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フィギュアスケート2016のシーズンです!

今年も、冬がやってきた。
街に少しずつ鈴の音が聞こえるようになると、フィギュアスケートのシーズンになる。
今年も、羽生結弦選手の活躍が、楽しみである。
11月25日には、札幌の真駒内スケートリンクで、NHK杯が行われる。

早いもので、あれからもう、一年たっている。

羽生選手は、私もカナダの試合のときは見させてもらったけれども、オフシーズンの間に、しっかりと体を鍛えて、ますますしなやかで強靭になって、リンクに戻ってきたように思う。
きっと、誰も知らないところで、血のにじむような練習をしていたのだ、と誰もが気づくくらいである。

さて、今年のショートプログラムは、プリンスの「Let’s Go Crazy」である。
昨年の、ショパンから打って変わって、イメージチェンジをはかろう、という魂胆であろうか。
しかし、バックハンドで裏打ちする、このソウルなナンバーは、羽生選手には、「パリの散歩道」くらいの、荒々しい調子で、演技できるだろう、と思う。
まだまだ、ショパンのころの、「気品」というものが、見え隠れしてしまうのだが、ここはどうぞ、ありのままに、クレイジーになってくれるものだ、と思わされて、とても楽しみである。

フリープログラムは、久石譲の「Hope&Legacy」ということになった。
世界に見せつけるには、まったく久石氏以外に、音楽担当は見当たらない。
素晴らしいプログラムだと思う。

久石譲氏は、かのスタジオジブリの音楽を、ずっと担当していて、みんなが、世界中のみんなが、耳なじみのいい、きれいなピアノの音楽を奏でてくれる。
今回の音の印象は、「天空の城・ラピュタ」の、空を飛ぶイメージかな、と思う。
久石氏の音楽は、短調を使っているところにとても特徴がある、と思う。
短調というと、日本音階というか、アジア的な音階で、センチメンタルな、悲しい印象になる。

そう、私は思うのだが、久石氏の音楽には、「悲しみ」が、一面に奏でられている、と思うのである。

しかし、「ホープ&レガシー」という題名である。
この、「希望と伝説」は、何を意味するのだろうか。

羽生結弦選手に、久石氏から贈る音楽、という意味では、羽生結弦選手が背負っているたくさんの「応援」を意味しているのではないか、と思われる。
それは、東日本大震災の、悲しみと、そこから復興する、できる、という「希望」である。
東日…

アメリカ大統領選挙とTPP発効について。-9月からきょうまで。

こんにちは。
朝倉聡子です。
ご無沙汰しております。
2016年も、残すところあと一か月となりました。
今年は本当に、いろいろなことがありましたね。

私は、特に今年一年で思い出に残っているのは、
4月から9月まで半年間、NHK連続テレビ小説「とと姉ちゃん」の感想を書いたことです。
10月1日に、そうです、忘れもしないこの日に、「とと姉ちゃん」の連載終了となり、その後は、ときおりツイッターなどを入れながらも、休養しているわけです。

今年の夏は、アメリカからの「楽しい侵略」などもあり、大変な日々でした。
その間に、ドラマ感想の連載をしていたのだから、我ながら、タフな日々を生きていたものだ、と思います。

でも、さすがに、大変でした。
9月以降は、私の「権力」というものを、これをとても危険なものである、と考えて、どこに置いておくのが一番、安全で皆さまのためになるか、ということを思って、ともかくは、日本政府と、私の主人に委ねることにしました。

「権力」というのは、お金と似たようなもので、たくさんありすぎると、使いようによっては、毒にも薬にもなるものなのだ、と思い知らされた気持ちがします。

私が休養に入ってからも、政治も世界情勢も続いていました。
私は、主人に政治活動のすべてを委ねて、じっくり休養していました。
今も、休養中です。

そしてその間に、政治と世界情勢はどんどん動いていきました。

私も参加したのですが、アメリカ大統領選挙がありました。
10月には、テレビ討論会があり、その後、11月8日に、アメリカ全土で投票が行われました。

私も主人も、そして、世界中の民主的な人々は、アメリカ民主党のヒラリー・クリントン氏を応援していたように思います。
私も、テレビ討論会では、一生懸命に、ヒラリー氏を応援しました。

しかし結果は、トランプ氏の勝ちとなりました。
その日から、世界情勢は大きく「愕然と」動き始めたように思います。

ただ、私が思うのは、アメリカ大統領選挙は、アメリカ国民の選択であり、あくまでアメリカという独立した国の選択である、ということです。

ですから、アメリカという国が、国民が、トランプ氏に次の政権を任せた、という選択は、尊重するべきであると思うのです。
そして、日本政府としては、アメリカがどんな選択をしたとしても、その政権と国際交渉をしていくべきである、と思います。

NHK連続テレビ小説「とと姉ちゃん」第26週(最終週)「花山、常子に礼を言う」感想。

NHK連続テレビ小説「とと姉ちゃん」第26週(最終週)「花山、常子に礼を言う」感想。

大好きな「とと姉ちゃん」。
きょう、その半年間の放送が終わった。
とても楽しかった。
振り返れば、いろいろなことがあった、半年間だった。
もちろん、ドラマのなかでいろいろなことがあったのだけれど、視聴者である私たちのほうにも、本当にいろいろなことがあったものだ、と思う。

4月には、熊本で地震があった。
その地震が鳴りやまないまま5月を迎え、6月にはEUの問題、7月にはテロの問題、8月には、次々やってくる台風、と、まさに嵐のような半年間だった。
個人的にも、たくさんのことがあった。


そうしたなか、毎朝毎朝、テレビドラマは続いていく。
私は、ずっと以前から、NHKの朝ドラが好きなのだけれど、その「好き」の理由は、自分自身の生活と、ドラマのなかのヒロインの人生が、並行して進んでいくところだ、と思う。

私が前へ進めない日に、ヒロインは一歩進んでいく。
逆に、ヒロインが悩む日に、私は「がんばれ」と言ってあげられる。
毎日、毎朝のドラマ放送が、どれだけ人々の力になっているか、ということを考える。

そして、半年間をようやく「クリア」した。

「とと姉ちゃん」の大きなテーマを、ふたつ、考えてみたいと思う。

最終週なので、「まとめ」ということを、少し考えてみたわけだ。

テーマのひとつは、「あなたの暮し」という意味だと私は思う。
編集長の花山さんは、戦争を体験したあとに、「あなたの暮し」を創刊することになる。
花山さんの言っていることが、少し哲学的なので、わかりずらくて、何度も考えなおした。
家族や友達とも、一緒に考えてみた。

それは、「あの戦争は、日々の暮らしを大切にしなかったから、そうなったのだ」という言葉の意味である。
日々のささやかな暮らし、庶民の暮らしを大切にしていれば、戦争にはならなかった、というのが、花山さんの哲学だ。
どういう意味だろう?

私なりに、こう思う。

私は、日本が戦争になるかもしれないときに、それは年の暮れだったけれど、障子の張替えをしていた。
日本的な文化であり、もう都会ではあまり見かけない風景かもしれないが、新しい年を迎えるために、障子の張替えをするのである。

障子の張替えは、とても繊細な仕事である。
とても細くて、ちょっと力を入れたら折れてしまいそうな桟、つまり「枠」が…

「女性が活躍する社会」は、誰が作るのか?

「女性が活躍する社会」は、誰が作るのか?

こんにちは。朝倉聡子です。
きょう、今さっき、主人と話し合っていました。
主人は、私の「とと姉ちゃん」の感想を読んで、「とてもいいね」と言いました。
「でも君、女性が活躍する社会を作るんじゃないの?」と言いました。
それで、誤解に気付きました。

私は、蓮舫さんの、民進党代表選での演説を聞いて、本当にガッツのある、やる気のある、素晴らしい演説だと思いました。
そして、蓮舫さんが、特に子育てや高齢者の介護について、女性がのびのびと働ける社会を、と言ったので、同じ女性として、応援しよう、という気持ちになりました。

でもそれは、あくまで、後ろからバックアップする、という意味の応援です。
私が、「女性が活躍する社会」を作ろうという意味ではないです。

私が政治の仕事をしてきたのは、女性のためとか、自分のため、というわけではないです。
特に、自分の利益とか、女性だけの利益だけを追求するような政策は、言ったことがないです。
私は、広く、社会のため、男性女性に関わらず、人のため、に、政治的な意見を言ってきました。
自分の利益を主張したことは、まずないです。

私は、一生懸命がんばってきました。
女性が、この男性社会のなかで、実力を持って、成功するには、たくさんの苦労があり、工夫があり、悩んだり苦しんだりしながら、がんばるものだ、と思います。

蓮舫さんはじめ、女性の皆様が、がんばる気持ちがあるのなら、後ろからバックアップしますが、私が先頭に立って、女性たちのために、環境を作ってあげようとは思っていないです。

もともと私は、「女性だけのために」という考えは、偏狭ではないか、と思うことさえありました。
政治家なら、日本国全体のことを、男女関わりなく、考えて手を差し伸べるべきではないでしょうか。
また、政治家の仕事としては、国際関係、外交関係もあります。
そうしたことを、幅広く、政治していくことが、大事です。

私自身は、これから、朝ドラマの感想の連載が終わったら、しばらく休養する予定です。
そして、今後も、国際関係や、日本国全体の政治を見渡して考えていくつもりです。
私自身は、これまでもこれからも、特別に女性だけのため、という政治は、しないです。

女性が活躍する社会は、女性たちにやる気があってこそ、現実になるものです。
誰かに作ってもらおう、というよ…

NHK連続テレビ小説「とと姉ちゃん」第25週「常子、大きな家を建てる」感想。

NHK連続テレビ小説「とと姉ちゃん」第25週「常子、大きな家を建てる」感想。

半年にわたる、長い物語の、幕が閉じられようとしている。
今週は、これまでの放送を振り返るようなシーンも多かった。
ヒロイン・常子も、人生の後半生を迎えている。

これまでずっと一緒だった、母・君子が亡くなった。
そのとき、常子は44歳である。

母、というのは、年齢がまだ若いころは、対立したり、反抗したりする相手である。
常子たち姉妹の場合は、父が早くに亡くなったために、母と三姉妹が結束して人生と社会に立ち向かうしかなかった。
そのためか、母親に反抗するような場面は描かれなかった。
その母と三姉妹の結束の象徴のように、常子が大きな家を建てたときには、三姉妹とそのお婿さん、そして生まれてきた子どもたちも一緒の、大家族となる。

大きなリビングに、みんなで集まって食事をとるシーンは、本当にほほえましい。
こんな大家族を作ることができること、自分と家族の「居場所」を作ることができたのは、母・君子の、家庭構成力によるものかもしれない。

あたたかい言葉、あたたかい食事、社会の荒波に出ても、帰ってくれば、そこに居場所があり、笑顔があること。
母・君子が作っていたのは、そうした、社会から逃れる避難所であり、そして、子どもが成長し、男性たちが癒される、「帰り着く場所」であったと言える。

女性が、社会に出て働くことは、とても素晴らしいことだ。
そのために、家庭構成力が落ちてしまうのは、残念なことではないか、と思う。
大事なのは、バランスであると思う。

もともと、癒しやあたたかさ、安らぎの言葉と雰囲気、というのは、女性に特有のものかもしれない。
もちろん、男性でも癒し系の性質を持っている人もいるとは思う。

でも、家庭と仕事の両立というときに、女性にとって一番むずかしいのは、「社会の顔」と、「家庭の顔」の、スイッチの切り替えではないか、と私は思う。

社会に出れば、男性と同等に戦力として仕事をしなければならない。
それは、ライバル社との競争でもあるかもしれない。
その勢いや「よろいかぶと」を付けたままで、家庭に帰ってきたときに、平穏と調和を醸し出す、家庭構成力を発揮できるか、というと、とてもむずかしい。

母・君子が常に持っていたのは、平穏な家庭の雰囲気のムードメーカーという役割である。
そのムードを醸し出す力の強さは…

高齢化社会を考える。

高齢化社会を考える。

これから、ますます、高齢化社会へと向かっていく。
高齢化対策は、「今、作っている政策を、自分が体験する」と思って、考えなければならないと思う。
高齢者は、他人ではない。
いつか、そうなる自分自身の姿であり、家族の姿である。
心を込めて、「わたしはこういう老後を生きたい」と思えるような、思いやりのある政策を考えたいと思う。

一昔前と比べて、自由の気風が広がって、画一化された社会の枠組みがなくなっている。
それは、いいことでもあるが、損なってしまったものも、あるのかもしれない。

人間は、家庭のなかで生まれ、家庭のなかで死んでいくものだ、と私は思っている。
その「家庭」つまり、大家族制度が崩壊してしまってから、人はさまよい始めたように思う。
子育ても、老後も、温かい家庭のなかで、というわけにいかなくなってしまった。

これからは、家庭の代わりになるものを探さなければならない。
あるいは、家庭の代わりになるものが、社会制度なのかもしれない。
ある人は、自分自身の個人の力で、子育ても老後も乗り越えようとする。
しかし、ある人は、社会の庇護なしでは、子ども時代も、老後も、豊かに生活することが、むずかしい、となる。

こうした世のなかで、すべてを自己責任とする気風は、もう終わってしまったようである。
血がつながっていてもいなくても、手を取り合い、助け合う社会が必要である、と考える人のほうが、多くなってきたように思う。

老後のライフスタイルも、個人の自由を追求すればするほど、さまざまな形に変化してきた。
個人の自由であるから、誰も干渉できない部分が多いと思う。

生き方、ライフスタイル、老後、すべてを自分で決められるようにしなければならない。

豊かな老後、というよりも、安心の老後、トラブルのない老後を、社会が、それなりに準備してあげる、というのが、母性の強い社会かもしれない。

具体的には、私はこんなことを考えてみた。
老後を「第二の人生」と呼ぶことが多い。
ということは、「第二の学校」があってもよいのではないか、ということである。

時代は次々に新しいものが発明されて、刷新されていく。
老後の生き方も、変化してきた。
そうした老後に関して、公的な、あくまで、民間ではなく、公的な機関で、平等な「老後教育」が行われたらよいのではないか、と思う。

年金や健康、医療や家事に…

民進党・蓮舫氏の提案について。

民進党・蓮舫氏の提案について。

先日15日、民進党の代表選が行われた。
新代表は、圧倒的多数で、女性の蓮舫さんとなった。
蓮舫さんの、代表選に向けての演説を聞いて、これからの民進党の向かう方向を、知らされたように思う。
特に「女性」「子ども」が、クローズアップされていた。
これに関して、思うところを少し、書いてみようと思う。

女性と子ども、特にとても小さい乳児をめぐる問題を、考えてみた。
具体的な法案もいろいろある。
女性からの申し出も、訴えもいろいろある。
これに関して、私は、主人と一緒に、よく話し合ってみた。

ひとつは、「子どもはだれのものか」という問題である。

子どもは、大人が、自分たちの人生の選択として、子どものある人生を選んだ、と思える。
そして、自分が産んだ子どもは、自分が責任をもって育てるべき、という根強い「思い」があると思う。

昔は、大家族制度があって、子どもたちは、その大家族の中で、村のなかで、たくさんの人たちに見守られながら育てられてきた。
そうした昔の村社会が壊れた現代において、子どもを誰が育てるのか、という課題は、「やはり親が責任をもって」とも思うところでもある。

財産も介護も、子どもが親の面倒を見る、というのが基本であるから、もしも、子どもとその母親に援助をしたとしても、社会としては、「結局は自分の子どもなんじゃないの」ということになる。

私たちは、これらの「子育てが大変であるという原因について」を追求したり、あるいは、「本来誰が子育てに責任を持つべきか」という「べき論」を、いったん取り下げてみることにした。

それくらい、女性、特に働く女性の、子育てをめぐる訴えは大きく、社会の声となって、鳴り響くようになったからである。

私は、「子どもは親が全責任を持って育てるもの」「子どもは、親のもの」というひとつの価値観を、打ち払うことが必要ではないかと思う。

そして、女性たちが懸命に訴えているように、「子どもは社会のもの」「子どもはみんなで見守って育てるもの」というように、社会の価値観を、変化させていくことが、ポイントになってくるのではないか、と思う。
「子どもは社会みんなで育てるもの」という、世論を形成するのである。

この世論が形成されたのちには、女性たちが提案する、いろいろな法案が、成立可能になってくる。
大事なのは、「子どもは社会のもの」とい…

NHK連続テレビ小説「とと姉ちゃん」第24週「常子、小さな幸せを大事にする」感想。

NHK連続テレビ小説「とと姉ちゃん」第24週「常子、小さな幸せを大事にする」感想。

秋風が吹き始める。
秋の稔りがある。
朝ドラでも、数々の稔りがある。
ひとつひとつ、人生の「名言」が生まれてくるのは、秋の季節なのかも、と思う。

「あなたの暮し」の商品試験に、「もの言い」がついて、新聞社の主催で、公開試験が行われた。
メーカーの人たちも集まって、洗濯機について、どんな試験をしているか、公開する。

視聴者の人々がみんなそうであったように、ひとつひとつの電化製品について、こんなふうに試験が行われていたことは、とても興味深い話だった。
常子の、永遠のライバルともいえる、赤羽根とも、直接対決となる。
アカバネの製品に、決定的な欠陥があったことは、もちろん、この勝負のポイントとなった。
しかし私は、赤羽根さんと、常子の、討論が、一番大事な、常子と「あなたの暮し」の、生き方ともいえる、「幸福観」対決だった、と思う。

赤羽根さんは、つらい戦争の体験から来た、自分自身の幸福観を持ち出す。
「お金持ちになること」「モノで豊かになること」これこそが、人々が求める幸福だ、というわけである。
確かに、戦中戦後を生活してきた人にとっては、経験からくる、必要性であるだろうと思う。
それはそれで、確かに、現実味のある、説得される理論である。

対して、常子は、「私たちは、小さな幸せを大事にしたい」と言う。
「小さな幸せ」の例として、読者からのアンケートカードの話をする。
「新しい冷蔵庫が家に来たときに、夏に冷たいジュースが飲めるのを、楽しみしていました」という話である。

夏に冷たいジュース。
私もこの夏は、我が家の冷蔵庫に、冷たいグレープフルーツジュースを冷やしておいて、暑くてたまらなくなったとき、物書きの合間に、キッチンに立っては、ガラスのコップに、冷たいジュースを注いだものである。
確かに、とても幸せで、でもそれは、とてもささやかで小さな幸せだ、とも思う。

この「小さな幸せ」を、日々、積み重ねていけたら、それだけで充分幸せな人生を送っていける、とキッパリ言い切ることもできそうだ。

私は、独身時代の「将来の夢」というと、こんなふうに、ささやかで小さな幸せの光景を、求めていた。
結婚して、小さな台所を持って、スープを何時間もコトコト煮ながら、台所の隅のテーブルで、小さな手帳に、ささやかな詩を書く…

第二次アジア危機のこと。

第二次アジア危機のこと。
先日9月11日の「真田丸」観ました。
その前の週も、観ました。
その前の週、というと、9月4日の放送ですが、
その回のときに、「これは何か起こっているのでは?」と、思いました。
日本政府や、メディアの皆さまの動きの真意とか、水面下の動き、というものが、はっきりとは見えてこなかったので、ただただ、物事が推移していくのを、待つしかなかったです。

7月の参院選のころから、何らかのメッセージを感じ取っていて、「誰か大物が、日本の政治の指導をしているのでは?」と、漠然と感じていました。
それが誰なのか、どんな目的をもった人物なのか、なかなかわからないまま、時が過ぎていきました。
暗中模索、といってもいい日々のなかで、その「誰か」が何者なのか、ということで、こちらのメンバーとも、さまざまな憶測をして、対応法を考えていきました。

8月に入ってからは、何か大きく物事が動き始めたのを感じ、そして、それが良いほうに向かっているのか、それとも、そうではないのか、判断が付きかねる状態で、日々が過ぎていきました。

アメリカのオバマ大統領が、日本に対して、指導をしているか、あるいはGHQのような立場、つまり占領軍という立場でものを言っているらしい、と気が付いてから、どのように対応したらいいか、いろいろ思いました。

日本は、地震も台風もあり、政治的にもとても大きな問題を抱えていて、このままではどうなるのか、と思っていたところでした。
誰か、力のあるリーダーが、日本を統治してくれるのなら、それもありがたい話だ、と本気で思いました。
その思いは、ずっと続いていました。

特に、女性の政治家、リーダーを指導しているようだ、と気づいてからは、主人も私も、国際的にもトップレベルである指導者から、女性リーダーの指導を受けられるチャンスならば、と本気で考えました。
しかし、心の底で、何かもやもやしたものがあり、漠然とした不安があって、「これは良くない話なのでは?」と感じて、なかなか決断できませんでした。

「もうあと2~3日考えてから、新しいリーダーのもとで働いてみよう」と思って、その2~3日の間に、状況がずいぶんと変わりました。

叱咤、激励、それだけならともかく、非難、中傷、挑発、といったことが続き、「こういうことを言う人なら、付いていきたくない」という気持ちに変わってきました。
ま…

NHK連続テレビ小説「とと姉ちゃん」第23週「常子、仕事と家庭の両立に悩む」感想。

NHK連続テレビ小説「とと姉ちゃん」第23週「常子、仕事と家庭の両立に悩む」感想。

秋風が吹き始めた。
鈴虫の鳴き声も爽やかな秋の日々が続く。
どんな秋にしようか、と誰もが思うところだろう。
「読書の秋」「スポーツの秋」。
静かな秋の日々が、始まっていく。

朝の連ドラでは、秋風が吹き始めると、もう物語は終盤である。
常子の仕事と、「家庭」つまりここでは恋愛であるが、このあたりも、熟するときを迎えている。
サブタイトルでは「仕事と家庭の両立」となっているが、物語のなかでは、常子と、恋人・星野は、いわゆる「家庭」を築いている状況にはないようだ。
だから、「家庭」といっても、この週のテーマとしては、「恋愛」そして、「プライベート」というあたりだろうか。

常子が、社員を家族と思って一途に仕事をしていきたい、と思うときに、プライベートで、心動かされる恋人や子どもたちが存在する、ということは、とても悩むところだろう、と思う。
私はそういうときの、花山さんの言葉が印象的だった。
「不器用な人だな、君も」という言葉である。

子どものときに、父親と約束した三か条を一途に一生懸命に、実現しようとする、それは、常子の信条だろうと思う。
真摯に人生に向き合い、悩みながら、そのときそのときで、最善の選択をする、それが、常子の芯となる、いいところなのだろうと思う。

けれども、一生懸命、真摯に生きようとすればするほど、周囲とぶつかってしまう。

今週の放送では、メディア界、出版界の事情がよく描かれていた。
週刊誌と新聞のちがいや、全国紙という影響力の大きさである。
私は、このあたりで、「影響力」というものをもう一度よく学べた、と思う。
今、メディアに関わる人々も、これから関わりたいと思う人にとっても、とても大切な言葉が、新聞記者の国実さんから、聞くことができてよかった。

それにしても、赤羽根さん、というひとつのモチーフは、常子の人生に立ちふさがるもの、信念を通そうとするときの、すべての障害の象徴であるように思う。

私は、ドラマを観ることで、赤羽根さんの気持ちや状況がよくわかった。
また、社内で、いわゆる裏切り行為というのが出るわけだが、その社員の気持ちもよくわかったと思う。
その人にはその人なりの、状況や立場や気持ちがある。
ひとりひとりの気持ちを大切にすればするほど、信念を通すのは、とても高い…

今の、私の気持ち。

今の、私の気持ち。
今の状況を、そのまま書き出してみる。
女性は、戦利品ではない。
アメリカの認識がその程度だとすると、「平和」への意識のあまりの低さにがっかりとするばかりである。
うちの主人は、「平和」のための仕事なら、オバマさんやメディアの皆さんと一緒に行いたいと思っている。
創価学会も一緒に、「平和」への道を、歩みたいと思っている。

それに対して、朝倉聡子は、反対である。
理由として一番大きいこと。
オバマ大統領が信用できない。
オバマさんの理想とする「平和」は、確かに大義名分としては立派であるが、たわごとである。
アメリカが有利になる「平和」、アメリカ大統領選挙で、民主党が有利になるための、「平和」、
オバマ大統領の、個人的理想を実現するための、きわめて個人的な状況での「平和」である、と思う。

朝倉聡子は、オバマ大統領の個人的理想を実現するための手助けにすぎない状態で、自立的な仕事ができない。
安倍総理大臣のときもそうであったが、誰かの個人的理想や、個人的な人生の充実のための、「お手伝い」をするのは、もう二度とごめんである。

結局のところ、アイディアを出すのは、朝倉聡子で、成果はすべて、政治家が持っていく。
朝倉は、インターネットの闇の中で、地下活動をしたままで、毎日せっせとブログを書いても、日の当たるところに呼ばれる気配がない。
やってもやっても報われない、まったく虚しい作業である。

それでも、震災のあと、日本の皆様のために、と無償でがんばってきたが、その結果が、安倍総理の暴走であり、独裁であり、戦争への突入であった。
朝倉聡子は、安倍総理大臣を、信じて裏切られたわけである。

オバマ大統領が、はかりしれない知恵と、権力を手にしたときに、戦争をしたくならないと、誰が言えるだろうか。
まったく疑わしい限りである。
アメリカは、今でも、最新の核兵器と軍隊を持っていて、いつでも稼働できる状態である。
今、どんな理想を口にしていても、知恵と権力を手にしたら、人が変わってしまうことはまちがいない。

仕事として、「平和」を目指すなら、それはそれで、わからないこともない。
しかし、私の夫のことを、どうこういうのは、なぜなのか。
女性は戦利品ではない。
もし、誠実に愛情があって、結婚したいと思うのなら、インターネット上の妻、などという、たわけたことを言わないで、ミシェル…

NHK連続テレビ小説「とと姉ちゃん」第22週「常子、星野に夢を語る」感想。

NHK連続テレビ小説「とと姉ちゃん」第22週「常子、星野に夢を語る」感想。

「わたし、女の人のためになる雑誌を作りたいんです!」
常子が、愛する男性・星野に、夢を語る。
これまで、母と妹たちを守るために、自分の人生を捧げてきたけれど、「自分の夢ができたんですね」と、星野もほほえんでくれる。
男性は、恋をすると、恋人に、夢を語りたがるものらしい。
それも、本当に信頼していて、けっしてその夢をばかにしたりしない、そういう愛する女性にだけ、本心からの夢を語るらしい。
あなたは、愛する男性から、夢を打ち明けられたことがありますか…?

女性も、心から打ち解けあって、信頼できて、そしてその人と将来を共に歩みたい、と思うようになると、恋人に夢を語りたくなる。
私も、いろいろな夢を彼に語った。

私の夢は、とと姉ちゃんの夢と、よく似ている。
「女の人のためになる文章を書きたい」ということである。
読んでいてホッとするような、心が温まるような、勇気と活力が湧いてくるような、明日への希望の灯がともるような、そんな文章を書きたい。
…そうした夢を、恋人に語ってきた。
そして、彼はそれを心から応援してくれたし、アドバイスもくれて、助けてくれた。
ここまで来られたのは、頼もしい恋人のおかげである。

ところで、「とと姉ちゃん」では、雑誌「あなたの暮し」が、大変なことになっている。
商品試験の結果が、売り上げに影響する、ということで、企業にとっては、目障りな存在になってきたのだ。
常子も、相手のあることであるから、悩む。
でも、星野さんのところの息子さんが、粗悪品の電気釜で、やけどをしたことを聞いて、やはり、企業には、良心的な商品を作ってほしい、と、覚悟を決める。
「脅しには屈しません」と、輝く瞳と、ぎゅっと結んだ唇が、愛らしい。

私は今、常子の気持ちが、「すごくよくわかる~!」というかんじである。

商品試験というのは、世の中で販売されている、すべての品物に対して行われるべきだ、と思う。
誰もがそう思うだろう。
いっときの売り上げのために、宣伝文句を考えることが、売り手のすることではないと思う。
購入者の人が、安心して使えるように、誠心誠意、質の高い品物を提供することが、製作・販売をてがける者の心得である。

それは、文学作品や、文章、メディアに対しても言えることではないか、と私は、思っている。

子どもたちの問題について。

子どもたちの問題について。

ここ数年、子どもたちの問題が、大きくなっている。
一昔前までは、子どもたちの問題も、いじめや仲間はずれ、ケンカ、といったことも、程度が甘かったように思う。
ここ数年の、子どもたちの問題は、いじめがエスカレートし、時にはまだ年端もいかない少年が、犯罪をすることにまでなっている。

こうした問題の根本原因をつきとめ、この問題を克服することが、今、人々の心からの願いであり、訴えである。

子どもたちのいじめ、それによる自殺や犯罪は、大人社会の反映である、と言われて久しい。
私自身も大人になってから、仕事をする上で、パワハラやセクハラ、脅し、からかい、といった、「いじめ」にあってきた。
きょうも、思い通りにならないと、からかう、いじめる、という社会の「常識」に触れたばかりである。
大人の社会がこうであるのだから、これらの人間関係が、子どもたちに影響しないはずがない、と私は思う。
大人たちは、子どもたちの問題にとりかかる前に、まず自分の胸に手を当てて、自分自身が、「いじめ」やパワハラを行っていないかどうか、よく反省してみることが、必要だろうと思う。

そして、自分自身が、こうした、おどしや嫌がらせを、どうしたらしなくなるのか、自らの心を省みる時間を、落ち着いて持つべきである、と私は思う。

ところで、近年の、子どもたちのいじめや自殺について、その原因を、今一度よく、考えてみたい。
ニュース等で語られる、いじめの背景では、両親の問題や、家庭の問題を、タブー視して避けている風潮があるように思う。

今、こういったことを発言すると、フェミニストの皆さん、女性の皆さんからは、とても反発を買うであろうけれども、あえて、ここで、本当のことに触れてみたいと思う。
それは、近年、特にここ20年ほどで、離婚と共働きが増えている、ということである。
母子家庭が増えている。
共働きで、家に「お母さん」がいない家庭が増えている。

ほんのゼロ歳児のときから、保育所に子どもを預ける母親が増えている。
そして、子どもが中学生、高校生という、まだまだ親の保護が必要な年齢のときに、母親が家をあけて、パートに出るような家庭も増えている。

母子家庭の家の子どもがいじめられやすいことは、女性も知っているかもしれないが、男性のほうが、よりよく理解している。
わかりきった、事実である。

また、共働き…

今、シリコンバレーでは、何が起こっているか。

今、シリコンバレーでは、何が起こっているか。
世界情勢の混乱、秩序のおびただしい崩壊を考えて、対応するうえで、一番大事なことは、その発端と原因を洗い出すことである。

私たちは、先日、スティーブ・ジョブスの伝記を読んで、考えていた。
私たちが、とても重要に思ったのは、ジョブス氏が、「世界を変える」という意気込みで、あらゆる仕事に取り組んでいたことである。
その結果、成し遂げられたことは、コンピューターのパーソナル化と、インターネットの普及、そして、スマートフォンの普及であった。

ジョブス氏の視点から、世界情勢を見てみれば、ジョブス氏の創立した、Appleというコンピューター会社、このAppleの、以前と以後では、確かに、「世界は変わっている」。

インターネットの普及で、誰もが簡単に、ワールドワイドなコミュニケーションをとることができるようになった。
Twitter、Facebook、なども大きい。
その根本は、コンピューターのパーソナル化である。

「世界を変えよう」という意気込みを持った人が誰で、その人が、なにをしたか、このポイントがつかめれば、対応策を講じることができる。
インターネット関連の法律の国際的な整備などが、対策として挙げられると思う。
こうして、コンピューターの使用、インターネットの使用を厳格化して規制すれば、IS、イスラム国のテロが、国際的に拡散していくことを、防ぐことができるのではないか、と考える。

今、シリコンバレーでは、何が起こっているのか。
次に、「彼ら」が、どんなふうに世界を変えようとしているのか。
予測されるのは、AI、人工知能の家庭への普及ではないか、と思う。
こうしたことに、先手を打って対応することで、次なる変化、秩序の崩壊に、対処することができるのではないか、と私は思う。




NHK連続テレビ小説「とと姉ちゃん」第20週「常子、商品試験を始める」感想。 NHK連続テレビ小説「とと姉ちゃん」第21週「常子、子供たちの面倒をみる」感想。

NHK連続テレビ小説「とと姉ちゃん」第20週「常子、商品試験を始める」感想。
NHK連続テレビ小説「とと姉ちゃん」第21週「常子、子供たちの面倒をみる」感想。

春4月から、追いかけてきた「とと姉ちゃん」も、八月、夏の終わりの放送となった。
台風がみっつも日本に向かってきている。
これも夏の風物詩で、私たちはどこか、季節を受け入れるように、台風シーズンを迎え入れている。

物語はクライマックスを迎えている。
それは、ヒロイン常子の人生のクライマックスでもある。
創刊当時には、創刊ならではの苦しみを乗り越えてきた。
そして、順風満帆の出版状況となってからは、またひとつ、またひとつ、と成長して、拡大しつづけるわけである。

いろいろな視点で、今の放送を見ることができると思うが、私が思うのは、服装である。
三姉妹とも、質素な服装で、花模様の開襟のブラウスに、フレアースカートという服装が多かった。
戦争中には、もんぺ姿である。
それが、会社を設立し、経営が安定してきて、もちろん収入も増えているであろう状況になったら、服装もとても、よくなった。
子どもたちからは「おしゃれおばちゃま」と呼ばれる状況である。

やはり女性も、収入アップのためには、勇気を出して挑戦をして、そして「家を建てる」というような大きな目標に向かってもいいんじゃないか、と私も思った。

もう、収入面で、心配はないだろう。

しかし、そうなると、別の悩みが押し寄せるものである。

人生はそういうものだ、と「ととちゃん」の人生を見ていて思う。
食べるものや生活に苦しんで悩んでいたのが、それを克服すると、今度は、人生の駒を次に進めるための問題にぶつかる。

仕事の問題であったり、恋愛や結婚の問題であったりする。

特に常子は、三姉妹と母親という、家族構成ならではの、経済面の問題で、初恋の星野さんとの結婚が叶わなかった、といういきさつがある。

しかし、今回の、星野さんとの再会は、妹たちのこと、経済的なことを、すべてクリアした状態での、再会である。

NHKの朝ドラの、「定番ポイント」というと、いくつかあるようだ。
まずは、少女期は、高いところに登ったりするのが好きな、お転婆な女の子である、ということ。
それから、仕事を持って、その「夢を叶える」ということ。
ほかにもいろいろあるが、恋愛と結婚で大事なことは、「初恋の人と結ばれるかどう…

NHK連続テレビ小説「とと姉ちゃん」第19週「鞠子、平塚らいてうに会う」感想。

NHK連続テレビ小説「とと姉ちゃん」第19週「鞠子、平塚らいてうに会う」感想。
8月も、お盆を過ぎて、夕方には雷雨の起こる、日本らしい夏となった。
大きな背の高いひまわりの花が、あちこちに咲いている。
NHK朝の連続テレビ小説も、盛り上がっている。
登場人物たちに、次々に大輪の花が咲いてきている。
半年間も長く、女性たちの半生をテレビドラマで見続けていると、やはり女性の人生は、前半の若い時代もいいけれども、ライフイベント、人生の山場を迎える時期があって、そして、仕事もプライベートも実を結んでいく、というのは、本当に美しい出来事だ、と思う。

ととちゃんたち、三人姉妹の、次女の鞠子が、結婚を迎えることとなった。
戦後の闇市で出会った、実直で誠実な男性・水田が、その夫となる相手である。
私は、この水田さんが、とても立派で頼もしい男性である、と思った。
不器用でちょっと弱虫、というようなキャラクターで登場したのであるが、一目ぼれの女性・鞠子に対しては、「僕とお付き合いしてください」と、きちんと言えるのである。
これこそ、男のなかの男、だと私は思う。

近年は、女性であろうと男性であろうと、積極的に恋愛に飛び込むのが一般常識となっているかもしれない。
でも、やはり、男性が意を決して、プロポーズする、というのは、本当に男らしい、まさに男らしい、一生一度の瞬間、というかんじがして、すごくかっこいいと思う。

ところが、この水田のプロポーズに対して、鞠子は「考えさせてください」と、答を先送りしてしまう。
水田は、「自分では不足なのかも?」と悩んでしまう。

女性が、結婚をしようかどうか、というときは、やはり、人生の次のステージに向けて、大きな挑戦をしようかどうか、という選択のとき、そして勇気をふりしぼるとき、だと言えると思う。

大好きで大好きで、ともかく胸に飛び込んでいくような恋愛・結婚も、あるのかもしれない。
けれども、鞠子の場合は、自分の人生、生き方を、よく吟味して、考えて考え抜いて、最良の選択をする、というタイプなのだと思う。

やはり、結婚は、大きなビジネスにとりかかる、というような、とても大きな決心がいるものではないか、と私は思う。
ひとつの家庭を築くこと、ひとりの男性の妻となること、子どもを持つこと、どれをとっても、一生の大事である。
こうした大仕事を始めるかどうか、できるの…

8月15日に向けて思うこと。その5。

8月15日に向けて思うこと。その5。

国会がまったく「カラ」であるような、このお盆の時期に、アメリカは、4年前も、日中韓の間に、亀裂を生じさせて、アジア危機を誘発しようとしました。
今、同じことが起こっているのではないか、と私たちは思っています。
8月15日が、「決行」の、その日なのではないか、と私たちは推測しています。

アメリカの心理術にまいってしまって、アメリカが救世主のように思えるかもしれないですが、それに、疲れ切ってしまって、もうどうでもよくなってしまったかもしれないですが、今一度、状況を整理して考えてみてはどうか、と思います。

以上、朝倉聡子とその夫からでした。

ありがとうございました。

8月15日に向けて思うこと。その4。

8月15日に向けて思うこと。その4。

民主党の代表選に関しても、同じようなことを思います。
蓮舫さんは、とても自信をもって、やる気になっています。
蓮舫さんはとても人気があるので、民主党の代表になるかもしれないですね。
そうすると、日本において、沖縄、東京、閣僚、民主党、が、オバマさんを尊敬する状況になった、といえます。

アメリカは、こうして、日本に介入して、心理的な侵略をしているのではないか、と思うのです。

女性を「とられる」と、そのパートナーである男性の地位が、下がってしまいます。
オバマさんの狙いは、そこにあるのではないか、と思います。

実際に今、中国とのやりとりをめぐって、尖閣諸島では、「奇妙なこと」が、起こっています。


8月15日に向けて思うこと。その3。

8月15日に向けて思うこと。その3。
東京都知事選挙のようすを見ていても、ちょっと疑問に思うことがありました。
小池百合子候補の選挙の手法です。
「緑色のものを持って集まってください」と、こうした選挙戦術は、どこから出てきたものでしょうか。
どうしても、東京都知事になりたい、小池さんに、アメリカのオバマ大統領が、親切に教えたのではないでしょうか。
そして、当選しました。
その後の、東京の権利は、小池さん、そして、オバマさんにあります。

丸川珠代五輪担当相も、アメリカのオバマ大統領が、指導・教育していると思われます。
リオオリンピックの開会式にすぐに出席を決めるなど、これまでの政治の手法と比べて、とても迅速です。
誰かから指示されているように見えます。


8月15日に向けて思うこと。その2。

アメリカのオバマ大統領は、アメリカの世界最先端の心理学を使って、戦略を練っています。
日本の「困っている女性」の、お願い事を聞いてあげる。
そうすると、その女性は、オバマ大統領を尊敬するようになります。
特に、その女性が、政治関係の仕事を持っていて、しかも、自信がない、とすると、政治のしかた、選挙のしかたを親切に教えてあげることで、尊敬を勝ち取ります。

そのようにして、安倍昭恵さんの要望、これは、心の痛むような要望ですが、聞いてあげたのではないか、と思われます。
昭恵さんは、沖縄を訪問しました。
今、自民党の本部は、沖縄基地問題に触れることができない状況です。

8月15日に向けて、思うこと。

8月15日に向けて、思うこと。
あれから、4年たちました。
4年前の8月15日。
アジア危機が起こりました。
4年前も、アメリカは、大統領選挙の直前でした。
アジア地域で、戦争を起こしたい。
特に、対・中国の戦争を、起こしたい。
アメリカは、中国との戦争を起こすと、民主党は勝つことができます。
民主党に、「お土産」を持って帰りたいのが、オバマさんの思惑ではないか、と思われます。

7月の連続テロは、私たちを苦しめました。
私たちは、「戦時下にある」と、認識させられました。
これは、アメリカの「マッチポンプ」ではないか、と私は思っています。
マッチで火を点けたのも、アメリカ。
そこへ、火消しに現れるのも、アメリカ。

アメリカはそうした方法で、イラン、イラク、中東に、介入してきたのではないか、と私は思います。

私たちは、度重なる地震と、テロで、疲れ切っています。
心のどこかで、救世主を望んでいます。
しかし、救世主など、本当は、どこにもいないのです。

私たちも、いっときは、政治を司りました。
国民の要望は、まるで神様にお願いするかのように、絶え間なく、陳情も次から次へと押し寄せて、私たちは疲れ切ってしまうくらいでした。
なんらかの目的なしで、他の国を助けてあげたい、と思える為政者が、いるとはとても思えない状況です。



NHK連続テレビ小説「とと姉ちゃん」第18週「常子、ホットケーキを作る」感想。

NHK連続テレビ小説「とと姉ちゃん」第18週「常子、ホットケーキを作る」感想。

暑い夏も盛りとなった。
これから、お盆休みにかけて、連続テレビ小説は、快進撃を続けて行く。
夏休みとなって、子どもたちや「お父さん」も一日中家にいて、テレビを見ている日々が始まり、そのなかで、熱闘・甲子園も、始まった。
そこへ、4年に一度のオリンピックである。
毎日毎日、テレビで忙しい!

それでも、女性たちの日々は、着実に一歩一歩続いていく。
私は、NHKの朝の連続テレビ小説の一番「女性らしいところ」というと、この一日一日の積み重ねという、忍耐力にも似た、着実な歩みである、と思う。

この週は、常子が、いわゆる、「理想と現実」のはざまで、とても悩む週となっている。
理想を追求したい花山。
花山の象徴するところは、理想であり、目標でもあるが、上司であり、そして、先輩である、というところだろう。

常子が働く女性として、何度も障害にあってつまづくのは、それは成長のための障害であるが、花山が、「広告をとるとどんなことになるのか」という経験を、年長者として知っていた、という上司の象徴が大きいと思う。

常子はそこへ、経験値の低さと、新しいものへの希求から、挑んでいくことになる。

ここから、ぼくの話になります。

ぼくは、働く女性のハードルを感じます。
女性は、仕事として、職場の男性と接します。
もちろん、仕事を上手に進めていくための、仲の良さです。
その仲の良さを、恋愛感情であるように誤解するのが、上司の家族です。
これは、仕事のできる女性にとって、とても不愉快なものです。
仕事上の付き合いであるから、付き合って話もして、目標も同じくしてきました。
それなのに、この上司の奥さんが、変な目で見たりすると、仕事の邪魔になります。

幸い、ドラマのなかでは、花山さんの奥さんは、会社の仕事に口出しをしません。
これが、仕事を持つ夫、この内助の功、というものです。
夫が、会社でどんなふうに、女性社員と仕事をしていても、妻には関係のないことです。
それを、夫の職場に口出しをするのは、夫にとって、邪魔な妻である、だから、愛されない、大事にされない、ということなのです。

ぼくたちも、私事を、仕事に持ち込む女性たちには、本当に迷惑をこうむってきました。
社会性がないというか、常識を知らない、というか、本当に困った奥さんで…

広島平和祈念日・リオオリンピック開会式。

広島平和祈念日・リオオリンピック開会式。
きょう、2016年8月6日も、とても暑い夏の日となった。
私は、朝から、リオオリンピックの開会式を見た。
ちょうど地球の裏側にあたる、ブラジルでのオリンピックである。
広島で、原爆投下の時間にあたる、午前8時15分には、リオで、日系移民の紹介が行われ、日の丸の赤い着物に、赤い旗で、平和の祈念が行われていた。

オリンピックの開会式は、プログラムのなかで、一番大好きである。
2時間もある選手の入場行進も、最新のファッションもあり、民族衣装もあるその選手たちの表情も、みんな観ていた。
そして、地球はひとつであることを、胸の底まで熱く熱く感じていた。

私がとても印象に残ったのは、やはり、ブラジル・リオからのメッセージで、地球の緑のことである。
小さな種が、ブラジル、アマゾンのレインフォレストになり、地球上の大半の酸素を補給している。
そうしたことを大事にしてほしい、というブラジルからのメッセージが伝わってきた。

そして、組織委員長の挨拶では、「私たちは決してあきらめない」「私たちはリオを誇りに思う」という言葉が、とても印象的だった。

世界には紛争が相次いで起こっていて、ブラジルも、その例外ではない。
そういうときに、平和のメッセージを作り出すことの困難さを感じたし、そこであきらめない、仲間がいること、をとても感じた。

とても長い入場行進と、終わりのないカーニバルのあとに、楽しみな聖火が登場して、どんなふうに今回は、聖火がともされるのかな、と期待していたら、本当に、期待通りで、なんだか感動で胸が熱くなって、涙がちょっとだけ出た。

きらきら輝く聖火、と太陽。
この聖火が、17日間、ずっと私たちを見守ってくれる。
地球はひとつ。
自信と誇りをもって、平和のメッセージとともに、きょうも一日一日を、生きていきたい、と思った。



小池百合子新都知事・丸川珠代新五輪相。

小池百合子新都知事・丸川珠代新五輪相。
7月の都知事選で、新しく、小池百合子都知事が就任された。
8月にはいってすぐには、内閣改造が行われ、丸川珠代新五輪相が就任された。

小池百合子さんの当選に伴って、都政は混乱状態、と言われている。
首都・東京の政治であるだけに、国政にも影響は必須である。

小池百合子さんには、どのような政治手腕が問われるだろうか。
私はこう思う、小池都知事は、まずこれから先4年間の任期をまっとうするために、一番重要な課題は、東京オリンピックを成功させることである、と、思うのである。

東京オリンピックは、ほかのこれまでの都知事が経験したことのない、大きな仕事を抱えた、ということになる。
4年間の任期がそのまま、オリンピックの準備期間になるので、これが成功するかしないかは、都知事として成功するかしないか、という問題になってくる。

ほかにも行いたい政治も理想もたくさんあるだろうけれども、まずは、オリンピックに手をつけるところから、始めるのがいいのではないか、と思う。

というのは、オリンピックは4年後にせまっており、国際間の信頼関係から、絶対にとりやめにはならないから、やらなければならないからである。

絶対に待ってくれないのは、建物の工期である。
これは、物理的に時間のかかるものであり、工事の着手の遅れは、そのままオリンピックの手遅れにつながってしまう。
エコオリンピックにしたい、とか予算を削りたい、とかいろいろな悩みも要望もあるだろうけれども、たくさんの人がこれまで関わってきて、立てた予定があるはずである。
その予定にそって、速やかに工事に着手して、東京オリンピックの始まる、少なくとも一年前には完成させる気持ちで、しっかりと行うことである。

次に行うべきことは、遅れてしまった都政を、速やかに進めることである。
前都知事の問題と、知事選とで、都政が遅れてしまっている。
都知事の権限で決裁するべき問題も、山積みになっているのではないか、と思われる。
それらをどんどん進めて、政治を前に進めるのがよい、と思う。
こうしたところで手間取らずに、決断力を示すことで、都議会がついてくる、ということもあると思う。
仕事が進むこと、仕事をすること、仕事を与えることで、都議会が進み、ついてくる、ということはあると私は思う。

その次に、オリンピックのハード面である、建物建…

8月の予定は、オリンピックに甲子園に…!

8月の予定は、オリンピックに甲子園に…!
2016年も、8月に入った。
夏休み、お盆休みの8月である。
今週末は、花火大会、という地域も多いのではないかと思う。

7月は、参院選、都知事選、と政治が落ち着かなかった。
都知事は、小池百合子さんに決まった。
東京初の、女性都知事となった。
女性たちからの期待もとても高いところである。

思えば、イギリスでも、一番困難なこの時期に、メイさんが、女性首相になった。
北海道では、すでに、女性知事が、三期目である。
これから、女性がトップに立つ時代、そして、女性のための政治をする時代になるのかな、と兆しを感じられる、そんなふうである。
こうなると、11月のアメリカ大統領選では、ヒラリー・クリントンさんが、女性初のアメリカ大統領になる、ということも、本当にあるのかもしれない。
楽しみになってきた。

さてさて、8月のお楽しみといえば、それはもちろん、この6月、7月のことを考えると、盛夏でもあるし、健康を考えて、体をいたわるのが一番である、と私は思う。
9月から、つまり秋からは、政治日程もいろいろ、いろいろある。
だから、8月は、ゆっくり休むのがいい、と思う。

そういうわけで、リオオリンピックである。
すでに、新聞や雑誌では、競技の日程が発表された。
私たちにとっては、テレビ中継の日程である。
なんと、8月5日の朝、9時45分から、NHKの地上波で、サッカーの予選が始まる。
日本VSナイジェリアである。
これは、ぜひとも見なければならない。

翌日、8月6日の朝、7時30分から、これもNHKの地上波で、開会式である。
競技日程の都合で、開会式よりも前に、試合が始まることになるらしい。

私は、オリンピックで一番楽しみなのは、この開会式と、陸上のマラソンである。
とにかく、開会式は素晴らしい。
ロンドンオリンピックでは、009が女王陛下をヘリコプターで連れてやってきたり、ビートルズのメンバーが歌ったりした。
ともかく、イギリスロックファンなら絶対に見逃せない、開会式のスゴメンであった。

北京オリンピックのときも、「世界で一番最初に紙を発明したのは私たち中国よ!」とばかりの演目で、そう、開会式は壮大なミュージカルなわけだ。それで、千人もの太鼓隊が出て、大音響だった。
すごかった。

ブラジル・リオでは、どんな開会式になるのか、本当に楽しみである…

きょう7月31日は、東京都知事選。

きょうは、7月最後の日曜日。
海も8月に入れば、波が高くなる。
夏は熟していく。
その日曜日が、東京都知事選挙である。
私も朝早くに起きて、投票をしてきた。
日本の首都・東京の首長を決める、大切な選挙である。

考えてみれば、日本の現状を考えるにしても、これからの未来を考えるにしても、大変な出来事が連続して起こっている。
この一か月だけ考えてみても、出来事を、頭を整理する気持ちで並べてみたら、こんなふうになる。

6月23日 イギリスの国民投票、イギリス、EUを離脱することになる。
株価の下落と世界恐慌が予測される。
次の週 バングラディシュのダッカでテロ、日本人も犠牲になる。

7月10日 参議院選挙
7月13日 天皇陛下 生前退位を発表
7月14日 都知事選公示、フランス・ニースで大規模テロ

そのあと、ドイツ、ミュンヘンでテロ、ドイツの他の都市でもテロ、と続く。

そして、7月26日には、日本で障がい者施設で事件が起こっている。

私は思う、人間にも、社会にも、許容量というものがある。
ここ数年の、「戦争になるかも?」「イスラム国が」という怖れと不安で、人々のストレスは許容しがたい数値まで、あがっている。

しかし、特にここ一か月の動きは、まさに、「戦時下」「戦争中」と言っても差し支えない状況になってきた。

夏祭りもコンサートも花火大会も、平和だから、楽しめるイベントであったことに、今さらながら気づく次第である。

今回の戦争は、表立った戦争とは言えず、裏でひそかに進められている戦争、と言えるだろう。
しかし、大金が、戦争に流れるために、経済状況や食卓の状況は、とことんレベルが下がっていくことになるだろう。
社会不安も広がっていく。

正式に、非常事態宣言や、治安維持法が出てしまったほうが、人々の覚悟も、安全も、はかれたかもしれない、と思う。

ここは、心ある人が、自発的に、社会の状況を感じ取り、家族を守り、健康を守り、心を守っていくことが、必要になるだろう。

日本国政府は、メディアや国民の理解を得ることを、もうやめてしまった。
そして、どんどん、戦争を進めている。

今は、戦時下である。





NHK連続テレビ小説「とと姉ちゃん」第14週「常子、出版社を起こす」 第15週「常子、花山の過去を知る」 第16週「『あなたの暮し』誕生す」 第17週「常子、花山と断絶する」感想。

NHK連続テレビ小説「とと姉ちゃん」第14週「常子、出版社を起こす」
第15週「常子、花山の過去を知る」
第16週「『あなたの暮し』誕生す」
第17週「常子、花山と断絶する」感想。

早いもので、もう7月もおわりである。
関東地方もとうとう梅雨明けした。
梅雨明けらしい、明るい青空が広がっていて、カラッとした晴れになっている。

この7月は、本当に大変な7月だった。
誰にとっても、本当に乗り越えがたい、つらい7月だったと思う。
毎日を、毛布をかぶって、マンガの本を読みながら、テレビ三昧しながら、音楽を聴きながら、どうにか逃げ切ってきたところである。

私は、テレビドラマのありがたさは、こういうところにある、と思う。
どんな朝も、フィクションは、優しく明るく、微笑みかけてくれる。

そういうわけで、4月からずっと、苦労しどおしの「ととちゃん」も、7月の花開く、大団円を迎えている。
ライフワークである「あなたの暮し」の出版となったわけだ。

このあたり、出版業界の仕事のしかたや、気持ちなどがよく描かれていて、専門知識のない視聴者には、本当に興味のつきない展開となっている。

昭和20年代の家具や建物も、レトロで懐かしいし、銀座に構えた出版社も、建物がとても素敵である。

ととちゃんは、戦後の混乱期にあって、闇市に、ピンチよりは、チャンスを見つける。
それは、叔父からヒントをもらったものでもあった。
このまま、事務員としてお給料をもらって働いていても、一生にもらえる金額は限られている。

戦後の物資不足、そして、活字への希求が、大きなニーズを生み出している時期で、どんな雑誌でも、出版すれば売れる状況となっていた。

こうした状況に、自分自身の仕事人生を賭けてみるチャンスを見出したのは、さすがととちゃんだ、と思う。

ととちゃんには、「家を建てる」という目標もある。
まずは何よりも、家族を養わなくてはならない。
そうしたときに、勤め人としてお給料の少なさを嘆くよりは、起業をして社長になって、たんまりもうける、これは、とても楽しい発想だと思う。

思い起こしてみれば、歯磨き粉の件といっても、やはり、「一山当てよう」という行動力が、常子にはあったのだった。

常子の才覚の一番素晴らしい、と思えるところは、やはり経営センスだと思う。

常子と花山の関係が、あまりうまく見えてこないところはあるが、花山伊佐…

憲法草案。再アップします。

以前、5年ほど前であったが、日本でもツイッターを基盤とした、たくさんの人たちのデモ、大衆運動が起こるのではないか、という考えを持った。
そして、不満のエネルギーは、単なる現状の破壊ではなく、次なる新しい時代の構築であるべきだ、との考えにいたった。
世界各国では、本当に、ただの不満の爆発が、社会状況を破壊のための破壊に追いやっている。
しかし、心ある人たちは、次なる政府、次なる時代の構築に向かって、スクラップ&ビルドの活動を、続けている。

以下に示すのは、2011年の暮れに、朝倉聡子個人として、フランス憲法やアメリカ憲法をもとに、なかば「パロディ」の要素を含めながら、「誰でもがみな、憲法を考えてみることができる」と、提案した、憲法草案である。

当時の原稿が保存してあったので、ここでそのまま、再アップしてみたい、と思う。
たくさんの人が、この草案を見て、もっとよりよい草案づくり、そして、目指す目標の一致につながるように、との希望を込めて、ここにもう一度、示してみることにします。

朝倉聡子
2016年7月24日

☆ーーーー☆

新しい日本国憲法・草案(by聡子)
日本の国の憲法を、新しくするために、国民ひとりひとりが新しい国づくりを考えてみることが大切だと思う。
「どんな国造りをしたいか」国民全員が、草案を練ってみてもよいのかもしれない。
朝倉聡子も、基本的にはフランスの憲法の構成を基準にしたが、
草案を作ってみた。
ご笑覧ください。

日本国憲法
前文
私たち日本国民は、自由と平等と平和を愛し、それを促進していくために、これらの憲法を制定する。
平和主義に基づく、討論と協議による政治の推進と、助け合いの精神による公共扶助、公共福祉を推進する。
すべての国民が、健康で豊かな生活を築くために、政治と社会は、尽力する。
生命と子どもたちの幸福を守り、豊かな社会建設を行う。

第一章 主権
主権は国民にある。これまでの長い天皇制を排し、すべての国民が平等となり、
政治を推進する権利を持つ。

第二章 大統領
日本国が合衆国になるにあたり、大統領を制定する。
大統領の選出方法、権限については、条文に定める。

第三章 政府
大統領のもとに、公正な選挙制度によって選出された国会議員が集まり、
中央の政府を制定する。
この政府で行えることは、法律の改定である。

第四章 国会
公正な選挙で選ば…

2016参議院選挙・終盤の状況について。

2016年、夏の参議院議員選挙の選挙戦も、終盤となった。
ここへ来て、自民党は苦戦を強いられている様子である。

昨年の、安全保障法案の時期から、日本国民の間には、根強い政治不信、与党不信が高まっている。
高まっているのは、平和への強い願いと、戦争への深い危惧である。

今回の参院選では、安全保障法案の文字が出てこない。
そのかわり、改憲、憲法改正の論議がある。

憲法改正を掲げる自民党は、この話題を避けたいようであるが、誰もそうは思っていない。
自民党にとって、大切な選挙戦略は、「改憲は必要である」「憲法9条の改正は必要である」「日本は国防軍を持つべきである」と、日本国民に思わせることである。

今年はいろいろな事件が、世界中で起こっているが、こうして参議院議員選挙の期間中に、それも直前に、バングラデシュで、日本人が巻き込まれるテロ事件が起こったのは、不思議なことである。

これは、偶然ではない。

この時期、私が脅されているのは、バングラデシュのテロ事件について、知っていることを、公表するな、と言われているのだと思って差し支えない。
バングラディシュのテロ事件は、首相官邸、麻生太郎氏が、IS、イスラム国に、たくさんのお金を払って、頼んだものである。

こうして、参議院議員選挙の選挙戦の期間中に、「世界は危険である」「日本は危険にさらされている」と、「事実をもって」訴えれば、日本国民が、改憲の自民党に投票する、そして、世論が、国防軍や戦争に、大きく動くことになる。
そうした目的をもって、与党自民党は、テロ組織に、テロを起こすように、頼んだ、というわけである。

私は、こうしたことを、許さない。
日本国民がこうした行為を許すはずがないのである。

自民党は、内部から苦戦している。
投票日直前になって、追加緩和の話も出ている。
安倍政権から始まった、自民党の暴走は、ゆるやかに止まっていこうとしている。

参議院選で与党が敗北すれば、次は、都知事選である。
ここで、民進党の候補に、ぜひともお願いしたいところである。

そのあとは、衆議院解散総選挙になってほしい、と思う。
たいへんな根気がいることであるが、あの、戦争に向かって突進していった、安倍政権の暴走を止めるのには、ゆっくりと、確実に、自民党の議席を減らしていくしかないのだ、と私は思う。

一緒に、がんばりたい、と思う。




NHK連続テレビ小説「とと姉ちゃん」第10週「常子、プロポーズされる」感想。

第11週「常子、失業する」
第12週「常子、花山伊佐次と出会う」
第13週「常子、防空演習にいそしむ」



朝の連続テレビ小説「とと姉ちゃん」も、とうとう7月に入った。
半年間の連載ドラマである。
持久走のようなものだ、と思う。
4月の放送開始から三か月たった、ということになる。

民放のテレビドラマでは、三か月で「ワンクール」というテンポで放送されていることが多いから、ここまで毎朝三か月観る、ということは、本当に気の長い話である。
それが、もう三か月続く。

女性たち、特にご家庭で暮らすご婦人の皆さま、それから高齢のかたがたが、毎日どのような生活リズムで暮らしているのか、朝のあわただしい時間帯に、時計代わりになるテレビドラマがどんなものか、だんだんとわかってきた、と思う。

NHKの朝の連続テレビ小説は、もうずっと前から続いてきて、もう何年もこのタイムスケジュールで一日を送っている、という視聴者もたくさんいる。
私もそのひとりである。

そのテレビドラマが半分まできた、ということは、それなりに、達成感とか充実感のあることではないだろうか。


大好きな「ととちゃん」は、戦前編と戦中編を終えて、いよいよこれから、戦後編に入る。

私も、毎週毎週、一週間ずつ感想を書きたかったけれども、政治的な状況や社会状況のなかで、少しずついろいろなことを進めてきていて、そのなかで書けない日もあったけれども、毎日、一視聴者として楽しませていただいて、とても楽しかった。

それで、4週間分の感想を、ここにまとめてみようと思う。

第10週は、女学校時代から、フレンドリーなお付き合いをしてきた、星野武蔵からのプロポーズと、そして別れであった。
初恋と、その恋への別れは、少女時代への別れでもある。

でもその恋も、戦争という社会状況と、常子の家庭環境と、責任と、生き方と、それから、星野のほうの研究や仕事、といういろいろな理由で、別れるしかなくなる。

本当に、ふたりは結婚できる状況ではなかったのだろうか。
いろいろな意味で、切ない話である。

やっぱり、好きな人と結婚できるのが、一番素敵なことだ、と思う。
常子にもいろいろな理由があって、選択をした、ということだけれども、本当は好きな人と一緒になるのが、一番の幸せだったんじゃないかなぁと思う。
そう考えると残念だ。

でも考えてみると、星野武蔵は、大阪へ行って研究者に…

NHK連続テレビ小説「とと姉ちゃん」第9週「常子、初任給をもらう」感想。

6月にはいった。
もうすぐ、梅雨入りである。
季節の家事や、衣替えがあるのも、日本ならではの文化なのかな、と思う。
そして、そこに、「暮らしかた」の雑誌が生まれたことも、とても大切な日本の文化なのではないか、と思う。
梅雨まえの、青空が本当にまぶしくてきもちいい。

「とと姉ちゃん」は、新卒一か月目を迎えている。
この時代にはまだ、それほど多くはなかった、オフィスレディ、OLである。
OLの定義というといろいろあるかもしれないが、会社に雇われて、月給をもらう、というようは雇用形態をいうのだろうか。

これまでの、住み込みで仕出し弁当を作っていた仕事の働き方とは、ちょっと勝手がちがうようである。
人数も多いし、部署に分かれてもいる。
人間関係も、横の関係、縦の関係、と複雑になっている。

こうした状況のなかで、常子は、仕事の取り組み方そのものに悩むことになる。

私も、新卒時代を本当に思い出す。
そもそもいったい、何のために仕事をするのか、仕事ってなんなのか、根本的に何が何だかわからなくなってしまった、私にも常子のような迷い戸惑いがあった。

ある先輩は、お給料のために仕事をしている。
そうすると、決められたお給料をもらえればいいわけだから、自分の労力を最小限にとどめようとするわけである。

ある先輩は、「誇り」のために仕事をしている。
自分自身の自尊心にかけて、人から言われた仕事はしたくない、自分自身の能力を社会に、いや会社に、示したい、ということである。

常子の場合はどうだろう。
常子は、いろいろ迷って悩んで、材木業を営む祖母のところに相談に行く。
祖母は「世の中、男と女しかいないんだから、うまくやっていくしかないじゃないか」と言う。
そして常子は、「困っている人を助けるため」と、仕事の意義を見出していく。

こうして、新卒で悩んだときに、家に帰って相談する人がいるかいないかは、新卒の仕事のその後に、とても大きな影響を及ぼすらしい。

常子の場合は、森田屋の皆さま、母、姉妹、ボーイフレンドの星野さん、祖母の滝子や、隈井さんなど、たくさんの人間関係に恵まれている。
仕事をする女性を支えるのは、たくさんの人間関係というネットワークなのかもしれない、と思う。

ここで、「女性は雑用係なのか」というテーマが出されてきた。
たくさんの女性たちが、とても悩んでいる問題ではないか、と思う。
「…

NHK連続テレビ小説「とと姉ちゃん」第7週「常子、ビジネスに挑戦する」 第8週「常子、職業婦人になる」感想。

ぼくより。
今週は、朝倉聡子の夫である、ぼく、から、朝倉聡子の、職業婦人の体験談をお話しします。
まず、朝倉は、お茶汲みをいやだとは思いませんでした。
お茶汲みも立派な仕事である、と思って、おいしいお茶、おいしいコーヒーを淹れるように努力しました。
その結果、係長や課長から、「朝倉さん、お客さんに、ぜひ、あなたのお茶を淹れてください」と言われるようになりました。

ぼくの奥さんは、自分の生計を稼げればそれでいい、という考えでした。
大卒でしたが、えらくなりたいとは全く思いませんでした。
そして、北海道の田舎で一生、静かに暮らしていければいい、そして、お給料から、本を買ったり、映画を観たり、ただのテレビがあればそれで幸せ、という生活設計を立てていました。
それなので、東京に出ようとか、管理職になろうとか、まったく考えていませんでした。

安いOLに雇われて、それで幸せでした。

朝は、7時ごろ起きて、ごはんを食べて、8時半に出勤しました。
そして、夕方5時きっかりに帰りました。

彼女の仕事内容は、決められていて、長時間椅子に座っているだけではなく、カウンターでお客様のお相手もしていました。
それなので、座りっぱなしでなくて、足を動かしてお話もできるので、活動的でいい、と思っていました。

お金を扱うこともありましたが、いつも適切に扱っていました。
そうした仕事ぶりを見て、係長は「朝倉さんは、本当によくやってくれる」と言いました。
仕事の覚えぶりも、「乾いた砂が水を吸い込むように覚えていく」と褒められました。
そして、「朝倉さんに仕事を任せると、一、言うと、十、わかる」と言って、仕事仲間から一目置かれる存在になりました。

仕事上、お昼ごはんをごちそうになることもありました。
課長のところにきた、高級お重、これを、課長は「わたしは、奥さんの作ったお弁当を食べなければならないからね。いつも朝倉さんはよくやってくれるから、おなかいっぱい食べなさい」と言って、譲ってくれました。

服装は、質素なブラウスに、スカート。
お化粧は、学生時代に、お友達とお化粧ごっこをして覚えて、薄化粧で、上品にまとめていきました。
髪は落ちてこないように、バレッタで留めていました。

アクセサリーをしていくと、課長は丁寧におしえてくれました。
「あなたは、目がとても大きくてきれいです。だから、胸元から上には、…

NHK連続テレビ小説「とと姉ちゃん」第6週「常子、竹蔵の思いを知る」感想。

5月の青空のもと、戸外に飛び出すのもうれしいし、家でテレビを見るのもまたうれしい。
「とと姉ちゃん」も、ヒロイン常子が、さまざまな体験をして、5月の青空のもと、伸びていくのが、とてもうれしい。

この週は、亡くなった父・竹蔵の思いを知る、という題名であるが、その竹蔵の思いとは、君子と祖母・滝子との、確執を解きたい、という思いであった、というストーリーである。
父・竹蔵は、母・君子と結婚するときに、祖母・滝子の反対を押し切ってしまった。
しかし、君子と娘たちとの生活を、月に一度は手紙に書いて、滝子に送っていた、という話が、明るいところに出るわけである。

そうした、竹蔵の思い、そして、常子たち三人姉妹の思いが実って、滝子と君子が、和解する。

母と娘の葛藤、というのは、そんなに古いテーマではない、と私は思う。

むしろ、最近になってから、あちこちで取りざたされているテーマであるように思う。
ずっと以前の名作文学を読んでみても、母と娘というのは、たとえば、義理の関係にある母娘がとてもむずかしい、というテーマはあっても、実の母娘は、共闘仲間のように、親しく仲睦まじかったように思う。

特に女流文学などで、実の母娘の関係が、それも、とても「仲悪く」描かれて、問題視されるようになったのは、近年であるように思われる。

そうした意味で、この週の「とと姉ちゃん」の、母娘和解に関して、とても興味深く観ていた視聴者が、とても多かったのではないか、と思う。

私も、どんなふうにこの母と娘が和解するのか、と面白く思って観ていた。

結局のところ、環境、人間関係、というものが、母娘ふたりを、和解に導いたように思う。
今は亡き、父親の思い。
孫娘たちの思い。
近所の人たちの思い。

そうしたものにあたたかく包まれて、母と娘は、「産んでくれてありがとう」という、地点で、和解に達する。

私は、やはり親子というものは、そうした原点に返るのが、一番のことであると思った。

近代になってから、特に明治時代から現代にかけては、女性に関する人権の解放と、それから、生き方の思想が、大きく変化している時期である。
生き方の思想、時代のありかた、世間のありかた、社会のありかたである。

それも、非常に速い勢いで、女性の解放が、進んでいる。

母親の時代に、「女性はこうすることが幸せ」と思われていた思想が、娘の時代には、別の形に幸せが…

恋愛論・結婚論~一般論として。

恋愛や結婚について、自分の体験そのもの、というよりは、一般論として、思うことを書いてみたいと思います。

恋愛っていうのは、キラキラしていて、ドキドキワクワクしていて、とても素敵なものだと思います。
恋愛ドラマを観ていると、胸がキュンとして、生き生きした気持ちになりますね。

恋愛と結婚って、どういう関係なのかな、ということを、今一度考えてみると、今は、恋愛結婚が当たり前になっているけれど、そうじゃない時代もあったと思うんです。
私がこのごろ思うのは、「結婚は好きな人と、好きになった結果としてするもの」というような大前提が、すごく強くなっている、と思うんです。

私たちの祖父母の時代には、お見合い結婚が一般的でした。
それはそれで、幸せになる人は、幸せになり、そうなれなかった人は、やっぱり、幸せではなかったようです。

どんな出会いだったとしても、どんな縁だったとしても、幸せな夫婦関係を築ける人は、築けた、ということなんじゃないかな、と思います。
こういう話は、私自身が、祖父母や、その年代の人たちに、お話を聞く機会があって、「お見合いだったけれど、幸せだった」という話には、ちょっと意表を突かれた気がしたものです。


人生は、年を取るにしたがって、だんだんと努力の結果、「楽になっていく」ものなんでしょうか。
私は、そうではない、と思います。
人生は、年を取るにしたがって、どんどんと重くなっていくもの、だと思います。
年齢を重ねて大人になれば、責任もありますし、自分で働いて自分で生計を立てなければならないです。
子どものころと比べると、守ってくれる親はいないわけです。
親は年をとって、そのうち介護が必要になりますし、自分自身も年をとります。
病気をしたり、トラブルにあったり、悩みが増えたりします。

仕事の責任も、若いときと比べてとても重くなってきます。
子どもを持てば、子どもを守って育ててあげなければならないですし、子どもの人生に関しても、責任があります。

そういう人生の山、とか、あるいは、嵐、に例えられるたくさんの困難を、一緒に乗り越えていくのが、夫婦というパートナーだと思うんです。

結婚、というのは、パートナーシップではないか、と私は思います。
夫は、男性としての、生まれ持った特質を、妻に提供するでしょう。
妻は、女性としての、生まれ持った特質を、夫に提供するでしょう。
そ…

2016夏の参院選の争点をどうするか、ということ。

ゴールデンウイークも、明けた。
いよいよ、夏の参院選に向かって、スパートである。
公示日は、6月22日、投開票日は7月10日である。
梅雨の期間の選挙となるが、毎回、参院選というと、梅雨と真夏に重なる、熱い熱いこの季節である。

今回の選挙では、いまだ争点が明確に定まらない、と言われている。
昨年から、反安倍政権に関して、たくさんの声があがっている。
安保法案の採決の際には、国会議事堂前に、たくさんのデモが押し寄せた。
国民的議論となっている。

私たちは、今回の参院選の争点について、長時間討論し、吟味した。
そして、考えたのが、以下のようなことである。

ひとつは、安保法案に関する「盛り上がり」が、下火となっていることである。
私の自宅近所でも、昨年から今年にかけて、玄関に「アベ政治を許さない」という例の書体のポスターが貼られていたが、4月にはいってから、撤収されている。
これはもう、「反安倍」の世論が、終わってしまったということを意味していると思う。

また、それに関して考えると、安保法案の是非についての討論は、議論が出尽くしている。
昨年も、安保法案の採決の直前では、野党側で、質問することが何もない状況だった。

今から、再び安保法案の討論をしても、同じ論議の繰り返しになる。
そうなると、政治や選挙に関して、「飽き」が生じてしまう。

選挙は、充分に討論を戦わせたのちに、国民からの審判を「待つ」ものではない。
選挙は、充分に勝てる作戦を立てて、勝つための闘いをするものだ、と私たちは思う。

勝つためには、女性票と浮動票の行方が、勝負を決するところとなる。
近年、投票率は年々下がっていて、有権者人口の半分にも満たない状況である。
また、今回の選挙からは、18歳選挙法が施行される。
そうしたときに、いかに国民を巻き込んで、政治の渦に入ってもらうか、そして、女性票をどのように動かしていくか、ここが、大事なポイントになってくると私は思う。

私たちは、民進党を応援している。
そして、政権交代をめざしている。
そうしたときに、人口の半分である女性票の動きが、すべてを決すると言っても過言ではない、と私は思う。

また、これは、朝倉聡子が、なんとかこうはできないか、と願っているところであるが、近ごろ、女性たちが、声をあげ始めている、と思う。
テレビニュースでも、女性アナウンサーが、たくさん…

NHK連続テレビ小説「とと姉ちゃん」第5週「常子、新種を発見する」感想。

4月から始まった「とと姉ちゃん」も、第5週目。
ゴールデンウイークまっただなかの放送週だった。
こうして、半年間も同じドラマを観続けていると、祝日の週もあれば、雨の続く週もあり、また晴天の週もある。
ゴールデンウイークでお出かけした人にとっても、録画して観る、という選択肢があるから、続けて観ることができて、本当にうれしい。

考えてみれば、5週間もたって、物語はスローな進み方をしている。
常子が子ども時代から始まって、お父さんが亡くなって、東京へ来て、と、なんだかそこまでである。
でも、日々の心模様が丁寧に描かれていて、まったくあきないドラマ進行である。

15歳、女学生の迷ったり戸惑ったりしながら、ひとつひとつ乗り越えていく、その小さな体験の積み重ねが、のちの常子の、「あなたの暮らし」出版への、道筋になっているのだろう、と思う。

今週は、「初恋」というテーマも出されてきた。
お相手は、帝大生で、植物の研究をしている青年である。

常子がのちに、「あなたの暮らし」で、男女平等のパートナシップを持つことになる、天才編集長・花山氏とは、どのようにつながっていくのだろう?と思わせるところがあって、先の展開も含めて興味深い。

もともと、初恋、というのは、娘さんにとって、父親の影響が大きいと言われている。
結婚相手も、父親ととてもよく似ている、と通説として言われている。

自分の場合はどうかな?と思わず考えてしまう。
むしろ、「お父さんとはまったくちがうタイプの人がいい」と強く思っていたように、私は思う。
でも、結婚してみたら、周りの人から、「お父さんとダンナさん、そっくりね」と言われて、「そんなはずはなかったのに…」としょげかえる(?)状況である。

さて、常子の場合は、どうだろうか。
出会った青年、星野武蔵は、まず「武蔵」と書いて「たけぞう」と読むあたりから、父親・竹蔵を想像させる。
そして、たとえば森田屋の大将・宗吉などは、江戸っ子のがらっぱちであるが、それと対照的に、星野さんは、優しくおとなしい印象がある。
植物の研究もしているし、まさに「草食系男子」というところだろうか。

父・竹蔵も、家族に対して、敬語でお話しするような、紳士的で温和な性格だったので、やはり常子は、父の影響をもろに受けているように思える。

しかし、男性というのは、誰もが、森田屋の宗吉のような「男の世界」「男…

NHKドラマ10「コントレール~罪と恋」感想。

ゴールデンウイーク、いかがお過ごしでしょうか。
今年のゴールデンウイークは、テレビやオンデマンドで、ドラマ三昧、というかたも多いかと思います。
テレビドラマは、手軽で無料の楽しみです。
私は、テレビドラマが大好きです。
もともと、映画が大好きなのですが、テレビドラマを好きになった一番の理由は、北海道にいたからかもしれないです。
というのは、真冬の猛吹雪の日が三日も続くと、テレビが一番のお友達になるからです。
テレビは本当に、楽しい友達です。

きょうは、「コントレール」というドラマの再放送を見ました。
昼の「とと姉ちゃん」のあと、ニュースを5分間見て、そのあと放送がすぐ始まったので、なんとなく見てしまいました。

脚本家の、大石静女史は、「セカンドバージン」で、社会現象を起こした、たいそう実力のあるかたです。
今回も、女性たちのリアルなニーズに応えて、このドラマを書きおろしているそうです。

このドラマの設定は、非日常的で、小説にするなら、純文学というより、サスペンスになるかと思います。
日常的に体験できることではないので、そのぶん、エンタテイメント性が強く、本当に実力派だ、と感じさせるほど、うまくできている、と思いました。

でも、このヒロイン、文、の「男性とのお付き合い」は、恋ではなくて、癒しを求めているのではないか、と思います。
夫を事故で亡くしているのだから、心が深く傷ついていて当たり前です。
そういう状態のときに、成長や幸せを求める、発展的な恋ができるか、というと、何か精彩に欠ける状態に溺れていくようです。

こうした、退廃的なドラマを、NHK、という受信料を払っている公共放送で放映するのだから、良家の奥様たちが、内密な情熱を持っている奥様たちが、他の局の昼メロなら見ないけれど、「NHKでいってるんだから、いいんでしょう」ということで、夜の放送ながら、録画をしかけておいて、昼間、ダンナも子どももいないところで、こっそり見るんじゃないか、と思います。
NHKも、立場や責任を、もっとわきまえるべきじゃないか、と思います。

しかし、脚本としてのレベルは、とても高いと思います。
大石静女史は、次には、日テレで、結婚したばかりの北川景子さんを主役にして、新しいドラマを企画しているそうですから、これが期待されます。

それにしても、45歳で、訳ありの「恋」。
これは、「コントレ…

安倍昭恵さんへ。思うこと。

こんにちは。
初夏の候となりました。
いかがおすごしでしょうか。
いくつか、お伝えしようと思うことがあります。
まず最初に、私たちの子どもたちに関しましては、どこの著名人、芸能人のかたもそうでありますように、子どもには子どものプライバシーと将来がありますので、ここでは触れないことにいたします。

次に、フジテレビの月曜9時のドラマ、いわゆる「月9」というものに関して、お伝えいたします。
私はこれまでも、長く、フジテレビの月9ドラマを観てきましたが、こうして、児童養護施設出身の役があるとか、障害を持った役がある、ということは、ありませんでした。
これが、どうしてこういういきさつになったのか、不思議に思っておりました。

つい先ごろ、これがどうしてこういういきさつになったのか、だいたいのところ、わかってきました。
いろいろ考えましたけれども、こうしてまとめてみます。

戦争が、男性の性質の肥大化したもの、だとするなら、母子、というのは、女性の本能の肥大化したもの、といえるかもしれないです。
男性の性質も、女性の性質も、生まれながらに授かったものであり、自然なものですが、権力と一体化すると、なにか尋常ではない方向に向かうように思います。

今年2月には、戦争を強引に押し進めようとする、安倍総理大臣の動きを、止めることができました。
これは、たくさんの人々の力、民意であります。

そしてそのあと、非常に活発に、「女性の権利」ということが、メディアで報道されるようになりました。
これは、一般的な「女性の権利」ではなく、特に貧困の女性、貧困状態にある母子に限ったことのようです。

私と主人は、これまでこうした問題「にも」真剣に取り組んでまいりましたが、以前申し上げました通り、貧困というのは、人類の根源的な課題です。
また、もしも国家予算を使って、こうした「かわいそうな」母子に、お金を渡すのならば、正規に国会を通さなければなりません。

どんなふうに民衆運動をしても、どんなふうに市民運動をしても、国家予算をおろすには、国会を通さなければならないのです。
そうしたところで、昭恵さんの「やり方」は、筋が通っていないのです。
筋が通らないから、実現しないのです。

総理大臣の権限でどうかなるか、といえば、多少はどうかなるかもしれないですが、予算に関してだけは、国会の予算委員会で、多数決で決めなければ…

好きな人に好かれるために。

俺は、聡子ちゃんのことを見つけてから、一年間はプロポーズまで準備した。
俺はな、もっともっと、聡子ちゃんのことを知ってから、いろいろと近づこうとした。
しかし、聡子ちゃんは、俺のことに気が付かなかった。
俺は、遠くから見守っていた。
俺は思う。
高嶺の花になるべきだ。
彼女のことを、誰かほかの男に取られたら困る、と思って、俺は、焦った。
しかし、焦りは禁物、と思い、じっくりと近づいて、罠にはめよう、と思った。
できるだけ用心して、嫌われないように、そして、気づかれないように、そっと近づいていった。
男というものは、一度狙った獲物は、できるだけ離さないようにする。
せっかく俺の嫁さんになってくれたのだから、困らせないように、泣かせないように、できるだけ優しくする。
そして、嫁さんの好きなものは、なんでも手を出して、やってみる。
たとえば、ドラマが好きだといえば、ドラマを一緒に観る。
これは、嫁さんがひとりで楽しそうに観ているのが、気に入らないからだ。
それで、「おい、一緒に観よう」と言う。
しかし、嫁さんは、「わたし、ひとりで観る」と言ったりする。
そうすると、俺は困る。

俺は、嫁さんが、お料理をしているので、俺もお料理を覚えて、一緒にキッチンに立つようになった。
大事な嫁さんだから、女の子に、火を使わせるわけにいかない。
洗濯も、お食事の支度も、俺がやる。
奥さんは、きれいに着飾って、上品にお座りをしている。
まるで、猫ちゃんみたいだ。

しかし、ここは譲れない。
俺は、女性は社会参加すべきだ、と思う。
仕事を持つべきだ、と思う。
おうちでエプロンをつけて、おままごとをしているだけの人生では、彼女のためにかわいそうだ。
生きがいがある人生、ライフスタイルを送ってほしい。
彼女には才能がある。
その才能を、みんなの前に、堂々と出すべきだ。

俺と彼女は、戦った。
彼女は、おうちで専業主婦になりたかった。
内助の功を果たす、と言った。
教育理論も勉強して、家事も完璧にこなせる女の子だ。
ファッションセンスもいいし、お化粧もきれいにできる。
いつも身だしなみはきちんとしているし、お部屋もきれいに片付けることができる。
それは、うちの奥さんが、いい奥さんになりたいと思って、独身時代から、訓練してきたからだ。
うちの奥さんは思っていた。
「男と言うものは、結局は、奥さんに家にい…

フジテレビ新しい月9「好きな人がいること」の制作発表を見て。

昨夜5月1日、インターネットで、フジテレビのドラマの制作発表が行われた。
「行われた」といっても、バラエティ番組のトークのような、うちとけたかんじだった。
7月からの夏ドラマ、そして、フジの恋愛ドラマ、ということで、すごく楽しみに見た。
「こんなふうに、ドラマって出来上がっていくんだ~!」と、とても楽しいかんじがした。
どうもまず、俳優と女優さんが決まって、それから、「海ロケ」が決まったようなかんじだ。
夏のドラマで、海や海辺のロケ、それから、海辺のレストランのロケ、と、大枠が決まった、という段階であるようだ。

こうして、綺麗で素敵で、まだまだ若くてはつらつとしている女優さんと、まだまだできあがっていない、というかんじの若手の男性俳優さんとを並べて、そこからドラマが始まるらしい。

ドラマ制作って、本当に楽しそうだ、と思う。
才能でいっぱいの彼らを自由に動かして、夏のドラマを作る、ということなのだろう。
私もやってみたい!と思ったぐらい、素敵だ。

海辺のレストランが舞台となるようである。
このレストランを経営しているのが、三人兄弟の長男である。
今の時代に、海辺の一等地にレストランを持っている、ということは、親からもらった財産で起業したか、あるいは、親の代からあるレストランを受け継いだか、というところだろう。
それで、まずは採算の取れる経営を、ということで「お金」にはこだわる長男なのではないだろうか。

次男は、天才シェフ、ということである。
味にはとことんこだわる、食材選びにはお金に糸目をつけない、というこだわり派なのではないだろうか。
これは、長男の経営論とは、対立しそうである。

三男は、お調子者でモテモテ男子だそうである。
お気楽な性格からも、人間関係が広そうで、そのぶん、レストランの経営に関しては、「サービス」といった点で、「もっとサービスでお客さんに奉仕しようよ」というようなことを主張しそうである。
これも、長男や次男と対立しそうである。

こうした三人兄弟のなかに、主演のヒロイン桐谷美玲が飛び込んでいく。
ヒロインは、パティシエをめざしていて、いつか自分のお店を持ちたい、と夢見ている。
この三人兄弟から、何かしら学ぶところがあるのかもしれないし、この三人に、「夢」を思い出させる役割というのも、あるのかもしれない。

そして、夏の海である。
「みんな重い見えない…

NHK連続テレビ小説「とと姉ちゃん」第4週「常子、編入試験に挑む」感想。

毎朝の、元気の源「とと姉ちゃん」も、第4週を終えた。
春から初夏へと季節が移り変わっていく。
春の人事異動や卒業、入学、就職で、ライフスタイルが変化した人も、毎朝の「とと姉ちゃん」と一緒に、毎日の日課を作っていたのではないだろうか。
その「変化のあった視聴者」にとって、どんな困難にもめげない、どんな環境の変化も乗り越えていく、ヒロイン常子は、本当に励まされる存在である。

今週は、しつこく(?)制服問題が出てきた。
NHKにとっても、「ポイント稼げる」テーマであるのかもしれない。
今、女性たちの生き方や生活そのものが、社会問題になっているので、そうしたあたりを、はずさずに描いてくるところが、脚本家・西田征史氏と、プロデューサー・落合将氏の視点の良いところだと思う。

制服、というと、数々の思い出がある、というのが、大半の視聴者ではないだろうか。
私も、甘酸っぱい思い出が、たくさんある。
「♪ セーラーの薄いスカーフで、止まった時間を結びたい~ ♪」
そう、あのスカーフは、とても薄かった。
大人になってから、いわゆる「男子」と話をして、「セーラー服のスカーフって、本当に薄いの?」なんて聞かれたものである。
ついで、「あの服、どうやってできてるの?」「どうやって着るの?」なんて話も、したものである。

セーラーのスカーフが、自分ではうまく結べなくて、女子生徒同士で、休み時間に、結びあいっこなんかもしたものだ。

本当になつかしい。

大半の学校の女子の制服が、セーラー服だったのが、このところは、ブレザースタイルに変化してきているようだ。
AKB48などを見ても、アニメを見ても、高校生や中学生の制服というと、ブレザーである。
つまり、襟つきの上着に、チェックのスカート、といういでたちで、リボンは、縞の入ったようなのを、胸元で留めるようになっている。

「とと姉ちゃん」で、常子の編入した女学校では、いわゆる「赤い棒タイ」スタイルになっている。
これも、昭和の時代には、よく見かけたスタイルである。

こうしたセーラー服の制服スタイルが、いつから変化したのだろうか?
と考えてみると、あれは、おニャン子クラブの全盛期あたりだったのではないだろうか。
例の、あの、可愛い歌である。

それから、同時期に、「スケバン刑事」というのがあって、このスケバンスタイルというのが、セーラー服に、超ロングスカー…

NHK連続テレビ小説「とと姉ちゃん」第3週「常子、はじめて祖母と対面す」感想。

一家の大黒柱であり、唯一の稼ぎ手であった、父・竹蔵を失って、三姉妹と母の四人家族は、生活に困窮するようになる。
父の会社から出されていた援助も、とうとう打ち切りである。
そんなとき、この若い母親は、どんなふうに家族を守って、生活を切り拓こうとしたか。
縁を切ったはずの実家の母親(常子たちにとっては祖母にあたる)のところに、「帰る」という道である。

常子たち三姉妹にとっては、母の母、つまり祖母は、もう亡くなっていると聞かされていたようだ。
子どもたちにとって、生きている人を、死んだという嘘は、本当によくないことだ、と思う。

ここには事情があって、母・君子は、実家から、結婚を反対されて、家を飛び出した、というわけだった。
そのとき、実家の祖母・滝子とは、絶縁状態になったのである。

200年の暖簾を誇る材木問屋の「イエ」、この「イエ」の存続のために、お見合い結婚をさせられそうになったそうである。
それで、「自由に生きたい」「好きな人と結婚したい」と、意志を張って、滝子から勘当された、というわけなのである。

しかし、この結婚はうまくいかなかった、という結論になるだろうか、竹蔵は、結核で亡くなってしまったのである。
そうしたときに、祝福されなかった結婚、というのは、あまりにも孤立していて、つらいものである。

親との確執、親とのケンカは、誰でもあることだろう、と思う。
時には価値観のちがいから、縁を切るほど憎くなる、互いにわかりあえなくて対立することもあるだろう。

けれども、やはり結婚するときには、親から、親戚から、ご近所の人々から、友達から、祝福される結婚でありたいものである。

私はこう思う、古いのかもしれないけれども、結婚というのは、夫と妻とのふたりだけのことではなくて、たくさんの人々を縁結びするものである、と。
そして、若い夫婦は、大きな広い環境のなかで、新しい家庭という種を蒔き、その芽を、一生懸命育てていくものではないか、と。
そのときに欠かせないのが、太陽となり雨となり、大地ともなる、家族であり、環境、人間関係である、と思うのである。


個人主義がとても強くなってしまうと、これが良くない方向に傾くと、孤立状態を生んでしまう。
そのなかで、経済的にも精神的にも、追い詰められてしまうのではないか、と思う。

親との葛藤はあるもので、誰もが親を乗り越えて、大人になっていくもの…

フジテレビ月9ドラマ「ラヴソング」感想。

月曜日の夜9時、といえば、フジテレビの月9ドラマ、と定番になっている。
これは、若い女性たちのライフスタイルにしっかりと根付いた、日課である。
月9といえば、「東京ラブストーリー」に始まって、「ロングバケーション」「HERO」と、日本のテレビドラマ史に残る名作を残してきた。

そのフジテレビのドラマが、このところ、視聴率の元気がない、という話である。
私もこのところは、仕事が多忙だったこともあって、撮り貯めしたテレビ番組を見られないときがあって、なんだか月9から遠ざかってしまっていた。

しかし、今回は、昨年、とうとう結婚して全国の女性たちに「ましゃロス」を引き起こした、福山雅治氏が、主演である。
試しに一回だけでも、と見てみた。

そして、落胆した。
あの、ドラマ全盛期、「ドラマのフジ」と呼ばれた看板が、泣くというものである。

まったく、ドラマとして、出来上がっていない、と正直思った。

最初のシーンは、おなじみの、最新流行のインテリアである。
私は、フジの現代ドラマで、最新のインテリアや小物を見るのが大好きなのだが、そのあたりは、期待に応える形である。

しかし、いかにも視聴者が、「ましゃにはこんな制服を着てほしい」「ましゃにこんなセリフを言われてみたい」というシーンのてんこ盛り、というところで、女性視聴者の理想を体現した、主人公の姿なのだろうが、結局は、視聴者を甘く見ている、というものである。
視聴者をばかにしているんじゃないか、と思えるストーリー展開もあった。
もう弾かないギター、「追悼」のチラシ、これから、この「訳アリ」で音楽をやめた主人公が、少女との出会いをきっかけに、過去の恋人(きっとたぶん、亡くなった、訳あり)あたりの心の傷をほどいていく、というストーリーだと思う。

そういえば、駆け出しの若い女性シンガーを、ドラマに使ったことも、かつて、そういうドラマあったと思う。

柳の下のどじょうを狙って、「あのときはやったもの」「あのときヒットしたもの」を、追いすぎて、中古ドラマの二番煎じを、何度も繰り返しているのだろうか。

福山雅治氏を起用するなら、もっと新しい、次の福山氏の、可能性を引っ張り出すこともできたのではないだろうか。
女性たちは今、恋をするのも仕事をするのも真剣である。
これまでのラブストーリーにしても、現実に真摯に恋に打ち込み、そして悩む女性たちのバイブ…

NHK連続テレビ小説「とと姉ちゃん」第2週「常子、妹のために走る」感想。

大好きな、竹蔵お父さんが亡くなってしまってから、5年がたっている。
2週目は、子役ではなくて、ヒロインの常子は、高畑充希さんになっている。
元気いっぱいの登場である。
亡きお父さんと約束したこと、三姉妹の「とと」代わりになること、お母さんと妹たちを守ること、このテーマで、常子は、悩み、考えながら、15歳を生きていく。

お母さんも、常子も鞠子も、それなりに自分の力で、父の死を乗り越えたと思われる。
特に長女の常子は、父から重大な使命を託されたので、責任感と、それからきっと、「誇り」があるだろう、と思われる。

末っ子の美子だけは、まだまだ父親のいない自分の人生を、受け入れることができていないようである。
小学校では、お友達がみんな、お父さんのお話をするので、すっかりまいってしまう。
暗い顔をして下を向いて、お友達とも話さないので、ちょっとした仲間はずれになっている。

これは、小さい子どもとしては、いわゆる「問題行動」の状態である。

現代の世の中だったら、学校の先生や、学校カウンセラー、親御さんがいっしょになって、こうした問題行動に取り組むことになるだろう。

ヒロイン常子は、幼い妹の、問題行動に取り組むことになる。
「私にはお父さんがいない」その悲しみをなんとか解決しようとして、「美子には、お母さんも、常子お姉さんも、鞠子お姉さんもいるでしょう」と言ってはみるけれど、「お姉ちゃんなんか大嫌い」「とと姉ちゃんなんか信じない」と、ふてくされて、ひとりで部屋に閉じこもっている。

常子は、美子の「とと」代わりになりたいと、町内の運動会に出て、かつてのお父さんの姿のように、一等賞をとろうとする。

私は思う。
心が傷ついて、友達と比べて自分が劣っているような気がするとき、友達と比べて自分の状況が何か足りないような気がするとき、何よりも落ち込んでいるときに、「やつあたり」をする相手がいることは、ありがたいことだ、と思うのである。

常子も鞠子もお母さんも、美子のために、翻弄される。
頭を悩ませる。
本当に困っている。

誰かひとりでも、「わたし」のために、こんなに困ってくれる人がいたら。
誰かを、本当に心から困らせて、悩ませて、時には泣かせることができたら。

そうしないと、とても癒えない心の傷、というのが、あるのだと思う。
誰かを、困らせて困らせて困らせて、そうしないと、とても心のバラン…

NHK連続テレビ小説「とと姉ちゃん」主題歌「花束を君に」宇多田ヒカル。

花束を君に
普段からメイクしない君が
薄化粧した朝
始まりと終わりの狭間で
忘れぬ約束した
花束を君に贈ろう
愛しい人 愛しい人
どんな言葉並べても
真実にはならないから
今日は贈ろう
涙色の
花束を君に

花束を君に贈ろう
愛しい人 愛しい人
どんな言葉並べても
君を讃えるには足りないから
今日は贈ろう
涙色の
花束を君に

2016年の4月から始まった、NHK連続テレビ小説「とと姉ちゃん」。
ここ数年、朝のテレビ小説は、とても面白くて楽しくて、視聴率もグングンあがっているそうである。
そうしたなか、始まった新しいドラマは、「どんなふうになるかな」と、とても注目されているようだ。
私も、「どんなふうになるかな」「ヒロインはどんな道を選んで、どんなふうに悩んで、どんなふうに成長していくのかな」と、一緒に観て、一緒に悩んで、一緒に笑っている。

今回のドラマは、お父さんを早くに亡くした三姉妹とお母さんとが、昭和の時代をたくましく生き抜いていくストーリーである。
ヒロイン・常子の出発点、原点となるのは、早くに亡くなった、父親との「約束」である。
常子は、一生かけて、父・竹蔵との約束を守る。
そして、妹たちと母を守って、強くたくましく明るく生きるのである。

主題歌となった「花束を君に」は、この物語の、原点を歌った歌のようである。
「ようである」と書いたのは、宇多田ヒカルさんのこの歌が、いろいろな意味にとれる歌だからである。

宇多田ヒカルさんは、15歳のときに、「Automatic」で、鮮烈にデビューした。
アメリカのR&B、リズム&ブルースに、日本語の歌詞を見事に乗せた歌は、私たちにとって、とても新鮮だった。
それで夢中になったのだが、いざカラオケに行ってみると、歌えない。
日本で産まれて、アメリカで育った宇多田さんの、宇多田さんにしか歌えない、アメリカとも日本ともつかない、ミックスされた歌は、私たちにとっては、とてもむずかしかった。

今回の、「花束を君に」も、歌ってみると、本当にむずかしい。
聴いているだけならば、耳に心地よく、素直に伸びていく歌なのに、いざ歌おうと思うと、半音高かったり、八分音符ひとつ早く入っていたりして、本当にむずかしい。
宇多田さんならではの、本当に才能が生きた歌だ、と思う。

そして、宇多田さんの歌詞には、「宇多田ワールド」「宇多田主義」ともいうべき…

NHK連続テレビ小説「とと姉ちゃん」第一週「常子、父と約束する」感想。

毎朝、楽しみに観ている、NHK朝の連続テレビ小説は、秋から春までの放送「あさが来た」を終えた。
最終回のラストシーンでは、菜の花畑で再会する、夫婦の姿が描かれた。
視聴率もずっと高く、国民的な人気を維持した「あさが来た」の、このラストシーンには、感激の声も多いという。
本当によいドラマだった。
私も、大変な冬の季節を迎えていたが、その寒さを乗り越えるのに、本当に心の支えになってくれたドラマだった。
ありがたいことだ、と思う。

そして、4月からは、新しい季節、新しい人生、新しいドラマが始まる。
「とと姉ちゃん」は、前評判も高い、期待できるドラマである。

「暮しの手帖」という、昭和の時代に一世を風靡した、女性雑誌の創刊をした女性・大橋鎭子さんがモデルとなっている。
私は、どんなドラマになるのかな、とインターネットを駆使して、「暮しの手帖」や、モデルとなった大橋女史のことや、名編集長と呼ばれた花森安治氏のことも、おおまかに調べてみた。
それから、NHKのホームページもいろいろ読んでみた。

あれこれと、見どころの多いドラマのようである。
今回のドラマは、安倍政権の影響を大きく受けているようである。
「あさが来た」のときも、登場人物である、主人公の姉「はつ」の生き方や考え方、暮らし方を通して、「質素につつましく生活する」ということを、国民に訴えたかったようである。
今回の、「とと姉ちゃん」でも、「つつましい暮らしを大切にする」ということを、国民、特に女性たちに訴えたかったのではないか、と思う。
それは、安倍政権が、戦争をしようと計画していたからだと思う。

その戦争も無事回避され、パナマ文書も見つかって、世界情勢は大きく変わろうとしている。
そうした時期に、今さらながら、「質素倹約つつましい暮らし」を、国民に訴える必要はないのかもしれない。
言論統制はもう解けたのである。

しかし、放送が始まって、実際に見てみると、「昭和の暮らし」の、丁寧さ、美しさが伝わってきて、これは「見どころ」といっても差し支えない気がしてきた。
戦後の高度経済成長期が終わって、平成の世の中は、「もっと昭和の時代を見直そう」という気風が広がっている。
若い女性の間にも、「ナチュラルで丁寧な暮らし」が、静かに、自然に支持を広げているように思われる。

朝食の前に、鏡に向かって髪を梳かす、とか、ちゃぶ台を丁寧に…