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インフォメーション・文学界新人賞

少しでも文章を書く人なら、机の中に、「書き溜めた小説」というのを持っているはずだ。 その未発表の小説は、いつから眠っているだろう。 いつまで眠っているのだろう。 今年の芥川賞は、お笑いタレントの又吉直樹さんが受賞した。 受賞作「火花」を、最初のほう少し立ち読みしてみて、「このくらいなら私にも書ける」と内心思った人だって、きっといると思う。 小説家になる一番の近道、あるいはエリートコースは、文芸春秋社の「文学界新人賞」をとることである。 そこから、芥川賞への道は、一直線である。 その、文学界新人賞であるが、今年から応募規定が変更になっていて、〆切が9月30日、つまり、きょうである。 私は、年末かと思っていたので、昨夜、改めて確認して、驚いてしまった。 しかも今年からは、一年に一度の選考だという。 そうすると、次のチャンスというと、来年の9月ということなのだ。 文壇では、何か変化が起こっているのかもしれない。 今年から、WEBからの投稿も募集しているという。 WEBでの応募フォームがまだ開いている。 本当の〆切は、きょう9月30日の深夜24時だ、ということだ。 机の中に、あるいは「デスクトップの中に」眠っている原稿があるなら、アマゾンに送っている場合ではない。 少なくとも、きょうはアマゾンはやめて、文学界に送ってみよう、とは思わないか? 私も、きょうこれから、ドキュメントフォルダの中を整理して、なんとか数時間で応募の準備をしようと思うが、どうも間に合いそうにない…。 たくさんの、小説家になりたいとちょっとでも思う人たちのために、インフォメーションをしてみた次第である。 一緒にがんばろう。 文学界新人賞原稿募集要項 → https://www.bunshun.co.jp/mag/bungakukai/bungakukai_prize.htm

福山くんショックを乗り越える。

福山くんショックを乗り越える。 あれから24時間たったであろうか…。 福山雅治さんの結婚が発表された…。 いつまでもいつまでも、心の恋人でいてくれると思ったのに、 彼は、ひとりの女性を選んだ…。 既婚者も未婚者も、悲鳴をあげた、という。 悲しいのではなく、つらいのではなく、ただただ、「サヨナラ私の青春」などと思うだけである…。 「福山くん、おめでとう」 と言わなければならない。 つらくても悲しくても、おめでとう、と言おう。 自分自身の自尊心にかけても、「おめでとう」と言おうではないか。 ところで、女性たちは、きっと心にこう思っていると思う。 「この悲しみを乗り越えよう」と。 それで、やはり来年の参議院選挙は、勝たなければならない、と思うだろう。 憲法改正について、私もよく考えてみた。 しかしやはり、安全保障法案にしても、女性の意見が、うまく伝わらなかった感がある。 もっと上手に、的確に、国会に意見を伝えよう、と私は思ったのだ。 「例えば」である。 これはあくまで「例えば」の話であるが、 女優の吹石一恵さんに、女性の意見を代弁する国会議員として、参議院議員になってもらってはどうだろうか。 候補者選びというのは、いろいろな条件がある。 もちろん、日本国民なら、誰にでも平等に、政治に参加する権利がある。 が、候補者にふさわしい様々な要件があると、私は思うのである。 たとえば、吹石さんなら、人前に出て堂々と振舞えるように女優として訓練も経験も積んである。 これがやはり素人だと、人前で、テレビカメラが回っているところで、セリフひとつまちがえずに、演説をしゃべるのは、むずかしい。 想像してみてほしい、むずかしいだろうと思う。 けれども、日ごろから、あるいは若いときから、テレビカメラの前に立っていた人は、経験があるので、それができるわけである。 また、知名度の点で、女優さんとして名が通っていることは、とても望ましい。 選挙活動で一番苦労するのは、「名前を覚えてもらうこと」だという。 こうした点で、女優さんのお仕事をしていたかたは、すでに名が通っているので、選挙で勝てる可能性が高い。 丸川珠代さんなど、アナウンサーとして人前で話す経験とノウハウがあり、名が通っていて、政治にも理解がある女性が、候補者として選

民主党の候補者選び。

民主党の候補者選び。 2015年9月19日。 安全保障法案が成立した。 あれから一週間が過ぎようとしている。 与党自民党・公明党の次のテーマは、憲法改正である。 秋の臨時国会では、憲法改正の論議が、始まるようだ。 これから、自民党は、来年の憲法改正と、それから参議院選挙の勝利に向けて、歩み始めることになる。 安保法案の採決の次の、勝負の「決め所」は、来年の参議院選挙である。 私は、今回の安全保障法案に関して、日本という国のたくさんの人々が、政治に関心を持つようになったことが、とても良いことだと思っている。 「ママの会」では、子どもを持つ女性たちが自らの主張を持って立ち上がった。 SEALDsでは、学生を中心とする若者たちが、自らの主張を持って立ち上がった。 こうした動きは、民主的でとてもよいことだと思う。 次の「戦い」は、デモでも街宣でもない。 参議院選挙である。 すでに民主党では、7月の選挙の候補者選びに入っている。 しかし、なかなか候補者が決まらないそうだ。 来夏7月の選挙に、今年秋から準備が始まっていることを、政治に興味・関心を持つ人々は、知っておくべきであると、私は強く思った。 民主党から立候補して、ママの会から10人くらいは、子どもを持つ女性が、立候補するのではないか、と予測している。 また、SEALDsからは、成人して、25歳以上であっただろうか、立候補する権利を持った若者代表が、参議院議員候補として十数人は立候補するのではないか、と予測している。 そして、野党連合の再編も素晴らしい勢いで始まっている。 共産党はすでに、野党共闘の呼びかけを行っている。 維新の会も、野党再編に力を入れているが、今の状態では、まとまるどころか、分裂に輪をかけている状態である。 これでは、野党連合が、与党自民党・公明党に勝てるかどうか、まったくままならない。 民主党では、昨年の衆議院議員選挙では「不戦敗」だったそうである。 つまり、最初から、候補者の数が、衆議院の過半数の数に達していなかったそうである。 こんな戦わずして負けるようなことが、今後の日本で起こるとは、考えられない、と私は思う。 野党連合も、議員の数だけ合計すれば、与党自民党・公明党に勝てる数はいるのに、こんなに仲が悪いことでどうするのだろうか。

秋は国際的。

秋は国際的。 9月も終わろうとしている。 今夜は中秋の名月である。 今年の国会は、とても長かった。 その国会も終わると、10月に入る。 10月は、毎年、国際的な日程の秋、と言われているそうである。 国連総会があり、ノーベル賞ウイークがある。 各国の首脳会談が行われ、 国際間の話し合いが、あちこちで行われる。 日本からも、安倍総理大臣が、国連総会に向けて出発した。 山積する国際的な課題について、提言をする予定であるそうだ。 耳を澄ませて聞きたい。 このところ、日本は国際化しているように思う。 海外からの観光客もとても増えているし、 輸入されたもの、輸出するもの、とても増えている。 テレビ番組を見ていても、英語を話す場面が増えていたりする。 また、国際ニュースがとても増えているように思う。 各国のニュースが、海を飛び越え、山を飛び越え、 日本のお茶の間にいる私たちの目に耳に、 飛び込んでくる。 私たちは、自然と国際的な感性を身に着け始めていると思う。 そうならざるを得ない状況かもしれない。 国際問題は、本当に、いろいろな問題があり、 日本人として生活していると、理解しにくい問題も多々ある。 それを、日本としても、国際社会の一員として、解決に取り組んでいくということは、とても良いことで、必要なことだと思う。 かつては、アジアの一国に過ぎなかったかもしれない。 もしかすると、閉鎖的で自分の国のことだけで、精いっぱいだったかもしれない。 これからは、世界に開かれた国として、国際社会の一員として、世界中の問題に積極的に取り組んでいく、ということである。 これからの日本の未来と責任を、大切に思う、秋である。

安全保障法案の成立おめでとうございます。

安全保障法案の成立おめでとうございます。 2015年9月19日未明、安全保障法案が可決された。 今回の採決に関しては、16日から特別委員会での審議が始まり、長い長い三日間だったと思う。 考えてみれば、2012年夏の、アジア危機から始まって、こうしてしっかりと法案を整備するところまでたどり着いたので、そのほうが長い道のりだったかもしれない。 民主的に法整備を整えるというのが、こんなに時間がかかることだとは思わなかった。 しかし、政権は、忍耐強く、時間をかけて、審議を尽くして、物事に対処したと思う。 この間に、たくさんの討論が重ねられた。 私も最終的には、両者の意見を聞くたびに、どちらにも理があるように思えて、まさに、情に棹させば流される、という状況のときも、あったと思う。 しかし、理想郷というのは、どこにもないのだ、と思う。 私たちは、現実を認めなければならない。 どこかにあるはずの、夢のような、善人ばかりが集まる理想郷を、いつまでも追い求めていたかった気もするときがある。 そういうときに、安保反対派の考えに流されたこともあった。 最終的には、結果が出るのを待ち、政府と内閣と総理大臣の判断に任せた、というのが、私の率直な心境である。 アジア危機がわかっていたからこそ、どう対応すればいいのか、私には何通りもの方策があるように思えて、そのたびに、日本政府のこの対応策に迷った、ということである。 しかし、やはり、理想と現実の間を、埋めなければならない。 政治には、「落としどころ」がある。 大人として、立派に妥協点を見つけなければならないが、その妥協というのは、自分の心の弱さとの妥協点であると、私は思った。 安全保障法案に関しては、たくさんの討論がなされ、世論が動いた。 これまで政治には全く興味を示さなかった、女性たち、若者たちが、考え、行動を起こした。 しかしやはりその行動や言動は、日ごろから政治を見ていなかった分、遅かったと思う。 私は思った。 あの、採決のとき、ライブ中継で見守っていた採決であるが、青票と白票で、採決をする、あの票である。 木で出来ているのだろうか、少し厚みがあって、透明なケースに入れて積み重ねたときに、票の状況が一目瞭然となる。 あの一票に、万単位の有権者の声が集まっているのである。 やはり、議会というと

軽減税率・飴と鞭。

軽減税率・飴と鞭。 安保法案も採決が間近である。 60日ルールを使える状況になったので、すぐにでも、今にでも、採決ができるというわけである。 毎日がハラハラドキドキである。 それにしても、SEALsが、思わず「大人たちはきたない」と言ってしまうのも、よくわかる。 大人の世界、政治の世界がよくわかるこのごろである。 与党・自民党は、連立を組む公明党の票を確実にするために、今、「飴」を送っているところである。 政治の世界は民主的で、正義と信念が通るべき世界ではないのか。 わかってきたこと、全国の国民が今理解していることは、自民党が今、公明党に飴を送っていて、それが政治家のやり方だ、ということである。 しかしこの飴、苦い飴もあれば、甘い飴もある。 今、公明党が口にしているのは、毒入りの飴である。 公明党は、来年の参議院選挙を考えて、昨年末の衆議院選挙で公約とした、「軽減税率」を、自民党に要求している。 公明党はすでに、支持母体の創価学会にほころびが出始めていて、こちらも必死である。 しかし、軽減税率という飴を口にして、安保法案に賛成すれば、そのあとは、いわゆる「戦争」である。 たくさんの識者が指摘しているとおり、アジアは今、危機的状況にある。 中国に対して、アメリカが攻撃をしかけることはあるだろう。 どちらが仕掛けたにしても、中国とアメリカの争いは、南シナ海のあたり、あるいは日本近海で、起こると思う。 それも、今すでに、一触即発の状況であるのだから、日本での安保法案の可決を待って、すぐにでも「始める」気だろう。 日本からすぐにでも、自衛隊が出て、日本近海でドンパチ始まることになれば、これはどう見ても、「戦争」である。 安保法案に賛成して戦争が始まったというなら、公明党は、平和の党のメンツが丸つぶれである。 今、創価学会のほころびは、始まったばかりかもしれないが、戦争になれば、来年の選挙など成立しないだろう。 しかしこれは、自民党にしても、同じ理屈なのである。 軽減税率の甘い飴は、猛毒の飴であり、公明党を地盤から滅ぼすものである。 公明党執行部も、そろそろ連立離脱を、決断すべきではないだろうか。

安保法案・採決までの日程。

安保法案・採決までの日程。 2015年。 9月もなかばとなった。 すでに秋の風である。 実りの秋である。 日本では、今、大きな法案が、実りの秋を迎えようとしている。 安全保障法案である。 採決までの日程が、大詰めである。 きょう、15日は、中央公聴会が行われる。 明日16日、水曜日は、地方公聴会である。 たくさんの人に意見を求め、たくさんの人に、法案を説明するのは、とてもよいことだと思う。 とても民主的に、手続きを踏んでいると思う。 そして、あさって17日、木曜日に、まずは特別委員会で、採決が行われる。 これはおそらくは午前中のことだろう。 そのあと、午後に、参議院本会議で採決が行われる。 野党は、この採決を阻止すべく、全力の政治的行動に出る予定であるから、本会議は時間がかかりそうである。 安全保障法案は、これまでいろいろな国会があったけれども、国民の賛否が大きくふたつに分かれることに特徴がある。 私もいろいろな審議や、国会の状況を見てきたけれども、こんなにも「最後の最後までわからない」法案は、初めて、という気がする。 もしも、参議院で採決できなければ、18日、金曜日までに採決するために、60日ルールを使って、衆議院で採決するように、万全の態勢であるという。 衆議院議員に禁足令が出ているそうだ。 参議院で採決できない場合、すぐにでも、つまり17日でも18日でも、衆議院での採決に踏み切る、ということだろう。 本当にすごい国会となった。 ニュースでは「大荒れが予想されています」と、台風ばりの報道である。 「赤信号みんなで渡れば怖くない」というが、もしも、安保法案に反対である議員がいたとして、それまでの審議では反対を表明してはいなかったのだが、採決のときだけ、反対票を入れたらどうなるのだろう? これを、ひとりの議員でするなら、政治的にとても、あとあとまずいことになる。 でも、「みんなですれば怖くない」と思う議員がいたら、どうしよう?と思う。 私はもちろん、安全保障法案に「賛成」である。 だからこそ、心配しているのだが、最後の最後に、自民党も公明党も、議員が全員で、「反対」となったら、反対票を入れたら、どうなるのだろう? 賛成票を入れるのが、総理大臣一票だけ、となったら、どうなるのだろう? (しかし、そういうことにな

若手の時代の到来。

若手の時代の到来。 スマートフォンのiPhoneで、新しい機種が登場するそうである。 今回、新しくなったのは、「そのすべて」なのだそうである。 私たちの世代は、もうどんどん取り残されてしまっているかんじがする。 考えてみれば、パーソナルコンピューターが普及し始めてから、10年と少ししかたっていない。 しかし、今、30代、40代という人たちは、10代のころから、パソコンや携帯電話を使っていた人たちなのである。 これから、コンピューターを利用した、キャッシュレス社会が到来するかもしれない。 これからの時代は、若手の時代だといえると思う。 キャッシュレスの近未来社会を樹立するためには、それはそれは、たくさんのリスクを背負うことになるだろう。 たくさんの討論が予測される。 障害も多いことだろう。 でも、今のメディアは、成熟している。 ここ数年で、日本のメディアが、とても成熟してきていることは、世界中の話題になっているそうである。 新聞を見ても、各紙が各様の論を繰り広げていて、事実を知るだけではなく、物の見方を知ることができるのは、本当に興味深いことである。 知り合いの知識人に聞いた話であるが、社会問題をどう捉えていいのか、一紙だけ読んでいるのでは、わからなくなる、というのである。 すべての新聞をとって読まなければならない、とうれしそうに困っていた。 また、テレビ番組のニュースも、そうである。 各テレビ局の解説が、とても分かりやすい。 それでいて、それぞれのテレビ局の個性があって、カラーがある。 どのテレビ局を選んでも自由であるが、あらゆるチャンネルを見て、論をかわすのも、とても楽しい。 日本のメディアの成熟は、東日本大震災のあと、4年半たった今、成し遂げられた実りかもしれない、と思う。 思えばこの間、ツイッターなどのインターネットの普及は目覚ましかった。 これからの、新しい時代は、新しく成熟した若手の人たちが、拓いていく未来だと、私は思う。 幸い、安倍総理大臣は、若手の育成にはとても熟練な政治家だそうで、若手政治家からも、若手メディアからも、信頼が厚いそうである。 こうした、「ついていく人」がいる限り、日本の将来は明るいと、私は思う。 私自身は、私のもといた場所から、今一度、自分の人生と、健康と、それから、仕事のことを、改め

ハイリスク・ハイリターン。

ハイリスク・ハイリターン。 安倍政権が続く。 先日の、自民党総裁選で、安倍総理大臣が、無投票で再選された。 とってかわる他の人材がいなかった、ということが、大きな理由であると思われる。 自民党の独走態勢はどこまで続くのだろう? 安倍政権の政治は、どう考えればいいだろうか、ある政策はとても良いし、ある政策は、う~ん、と考え込んでしまう。 全体に、勢いがあって、流れが速い。 以前から、手を付けてほしかった政策も、たくさんある。 また、政策とは別に、公共事業の工事もめざましい。 完成は、3年後、5年後、10年後となっていくが、ともかく手をつけたのが、よかったと思われる。 全体に、政策が理想的なところが多く、これだけの理想を現実にするのは、本当に安倍総理ならでは、ということだろう。 新しい時代、という気がする。 しかし、何かよくわからないが、なんとなくすぐには賛成しかねるところがある。 それが何なのか、私はよく考えてみた。 そして、あることに思い当たった。 安倍政権の政治は、ハイリターンではあるが、ハイリスクである、ということである。 そして、そのハイリスクに対して、リスク処理をしていない、ということなのである。 リスク処理とは、まず第一に、国民の理解と納得をとりつけることだろう。 安倍政権の政治は、国民の理解や納得を後回しにしたり、「いらない」と決めているようなところがある。 しかし、安保法案のデモ行進でもわかるように、これがリスクとなって、政権と、支持率を苦しめている。 最終的には、選挙が、政権を苦しめる。 これまでの、安倍政権のハイリターンな政治には、なんらかのリスク処理班が付いていたのかもしれない。 それが、よく理解し納得した、メディアだったのかもしれない、と思う。 メディアが世論に訴える力を持っていて、政策を支持したことで、リスク処理が大幅に進んだのだろう、と考えられる。 しかし、次の政策、マイナンバーとキャッシュレス社会を考えてみると、確かに理想的で、「成功したら素晴らしい」でも、「もしもうまくいかなかったら、リスクが大きい」のである。 世の中の仕事には、リターンの代わりに、リスクがつきものである。 ハイリターンのものほど、リスクも大きい、という法則がある。 ハイリターンを望み、ハイリスクを引き受けるのは、個

マイナンバーと軽減税率。

マイナンバーと軽減税率。 安保法案の採決も間近である。 まだ日程がはっきり決まらないようだが、いずれ今月9月中には、 何もかも決着がつくだろうと思うと、なんだかほっとする。 ところで、採決間近、最近になって話題になっているのが、 マイナンバー制である。 このマイナンバーは、もう来月10月から施行されるそうである。 私たちが、安保法案であれこれ考えて、デモ隊が出たとか、 反戦派の運動とか、国際貢献は、と考えている間に、 いつの間にか、マイナンバー法案が可決されていた。 これは、一昔前ならば、「国民背番号制」と呼ばれていた、 国民ひとりひとりに、番号を割り振って、 行政の手続きをコンピューター化する仕組みである。 これが、人間を番号で扱うのはどうか、とか、 個人情報の取り扱い、とかで、しきりと議論されていた。 しかし、今回のマイナンバー制は、議論する余地のないまま、 いつの間にか可決である。 すでに、数か月前から、インターネットや広告などで周知されていたので、 私も知っていた。 行政の手続きがコンピューター化されるのは、効率的でもあるし、 利用者にとっても、簡単便利である。 だから、いい制度だと思っている。 私も、さっそくにマイナンバーカードを作ろう、と思っている。 ところが面白いことに、ここに軽減税率が「くっつく」という話である。 軽減税率はすでに、ヨーロッパでは導入済みなので、 いずれ日本も軽減税率を、ヨーロッパ式に取り入れるのだろう、と推測していた。 しかし、日本の軽減税率の仕組みは、マイナンバー制を使用して、 お買い物のたびに、このカードを提示し、 食料品など、軽減税率が適用される品物をどれだけ購入したか、 ポイントセンターなるコンピューターシステムを使って計測するのだそうである。 なぜ、今になって、この話が出てきたのだろう? マイナンバーは、個人番号である。 その個人が、どこで何をどれだけ購入したか、コンピューターに情報が累積されるというのは、どうしてこんな仕組みが発想されたのか??と考え込んでしまった。 私たちがよく利用する、オンラインショッピングでは、どうなるのだろう? オンラインショップでは、クレジットカードでの支払いが主である。 とすると、マイナンバーと、クレジットカードとが、接続さ

安全保障法案・採決間近。

安全保障法案・採決間近。 安全保障法案の参議院での採決が、間近にせまった。 この9月、日本は大きな転機を迎えることになる。 もしも法案が否決されたなら、次に集団的自衛権に関して法案が国会に出るのはいつの日となるだろうか。 集団的自衛権は、日本の政治家にとって、長い間、悲願であった法案である。 それが、否決されたとなると、次に政治的求心力が高まる時代は、100年後になるのかもしれないし、二度と来ないのかもしれない。 集団的自衛権を持たない日本は、世界情勢のなかで、孤立している。 ただでさえ、武器を持つことができない、軍隊を持つことができない、そういう国は、とてもハンディのある国である。 戦後、アメリカは日本に、憲法でしばりつけて、軍隊に関するハンディを負わせた。 日本という国から「刀」を取り上げたといってもいい。 刀を取り上げられた武士の国・日本は、寂しい、気弱な国になってしまった。 日本の政治家が今、さかんに世界を飛び回っている。 もちろんそれは、日本の政治家に限ったことではない。 G20もサミットも首脳会談も、あちこちで頻繁に開催されている。 世界のトップがこうして、頻繁に会って話す、こういう時代はこれまでそうそうなかったように思う。 そうして、世界のトップが集まるとき、わが日本の国のトップは、どんな気持ちでいるのだろうか。 私は、国と政府と国民を、よく家庭に例えて考えている。 政府は、一家の主、大黒柱の、夫、主人である。 あるいは「お父さん」と呼ぶ家もあるかもしれない。 そして、国民は、妻、子どもたち、あるいは一家の主をリーダーとして集まってそこで暮らしている老後の生活を送る家族かもしれない。 そう考えると、一家の主が、社会に出て行って、「私は家庭をこのように治めています」「私の家庭はこんな家庭です」というときに、どれだけ「仕事」をこなしたか、その仕事の成果を誇ることは、あるだろうと思う。 一家の主が、その家庭の、住宅が素晴らしく頑丈で実用的であること、見栄えも美しくよく手入れがされていることを、誇りに思うだろう。 そして、会社の昼休みに、社員仲間と集まって、「わりとさりげなく」話すのである。 どの家のご主人もそうではないだろうか。 そして、「国民」がどれだけ、一家の主に協力的であるかを話すのである。 妻