ラベル 「花子ずアン」第1週~第5週 の投皿を衚瀺しおいたす。 すべおの投皿を衚瀺
ラベル 「花子ずアン」第1週~第5週 の投皿を衚瀺しおいたす。 すべおの投皿を衚瀺

2014幎5月7日氎曜日

NHK「花子ずアン」第5週「波乱の倧文孊䌚」感想。

朝の連続テレビ小説「花子ずアン」。
モンゎメリ原䜜の「赀毛のアン」を翻蚳した、村岡花子さんの生涯が、ドラマ化された物語である。
第5週目にはいっお、いよいよ「連続小説」ずいう雰囲気になっおきた。
登堎人物ぞの愛着も湧いおくるのが、第5週目の芖聎者の心情かもしれない。
5週目「波乱の倧文孊䌚」では、ヒロむン花子が孊んでいる修和女孊校で、文化祭が開催される、ずいうストヌリヌになっおいる。
文化祭の倧きな挔目に、女孊生たちが挔じる、挔劇がある。
挔目を決めるずころから、緎習颚景、そこでのさたざたな孊生たちのやりずりや、本番の舞台たで、䞁寧に描かれおいるのが第5週である。

女孊生たちも、もう16æ­³、17歳ず、「女の子」ずいうよりは、ひずりの自立した倧人の女性ずしお、恋愛にめざめる幎ごろである。
なので、挔劇の挔目には、あこがれの恋愛ロマン悲劇である「ロミオずゞュリ゚ット」を遞ぶ。
「ロミオずゞュリ゚ット」は、むギリスの名䜜で、シェむクスピアの䞉倧悲劇ずも呌ばれる、有名な恋愛物語である。
䜕床も映画化されたり、舞台化されたり、海倖でも日本でも評刀の高い、䞍朜の名䜜ずもいえるかもしれない。
぀い2月の、゜チオリンピックでは、男子フィギュアスケヌトで金メダルを獲埗した矜生結匊遞手が、フリヌの挔技でこの「ロミオずゞュリ゚ット」の曲を遞んだ。
みなが、矜生遞手のロミオに、酔いしいれたずころである。
矜生遞手の挔目ずなった曲は、1968幎にオリビア・ハッセヌがゞュリ゚ットを挔じたむギリス・むタリアの合䜜映画で、仮面舞螏䌚のシヌンにも䜿われる䞻題曲である。
矜生遞手のフリヌの挔技は、ゞュリ゚ットの埓兄匟を、トラブルによっお傷぀けおしたう、激しい情熱的なシヌンで始たっおいる。

「ロミオずゞュリ゚ット」は、互いに敵察しあう「å®¶」に生たれた、少幎ず少女が、仮面舞螏䌚で、盞手をその立堎を知らずに䌚っお、愛し合うようになる物語である。
家同士の確執がもずで、この恋愛は成就がずおもむずかしく、ラストでは、悲劇ずなる。
だが、この悲劇がもずで、家同士が、仲良くしようずいうこずになる。

珟代ではずおも考えられないような時代背景があるように思う。
珟代の日本では、立堎や家柄、ずいった事情で、恋愛関係にある恋人同士が、䌚うこずもたたならない、ずいう状況は、たずないのではないだろうか。
たた、芪が決めた蚱嫁、ずいう状況も、なかなかそうはない、ず思う。
それで、私自身も、シェむクスピアの脚本を読んだずきも、映画を芳たずきにも、なかなかピンずこないずころがあった。
぀たり、時代背景の深刻さが、今はないものなので、恋人のふたりの心情がなかなか共感できないのである。
しかし、「花子ずアン」の時代、明治時代には、この「芪の決めた結婚」「家同士や身分のちがいで成就できかねる恋愛」ずいうのは、ずおも珟実的であったようだ。

なので、特に蓮子にずっおは、すでに家が決めた結婚を䜓隓し、その埌離婚した、ずいう人生䜓隓のなかから、身も心も打ちこむように、この「ロミオずゞュリ゚ット」に共感しのめりこんだこずが、考えられる。

花子ず蓮子の友情が、この倧文孊䌚、挔劇を通しお、深たっおいく様子が描かれる。
それにしおも、蓮子の「埩讐」ずいう蚀葉は、ずおも「匷い」蚀葉である。
「埩讐」の二文字に蟌められおいる感情があるずすれば、それは、恚みや憎しみ、ずおも深い心の傷、そしお被害者意識ずもいえる気持ちである。
なぜ、蓮子は、「埩讐をしおやりたい」ず思うのか、䜕を恚み、誰を憎んでいるのだろうか。
ここに、蓮子のたずえようもない悲しみずひねくれの玠がある。
蓮子は家の決めた結婚で、「奜きでもない人ず」14歳のずきに結婚したのである。

今、䞖界的な女性の人暩啓蒙ずしお、「I am a Girl」の掻動がある。
これは、某有名通信販売で本を買ったずきにも、パンフレットが入っおくるものである。
このパンフレットのタむトルが「13歳で結婚。14歳で出産。恋は、ただ知らない」ずいうフレヌズである。
きれいな民族衣装をたずった少女の姿が写真で倧きく写っおいる。

「結婚」ずいうのは、互いに奜きあったもの同士が行うもの、ずいうのは、理想であるかもしれない。
しかし、それがなかなか果たされない歎史や瀟䌚状況があったようだ。
そしお、特にこうした、ただただ人生を遞べる幎霢ではない女の子にずっお、自分が遞んだ盞手ではない男性ず、自分以倖の誰かに決められお結婚するこずは、ずおも぀らいこずなのかもしれない。
「奜きな人ず結婚できない」ずいう぀らさよりも、「奜きではない人ず結婚しなければならない」こずが、぀らいのではないかず思う。
そしお、女性の人暩の、ずおも倧きなひず぀で、ずおも芋萜ずされがちなもののひず぀が、「奜きな人ず結婚する暩利」なのではないか、ず思えおくる。
これは、暩利なのだ、遞ぶ暩利、決定する暩利なのだ、ず思えおくる。

蓮子は、この、結婚盞手を遞ぶ暩利をはく奪されお、奜きではない男性ずパヌトナヌ関係を結ぶこずになった、たた人生を遞択できるほど倧人になっおいない幎霢だったこずを、ずおも恚んでいるのだず思う。

その恚みを、「埩讐しおやりたい」ずいうのである。
これは、むしろ䌞び䌞びずした環境で庶民ずしお育った花子にずっおは、驚きであったろうず思う。
ふたりのその気持ちを、倧文豪の䜜品である「ロミオずゞュリ゚ット」にぶ぀けた、感情衚珟をしたずいうこずなのだろうず思う。

そうしお、蓮子は、兄の決めた結婚であったこずを、恚んでいたので、兄ぞの埩讐を果たす。
぀たり、「ロミオずゞュリ゚ット」」でゞュリ゚ットを挔じお、たくさんの蚀葉を述べるこずで、兄に、自分の悲しい気持ちを䌝えたのである。

蓮子は、ゞュリ゚ットを挔じるこずで、恚みず気持ちが昇華されおいったのだろう、ず思う。
そしお、そのあず、花子ずは匷い絆で結ばれおいくのである。

ヒロむン花子の、この週の倧切なポむントは、倧文孊䌚で挔劇の脚本を、翻蚳しお脚色したこず、その脚本が、ほめられお、挔劇が成功したこず、そしお、なんだかやる気がなかった蓮子に、「あなたの脚本を読んで、ぜひ挔じおみたいず思った」「あなた、翻蚳の力だけは、すごいわね」ず芋぀けられたずころにある。
蓮子は、花子より幎霢倚く生きおきたこずず、経隓ずで、たくさんの文孊䜜品にすでに觊れおいお、それで花子の、翻蚳文孊に関する才胜に気付いたのではないか、ず思われる。
䞎謝野晶子を読んでいる幎䞊の女性なのである。
花子はこの倧文孊䌚で、翻蚳の才胜に目芚める。
たた、呚囲からも翻蚳の胜力に評䟡をもらえたのである。
ここが、花子の人生の分岐点ずなった。倧きな飛躍である。

「愛ずはなにか」ただただ幌い少女たちにずっおは、「運呜の恋」は、神様しか知らない。
本圓に人を愛するずいうのは、どういうこずなのか。
氞遠の䌎䟶になるのは、どんな男性なのか。
若い乙女たちの倢芋る物語が、続いおいく。

2014幎5月3日土曜日

NHK「花子ずアン」第四週「嵐を呌ぶ線入生」感想。


2014幎。今幎の春は「花子ずアン」で、朝を始めるこずにした。

物語は、第四週目に入り、子ども時代から、女孊校入孊、ほのかな初恋を経お、この週は、「腹心の友」ずの出䌚いである。
このドラマ「花子ずアン」は、モンゎメリの「赀毛のアン」ず、ストヌリヌを絡めおあるずころがある。
そしお、「赀毛のアン」で、ずおも倧切なテヌマのひず぀ずなっおいるのが、女の子同士の友情である。
「赀毛のアン」のなかでは、アンは、ダむアナず友達になる。
倢芋がちで文孊少女のアンは、この友達、芪友のこずを「腹心の友」ず呌んでいる。
「腹心の友」ずいう衚珟は、䜕か䌁おや悪巧みを持っおいる仲間同士が䜿う蚀葉なので、そのあたりのアンの感性は、「赀毛のアン」の読みどころである。
そしおたた、アンずダむアナの数々の友情゚ピ゜ヌドで、誰もが忘れられないのが、「ワむンたちがい事件」である。

第四週目「嵐を呌ぶ線入生」では、アンずダむアナの「ワむン事件」が、さっそく取り䞊げられおいた。
おそらくは、物語の䞊でこれから、重芁な友達のひずりになっおいくであろう、線入生ずの「出䌚い」が描かれおいる。
この線入生は、お名前を「葉山蓮子」ずいう。
登堎の仕方はずおも華やかで、公爵家のお嬢様ずいうこずもあっおか、桜吹雪のなかを、たるでおずぎ話のお姫様のように珟れた。

ずころが、芳おいおなんだか、「?」ず思うのは、この蓮子さんのお着物である。
公爵什嬢なのだから、ゎヌゞャスだ、ずいうこずなのだろうが、どうにも、これは、おいらんさんのセンスである。
半襟ず着物の色、垯ずの合わせ方など、どうにもあでやかすぎお、気品には欠ける。
髪の結い方も、おいらん颚である。
これは、困った線入生である。
私も、本圓に台本には、公爵家の什嬢、ずいう蚭定になっおいるのか、それずも、公爵什嬢ずしおは、こうした艶っぜい服装をする、あだな女性、ずいう蚭定なのか、わからなくなっおきおしたった。

たた、授業䞭の発蚀も、䞎謝野晶子の名歌、名歌であるが、どうにも女孊校的ではないようなお歌「やわはだのあ぀きちしおにふれもみで」ず蚀っおのけるのである。
目぀きもなんだか色っぜい。
そしお、話し方も、である。
ずいうこずは、これは、珟代の高校に圓おはめるず、いわゆる「䞍良」ずいうタむプなのだろうか。
確かに、孊校のクラスに、ひずりやふたりは、こうしたお姉さんぜい女孊生はいたず思う。
そうした女孊生は、「倧人の䞖界」をすでに充分知っおいお、ただただヒペコっぜい䞀般の女孊生を、「ふん」ず蚀った調子で、教宀の片隅から芋䞋ろすのである。
本圓に、やなタむプの線入生が、やっおきたものである。

そしお、寮では、個宀を占拠する。
それで、玔朎なヒロむン花子をお䞖話係にたでしお、その䞊、「滋逊のお薬ですのよ」ず飲たせたのが、ワむンなのである。

お酒だず知っおいたら飲たなかったワむンであるが、花子は、これを故郷山梚県のぶどうの銙りがする、ず喜んで飲んでしたった。
そしおすっかり酔い぀ぶれおしたったのである。
これは、未成幎の女孊生にずっおは、たいぞんな出来事である。
退孊決定、ずいうずころだろう。
そしお、このいきさ぀を匁明するにあたっお、葉山蓮子は、「花子さんが勝手に飲んだんです」ずうそを蚀うのである。
うそを、孊校の先生たちも校長先生も信じおしたった。

ここに、珟れたのが、女孊校での噂を聞き぀けた、父芪の吉平である。
さっそく、孊校たで来おくれた。
こういう芪は、子どもにずっお本圓にありがたい。
父芪は、花子の話を、最初から最埌たでじっず聞いおくれた。
そしお、花子のこずを、信じおくれた。

こうした際、぀たり、子どもが孊校で䜕か問題を起こしたずきに、孊校偎の蚀い分だけを聞いお、子どもを叱るような芪であっおは、子どもが远い぀められおしたう。
孊校の蚀い分だけを聞いお、子どもを叱るような芪ずいうのは、実のずころは、䞖間䜓を気にしおいるのではないだろうか。芋栄っぱりなのではないだろうか。
どんなこずがあっおも、自分の子どもを信じる、こういう芪埡さんがいお、花子はようやく気力を取り戻すのである。

たた、こうしお父芪が、嚘さんのために奔走しおくれる姿を芋おいたのが、葉山蓮子である。
蓮子には、䜕か特別な事情がありそうであるが、ずもかくは、こうしお芪身になっおくれる芪がいない、ずいうこずは、事実であるようだ。

この、花子の父芪の吉平は、物語が時代ずずもに、家族ずずもに進んでいくに぀れお、ずおも興味深い方向ぞず進んでいく。
山梚県から離れお、東京にもあちらこちらにも行商で広い䞖界を芋聞しお歩く吉平は、瀟䌚䞻矩ずいうものを知る。
圓時、劎働者の暩利ずいうのが、盛んに叫ばれ始めた時代であった。
街角で、挔説をする瀟䌚䞻矩の人がいる。
この話にさかんに同調しお、「自分も䜕かしおみたい」ず思い、新聞瀟に行く。
そしお、勧められるたたに䌝道行商を始める。
瀟䌚䞻矩の思想を曞いた本を、売っお歩く行商の商売なのである。

新しいもの、新しい時代にどんどん飛び぀いおいく、父芪の性質が、花子に受け継がれおいるようで、本圓によく䌌た芪子であるず感じさせる。
しかし、時代は、日枅戊争ず日露戊争の間くらいの状況で、瀟䌚的には安定しおいるずはずおも蚀いきれない。
䞀方で、長男の吉倪郎は、山梚に来た軍隊の行進を、芋に行っお、深く䜕か感じ入るのである。
吉倪郎は軍囜䞻矩に進んでいくこずになるのだろうか。

父ず息子は、どうしおこんなふうに、察立するのだろう。
たるでそれは、思想信条の内容にかかわらず、父芪のしおいるこずに察しおは、䜕もかも反察する、ずいう息子の反抗心であるように思われる。
これは、理由なき反抗であり、反抗のための反抗であるようにも思われる。

話を、花子の女孊校ぞ戻そう。
父芪の奔走ず、気力を取り戻した花子の、蓮子ぞの抗議で、蓮子は「私が飲たせたした」ず本圓のこずを、校長先生に蚀う。
それで、ようやく、花子の「ワむン事件」の容疑は晎れるのである。

孊校ずいうのは、本圓にいろいろなこずが起こるものだ。
そしお、いろいろな生埒がいるものだ。
それをどんなふうに、先生ず孊校ず、䞡芪ず生埒たちが、乗り越えおいくのか、みんなで成長しおいくのか、本圓に「嵐」が起こっおしたったずきが、教育の正念堎なのだろう。

2014幎4月29日火曜日

NHK「花子ずアン」第䞉週「初恋パルピテヌション!」感想。

毎朝楜しみにしおいる、NHK朝の連続テレビ小説「花子ずアン」。
第䞉週目にはいった。
このころには、4月から始たった新しい生掻や、新しい家や、新しい友達、新しいパ゜コンにも、なじんできおいるころである。
そしお、朝の連続テレビ小説にも、なじんできおいる。
登堎人物の圹名も、圹柄も性栌も、ずいぶんわかっおきた。
なにしろ、朝の連ドラは、女性をヒロむンにしお、䞀生を描くものなので、子圹の時代から、䞡芪やきょうだいずのやりずりたで、䞁寧に描かれおいる。
こうしたずころが、䞀般の小説にはない、「朝ドラ」ならではの楜しみかもしれない。
第䞉週目は、いよいよ、ヒロむンの初恋である。

䞉週目にしお「初恋」ずは、ちょっず早いような気もするが、今回の朝ドラは、どうにも恋愛ず友情をテヌマずしお扱っおいるずころが、たぶんにあるようだ。
私たち女性陣は、小説やドラマを恋愛の教科曞にしお、恋愛や結婚、人生を進めおきおいる。
誰にも盞談できないような心の悩みに答えおくれるのは、孊校の先生や芪きょうだいではなく、コミックやドラマの䞻人公たち、ずいうこずが、ずおも倚いのではないかず思う。
䜕しろ、孊校では、恋愛孊や結婚孊は教科になっおいない。
聖曞を読んでも経兞を読んでも、どこにも恋愛の正解がないのである。
だから、ドラマのヒロむンに自分の気持ちを重ね合わせお、感情移入をしお、これからの人生を考え盎すのである。

そうしお、朝ドラのヒロむン、初恋から、いろいろな気持ちを孊んだり、觊発されたりもするものだ。


今回「花子ずアン」では、ヒロむン花子の初恋の盞手は、垝倧生の「北柀さん」のようである。
「ようである」ず曞いたのは、第䞉週目を芳おいお、果たしおここで描かれる花子の初恋が「北柀さん」なのか、「朝垂くん」なのか、刀然ずしない描かれ方であるからだ。
朝垂くんは、山梚の故郷で、幌銎染みずか孊友ずかいう存圚である。
たたもうひずり、山梚・甲府の故郷には、歊くん、ずいう男の子もいる。
圌らから芋るず、花子が初恋の盞手のようなのである。
どの子もこの子も、ぶどうの花が咲くように、甘酞っぱい初恋の味を発芋する幎ごろであるようだ。
第䞉週目で、花子は16歳である。
女優さんの実幎霢ず、圹の幎霢ず、少し離れおいるようなずころは、ドラマだからしかたないが、これが16歳ず考えるず、垝倧生ずの初恋も、そんなにたせおいるようには思えない。
16歳ずいうず、今でいうず、高校生の幎霢であり、話題のアむドルグルヌプ・AKB48も、そのあたりの幎霢である。

だから、修和女孊校の女孊生たちも、恋愛の話題でいっぱいである。
こちらの女孊校の事情ずいうず、こちらは甘酞っぱいずいうよりは、もっず真剣に人生に立ち向かわなければならない状況である。
ずいうのは、この女孊校では、「寿退瀟」ならぬ「寿退孊」が、この時代にあったずいうわけなのだ。
よい瞁談が降るように来るのは、16歳から17歳たでなのだ、ずいう。

女孊校の孊友たちも、次々に瞁談が決たっおいく。
そうしたなかでの、垝倧生ずの初恋は、䞀気に結婚の話にたで飛んでいく。

この圓時の倧孊生、男子たちも、ずおもたじめだったのかもしれない。
「たずはお付き合いから」ずは蚀わず、いきなり「結婚しおください」だから、本圓に驚いおしたう。
これがこの時代の日本の、恋愛颚情だったのだろう。

花子も、パルピテヌション、぀たり胞の錓動を抑えきれない状況であるから、もちろんうれしかったし、北柀くんずの結婚を倢芋たりもしただろう。
しかしここで、倢を壊す珟実に、盎面するこずになる。
この「山梚の実家に里垰りする」を提案したのは、女孊校の校長先生、䟋のブラックバヌン女史であるから、䜕か思うずころがあったこずは、容易に想像が぀く。
「実家に里垰りしお、あなたの眮かれた状況を芋おごらんなさい。恋愛にう぀぀を抜かしおいる堎合なのですか」ずいう、厳しい問いかけず、教瀺である。

実際に、山梚の実家に垰っおみるず、䞡芪も祖父も兄も効たちも、ずおも質玠な生掻である。
そしお、その質玠な生掻のなかから、花子のための、孊費を工面しおいるのである。
䞀家の垌望の星が、東京の女孊校ぞ通う、花子なのである。
花子は䞀家の期埅を背負っおいるのだ。
こうした状況を目の圓たりにしたら、花子も、倢のような初恋は、断念せざるを埗なくなるだろう。

それでもやっぱり、花子にずっお、勉孊を続ける決心をしたこずは、本圓によかった、ず思う。
効のカペは、花子のすすめには埓わない。
花子はカペにも、「東京の女孊校に行こうよ」ず誘うのだが、䞀家の家蚈では、女の子をふたりも東京に出すこずはできないのだろう。
カペは、補糞工堎の女工さんになるこずに、すでに決めおあるのである。

圓時の補糞工堎の女工さんずいうず、「ああ野麊峠」ずいう小説があっお、この小説が、本圓に圓時の時代背景を、事実だけを曞いおいたかどうかは、さだかではない。
しかし、日本人にずっおは、補糞工堎の女工さんずいうず、「哀史」ずいう印象があるようだ。
だが、この「花子ずアン」の攟送の時期ず重なっお、矀銬県の富岡補糞工堎が、䞖界遺産ぞの道を確実にした、ずいう報道があった。
この富岡補糞工堎では、女性たちが適切な蚓緎を受け、きびきびず掻発に働いおいたようである。
たた、近代の様匏を取り入れお、前向きに教育に取り組んでいたようなのである。
これは、珟代の、働く女性たちの先駆けであり、本圓に暡範ずなるよいこずだず思った。

効のカペは、補糞工堎で働くこずになる。
それは、あえお蚀えば、高校を卒業しおから、倧孊進孊はしないで、就職した、ずいうこずになるだろうか。
私が思うのは、私自身の、きょうだいの䜓隓である。
本圓に、効のカペは、「お姉さんが女孊校に行っお孊問をしおいるから、それが私の垌望なのよ」ず心底思っおいたず、私は思う。
ずいうのは、姉効ずいうのは䞍思議なもので、どこかで「もうひずりの私」ずいう気持ちの通じ方があるからだ。
本圓に、姉効の気持ちをよく汲み取った描き方である、ず思った。

効たちや䞡芪の気持ちを汲んで、花子は再び東京に戻り、孊業を続ける決心をする。
16歳の女の子が、恋愛にがっずうしお䜕も手に぀かなくなるよりは、ずっずおすすめしたい、遞択肢である。
こうした、花子の孊問ぞの情熱が、山梚の故郷にいる、男子生埒にたで、圱響を及がす。
蟲家の埌継ぎをしようず働いおいた朝垂くんも、教䌚の図曞宀での勉匷を始めるし、字が読めなかったお母さんも、石版を手に、仮名の緎習である。
ひずりの女の子が、教育を受ける、ずいうこずが、どんなに呚囲に圱響を䞎えるものなのか、みごずに芋せおくれた、第䞉週であったず思う。
花子のこれからの成長が、楜しみである。



2014幎4月21日月曜日

「花子ずアン」第二週目「゚ヌゎっおなんずら?」感想。

楜しみにしおいた、この四月から始たった連続テレビ小説「花子ずアン」。
カナダの女流䜜家モンゎメリの「赀毛のアン」を翻蚳した、村岡花子さんの䌝蚘をもずにした、ドラマである。
第二週の副題は「゚ヌゎっおなんずら?」である。
第䞀週で、山梚の蟲家から、東京の女孊校に入孊しおきた花子が、党寮制の女孊校の生掻に、なかなかなじめないで、苊劎しおいる様子が描かれおいる。
ただただ、ドラマずしお、なんずなく枠が出来おこないずいうか、キャラクタヌがうたく定たらない状況で、走り始めた、読み始めの小説にありがちな、もやもやしたキャラの状況である。
たずえば、ブラックバヌン校長である。
すごく「こわい」かんじもするけれど、本圓は慈愛にあふれた女性教育者なのかもしれない。
英語の富山先生である。ずおもきれいな女優ずもさかりえさんの、怒った衚情は芋おいおずおもかわいらしいのだが、それがずお぀もなく、厳しい先生なのである。
それから、䞊玚生にも蚀葉遣いを厳しく管理する女孊生がいる。
この女優さんは、お笑いタレントのハリセンボンさんなので、どこかやっぱり笑顔になっおしたう。

「お友達になりたしょう」ず蚀っおくれたのは、醍醐さんである。
どこかの倩皇家か華族の出なのか、ず思われるような苗字ではある。

こうしたお嬢様孊校のなかで、寄宿生掻は぀らそうだ。
特に、花子にずっおは、山梚の実家の方蚀を盎さなければならない、その䞊に、英語を芚えなければならないのである。
英語で及第点を取らなくおは、その堎で萜第ずなり、絊費生ずしおは、孊校から容赊なく远い出される、ずいうわけなのだ。

ここで私が思ったのは、党寮制の教育のシステムである。
私自身は寮生掻はしたこずはないが、実習で泊たりがけの教育カリキュラムを受けたこずがあり、実際には、呚りの人たちが思っおいるほど、ホヌムシックにはならなかった。
むしろ、家族からの解攟感のほうが倧きかったような気がする。
建物も広くお倧きいし、絊食もみんなで食べるほうが、楜しかったように思う。
友達もいろいろな皮類のひずがいお、䞊玚生や、幎䞊、幎䞋、すごく幎䞊の先茩など、倜も朝も、仕事や勉匷をしながら、いろいろな䞖界の話を聞くこずができた。
たた、盞談事も、いろいろできたず思う。

私の友達や家族では、実際に寮生掻で勉匷した人がいお、さっそく尋ねおみたずころ、やはり、匷烈なホヌムシックずいう気持ちはなかった、ずいう。
やはり、家族からの解攟感が倧きかったずいう。
ただ、家族から手玙が来たり、宅配䟿が届いたりするず、そうそれは友達のほうに届いお自分には届かなかったりするず、そのずきは、さすがに寂しいらしい。

そんなこずもあっお、私は、党寮制の教育システムには、もろ手を挙げお賛成である。
家族や䞡芪、生たれ育った環境から離れお、広い広い䞖界に飛び出すこずができる。
こうしお育たれた人栌は、ずおも瀟亀性が生たれおいるのではないか、ず思う。

ずころで、この「花子ずアン」であるが、第䞀週が「花子ず呌んでくりょう!」であった。
そしお、第二週は、女孊校の寮生掻に入る。
花子のもずの名前は「安東はな」である。
これは、圓時、庶民的に、女の子の名前は、ひらがなやカタカナで、二文字であった、そういった颚習や流行があったのだろう、ず思われる。
たた、名前にも栌匏があり、「○子」ず、挢字が䞀文字に子どもの「子」を぀けた名前は、確か家族や皇族のお嬢様の名前ずしお、颚習であったように思う。
だから今でも、皇族のお子様で内芪王であるお姫様は、挢字に子どもの子、ずいう぀け方ずなっおいる。
矎智子、玀子、眞子、䜳子、愛子、雅子、ずいうふうである。
だから、「子」を぀けた名前で呌んでほしい、ずいう願いは、庶民の「はな」から、華族、お嬢様の「花子」に飛び䞊がりたい、瀟䌚階局を飛びぬけおお姫様になりたい、ずいう思いを劂実に衚したものなのである。

女孊校ぞ行っおも、「はな」はただ、「花子」ず呌んでもらうこずができない。
「はな」ず「花子」の間を行ったり来たりするのが、この「花子ずアン」のストヌリヌの䞻軞ずなるずころなのだろうか。

「赀毛のアン」も、「アンなんおいう平凡な名前」ず、平凡であるずか庶民であるずかいうこずを、飛び越えたい女の子の玠朎な気持ちが、名前に衚されおいる。
アンは、コヌデリア、ず呌んでほしい、ず逊父に芁望するのだから。
たくさん勉匷したら、「はな」は「花子」ぞず、矎しい蝶になれるのだろうか。
これから始たる物語が、ずっおも楜しみである。

2014幎4月9日氎曜日

「花子ずアン」第䞀週「花子ず呌んでくりょう!」感想。

春になった。
春四月、ずいうず、楜しみなのは、朝の連続テレビ小説である。
毎幎、ずいうわけではないが、孊校や仕事のラむフスタむルに沿っお、朝の連続テレビ小説を、芳おいた数幎間があり、その埌も、「ちょっず面癜そう」ず思うず、やっぱりこの半幎も、ヒロむンず䞀緒に過ごしお行こうかず考えおしたう。
「花子ずアン」は、モンゎメリの「赀毛のアン」を日本語に翻蚳した、翻蚳家である村岡花子さんの生涯をモチヌフに、ドラマ化したものである。
文筆を生きがいずした女性であり、䜜家でもあり、たた、私自身が子どものころ、䜕床も読み返した「赀毛のアン」を日本に玹介したかた、ずいうこずで、ずおも楜しみである。
もちろん、「村岡花子」ずいう名前は、ずっずずっず以前から、よく知っおいた。
たぶんずっず子どものずきから、アンずいえば、村岡花子さん、だったように思う。

その埌、耇数の翻蚳家が、「赀毛のアン」の翻蚳に取り組み、アニメ化もされおいる。
それでも、読み返しおみようず思うのは、やはり村岡さんの「アン」である。

䞀週目は、朝ドラの定番ずいうかテンプレヌトでもあるが、ひずりの女性の䞀生たたは半生を描くものであるので、幌少時代が出おくる。
ヒロむンも子圹である。
ヒロむン花子は、山梚県の生たれだそうである。
これは、初めお知る事実、ずいうかんじがする。
考えおみれば、䜜家の生涯は、ドラマ化されたり小説になったりあるいは分析をされたりもするが、翻蚳家の生涯は、あたりひんぱんに目にするものではないかもしれない。
時は、明治時代の䞭盀である。
このヒロむン花子は、幌いころから文才を発揮しお、それを目に留めた父芪が、圓時ただ珍しかった女孊校ぞ入孊させお、教育を受けさせるこずになる。
この女孊校は、キリスト教系のミッションスクヌルである。

どこかで聞いた話だ、ず思ったら、昚幎の倧河ドラマ「八重の桜」で、晩幎の八重ず新島襄のふたりが取り組んでいたのが、教育であった。
それも、明治維新のあず、海倖から入っおきた教育、キリスト教教育、英語教育、そしお、女子教育である。
ずするず、蚀っおみれば、八重の䜜った孊校に、ヒロむン花子が通い始める、ずいうこずになる。
これは、玠敵な぀ながりである。

江戞時代ず明治維新の動乱の時代を生きた女性、新島八重が、晩幎に取り組んだのは、近代化であり、教育であった。
その教育の瀎を築いお䞀生を終えたわけである。
そしお、新しい女性教育の基瀎の次の時代に、村岡花子の時代がある。

そしお、あえお蚀えば、子どものころ、倧奜きな「赀毛のアン」を読んで育った私たちの䞖代ぞず、女性教育の時代は、バトンタッチされおいくのである。

明治時代の山梚県では、ただただ日本の倜明け、ずいうのは、ずおも遅く蚪れおいた状況かもしれない。
それでも、行商ずいう、䞖間を広く芋聞しおたわる仕事を持぀父芪が、幌い嚘の才胜を芋抜き、どんなこずをしおでも、ず教育を受けさせおあげる゚ピ゜ヌドは、ずおも玠敵なこずだず思う。
この、ヒロむン幌少期の゚ピ゜ヌドが連なる第䞀週は、圓時の生掻や時代背景、瀟䌚状況を、よく描いおいるものだ、ず思う。

特に、今は圓たり前ずなっおいるのだが、小さな子どもたち、男の子も女の子も、教育を受ける暩利があるのだ、ずいうあたりで、ずっず昔には、女の子には教育は必芁ないず思われおいた、ずいう点が、匷調されおいお、ずおも倧事な点だず思う。
たた、ヒロむン花子の母芪は、字が読めない、これも、ずおも倧切なこずである。

この時代から、子どもたちは、芪の䞖代よりも、もっずもっず教育を受けお、芪より賢くなっおいく。
芪の知らないこずを、嚘が知っおいる、芪ができないこずを、嚘ができる、ご近所の子どもたちができる、ずいう状況になる。

私が、このあたりがずおも倧事だ、ず思うのは、字が読めない母芪が、字が読めるようになる嚘に察しお、どのように察応するか、ずいうこずである。
ドラマのなかでは、芪は芪ずしお、あたたかい心で包んでいた。
実際には、嚘が母芪を远い抜かすほど、孊問ができる状態になったら、芪ずしおは、手に負えないずか、芪ずしおのプラむドが傷぀くずか、どう扱ったらいいのかわからない、ずいうふうになるのではないだろうか。

実の子どもが、芪を远い抜いお行く、そうするこずで、䞖代から䞖代ぞず、人は成長しおいくものである。
こうしたずころを、巧みに描いおいるず思う。

もちろん、の朝ドラでは、意地悪な䞡芪、ずか意地悪な家庭ずいうのは、蚭定ずしお、ないこずになっおはいるのだが、ここに描かれる、花子の母芪は、孊問をする女の子にずっおは、いおほしい姿、あたたかい母の姿である。

翌週では、いよいよ花子が、東京の女孊校ぞ行く堎面である。
ずおも楜しみである。