女性経営者にとって、女性管理職にとって、まったく頭の痛い問題である、「男性の部下をどのようにして働いてもらうか」「指示を聞いてもらうか」というテーマで、興味津々であった。
また、ヒロインとしても、炭鉱夫を相手に啖呵をきって、女性経営者として、しっかりと責任を果たした話題の場面であるから、とても楽しみにしていた。

一週間、見終わった。
ドラマのストーリーとしては、あれだけ反抗していた炭鉱夫たちが、おとなしくなって、あさは信頼を勝ち得ることができて、そして仕事を始めたのであるから、これは成功である。
しかし、やはりどこか見ていて、つじつまが合わないというか、「本当にこれで、彼ら炭鉱夫たちが納得したのか?」「あさのどのあたりの言動に、炭鉱夫たちが信頼をしたのか?」という点では、はてなマークがいくつも付くところであった。

とにかく、あさは、なんでもした、と思う。
女性経営者として、「私のほうが立場が上です」という尊大な態度もとってみた。
あるいは、丁寧に「石炭を掘る」という意味を、蒸気機関の働きまで説明して、誇りをもってもらった。
あるいは、頭を下げた。
あるいは、大阪から夫に来てもらった。
あるいは、相撲を取って勝った。
あるいは、仕事の内容を深く理解したいと思って、実際に炭鉱に入ってもみた。
ドラマのなかで、決め手として取り扱われていたのは、ピストルの暴発であるように思う。

それらのたくさん工夫したうちの、「どれかひとつ」が、きっと、炭鉱夫の心をつかんだのだろう、と思う。
でももしかすると、これだけたくさんいろいろなことをしたから、ようやく働いてもらえた、ということなのかもしれない。
どうなのだろう?

印象的な言葉、これは、夫の新次郎からも言われたし、祖父の林与一からも言われていることであるが、「女性のやわらかい力」は、いったいどこにあったのだろうか。

やはり、史実としても、ドラマとしても、炭鉱夫を動かした決め手は、ピストルという武器のようである。
それが、「おなごのやわらかい力」なのだろうか?

おりしも、フランスでは、武器の力には、武器の力で対抗する、というテロリズムが行われているところである。
私は、今週のドラマには、少なくとも「女性らしい柔らかい力」は、意味不明のまま未消化に終わったと思った。
これは、これからの課題として、残されていると思う。

私が、女性管理職として、男性の部下に働いてもらうために、これが大事だ、と思うことをここでまとめてみようと思う。
あさが工夫したさまざまな事柄のなかに、たくさんのヒントが隠されている。
たとえば、実力は男性並みか、それ以上であること。
これは、働く女性が管理職で仕事をしていく上で、もっとも大事なことである。
男性にひけをとらないくらい、男性であろうと女性であろうと、仕事の実力は同等かそれ以上であることである。

次に、彼ら命をかけて働く男たちに、命をかけるほどの「価値」「意味」「大義」を伝えることである。
男の人たちは、何か大きなことのために、命を張りたいものだと思うのだ。

あさは、明治の時代を開く大きな意味を、この石炭事業に見出した。
炭鉱で働く男たちには、蒸気機関車や、開けていく東京の様子などは目に見えない。
時代の変化も、時代が朝を迎えていることも、まだわからない。
しかし、「わたしたちが、あなたがたが、新しい日本の国づくりをしていくのです」と言ったときに、男たちの胸に火が灯ったのではないだろうか。
大事なのは、仕事に誇りを持つことである。

命をかける価値のある仕事を見出した時、男性たちは、力いっぱい、自分たちの自主的な自発能動で、動き始めたように思う。
私は、こうした男性たちの、意欲を引き出す力が、あさにはあった、と思ったのである。

これからも、働く女性にはがんばってほしい。
私も、「あさが来た」から学んで、一生懸命、自分の道を生きていきたいと思う。