2015年3月28日土曜日

NHK「マッサン」第25週(最終週)「人生は冒険旅行」感想。

半年間、ずっと毎朝観てきた、朝の連続テレビ小説「マッサン」も、いよいよ最終週、最終回となった。
昨年の秋から、真冬、年末年始やお正月も越えて、ずっと「お友達」になってきた「マッサン」とも、お別れである。

最終週は、1949年から始まる。
政春は55歳である。
戦後の復興期に造った三級ウイスキーが好調で、次に造った一級ウイスキー「スーパードウカ」も、とても好調に売れている。
特に、スーパードウカは、マッサンが目指してきた、本場スコットランドにも比肩する、理想のウイスキーである。
日本で最初の本格的ウイスキー造りに、とうとう成功するのである。

そして、日本中の人々に愛されるウイスキーとなる。
「マッサン」の物語の初めには、まだまだ日本人には、ウイスキーは、なじみがなく、聞いたこともないお酒だった。
それが、政春の夢のとおり、日本にも本格的ウイスキーの時代が来るのである。

夢の実現を成し遂げた政春。
まさに、「男のサクセスストーリー」の完遂である。

広い工場。
赤い屋根とレンガ造りの敷地。
冬の北海道のロケもとても素敵である。
冬の日に、窓から雪が降る情景も、とても美しい。
ときどき、屋根から雪がおちるのがいい。

そして1971年。
政春は77歳になっている。
本場スコッチウイスキーとして認められた賞の授賞式と、回想のシーンで、完了している。

20代のときに、ウイスキー造りを学ぶために、スコットランドに渡ってから、50年の歳月が流れている。
50年といえば、人生そのものである。
一生をかけて成し遂げる夢としては、時間は少ないかもしれないし、長すぎるかもしれない。

しかし、たくさんの人々が、夢と冒険に向かって走り始めることはできても、「成し遂げる」「成功する」ということはむずかしい。
いくつもの山や谷を乗り越え、たくさんの障害を乗り越え、次々にやってくる試練に立ち向かい、ときにはくつろげる日もあり、ときには笑いもたくさんある、そうした人生を、最終的に成功に成し遂げるものは、いったいなんだろう?

私は、ドラマのテーマである「冒険心」「チャレンジ精神」とともに、もうひとつ、「忍耐強さ」があるように思った。

それは、チャレンジやときには「賭け」と呼べるほどの、豪胆さや、先行きの見えないものに突き進んでいく勇気とともに、同時に持っていなければならないものだ、と私は思う。

政春は、その忍耐強さを、ウイスキー造りそのものから、得たのではないか、と私は思う。
それは、ウイスキーの醸造は、年月のかかるものであり、有機的なものであり、自然環境や気候、植物が、関わるからである。

有機的なこれらの事象は、人間の考えや理想の、想定外のことをするようである。
手に負えない、自然と「時間」に向き合って、政春は、自分自身を鍛えてきたように思える。

最初の動機は、若者らしい情熱と夢だったかもしれない。
それは、衝動でもあったかもしれない。

しかし、ウイスキー造りには、醸造のために貯蔵しておく期間がどうしても必要であった。
この「最低5年間」で、政春はずいぶんと苦心したようである。
それは、投資家にしても、商売としても、同じであった。

気の遠くなるような作業と、先を見越した作業の積み重ね。
あとは、時間と湿度、霧や気象条件が、成功をあとおししてくれる。
これらのものを、味方につけられるかどうかは、ひとえに、人間の側の、忍耐力と柔軟性にかかっているように、私には思われる。

また、ドラマを見ていて、政春がそうであったが、ここが一番いいところ、というところで、思わぬ障害がはいるものである。
それは、家族であったり、時代背景であったりもする。

「やめる理由」は、いくらでもある。
失敗を正当化する理由も、いくらでもつけられる。
「私の成功を邪魔したものは、これこれこれらのものでした」と他人に吹聴して回ることだって、できると思う。

でも、そこをもう一歩、忍耐強く持ちこたえられるかどうか、自分自身に向き合えるかどうか、だと、私は思う。

政春も、理想のウイスキーにたどり着けるまで、葛藤と試練の連続だった。
そのときに、「最終目的をあきらめない」ために、妥協さえ必要になった。
柔軟性も身に着けた。

77歳の政春の身に着けた能力、持っている能力は、これから何かを始めても、どんなことでも成功できるほどの、能力ともいえるだろう。

だが、残念なことに、人生は一度きりしかない。
77歳の政春が、何かをこれから成功させられるとして、「足りないもの」といえば、寿命だろうか。

限られた人生、限りのある時間のなかで、成功を組み立てられるかどうか。
政春の生き方は、さまざまなことを、問いかけてくれる。
すでに、妻のエリーは、寿命を終えている。

実はようやく、ここで思うのである。
忍耐強さ、柔軟性、というのは、妻のエリーの力なのである。

政春が、自分で自分に都合をつけて、ウイスキー造りをやめようとしたときに、「あなたの夢はウイスキー造りでしょ」と励まし支えたのが、妻のエリーであった。

もしかしたら政春は、妻のエリーに「ウイスキー造りのことはもう言わないでくれ」と思ったこともあったかもしれない。

しかし、窮地のときに、本来の自分に立ち向かわせてくれて、忍耐と柔軟性を教えてくれたのは、エリーであった。

妻もひとりの生きた人間である。
特に女性というのは、自然に近い存在とも言えるかもしれない。
理屈ではどうにもならない、人間関係というもの、夫婦仲、家族というもの、こうした複雑で有機的な力が、成功の支えになったのだ、と私は思うのである。

考えてみれば、夫婦仲を長く続けることも、忍耐力のたまものである。
エリーの愛情深さこそが、その忍耐力の原動力である、と思えるのである。

夫の勇気と、妻の愛情、これらが有機的に育まれて、組み合わされて、そして、ひとりの男の、サクセスストーリーが、完遂するのである。

エリー。
政春。
そして「マッサン」。
半年間、本当にどうもありがとう。
勇気と愛を、たくさんたくさん、ありがとうございました!!

2015年3月24日火曜日

NHK「マッサン」第24週「一念岩をも通す」感想。

朝の連続テレビ小説「マッサン」も、いよいよクライマックスを迎えている。
政春たちは、戦争が終わって3年目を迎えている。
エリーは、政春がプレゼントしてくれた洋書を読んで、リラックスして暮らしている。
娘のエマは、英語を活かして、進駐軍の通訳や翻訳の仕事をしている。
政春は、というと、戦争中は海軍におろしていたウイスキーであるが、戦争後は、アメリカの進駐軍におろすことになった。
そして、占領下、復興後、という時宜のなかで、ウイスキー販売の自由化のときを迎えようとしている。

これは、政春にとって、チャンスのときであるという。
戦争中も、占領下にあっても、ウイスキー、アルコールの製造、販売は、厳しい規制のなかに置かれていたものと思われる。

しかし、自由化となれば、規制の枠を取り払って、政春の好きなウイスキーを造ることができる。
政春はこれを機に、これまで目指してきた一級ウイスキー造りに取り組む決意をする。

「ようやく」というところであろうか。

政春は50歳を迎えるころになっている。
戦争の時期は長かっただろうが、その分、ウイスキーは熟成することができて、原酒の樽も、たくさん貯蔵できた。

ウイスキーは、いくつかの原酒の樽を、ブレンドして造っていることは、視聴者にはすでに、おなじみの知識となっている。
これだけたくさんの原酒の樽があれば、いろいろな組み合わせでウイスキーを造ることができるだろう。
また、醸造年数が重なっているほどよい、ということなので、政春にとっては、長い年月をかけて、環境を整えたことになる。
これらの恵まれた環境を造ってきたのは、まぎれもなく政春自身の努力である。
仕事というものは、「時間をかける」ことが、とても大切な要素であるだろう。

一級ウイスキーを造ろうとしたそのとき、戦争に行っていた甥の悟が、シベリアから帰ってくる。
悟にウイスキーの仕事の説明をしながら、政春はなにげなく「こちらは今たくさん出回っている三級ウイスキーで、言ってみれば偽物だ」という。
しかし悟は怖い顔をしていう。
「酒に本物も偽物もあるのですか」
政春は驚く。

悟の、シベリア抑留体験を聞き、またシベリアから日本に帰国したときに、悟は三級ウイスキーを口にして「ようやく許された気持ちになった」という話もきく。

そのとき、政春は、気づくのである。
「誰がどんなふうに、自分の造ったウイスキーを飲んでくれるのか」
そして「ウイスキーを飲んだ人が、どんな気持ちになるのか」ということである。

戦後、「復興」は、大きなテーマであったようである。
国も街も人の心も、大きく荒廃してしまっていた。
政春はようやく、「今この時に」ウイスキーがどのような役割と使命を持っているのか、気づくのである。
これは、一種「ニーズに気づく」ということでもあるが、時宜、時代、人々の気持ちに気づいたということでもある。

そして政春は、たくさんの人々の「命の水」となる、安くておいしいウイスキーを造ろうと決心する。

若いころはあんなに「本物を造りたい」「偽物で妥協したくない」と言っていた政春が、なぜか、今回は三級ウイスキーを造ることを決心する。

この理由は、さきほど述べたように、時代、ニーズに気づいたから、時代、ニーズが変化したからだろう。
また、海軍や進駐軍に出していた時に、「実際にたくさんの人々に飲んでもらった」という体験も大きかったと思う。
どんな人々がどんなときに飲んでくれるのか。
体験が、仕事にはものを言う。

また、政春は、父のアドバイスも素直に聞くことができる。
そして、戦死した一馬の残した、品種改良した大麦で造った原酒にも助けられる。

ようやく50代になって、「独り善がり」を克服して、たくさんの人々に支えられていることに、気づいたのではないだろうか。

しかし、人というのは、年齢を重ねて、経験を重ねて、実力を備えるまでは、ある意味必死で、なかなか「ありがたみ」に気づいたり、感謝という言葉で、譲ったりはできないものなのだろう。

できあがった三級ウイスキーは、問屋さんを集めた試飲会で、高く評価される。
こんなうれしいシーンは、半年間「マッサン」を見てきて、初めてだったように思う。
「どうしてこんなに長くかかってしまったのだろう?」とも思う。
けれども、「男のサクセスストーリー」の「サクセス」は、やはり人生の最終章にくるものなのだ。
一生かけて尽力した、結果なのだ、と思う。

たくさんの歳月と山も谷も越えて、ここまでやってきたことを、私もひとつひとつ思い出した。

マッサン、成功おめでとう!


2015年3月21日土曜日

東西冷戦問題。

世界は、東と西に分かれている。
主義主張でいえば、共産主義国と資本主義国に分かれている。
これを、統一すべきなのかどうか。
意見が分かれるところである。

私は、このままでいい、と思う。

日本国内の政治も、与党と野党に分かれて二分されている。
アメリカ国内の政治も、民主党と共和党に分かれて、二分されている。
そして、それぞれが討論を交わし、その主導権はときおり、入れかわる。

これが、国内政治のベストな形ではないか、と思う。
もしも日本国内が、与党も野党もなくなり、討論がなくなれば、大政翼賛会と呼ばれたり、あるいは独裁国となってしまう。
アメリカにおいてもそうだろうと思う。

世界は、共産主義国と資本主義国の二手に分かれて、それぞれに、これからの将来のありかた、政治の在り方を、常に議論していくのが、一番よい形なのではないか、と私は思う。

そこに、ゆるやかな結びつきの、国際連合があって、国際協調ができるのが、よいのではないだろうか。
また、国連が、「ゆるやかな形」ではなく、「緊密な形」でもよいのかもしれない。
そのときにも、日本もアメリカもそうしているように、国民の選挙によって、民主的に「与党」を選ぶべきではないか、と思う。
決して、戦争という武力で、覇者を見つけようとしてはいけないと思う。

歴史を見渡してみれば、はるか昔、中国では、三国志の時代があった。
とても賢明な諸葛孔明は、世界は三分割されている状態が一番安定している、と考えたそうである。

話し合いであっても、ふたりより三人の意見のほうが、より討論がはずむ。
鼎談の「鼎」の字は、中国の、三本脚の道具に基づくそうである。
なるほど、「脚」は、三本のほうが落ち着くものである。

二者に分かれていれば、互いに相手を「やっつけよう」としてしまうかもしれない。
互いに、相手に競り勝とうとしてしまうかもしれない。
しかし、二者がそれぞれにちがいを理解しあい、認め合いながら、尊重して存続していく社会というのも、よいものであると思う。

視点を変えて考えてみれば、世界には、男性と女性がいる。
男性には男性なりの視点と考え方があり、女性には女性なりの、視点と考え方がある。
どちらが優れている、ということではないが、時には亭主関白になり、ときにはかかあ天下になって、お互いに支えながら、一家を運営していくものだ。

また、世界には、大きく分けて、西洋文明と東洋文明がある。
どちらも、どちらがより優れているか、ではなく、互いに尊重しあい、よいところを学び合って、支え合って世界を運営していくのが、一番よいのではないだろうか。

東西の「ちがい」は、必要なことなのではないか、と私は思う。
より複雑な社会を営んでいくために、それは、たとえば独裁という単純な形ではなく、という意味で、民主的で複雑な尊敬と認識を、広めていきたいものだ、と思う。


2015年3月20日金曜日

アメリカの問題。国際問題。

このところ、国際問題が世間を席巻している。
新聞やインターネットも、以前は国内の問題が重大テーマであったが、ここ半年か一年くらいで、国際問題が、大きく占めるようになった。
グローバル社会で、人々がより、国際問題に関心を持つようになったことが、一因であるかと思われる。

しかし、たとえばエボラ出血熱であるとか、イスラム国の問題は、実際にたくさんの国々が直面している問題であって、関心の有無が広がっただけとは限らない。
多くの人々が、実際に国際問題に近接するようになった、ということではないかと思う。

私自身も、国際問題をひとつひとつ考えてみて、その複雑さに驚くことがある。
たとえば、アメリカの国内問題をとっても、そうである。

人種問題がある。
日本国内にいれば、島国であり、一民族国家であるから、人種問題や民族問題は、それほど身近に感じることはない。
しかし、アメリカにあっては、これは身近にある大きな問題である。

また、環境問題、エコロジー問題に関しても、日本のそれと、国際的なものとは、まるでちがうところがある。

また、日本でも、移民問題が取りざたされるようになってきている。
これも、日本にいて、いまだ頭を悩ませたことのない問題である。

私はこうした、国際的な、グローバルな難問に、これからひとつひとつ、よく取り組んで考えていきたいと思う。
そして、私なりの見解を、こうしてブログに書き綴っていこうと思う。

テロ対策。

ずっと昔、「目には目を。歯には歯を」という法律があった。
ハムラビ法典である。
これは、原始的な復讐法として知られている。

アメリカとテロの戦いは、とても長引いている。
アメリカとテロ、というよりは、アメリカと中東の戦いである。
2001年のアメリカ同時多発テロ以降、アメリカは、中東に対して、容赦ない武力行使をしてきた。
そして、中東とアメリカの溝は深まるばかりである。
その前には、イラン・イラク戦争があった。
あれから、どれほどの道のりで、問題が解決してきたというのか。

アメリカは、国内世論を背負って、ただそのときの気が晴れればよい、というだけの復讐をしてきたのではないだろうか。

中東問題はとても長い歴史を持っている。
もともとは、ヨーロッパから見て「アジア」「東洋」という位置づけにある中東は、そのエキゾチックな雰囲気から、魅力もあった。
しかし、ヨーロッパもアメリカも、中東から搾取を続けたのである。
それは、近年の、石油に関する搾取に続いている。

中東の問題は、単なるテロ対策ではない。
長い歴史的問題の解決と、宗教的教義の解決、そして何よりも、貧困の解決が、必要なのである。
総合的な見地に立脚して、観ていかなければならない。
そして、中東イスラムに、しっかりとした、豊かな独立国が築けるように、世界中で支援しなければならない。

目の前のことに追われて、憎しみを募らせるだけでは、何の解決にもならないどころか、これから先、ますますこうした、激しいテロを生み出すだけなのである。

憲法改正は不可能。

今、日本は岐路に立っている。
4月からの、アメリカのイスラム国空爆に関して、日本から自衛隊を派遣するかどうか、来週には結論を出さなければならない。
その決定の期日が近づいている。

そのあとの日程と言うとどうだろうか。
日本は、なだれこむようにだんだんと、確実に、戦争へ向かうようである。
来年の夏の参院選のあとには、憲法改正のための国民投票が行われる、との見方もある。
この国民投票の結果はどうなるだろうか?
誰も予測できないのだろうか?

私は思う。
今の日本国民に、憲法9条の改正を求めるのは、不可能である。

アメリカやドイツ、フランス、中国のように、最初から法による規制がなく、当たり前のように軍隊を持っている国なら、そのまま続けることもできるだろう。

しかし、もともと、軍隊を持たない、国際間の紛争を武力で解決はしない、という憲法を持っているものを、覆して、武力を持つように説明することは、理論的に不可能である。

国際的には、日々ますます、人権意識の高まりがみられる。
さまざまな差別やハラスメントへの「目覚め」がある。
これは、人類の意識の向上である。

そういった時勢のなかで、紛争解決のために、他者の命を奪ってもいい、とする正当な理屈が、私には思い浮かばない。
特に、平和教育を受けてきて、第二次世界大戦や核爆弾の恐ろしさを、忘れない運動を続けてきた日本国民にとっては、絶対に不可能な話である。

集団的自衛権に関しては「自衛」の二文字で説明することもできた。
しかし私は、紛争の武力解決を正当化する理論を、どうしても持つことができない。


戦争には反対。

現在の安倍政権は、岐路に立ち向かっている。
国内の大改革と共に、国外、国際情勢に向けて、大きな一歩を踏み出そうか否か、という岐路に立っている。
国内の改革は、「うれしい」「のぞましい」「待っていた」と思う人たちも多いかもしれない。
しかし、戦争に関しては、「反対だ」という人が大勢ではないだろうか。

昨年暮れの衆議院選挙でも、自民党は、経済政策を打ち出して、国民の支持を得て、勝つことができた。
しかし、私たち国民は、「戦争に賛成」という意味で、自民党を選出したわけではない。

ごまかされてはいけないと思う。
数々の政策や法案は、国民に対してのご機嫌取りなのではないだろうか。
今や、自民党の女性議員まで、政権に賛成の意を表している。
女性として、命を守り育む身であるから、もともとは戦争には反対のはずである。

自衛隊の国外派遣は、名前こそちがっても、戦争であることに変わりはない。
そうしたごまかしに、めくらましをくらわされてしまってはいけないと思う。

安倍政権の「このあたりには賛成」「しかし、戦争には反対」と明確に表明しなければならない。


NHK「マッサン」第23週「待てば海路の日和あり」感想。

朝の連続テレビ小説「マッサン」。
主人公のエリーと政春も、戦争が日ましに深まってくる状況を迎えている。
年齢はふたりとも、50歳近い。
前の週で描かれた、政春の後継者である一馬が出征してから、二年が経っている。
北海道でも空襲が始まる。

私は北海道にいたので、戦争に関するいくつかの知識はあるが、確かに、日本の首都から遠い北海道では、空襲はそれほどなかったらしい。
しかし、出征も、食料不足も深刻であったようである。
東京や大阪では、大規模な空襲があったようだ。
また、この週では、広島に新型爆弾が落とされる。
原子爆弾である。

「マッサン」のドラマでは、新型爆弾についてはそれほど描かれていないが、当時は、北海道にいては、原子爆弾に関する情報や報道も、それほど詳しくはなかったのだろうと思われる。
しかし、政春の実家は広島であるから、心配するのも無理はない。

政春は、次代に引き継ぐものとして、ウイスキーの樽を避難させる。
また、社長として、社員の安全と、避難の対策を立てる。

戦争はいつ終わるのか。
私が、ある戦争体験者の高齢のかたに尋ねてみたところ、「戦争がいつ終わるのか考えたことがなかった」「戦争は終わらなくてずっと続くのだと思っていた」と言っていた。

朝の連続テレビ小説でも、他のドラマでもそうであるが、天皇陛下の玉音放送の場面が出てくる。
それは、まるである日突然のものであったようだ。

政春もエリーも、ウイスキー工場の社員たちも、一室に集まって、ラジオの前に座って、放送を聴くことになる。
ある日突然、戦争が終わるのである。

しかし、その直前に、一馬の戦死の一報が入っていた。
政春たちは、悲しみを乗り越え、前に進もうとする。

ここから、戦争からの復興が始まる。
私は、さまざまなテレビや小説で、戦争に関する表現や情報を見てきたけれども、今回の「マッサン」は、戦争直後の状況が、本当によく描かれているように思う。
なぜか「学んでおこう」という気持ちも、視聴者のひとりとして、強くなっている自分に気づいていた。

政春は、戦争中には日本の海軍に販売していたウイスキーを、今度は、アメリカの進駐軍におろすことになる。
戦争というのは不思議なものである。

政春は、結局のところ、戦争のおかげでウイスキーの製造を続けることができた、ということになるだろうか。
それでも、敗戦のあと、というのは、本当につらいものである。

そして、エリーの心の傷である。
国際結婚であり、戦争中には「敵国人」として生きなければならなかったエリーは、三年間も、工場の敷地内から一歩も外に出ることができなかった。
さらに、自宅に忍び込んできた、子どもの泥棒に「アメリカ!」と呼ばれ、包丁をつきつけられてしまう。

政春は、まず工場を立て直し、社員を守り、娘を守り、そのあとにようやく、妻のエリーの心の傷に気が付く。
戦争終了の放送のあとには、倒れて丸一日床についたエリーであったが、その後、自由の身となっても、戦争中の恐怖が身に染みてしまい、外に出られないのである。

このとき、クマさんが、政春に「エリーの戦争を終わらせてやれ」と忠告する。
私は、この言葉が心に染みた。

実際の戦争が終わっても、心のなかでは、戦争は続くのである。
それは、日本の戦争体験者の誰もが言うことである。
いや、口にすることもできない、心の傷となって、今も、心のなかの戦争は続いているのかもしれない。

政春は、エリーの旧友・キャサリンが余市の近くの小樽に来ているので、エリーを伴って、小樽に行くことにする。
このとき、腕を貸してあげる夫としての政春の姿は、本当に頼もしい。

考えてみれば、キャサリンも「エリーはよくがんばったな。どんなときでも笑顔でいたんでしょう」という。
気丈なエリーだけに、そんな本当のことを言われては、心もときほぐされずにはいられない。

たくさんの人たちの手助けを得て、エリーは心に平和を取り戻す。

政春の「男のサクセスストーリー」は、後継者を戦争で亡くし、社員を守り、家族を守り、そして、妻であるエリーの心の傷をいやして、男の役割を果たしていくのである。
「待てば海路の日和あり」戦争という時代に巻き込まれた人々の、本当の気持ちなのだろう。
きっと待っていれば、いつか戦争は終わる。
忍耐と努力の、戦争の時代であった。
エリー、よくがんばったね。


2015年3月18日水曜日

NHK「マッサン」第22週「親思う心にまさる親心」感想。

朝の連続テレビ小説「マッサン」も、佳境にはいっている。

演劇というのは、客席と一緒になって、ひとつの物語を紡ぐものである。
「マッサン」も、客席つまり、視聴者と一緒に、物語をつないでいるように思える。
それは、時代の呼吸、民意の呼吸ともいえるかもしれない。

今週「親思う心にまさる親心」は、ニシン番屋のクマさんの長男・一馬の出征に、すべてが注ぎ込まれていた。
主人公である、政春やエリーの出番が、ほとんどないかのようであった。
一馬の出征に関して、数日前から「三日前」「前日夜」と表示され、周囲の人々の心の動きが、丁寧に描写される。

NHKとしては、戦争に賛成なのだろうか、反対なのだろうか?と、首をひねる場面もある。
というのは、ストーリーとしても心情としてもそうだろうが、上司である政春はもちろん、恋人のエマも、エリーも、親も、姉も、「生きて帰ってきてほしい」という願いを強く持っていて、ドラマにそれが表される。

しかし、今週のドラマのタイトルは「親思う心にまさる親心」で、これは、現在の安倍総理大臣の出身地である、山口県の吉田松陰の名言である。

また、ニシン番屋のクマさんは、会津の出身で、戊辰戦争で敗北し、「長州」という言葉も飛び出す。
そして「戦争というのは、国と国とのケンカだ。ケンカは勝ってこそだ」とも発言する。
また「勝てば官軍」とも発言する。
クマさんの本心はどこにあったのか。
それは、親の自分が「生きて帰ってこい」と言ったら、息子の決心がにぶってしまうことを心配していて、励ましていたのであった。
本当は、生きて帰ってきてほしいのである。

ヒロインのエリーは、クマさんの親心を察して、「蛍の光」を歌って送り出すところを、スコットランド語の原曲「オールドラングザイン」を歌う。
「蛍の光」は別れの歌であるが、「オールドラングザイン」は、再会を祝う歌である。
歌詞を翻訳する際に、こうした微妙なちがいが現れたのだろうと思う。

英語の歌を歌ってはいけない時勢のなかで、エリーのオルガンと、恋人・エマの歌詞カードと一緒に、政春のウイスキー会社の社員と家族全員が、「オールドラングザイン」を歌う。

週のなかばの放送回では、一馬の幼いころのビデオも上映されて、現代にもし、「徴兵」「出征」ということが起こったら、こうしたこともあるのだろう、と思わされた。
実に見事な演出である、と思った。

私自身は、今の日本と世界情勢が、どこに向かおうとしているのか、よくわからない。
自分自身が、どちらに賛成か、どちらにつくか、ということも、なかなか決定できない。
集団的自衛権も、自衛隊の後方支援も、戦争かもしれないし、そうとは呼べないかもしれない。

けれども私はやっぱり、「親思う心にまさる親心」のタイトルは、NHKとドラマ制作者が、日本の為政者に、なんらかのメッセージを送ったものであるように、私には思われる。

私も、集団的自衛権に関しては、肯定したひとりであるが、やはり、こうして親子の心や、命、ということを考えると、「世界中の親子が、幸せに暮らしていける社会を」と思う。

今の世界情勢は、グローバルガバナンスを目指している、ともいえるかもしれない。
最終的に平和社会を築けるのなら、その途中の道筋に戦争と命の破壊が、あってもよいものなのだろうか。
私は今も、それを真剣に悩んでいる。

未だ勉強不足で未熟であることを、痛感させられる。
もちろん、そうした問題提起を含んだテレビドラマなのだろう。
見事に、問題提起させられた視聴者のひとりである。

ただ私は、目の前にテロリストがいたとして、どのように対処すればよいかわからないとしたら、「わかりませんでした」と未熟なままで、いいと思う。
未熟なまま、神様に頭を垂れて、たとえ負けても、平和を貫きたい。
不戦を、非武装を、貫きたい、と思う。

世界中の人が、親を持っている。
私も、心のなかで「お母さん」「お父さん」と呼びかけてみた。

どんな高邁な理想を掲げても、やはり尊い一つの命を、犠牲にするという手段は、私の心のなかで、成立しなかった。

「親思う心にまさる親心」
私は、この美しい春に、本当の平和を問題提起させてくれた、「マッサン」のドラマに、感謝した。


2015年3月11日水曜日

NHK「マッサン」第21週「物言えば唇寒し秋の風」感想。

朝の連続テレビ小説「マッサン」も、終盤ラストスパートに近づいている。
視聴者である私たちのほうにも、少しずつ、春の気配が近づいてくるころである。
私はいつも、朝ドラを見ていて、季節を感じる。
春の卒業・新入学のシーズンである。

ドラマのほうでも、春らしい風景が起こる。
政春とエリーの、養女・エマの、初恋である。
時代背景は、第二次世界大戦中である。
戦争のさなかにも、若い人たちは出会い、悩み、恋をする。
むしろ、時代が厳しいからこそ、寄り添おうとするのだろうか。

若い二人の恋心と、そこに錯綜する親心、というところである。

政春の「男のサクセスストーリー」としては、この、一人娘の初恋に、政春自身の仕事上の大きな転機を含むことになる。
それは、後継者の育成である。

ウイスキーをブレンドする、ブレンダーという仕事は、一朝一夕に身に付くものではない、と俊兄からアドバイスされる。
「そろそろ、跡継ぎを考えては」ということである。

ウイスキー造りは、樽を何年も、時には何十年も寝かせて、未来に向かっていくものである。
政春自身が、超一流のブレンダーで、工場のウイスキーのブレンドはすべて自分で行っているのだが、その跡継ぎを育てなくては、せっかくのウイスキーの未来も育たない。

私は思う、政春も跡継ぎを考える年齢になった、ということは、老いることや、あるいは寿命ということを、視野にいれた、ということなのだろう。

自分自身が、必死で身に着けてきた、ブレンドの技を、教える若手を、必要としはじめたのである。

政春は、広島の実家の姉の息子が、北海道に勉強に来たがっていることを知り、ここに目星をつける。
エリーに相談すると「もっと身近にいるでしょ」という。
それが、ニシン番屋のクマさんの息子・一馬である。

一馬なら、政春としては長年の付き合いで、気心も気性も知れている。
真面目に働く青年である。
長く一緒にウイスキーの仕事もしてきた。
心のなかで「よし、一馬か」と思っているところに、娘・エマの初恋の相手が、一馬であることを知る。

本来なら、いや、一般的に言えば、一人娘の初恋に猛反対するのが、父親というものではないだろうか。
そこが、「マッサン」のドラマでは、父はほのかに賛成、母のエリーが猛反対、という図式なのである。
とても面白い。

政春の頭の中には、すでに跡継ぎ一馬の想定があるので、娘・エマとゆくゆくは結婚させてもいいし…という計算があるようだ。
また、父親として、会社の部下なら、「心配ない」ということもあるだろうと思う。

しかし、母親のエリーは、この話に激怒する。
母親の気持ちもわかる。
「女性として、もっと広い世界を見てからでも遅くはない」
(女性として、もっとたくさんの男性を見てからでも遅くはない)
という言い分である。
また、エリー自身の体験も、エマに語って聞かせるところはある。

しかし、エリーは、政春の、跡継ぎ問題に絡んでいることを見破って、一種・政略結婚的なエマの恋に、反対したのではないだろうか。

娘の恋、結婚、というのは、父親にとって、頭の痛い問題である。
娘の結婚相手を「選んであげる」「見極めてあげる」のも、男親の仕事だろう。

また、将来の仕事の後継ぎというのも、重要な課題である。

私が思うには、人は生きてきたからには、自分の体験を受け継ぐ若手を、何名かたくさん、育てておいたほうが、よいのではないだろうか。
それは、若手のため、というよりは、自分自身の人生のためでもあるかもしれない。

跡継ぎの育成は、長く遠い将来を見越した、大切な仕事である。


NHK「マッサン」第20週「夏は日向を行け冬は日陰を行け」感想。

朝の連続テレビ小説「マッサン」。
主人公の政春とエリーは、四十代の後半を迎えている。
長年の夢であった、日本での本格的ウイスキー造りを始め、販売も開始した。
養女のエマも、すくすくと育っている。

私は、こうして「マッサン」の感想を考えたり書いたりしながら、ひとつのテーマを追いかけている。
それは、私自身がとても知りたいと願うテーマだからでもある。
「男のサクセスストーリー」である。

政春は、いよいよ事業が軌道に乗る、というときに、次なる試練にぶつかる。
ぶつかる、というよりは、呑み込まれる、という言い方のほうがぴったりとくるだろうか。
時代の波に呑まれるのである。

戦争が始まる。
時代の大きな急激な変化と共に、仕事にも、あらたな試練が与えられる。
サクセスのためには、この時代の波に、立ち向かい、対処し、ときには適応しなければならない。
大きな判断もしなければならない。

政春のウイスキー工場は、海軍指定工場となったために、軍に供出するためのウイスキー造りを命じられる。
多くの会社が、戦争のために、閉店を余儀なくされたかもしれない。
しかし、政春の場合は、軍需景気となった。
工場は人手がもっとたくさん必要となり、人員を増やすために、採用試験を行う。

ここで採用されたのが、ある母娘である。
この母は、夫を戦争に送り出し、その夫は戦争で亡くなったという状況である。
そして、エリーのもとで、家政婦として雇われることになったときに、複雑な心境に陥り、エリーを見張る特高に、告げ口をしてしまうことになる。

政春は、家庭も家族も守らなければならない。
国際結婚である。
結婚当初は、家族に反対されることはあっても、街中で批難を浴びたり、警察に目をつけられることはなかった。
しかし、時代が変化したので、国際結婚が、問題となってしまうのである。

友達のキャサリンは、イギリス行の船に乗り、母国スコットランドに「いったん」帰るようにすすめる。
このとき、「いったん」かりそめの離婚をしなければならない。

政春は、「一度別れたら、二度と会えるかどうかわからない」と言って、イギリス行の決断を遅らせている。
迷って、悩んでいるのだ。
周囲の人たちからは、先に述べたように、皆がエリーと政春の無事を思って、イギリス行の船に乗るようにとのアドバイスもあるし、早く決断したほうがよい、と忠告もされる。
政春は悩みぬいた末「エリーを守り切れる自信がない」と言って、離婚届に判を押そうとする。
これもまた、時代の波に適応した対処である。

男として、判断力、決断力が必要となってくる。

戦況がどうなのか、いつまで続くのか、先行きも読めない状況のなかで、社長として、一家の大黒柱として、判断をしなければならない。
このときの判断が、会社と家族の将来の、明暗を分けることになるのだ。
命さえもかかっている。

結局のところ、エリーは自分自身の意思で、日本に残ることにした。
特高に連行されそうになったときも、「私は亀山エリーです」としっかりとアイデンティティを名乗っている。
また、政春も、身体をはって、エリーをかばう。

まさに、命をはって、身体をはって、判断し行動する。
これが、時代の波に呑みこまれようとする、男の道である。

時代の波だけではない、と私は思うようになった。
ひとつの夢、ひとつの会社、ひとつの家族を守り、生きていくためには、デフレやインフレ、政策や、最近ではTPPというのもある。
歴史も経済も、そして人の心も、すべての知識を手に入れて、そして、勇気を持って判断する。
それが、男のサクセスストーリーの、大きな醍醐味である。