浅田真央さん・蝶々夫人。全日本選手権・2015

全日本選手権も、昨夜は男子のフリースケーティングが行われて、盛り上がっている。
地元、北海道では、こうして札幌に世界レベルの選手たちが集まることを、とても楽しみにしていて、たくさんの観客が、暖かい拍手で、迎えている。
日本ハムファイターズも、こうして、北海道の温かいファンに恵まれて、強くなった。
昨日の、羽生結弦選手の成績は、とても素晴らしかった。
スポーツをしていれば、そして仕事をしていれば、調子のいいときもあれば、そうでもないときもある。
「そうでもないとき」に現れてくるのが、実力というもので、このときに出てくるのが、練習の成果、というものなのだ、と思う。

私もこうして書く仕事をしていて、けっこう「易しい」文章をすらすらと書くものだから、あまり練習も訓練もしていないのだろう、と思われがちなのだが、実は、文章鍛錬というのは、欠かさずにしているものである。
それを、そうと見せないところが、やはり一流と呼ばれるための大切なことなのではないか、と自分で自分に言い聞かせている。

きょうは、女子のフリースケーティングがある。
宮原知子さんも、新しく登場してきて、女子の難易度はとても高くなっている。
そうしたところで、浅田さんがどのように、次の試練を乗り越えるのか、みんなが見ている。
私自身が、仕事に関しても、技術や練習に関しても、また女性としても、学ぶ気持ちで、一生懸命見つめている。

浅田選手は、ジュニア時代から、日本の女子フィギュアスケートの世界を、ひっぱってきた。
「憧れ」でもって、ひっぱってきたのである。
そして、新しいまだ幼いジュニアたちが、浅田選手の背中を慕って、たくさん、氷の上に舞い降りてきている。

浅田選手は、デビューのころは、「妹キャラ」で、かわいらしく元気に演じればよかった。
スケートを楽しめればよかった。
でも、大人になって、25歳になって、追われる立場になった。
その状況で、やはり先頭に立っているのだから、常に挑戦、挑戦である。
また、後輩の指導・育成に携わる立場になって、「お姉さんキャラ」も、身につけなければならないのだろう。
そういったところを、今まさに乗り越えようとしている。

私は、そういう生き方を、本当に尊敬している。

ところで、「和」の表現なのだけれども、私もずいぶんと考えたけれども、世界というレベルで、「和」を、特に女性の「和」を表現するのは、とてもむずかしい、と思った。
フィギュアスケートはもともと西洋のスポーツであるし、また世界から日本を見たときに、「エキゾチックな」印象を求められることが多く、その「エキゾチックな」かんじは、当の日本人が見てみると、なんだか違和感のあるものだ、と思うのだ。

いろいろな演出方法があると思うけれども、世界のレベルで競うことを考えて、「世界から見た日本」という演出で、「和」の表現をしてみるのも一案だと思う。
日本人が見て「これは日本的じゃないわ」と思ったとしても、世界の目で見て、「これが日本」「ジャパン」と思えれば、それでいいのではないか、と思う。

もうひとつは、羽生結弦選手が、「侍」「武士道」というような点で、(実際には陰陽道だが)「和」を表現したことにならって、女性には女性の「何か」を表現するのがいい、と思う。
でも私は、それは、京都の舞妓さんではないんじゃないだろうか…?と思う。
江戸の町娘だって、立派な日本女性であるし、明治の女だって、日本女性である…。

まだもう少し、シーズンは残されている。
私も、浅田さんと一緒に、世界に発信する「女性の和」を、もっともっと追求して考えていきたいと思う。
そのためにも、どうしても浅田さん、世界選手権の切符は、手にしておいてほしい、と願うものである。
世界に表現する、日本女性の素晴らしさを、一緒に表現して、進んでいきたい、と思う。





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