NHK「マッサン」第25週(最終週)「人生は冒険旅行」感想。

半年間、ずっと毎朝観てきた、朝の連続テレビ小説「マッサン」も、いよいよ最終週、最終回となった。
昨年の秋から、真冬、年末年始やお正月も越えて、ずっと「お友達」になってきた「マッサン」とも、お別れである。

最終週は、1949年から始まる。
政春は55歳である。
戦後の復興期に造った三級ウイスキーが好調で、次に造った一級ウイスキー「スーパードウカ」も、とても好調に売れている。
特に、スーパードウカは、マッサンが目指してきた、本場スコットランドにも比肩する、理想のウイスキーである。
日本で最初の本格的ウイスキー造りに、とうとう成功するのである。

そして、日本中の人々に愛されるウイスキーとなる。
「マッサン」の物語の初めには、まだまだ日本人には、ウイスキーは、なじみがなく、聞いたこともないお酒だった。
それが、政春の夢のとおり、日本にも本格的ウイスキーの時代が来るのである。

夢の実現を成し遂げた政春。
まさに、「男のサクセスストーリー」の完遂である。

広い工場。
赤い屋根とレンガ造りの敷地。
冬の北海道のロケもとても素敵である。
冬の日に、窓から雪が降る情景も、とても美しい。
ときどき、屋根から雪がおちるのがいい。

そして1971年。
政春は77歳になっている。
本場スコッチウイスキーとして認められた賞の授賞式と、回想のシーンで、完了している。

20代のときに、ウイスキー造りを学ぶために、スコットランドに渡ってから、50年の歳月が流れている。
50年といえば、人生そのものである。
一生をかけて成し遂げる夢としては、時間は少ないかもしれないし、長すぎるかもしれない。

しかし、たくさんの人々が、夢と冒険に向かって走り始めることはできても、「成し遂げる」「成功する」ということはむずかしい。
いくつもの山や谷を乗り越え、たくさんの障害を乗り越え、次々にやってくる試練に立ち向かい、ときにはくつろげる日もあり、ときには笑いもたくさんある、そうした人生を、最終的に成功に成し遂げるものは、いったいなんだろう?

私は、ドラマのテーマである「冒険心」「チャレンジ精神」とともに、もうひとつ、「忍耐強さ」があるように思った。

それは、チャレンジやときには「賭け」と呼べるほどの、豪胆さや、先行きの見えないものに突き進んでいく勇気とともに、同時に持っていなければならないものだ、と私は思う。

政春は、その忍耐強さを、ウイスキー造りそのものから、得たのではないか、と私は思う。
それは、ウイスキーの醸造は、年月のかかるものであり、有機的なものであり、自然環境や気候、植物が、関わるからである。

有機的なこれらの事象は、人間の考えや理想の、想定外のことをするようである。
手に負えない、自然と「時間」に向き合って、政春は、自分自身を鍛えてきたように思える。

最初の動機は、若者らしい情熱と夢だったかもしれない。
それは、衝動でもあったかもしれない。

しかし、ウイスキー造りには、醸造のために貯蔵しておく期間がどうしても必要であった。
この「最低5年間」で、政春はずいぶんと苦心したようである。
それは、投資家にしても、商売としても、同じであった。

気の遠くなるような作業と、先を見越した作業の積み重ね。
あとは、時間と湿度、霧や気象条件が、成功をあとおししてくれる。
これらのものを、味方につけられるかどうかは、ひとえに、人間の側の、忍耐力と柔軟性にかかっているように、私には思われる。

また、ドラマを見ていて、政春がそうであったが、ここが一番いいところ、というところで、思わぬ障害がはいるものである。
それは、家族であったり、時代背景であったりもする。

「やめる理由」は、いくらでもある。
失敗を正当化する理由も、いくらでもつけられる。
「私の成功を邪魔したものは、これこれこれらのものでした」と他人に吹聴して回ることだって、できると思う。

でも、そこをもう一歩、忍耐強く持ちこたえられるかどうか、自分自身に向き合えるかどうか、だと、私は思う。

政春も、理想のウイスキーにたどり着けるまで、葛藤と試練の連続だった。
そのときに、「最終目的をあきらめない」ために、妥協さえ必要になった。
柔軟性も身に着けた。

77歳の政春の身に着けた能力、持っている能力は、これから何かを始めても、どんなことでも成功できるほどの、能力ともいえるだろう。

だが、残念なことに、人生は一度きりしかない。
77歳の政春が、何かをこれから成功させられるとして、「足りないもの」といえば、寿命だろうか。

限られた人生、限りのある時間のなかで、成功を組み立てられるかどうか。
政春の生き方は、さまざまなことを、問いかけてくれる。
すでに、妻のエリーは、寿命を終えている。

実はようやく、ここで思うのである。
忍耐強さ、柔軟性、というのは、妻のエリーの力なのである。

政春が、自分で自分に都合をつけて、ウイスキー造りをやめようとしたときに、「あなたの夢はウイスキー造りでしょ」と励まし支えたのが、妻のエリーであった。

もしかしたら政春は、妻のエリーに「ウイスキー造りのことはもう言わないでくれ」と思ったこともあったかもしれない。

しかし、窮地のときに、本来の自分に立ち向かわせてくれて、忍耐と柔軟性を教えてくれたのは、エリーであった。

妻もひとりの生きた人間である。
特に女性というのは、自然に近い存在とも言えるかもしれない。
理屈ではどうにもならない、人間関係というもの、夫婦仲、家族というもの、こうした複雑で有機的な力が、成功の支えになったのだ、と私は思うのである。

考えてみれば、夫婦仲を長く続けることも、忍耐力のたまものである。
エリーの愛情深さこそが、その忍耐力の原動力である、と思えるのである。

夫の勇気と、妻の愛情、これらが有機的に育まれて、組み合わされて、そして、ひとりの男の、サクセスストーリーが、完遂するのである。

エリー。
政春。
そして「マッサン」。
半年間、本当にどうもありがとう。
勇気と愛を、たくさんたくさん、ありがとうございました!!