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北風の季節。

北風が、まだまだ冷たい。
でも昼間は、雪がとけて、なんだか少し春めいてきた。
「不可能はない」と言っていたあのナポレオンさえ黙らせた、ロシアの冬将軍が、日本にもやってきた。
峠は越しただろうか。
日本のみんなに、何か伝えたいメッセージがあったのかもしれない。
ロシアの冬は、暖かい炎に、熱いお茶で、楽しくお話をする、冬なのだろうと思う。
日本でも、暖かく心を燃やして、たくさんの人を、だんらんの輪のなかに、入れてあげようと思う。

ロシア・北方領土問題について思うこと。メモ。

北海道にいたとき、ロシアにとって北海道やサハリンや北方領土は辺境だった。
大統領も、やってこなかった。
不凍港を求めている。
軍事基地にしたい。
不凍港に、オイルを輸入して、パイプラインを結び、モスクワまで通したい。
キルギスは、オイルのパイプライン問題で、大規模な衝突を起こしている。
ロシアは中国に対しても、オイルのパイプラインを要求しているが、中国側が応じない。
これは、ロシアの緊急性に気づかないからだと思われる。

日本にロシアの大統領がやってきたのは、プーチン大統領になってから。
中東からも、オイルを求めているが、方向を変えて、日本、アジア側から、石油の輸入をしようとしているが、ロシアの要求する意味がよくわからないので、ロシアの緊急性に気づかない。

北方領土には、以前は、ロシア人はほとんどいなかった。
大やけどに対応できる病院もなかった。
最近、ここ数年になって、択捉島に、病院や空港が出来始めている。

以前は、コンスタンチン君という、少年が、サハリンで大やけどをして、札幌の病院まで、ヘリコプターで運ばれてきて、処置をしてあげた。
そして、元気になって帰った。
市民からお金も集まった。

ロシアの要求するところ、つまり、石油パイプラインを、通してあげるかわりに、こちら側の要求を通すとよいのではないだろうか。
これは正常な国交の取引である。

☆追記

北海道に住んでいるとわかる。
暖かい地方に暮らしているとわからないかもしれないが、ロシアのような寒い地方では、石油があるかないかは、死活問題である。
一年の半分は、雪と氷に閉ざされている。
ロシアとしても、あちこち掘って、石油が出ないかどうか確かめてみたのだろう、と思う。
でも、どこからも出なかったので、ロシアの国民が暮らして、経済活動をするためにも、石油が必要である。
じゃあ、原発は?

☆追記の追記
朝倉聡子としては、北海道に暮らしていたので、ロシアに親近感がある。
トルストイもロシアの作家である。
ロシア人に会ったこともある。
ロシア料理も、大好きである。
ピロシキ。ボルシチ。黒いパン。ロシアクッキー。サモワール。ジャム。

☆追記の追記の追記
今、日本の上空に来ている寒気は、シベリア高気圧の寒気である。
ロシアはこんなに寒い。
電気ストーブでは、対応できない。寒すぎる。
こたつでも無理。
火を焚かなくては。
人道的…

「CoCo壱番屋」は、なんの店か?

今、世間をにぎわせているニュースは、たくさんある。
お正月があけて、一年がまだ始まったばかりだというのに、SMAP問題、大雪、バス事故、北朝鮮問題、とたくさんの問題が起こっている。
しかし、なかでも一番大きな問題が、カツ問題である。
「カツ問題」とは何か。
それは、「CoCo壱番屋」という、ファストフードの店から、消費期限切れで廃棄されたカツが、不法に転売されていた、というニュースなのである。
食の安全を第一に考える、世の中の女性たち、お母さんたちが、これを許すはずがない。
新聞でもテレビでも、今この話題がもちきりである。

ところで、「CoCo壱番屋」とは、なんの店だったか。
もしかしたら、政治家の皆さまやお偉い皆様は知らないのかもしれない。
カツ丼屋か和食チェーン店だと思っているのかもしれない。
しかし、ここが重要なのであるが、「CoCo壱番屋」は、なんと、カレー専門店なのである。

だから、当該の「カツ」は、「カツカレー」のカツなのである。
私は、この情報をある人物から仕入れたのだが、「もしかすると、カツカレーを好きな人がいて、その人に対する、いやがらせなのかもしれない」ということなのだ。

残ったご飯は、豚にいただいてもらうしかない。
ござったカレーはもういらない。
今、世界中の小市民の皆様が、「カツカレーなんかいらない」「こんなものは、ござっているから、豚にあげよう」と考えて、ヒソヒソクスクス、笑っているのである。


「カレーハウスCoCo壱番屋」公式ホームページ →

http://www.ichibanya.co.jp/index.html


☆メニュー☆

ロースカツカレー  732円

メディア界の革新。

2016年も、無事に年が明けた。
今年は、どんな一年になるのだろうか。
私が思うには、今年はメディア界が面白い、ということである。
昨年2015年は、メディアの世界では、本当にいろいろなことがあった、と言われているそうである。
特に、スマートフォン向けに、さまざまなニュースアプリが誕生したそうだ。
そうしたところには、フリーで、またニュース社に属して、たくさんの若手の、メディア人がしのぎを削っている。
インターネットが普及した昨今では、ニュースはインターネットで見るもの、情報は無料で手に入るもの、という風潮が強くなってきた。
そうしたなかで、既存のニュースメディアがどんなふうに、イノベーションを遂げていくのか、あるいは、ここで生き残ることができるかできないか、ということは、とても興味深いテーマである。

私が最近、知って驚いたメディア界のニュースは、宗教団体・創価学会の主要メディアである、「聖教新聞」が、完全オンライン化をする、という話である。
これまでも、他の新聞と同じように、オンラインで新聞の一部を読むことができた。
そしてそれは、無料であったり、会員登録をすればサービスが受けられたりした。
しかし、今回の聖教新聞の改革は、いずれは紙の媒体はなくしてもいい、というものである。
一か月に、1700円である。
もともと、紙の新聞が1800円代だったものだから、これは、まるごと新聞そのものの値段である。

朝日新聞や読売新聞は、デジタル化といっても、基本的には、自宅で購買するものであり、そこにデジタルで1000円プラスする、という形をとっている。
これは、人から聞いた話であるが、新聞の販売、配達のネットワークを絶やさないためにしていることだそうである。
印刷、輸送、配達店、販売員、配達員、とたくさんの人が、新聞に関わっている。
全国規模で新聞のネットワークを作るのは、これまで時間と労力とお金を費やしてきた。
歴史もある。
それを、もし、アメリカのニューズウィークみたいに、紙媒体は廃止する、ということになれば、そこに携わってきたたくさんの人たちが、職を失うことになる。
文化そのものに対する、危惧、というものがある。

これまでにも、朝日新聞や読売新聞、毎日新聞や産経新聞が、紙の縛りをなくして、デジタルで購読できないものか、と要望してきた人は、たくさんいると思う。
集金などの…