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お料理エッセー・84 玉子丼

玉子丼 レシピ



まず、玉子ふたつを、ボウルか、かわいい丼に、割って入れて、それから、かきまぜておく。



次に、玉ねぎを半分に切って、スライスする。



片手鍋、これは、小さめのものが、使いやすい。

内側が、フッ素コートになっていると、焦げ付きにくいので、使いやすい。

Amazonで、500円くらいで販売されている。



この鍋に、水を、300㏄、入れる。

ワンカップ焼酎が200㏄なので、これを参考にするとよいかも。



水のなかに、スライスした玉ねぎを入れる。

それから火をつける。



沸騰したら、「ほんだし」を、ふりいれる。

小さじ一杯分。



味の素を毛嫌いする人がいるが、味の素は、昆布の表の白い粉である。

毒でもなんでもない。

この味の素を使ったのが、「ほんだし」である。



この「ほんだし」は、お味噌汁にも使えて、とてもおいしくて、簡単である。



スライスした玉ねぎが、煮えてきたら、味付けをする。



「さしすせそ」

さ → 砂糖、みりん、甘い調味料

し → 塩

す → 酢

せ → 醤油(せうゆ)

そ → 味噌(みそのそ)



この順番でいれると、味がよくしみこむ。



それなので、まず、砂糖を、小さじにほんの少し、入れる。

かきまぜる。

次に、みりんを、大さじ一杯、入れる。

かきまぜる。



少ししてから、塩を、小さじほんの少し、入れて、かきまぜる。



次に、醤油を、大さじ一杯、入れてかきまぜる。



ここまでで、味付けができあがり。



ここから、玉子でとじる。



割ってかきまぜておいた玉子を、鍋の上から、箸を使って、少しずつ、回して、流し込む。



全部、流し込んだら、少し強火にして、玉子に火を通す。



器に盛って、できあがり。



つゆだくがおいしい。



炊き立てのごはんにかけると、もっとおいしい。



玉ねぎの代わりに、ニラ、長ねぎ、でも作れる。



鶏肉を入れると、親子丼になる。



豚肉を入れると、他人丼になる。



とんかつでとじると、カツ丼になる。

https://www.amazon.co.jp/パール金属-18cm-フッ素加工-ワコートレーディング-H-711/dp/B002M77HZK/ref=sr_1_8?__mk_ja_JP=%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%83%8A&keywords=%E7%89%87%E6%89%8B%E9%8D%8B&qid=157394953…

サマーソニック2019を楽しもう‼

8月14日


こんにちは! 台風対策は、万全ですか…?
こんな日は、おうちで、Spotifyを楽しみたいですね!
サマソニは、台風一過、となるでしょうか。
楽しみですね!!!!!
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190813-00000002-withnews-ent…


サマソニでは、Spotifyの、特別ステージがあるようですよ!
You Tubeで、ライブ配信もされるようです。
しかし、まだチケット、間に合うみたいですよ! https://twitter.com/SpotifyJP/status/1157124107579695104…


チケット購入のホームページは、ここから。
http://summersonic.com/2019/tickets/


ローソンチケットは、こちらのページから。
発売中です。
8月16日金曜日の深夜ですよ!
チケット発売締め切りは、8月15日深夜23時59分まで。
https://l-tike.com/concert/mevent/?mid=198053…

防災アプリ・リンク集

短編小説・初戀

短編小説・初戀

そのころ、月の夢をよくみたと思う。

夜空に浮かぶ、大きな丸い満月で、
夢の中でわたしは、その月を追いかけていた。

アパートの角を曲がって、
一軒一軒ドアベルを鳴らして、
尋ねて探していくけれど、
どうしてもその人に追いつけない。

そんな夢ばかり見ていた。


初夏の晴れて乾いた日に、
朝刊を読んでいたときだった、庭先で。

彼は音もなくわたしの心の風景に立っていた。

とにかくまず、嫌いになった。

とにかく彼は、強かった。

仕事も、勢いも、誰からも好かれて、
身のこなしも、言動も、圧倒的だった。

圧迫された。

明日も彼にまた会わなければならないのだろうか。

突然の嵐は、熱風とからから高笑いする彼の勇ましい声だった。

TOKYO2020のチケット販売が始まります!

こんにちは。

お元気ですか…?

お久しぶりです。

朝倉聡子です。



4月となり、連休も近く、あわただしい毎日が続いていますね。



悩みも問題もあり、毎日を送るのに精いっぱいな日々ですが、

うれしい話題も、たくさんありますね。



そのひとつが、来年の、東京オリンピックです。

あと500日あまりとなりました。



まだ500日、というところですが、

「少し、いやかなり早い」時期に、

観戦チケットが販売されます。



きょう、4月19日付の各紙に、青色のカラーの全面広告が出されています。

「いよいよ。

東京2020オリンピック

観戦チケット

抽選申込

開始。」



こんなかんじです。



抽選申込の開始日が、5月9日。

チケット申込締切日が、5月28日。

抽選結果発表が、6月20日。

購入手続締切が、7月2日です。



オリンピックの競技そのものは、来年の夏なので、

一年以上前のチケット販売となりますが、

実は、平昌オリンピックのときも、

チケット販売の締切は、一年以上前だったのです。



それで、「あ、来年の2月にはオリンピックだな。

行ってみようかな」

と思った、前年の秋には、もうチケットは、手に入らなかったのです。





リオオリンピックのときも、

競技のテレビ中継を見ていて、観戦席が「ガラガラ」だったのが、

記憶に残っていますよね。



「どうしてあんなに空いているのに、チケットが手に入らないのだろう?」

と、不思議に思いましたよね。



競技をする選手にとっても、「ガラガラ」の競技場で競技するのは、

あまり面白くないのではないか、と思います。



それに、東京オリンピックは、なんとしても、大成功させたいです。

観戦席を、満員にしてみたい、と思うのです。



それで、来年の予定までなかなか決まらないきょうこのごろですが、

抽選に申し込んでみませんか…?



まずは、特設サイトにIDを登録するところから、始めるようです。

競技の日程と場所の一覧表は、

4月17日付の各新聞に、載っているようです。



わたしはもう、特設サイトに、IDの登録をしました。



オリンピック期間中に、都内のあちこちで提示できる「PASS」も、

作ることができます。



そして、オリンピックが始まるまで、いろいろな催し物のメールも、

届くようです。



今から、とても、楽しみですね!



TOKYO2020、ぜひ、みんなで、成功させましょう!







TOKYO2020 HOM…

マスカレードホテル

olympic

新井浩文さんの件。

こんにちは。お元気ですか…? 晴れて暖かくなりました。今年は暖冬でしょうか。すごしやすいですね!!!
一緒にがんばった仲間で集まれるのは、ほんとうにいいことですね!!! https://twitter.com/asadora_bk_nhk/status/1091474729955803136…


ご心配をおかけしましたが、主人も私も、おかげさまで、とても元気です!!!(^^)/
明日は節分、あさっては、もう立春です。あした3日が、恵方巻の日ですね。今年の恵方は東北東だそうです。残さず食べることができるように、たくさんいただきましょう(^^)/


ところで、昨日、気になるニュースが出されました。みなさま、もうご存知でしょう! 素晴らしい俳優、新井浩文さんの件です。 →https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190201-00000248-sph-ent…
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190202-00000077-spnannex-ent




男性のみなさんはもう、こうした事情はわかっていると思いますが、これって、果たして本当に、「強制」「強要」なんでしょうかねぇ…???


男性とふたりきりの状況になったら、女性からは「何をされてもOK」のサインです。ましてそこが、男性の自宅なら、「OKです」という意味でしょう!!!


女性からの曖昧な沈黙は「OK」のサインです。


まして、商売の女性なら、それを仕事にして賃金をもらっているわけですから、これは男性からの「強制」「強要」には、あたりません。


女性のみなさんは、自分が出している「サイン」に、気づくことが大切だと、私は思います。


短いスカートや、胸の開いた服は、「触ってもOK」のサインです。


新井浩文さんは、メッセージ性の強い作品で、光彩を放つ、優秀な俳優さんです。男性のみなさんも、本音の声をあげてくださいね。#me tooの運動は、裁判もなく社会的制裁を行う、女性からの暴力です。耐える必要はないと思います。


じゃあね。主人と私は、いましばらく休養します。あたたかく見守ってくださって、本当にありがとうございます。すべて、大丈夫です。これから日差しもだんだんと強くなってきますね。春よ、来い。じゃまたね(^_-)-☆

「人生がときめく片づけの魔法」を読んで。 2011年7月5日

「人生がときめく片づけの魔法」を読んで。
三日間で、一気にというより、味わいながらじっくり読んだ本でした。
筆者の近藤麻理恵さんも、私と同じく『「捨てる!」技術』(辰巳渚著・宝島新書)に衝撃を受けた人のひとりで、あの「片づけ法」を実践したかたでありました。
私自身も、「捨てる」の技術では目からうろこが落ちたというか、片づけに開眼したところがあり、以来、自分なりの「捨てる」基準や、収納法を、割合に身近に体験していた人間だということがわかりました。
そして、人々の暮らしが豊かになり、「モノ不足」に悩まされたりしない現代社会において、ますます「モノ」と自分、「モノ」と生き方が、追究され思索され、ときには哲学される時代になった、とはっきり認識しました。
近藤さんの、「モノ哲学」「モノ感性」には、本当に脱帽します。
そして、実用的なものを残すこと(捨てるものを選択するというより、残すものを選択して整理整頓を実践していく)のではなく、「感性にまかせて、ときめくものを残す」という点で、この本は他の類書とはちがう個性を放っているように思いました。
私自身を振り返ってみれば、近藤さんに伝えたいくらいのうれしさですが、「捨てる技術」を実践して、空いたスペースに、「大好きなものを集める引き出し」を作っていました。
それは、特別に実用的なものでもないし、今すぐ使うものでもないのですが、気に入って買って、もったいないからつかわない、小花模様のがまぐち、とか、屋台で販売されていたガラスのおはじき、とか、大事に使っていたけれど機種変更でお役御免になった思い出の携帯電話などが入っています。
そして、その「大好き引き出し」をときどき眺めては、ときめいています。
先日、買い物に行って、そのときは髪飾りを選んでいたのですが、
「人は案外、ときめくものを残す以前に、ときめくものを購入していないのではないか?」という思いを持ちました。
私が一目でときめいたのは、赤いギンガムチェックの髪飾りでしたが、
それを買おうかどうか迷ったときに、隣に置いてある、ベージュの飾りを手に取って「こちらのほうが、着る服に合わせて応用が効くかしら?」つまり「無難かしら?」と考えてしまったのです。
人は案外、買い物をする段階において、「モノ」と対峙していて、ときめきや感性でモノを選んではいないのかもしれないです。
また、近藤さんがおそらくは生まれついて都会の…

「捨て・捨て」ブームに思う・その2・建設 2011年6月13日

「捨て・捨て」ブームに思う・その2・建設


前回、「捨てる」という行為を中心に書いた。次の段階を考えたい。


私自身は、家や部屋から不要物を排出した際に、
それらをどういった方法で処分するか、という点については、
ここでは論じていない。
その点をご了承いただきたいと思う。
その問題については、また別の機会に言及したい。


「捨てる」という行為には、目的がある。
家、部屋というのはもともと、住人が、
衣食住の生活を行う基盤の場所である。
その場所を整え直すために、
まず、「捨てる」という行為を行う。
それは、ひとつの「リセット」と呼べるかもしれない。


人間は生きていると、定期的に、「節目」に遭遇する。
それは、小さな子どもにとっては、
「幼稚園の入園」かもしれない。
乳幼児期に必要だった哺乳瓶とベビーベッドは手放して、
幼稚園バッグと、新しい靴を用意する。


彼らの居心地のよい部屋には、
幼稚園バッグと、新しい靴とが並べてあるにちがいない。
居心地のよくない園児の部屋にはまだ、哺乳瓶がころがっているかもしれない…。


「捨てる」という行為のあとには、
大切なもの、「今の自分に必要な暮らしの品々」を集めて、
使いやすく並べて、部屋を作り直すという、「建設」の行為が行われる。


scrap & build 、わたしの好きな言葉である。
いつも「今の自分」の居心地のいい、家づくり、部屋づくりを心掛けたい。
人生の節目には、部屋を建設することが、必要である。

「捨て・捨て」ブームに思う。その1  2011年6月11日

「捨て・捨て」ブームに思う。


物を捨てることが、ひとつのブームになっている。これについて考えたい。


物を捨てるための、手法やアドバイスを書いた本が、
何種類も出されて、評判になっている。
実際に実行する人もたくさんいるようだ。


「片づける」
「収納する」
「整理する」
のではない。
「捨てる」のである。


それほど、現代の日本人は、物にあふれているのか。
物が多すぎて困っているのか。
きっと本当に困っているのだ。
そして、何をどう捨てればいいかわからない。
判断に困っている。


考えてみれば、わたしたちの親の世代、
そのまた親の世代は、
戦後の高度成長期を生きてきた。


物がたくさん発明され、作られ、売られ、買われてきた時代である。
歴史を振り返ってみて、これほど短期間に、
次々に新しいものが発売された時期もないのではないかと思える。


飽食の時代になり、栄養価という価値が模索され始めた。
「モノ」に関しても、ようやく飽和状態になり、
持つ「モノ」に関してその質や感情の価値を、
模索されるようになったように思う。


「捨てる」ことは、
なにか大切なものを選んで「残す」ことでもある。


さあ、あなたは何を手の中に残しますか?
それぞれが、問いかけられている時代なのかもしれない。