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2016年9月24日土曜日

「女性が活躍する社会」は、誰が作るのか?

「女性が活躍する社会」は、誰が作るのか?

こんにちは。朝倉聡子です。
きょう、今さっき、主人と話し合っていました。
主人は、私の「とと姉ちゃん」の感想を読んで、「とてもいいね」と言いました。
「でも君、女性が活躍する社会を作るんじゃないの?」と言いました。
それで、誤解に気付きました。

私は、蓮舫さんの、民進党代表選での演説を聞いて、本当にガッツのある、やる気のある、素晴らしい演説だと思いました。
そして、蓮舫さんが、特に子育てや高齢者の介護について、女性がのびのびと働ける社会を、と言ったので、同じ女性として、応援しよう、という気持ちになりました。

でもそれは、あくまで、後ろからバックアップする、という意味の応援です。
私が、「女性が活躍する社会」を作ろうという意味ではないです。

私が政治の仕事をしてきたのは、女性のためとか、自分のため、というわけではないです。
特に、自分の利益とか、女性だけの利益だけを追求するような政策は、言ったことがないです。
私は、広く、社会のため、男性女性に関わらず、人のため、に、政治的な意見を言ってきました。
自分の利益を主張したことは、まずないです。

私は、一生懸命がんばってきました。
女性が、この男性社会のなかで、実力を持って、成功するには、たくさんの苦労があり、工夫があり、悩んだり苦しんだりしながら、がんばるものだ、と思います。

蓮舫さんはじめ、女性の皆様が、がんばる気持ちがあるのなら、後ろからバックアップしますが、私が先頭に立って、女性たちのために、環境を作ってあげようとは思っていないです。

もともと私は、「女性だけのために」という考えは、偏狭ではないか、と思うことさえありました。
政治家なら、日本国全体のことを、男女関わりなく、考えて手を差し伸べるべきではないでしょうか。
また、政治家の仕事としては、国際関係、外交関係もあります。
そうしたことを、幅広く、政治していくことが、大事です。

私自身は、これから、朝ドラマの感想の連載が終わったら、しばらく休養する予定です。
そして、今後も、国際関係や、日本国全体の政治を見渡して考えていくつもりです。
私自身は、これまでもこれからも、特別に女性だけのため、という政治は、しないです。

女性が活躍する社会は、女性たちにやる気があってこそ、現実になるものです。
誰かに作ってもらおう、というような「甘えた」考え方では、いつまでも「ただの女の子たち」と言われちゃいますよ。

何かを実現したいと思ったら、まず自分が、先頭に立って、がんばりましょう。
ね。
ではでは。

2016年9月21日水曜日

高齢化社会を考える。

高齢化社会を考える。

これから、ますます、高齢化社会へと向かっていく。
高齢化対策は、「今、作っている政策を、自分が体験する」と思って、考えなければならないと思う。
高齢者は、他人ではない。
いつか、そうなる自分自身の姿であり、家族の姿である。
心を込めて、「わたしはこういう老後を生きたい」と思えるような、思いやりのある政策を考えたいと思う。

一昔前と比べて、自由の気風が広がって、画一化された社会の枠組みがなくなっている。
それは、いいことでもあるが、損なってしまったものも、あるのかもしれない。

人間は、家庭のなかで生まれ、家庭のなかで死んでいくものだ、と私は思っている。
その「家庭」つまり、大家族制度が崩壊してしまってから、人はさまよい始めたように思う。
子育ても、老後も、温かい家庭のなかで、というわけにいかなくなってしまった。

これからは、家庭の代わりになるものを探さなければならない。
あるいは、家庭の代わりになるものが、社会制度なのかもしれない。
ある人は、自分自身の個人の力で、子育ても老後も乗り越えようとする。
しかし、ある人は、社会の庇護なしでは、子ども時代も、老後も、豊かに生活することが、むずかしい、となる。

こうした世のなかで、すべてを自己責任とする気風は、もう終わってしまったようである。
血がつながっていてもいなくても、手を取り合い、助け合う社会が必要である、と考える人のほうが、多くなってきたように思う。

老後のライフスタイルも、個人の自由を追求すればするほど、さまざまな形に変化してきた。
個人の自由であるから、誰も干渉できない部分が多いと思う。

生き方、ライフスタイル、老後、すべてを自分で決められるようにしなければならない。

豊かな老後、というよりも、安心の老後、トラブルのない老後を、社会が、それなりに準備してあげる、というのが、母性の強い社会かもしれない。

具体的には、私はこんなことを考えてみた。
老後を「第二の人生」と呼ぶことが多い。
ということは、「第二の学校」があってもよいのではないか、ということである。

時代は次々に新しいものが発明されて、刷新されていく。
老後の生き方も、変化してきた。
そうした老後に関して、公的な、あくまで、民間ではなく、公的な機関で、平等な「老後教育」が行われたらよいのではないか、と思う。

年金や健康、医療や家事にわたるまで、老後の人生を考えるべく、学校を作ってはどうかと思う。
そして、定年退職後、半年ないし、一年の間、その学校に通って、豊かで安全な老後を、準備するのである。

「第二の学校」で、教えたいこと、教えてほしいことを、具体的に、箇条書きしてみた。
こうしたことで、豊かで安全な老後を、健康で楽しい老後を、生きていけたら、素晴らしいのではないか、と思う。


高齢者学校
健康管理の仕方。
認知症予防の仕方。
健康診断の検査値の読み方。
資産管理の仕方。
相続の仕方。
お料理、家事の仕方。
家計簿の付け方。
老前整理の仕方。
お葬式についての知識。
○趣味いろいろ試してみる。
その後、公民館教室を選んで、趣味クラブに付く。
(人は社会的な生き物なので、どこかに所属していることが大事ではないかと思う。
自分に合った趣味サークルが見つかるまで、いろいろな趣味を試してみてはどうか、と思う。ボランティアもとてもいいと思う。)

「きょういく。きょうよう」=「今日、行く」「今日、用」

インターネットの仕方。
お悩み相談。



2016年9月18日日曜日

民進党・蓮舫氏の提案について。

民進党・蓮舫氏の提案について。

先日15日、民進党の代表選が行われた。
新代表は、圧倒的多数で、女性の蓮舫さんとなった。
蓮舫さんの、代表選に向けての演説を聞いて、これからの民進党の向かう方向を、知らされたように思う。
特に「女性」「子ども」が、クローズアップされていた。
これに関して、思うところを少し、書いてみようと思う。

女性と子ども、特にとても小さい乳児をめぐる問題を、考えてみた。
具体的な法案もいろいろある。
女性からの申し出も、訴えもいろいろある。
これに関して、私は、主人と一緒に、よく話し合ってみた。

ひとつは、「子どもはだれのものか」という問題である。

子どもは、大人が、自分たちの人生の選択として、子どものある人生を選んだ、と思える。
そして、自分が産んだ子どもは、自分が責任をもって育てるべき、という根強い「思い」があると思う。

昔は、大家族制度があって、子どもたちは、その大家族の中で、村のなかで、たくさんの人たちに見守られながら育てられてきた。
そうした昔の村社会が壊れた現代において、子どもを誰が育てるのか、という課題は、「やはり親が責任をもって」とも思うところでもある。

財産も介護も、子どもが親の面倒を見る、というのが基本であるから、もしも、子どもとその母親に援助をしたとしても、社会としては、「結局は自分の子どもなんじゃないの」ということになる。

私たちは、これらの「子育てが大変であるという原因について」を追求したり、あるいは、「本来誰が子育てに責任を持つべきか」という「べき論」を、いったん取り下げてみることにした。

それくらい、女性、特に働く女性の、子育てをめぐる訴えは大きく、社会の声となって、鳴り響くようになったからである。

私は、「子どもは親が全責任を持って育てるもの」「子どもは、親のもの」というひとつの価値観を、打ち払うことが必要ではないかと思う。

そして、女性たちが懸命に訴えているように、「子どもは社会のもの」「子どもはみんなで見守って育てるもの」というように、社会の価値観を、変化させていくことが、ポイントになってくるのではないか、と思う。
「子どもは社会みんなで育てるもの」という、世論を形成するのである。

この世論が形成されたのちには、女性たちが提案する、いろいろな法案が、成立可能になってくる。
大事なのは、「子どもは社会のもの」という価値観へと、世論を変化させていくことではないか、と思う。


次に、蓮舫さんの主張に関して、具体的な法案を考えてみる。

1、働くお母さんに対して、奨学金制度を作る。

育児期のたくさんの問題に関しては、「お金があれば解決する」問題は少なくない。
地方にいる実家の両親に出てきてもらうにも、ベビーシッターを雇うにも、お金の問題は急務である。
これを、女性が、社会で働いて、出世したときに、支払うようにするのである。

2、育児の現場をもう一度調べる。
赤ちゃん用品の現状を今一度、調べてみる必要があると思う。
子ども、教育に関しては、予算を惜しまない親が増えているなかで、育児用品、ミルクや紙おむつなどは、次々に新製品が発売されている。
今と昔では子育ての方法も、道具も、変わってきた。
育児の現場で、若いお母さんたちが、次々に発売される赤ちゃん用品に混乱させられていないか、今一度よく調べてみる必要があると思う。

3、NGOの支援。

働くお母さんや、ひとり親家庭に関して、あちこちにNGOができている。
それらの活動は、それぞれが孤立していることが多いように思う。
つまり、少人数の活動にとどまっている、ということである。
これらのNGOを支援し、大きな活動の輪へと広げて、活動を大きくできるように、支援することができるのではないか、と思う。


2016年9月14日水曜日

第二次アジア危機のこと。

第二次アジア危機のこと。
先日9月11日の「真田丸」観ました。
その前の週も、観ました。
その前の週、というと、9月4日の放送ですが、
その回のときに、「これは何か起こっているのでは?」と、思いました。
日本政府や、メディアの皆さまの動きの真意とか、水面下の動き、というものが、はっきりとは見えてこなかったので、ただただ、物事が推移していくのを、待つしかなかったです。

7月の参院選のころから、何らかのメッセージを感じ取っていて、「誰か大物が、日本の政治の指導をしているのでは?」と、漠然と感じていました。
それが誰なのか、どんな目的をもった人物なのか、なかなかわからないまま、時が過ぎていきました。
暗中模索、といってもいい日々のなかで、その「誰か」が何者なのか、ということで、こちらのメンバーとも、さまざまな憶測をして、対応法を考えていきました。

8月に入ってからは、何か大きく物事が動き始めたのを感じ、そして、それが良いほうに向かっているのか、それとも、そうではないのか、判断が付きかねる状態で、日々が過ぎていきました。

アメリカのオバマ大統領が、日本に対して、指導をしているか、あるいはGHQのような立場、つまり占領軍という立場でものを言っているらしい、と気が付いてから、どのように対応したらいいか、いろいろ思いました。

日本は、地震も台風もあり、政治的にもとても大きな問題を抱えていて、このままではどうなるのか、と思っていたところでした。
誰か、力のあるリーダーが、日本を統治してくれるのなら、それもありがたい話だ、と本気で思いました。
その思いは、ずっと続いていました。

特に、女性の政治家、リーダーを指導しているようだ、と気づいてからは、主人も私も、国際的にもトップレベルである指導者から、女性リーダーの指導を受けられるチャンスならば、と本気で考えました。
しかし、心の底で、何かもやもやしたものがあり、漠然とした不安があって、「これは良くない話なのでは?」と感じて、なかなか決断できませんでした。

「もうあと2~3日考えてから、新しいリーダーのもとで働いてみよう」と思って、その2~3日の間に、状況がずいぶんと変わりました。

叱咤、激励、それだけならともかく、非難、中傷、挑発、といったことが続き、「こういうことを言う人なら、付いていきたくない」という気持ちに変わってきました。
また、打ちのめされていくうちに、できるかどうか、という自信がどんどんなくなっていきました。

それで、ドラマの感想だけは、続けて行きたいと思ったので、何を言われても、読んでくれる人がいるのだから、と思って、週に一度は、ドラマの感想を書くことにしました。

正直、非難・中傷が、私に何かをするように、という「脅し」であることはわかったのですが、「何を」要求されているのか、よくわかりませんでした。
主人とも話し合ったのですが、私がもし、ブログを書かなくても、オバマ大統領としては、日本の占領をしたいならすればいいし、戦争をしたいなら、すればいいではないか、と思いました。

そういうあたりで、状況はだいたいわかったものの、安倍総理大臣にしても、オバマ大統領にしても、なぜ、戦争を始めるときに、私のブログが必要なのか、それがわからなかったです。
いまだに、わかりません。

先日の「真田丸」を観て、メディアのかたがたが書いてくることは、戦略だったのだろう、と思いました。
それでも、傷ついた心、壊れた信頼関係は、そんなに簡単に取り戻せるとは思わないです。

心理戦というのは、こわいものです。
勝ったとしても、勝ったほうも負けたほうも、同じくらいの「焼け跡」が残るものではないか、と思います。
特に、心の痛み、疲れ、それから、関係性の回復に、どれだけ時間がかかるか、ということです。

「真田丸」では、兄・信幸と、弟・信繁は、「見せかけの対立」を演じたわけですが、メディアの皆様は、私たちに、そうした作戦があって、あんなに数か月も、非難・中傷をしたのでしょうか?

私はよくわからなくなりました。
とても、混乱しています。

「真田丸」に、どれだけのメッセージが含まれていたのかも、私たち、こちらでも考えましたが、どうにも、どちらにでも考えられることも多く、判断のつきずらいところがあります。
「甲斐・信濃」を領国とした、という意味のことが言われていましたが、これは、「中国・韓国」という意味なのでしょうか。

何がどのように起こったのか、詳しいことを知りたいです。
よく知ったうえで、今後の対応法を、決めていくのがよいのではないか、と思います。

今後とも、よろしくお願いします。


2016年9月4日日曜日

今の、私の気持ち。


今の、私の気持ち。
今の状況を、そのまま書き出してみる。
女性は、戦利品ではない。
アメリカの認識がその程度だとすると、「平和」への意識のあまりの低さにがっかりとするばかりである。
うちの主人は、「平和」のための仕事なら、オバマさんやメディアの皆さんと一緒に行いたいと思っている。
創価学会も一緒に、「平和」への道を、歩みたいと思っている。

それに対して、朝倉聡子は、反対である。
理由として一番大きいこと。
オバマ大統領が信用できない。
オバマさんの理想とする「平和」は、確かに大義名分としては立派であるが、たわごとである。
アメリカが有利になる「平和」、アメリカ大統領選挙で、民主党が有利になるための、「平和」、
オバマ大統領の、個人的理想を実現するための、きわめて個人的な状況での「平和」である、と思う。

朝倉聡子は、オバマ大統領の個人的理想を実現するための手助けにすぎない状態で、自立的な仕事ができない。
安倍総理大臣のときもそうであったが、誰かの個人的理想や、個人的な人生の充実のための、「お手伝い」をするのは、もう二度とごめんである。

結局のところ、アイディアを出すのは、朝倉聡子で、成果はすべて、政治家が持っていく。
朝倉は、インターネットの闇の中で、地下活動をしたままで、毎日せっせとブログを書いても、日の当たるところに呼ばれる気配がない。
やってもやっても報われない、まったく虚しい作業である。

それでも、震災のあと、日本の皆様のために、と無償でがんばってきたが、その結果が、安倍総理の暴走であり、独裁であり、戦争への突入であった。
朝倉聡子は、安倍総理大臣を、信じて裏切られたわけである。

オバマ大統領が、はかりしれない知恵と、権力を手にしたときに、戦争をしたくならないと、誰が言えるだろうか。
まったく疑わしい限りである。
アメリカは、今でも、最新の核兵器と軍隊を持っていて、いつでも稼働できる状態である。
今、どんな理想を口にしていても、知恵と権力を手にしたら、人が変わってしまうことはまちがいない。

仕事として、「平和」を目指すなら、それはそれで、わからないこともない。
しかし、私の夫のことを、どうこういうのは、なぜなのか。
女性は戦利品ではない。
もし、誠実に愛情があって、結婚したいと思うのなら、インターネット上の妻、などという、たわけたことを言わないで、ミシェル夫人と正式に別れてから、花束の一つでも持って、私の自宅を訪れるべきである。

しかし、実際には、ただ、朝倉聡子の権力が欲しいだけであって、愛情のかけらもない。
権力争いが、戦国時代とそのまま同じ、ということは、アメリカ民主主義の低劣さを表すものである。
全世界が失望するところである。

また、この一か月間、読売新聞で書き綴ってきた、低劣で俗悪な悪口、非難、中傷、これらを見ていて、たくさんの人々が、オバマ大統領という人間の本質を見た気がしたと思うが、はるかかなた遠くにいたときのアメリカ大統領とちがって、本当に俗悪で、差別的で、傲慢であった。
こんな人、こんな指導者に率いられているアメリカ国民が、かわいそうである。
今のアメリカがこうなってしまったのも、よくわかる。
そして、こういう俗悪な性格を持つオバマさんと、絶対に仕事はしたくない、と思わせるほど、がっかりした。

次に、安倍総理大臣のときにもそう思ったのであるが、安倍氏も、朝倉と朝日、読売の知恵がなければ、総理大臣が務まらないほど、頭の中身が軽かった。
今もオバマ大統領は、朝倉に知恵を求めている。
それは、オバマ大統領の頭の重さよりも、朝倉のほうが、重い、ということを、認めているからである。
朝倉にしても、そう思う。
誰が、自分より頭の悪い、勉強不足な指導者の下で、せっせと働く気持ちになるものか。
ばかの下で働くと、余計ばかになってしまうから、やりたくない。

やりたくない、というが、いったい、オバマ大統領は、何を私にやらせたいのか。
それがはっきりしない。
何をどうしてほしいのか、言葉で表すことができていない。
その状況で、何をどう脅されても、さっぱりわからない。

あなたのほうが頭が悪いのに、なぜ私があなたに謝るのですか?
わかりません。

自分の人生は、自分のものである、と私は思っています。
これまで、世のため、人のため、と一生懸命、無償で働いてきました。
その結果が、戦争です。
私は、もう仕事がいやになってしまいました。
人間はとても愚かです。
男性は特に愚かです。


結論として、一番大事なのは、オバマ氏のいう「平和」というのは、ロシア・中国との戦争を意味する、ということです。
「平和」の名のもとに、共産国と戦争をする、それが、オバマ式の「平和」理論です。

こんな、やましい「平和」理論に、誰がだまされるものですか。



2016年9月2日金曜日

子どもたちの問題について。

子どもたちの問題について。

ここ数年、子どもたちの問題が、大きくなっている。
一昔前までは、子どもたちの問題も、いじめや仲間はずれ、ケンカ、といったことも、程度が甘かったように思う。
ここ数年の、子どもたちの問題は、いじめがエスカレートし、時にはまだ年端もいかない少年が、犯罪をすることにまでなっている。

こうした問題の根本原因をつきとめ、この問題を克服することが、今、人々の心からの願いであり、訴えである。

子どもたちのいじめ、それによる自殺や犯罪は、大人社会の反映である、と言われて久しい。
私自身も大人になってから、仕事をする上で、パワハラやセクハラ、脅し、からかい、といった、「いじめ」にあってきた。
きょうも、思い通りにならないと、からかう、いじめる、という社会の「常識」に触れたばかりである。
大人の社会がこうであるのだから、これらの人間関係が、子どもたちに影響しないはずがない、と私は思う。
大人たちは、子どもたちの問題にとりかかる前に、まず自分の胸に手を当てて、自分自身が、「いじめ」やパワハラを行っていないかどうか、よく反省してみることが、必要だろうと思う。

そして、自分自身が、こうした、おどしや嫌がらせを、どうしたらしなくなるのか、自らの心を省みる時間を、落ち着いて持つべきである、と私は思う。

ところで、近年の、子どもたちのいじめや自殺について、その原因を、今一度よく、考えてみたい。
ニュース等で語られる、いじめの背景では、両親の問題や、家庭の問題を、タブー視して避けている風潮があるように思う。

今、こういったことを発言すると、フェミニストの皆さん、女性の皆さんからは、とても反発を買うであろうけれども、あえて、ここで、本当のことに触れてみたいと思う。
それは、近年、特にここ20年ほどで、離婚と共働きが増えている、ということである。
母子家庭が増えている。
共働きで、家に「お母さん」がいない家庭が増えている。

ほんのゼロ歳児のときから、保育所に子どもを預ける母親が増えている。
そして、子どもが中学生、高校生という、まだまだ親の保護が必要な年齢のときに、母親が家をあけて、パートに出るような家庭も増えている。

母子家庭の家の子どもがいじめられやすいことは、女性も知っているかもしれないが、男性のほうが、よりよく理解している。
わかりきった、事実である。

また、共働きで、子どもを幼児期から手放して保育所や幼稚園に預けっぱなしにした子どもには、情緒不安定の性質が見られることは、誰もが承知の事実である。

これらの事実に目をつぶってはいけない。
女性の社会進出と同時に、子どもたちの問題が多発するようになったのである。

私は、子どもたちの問題を以前から本当に心を痛めながら、考えてきた。
そして、子どもの幸せを根底から支えるのは、女性の幸せ、「お母さん」の幸せである、という考えに至り、女性の問題に取り組んでいる。

女性が、より賢くなり、強くなり、また社会の中で守られて、愛されて生きるようになれば、その子どもは、健やかに強く、生き抜いていくはずである、と私は確信している。

補足であるが、子どもたちの睡眠時間が、都市化、現代化によって、減っていないか、と思って心配である。
よくぐっすり眠れているだろうか。
私は、疲れ切っている子どもたちを、よく休ませてあげたい。
寝つきがよくないことは、大人たちの問題でもある。
寝つきがよいかどうか、よく親が心配してあげて、対処するべきではないだろうか。

慢性的な睡眠不足を解消するためには、数か月のあいだ、しっかり眠ることが必要である。

おいしいものを食べて、ぐっすり眠る、この生活を続けていれば、なぜか世の中が幸せで満ち足りたところに、見えてくるのだそうである。
私の友達の体験である。

よく眠り、よく食べる、こうした子どもの、基本的な生活を支えてあげるのが、母親のとても重要な役目ではないか、と私は思うのである。