マッサン、ヘッドハンティングに遭う。
今週も、「マッサン」には、朝からたくさん笑顔をもらった。
とても楽しい一週間だった。
とはいっても、政春本人にとっては、仕事上の一大事件が起こる。
出始めていたワインの瓶が割れる、という事件が起こるのである。
ワインの瓶が割れるのは、たとえばコーラの瓶を振ったときに、炭酸が膨張してバンとなるのと、理屈は同じである。
ワインのなかで発酵が起こって、夏の暑さで、炭酸ガスが膨張したのだと思われる。
当時としては、瓶の製造も始まったばかりである。
政春は、この原因を突き止め、自分が勤務する住吉酒造で作ったワインは、残留発行物がないことを立証する。
つまり、住吉酒造のワインは、爆発はしていないのである。
しかし、商売の世界は厳しいもので、どこの会社のものであれ、ワインの消費は低迷してしまう。
イメージが悪くなってしまったのだ。
それで、住吉酒造は、経営難に陥る。
たくさんのワインの箱が、返品されてくるシーンは、物悲しいものだ。
経営難で取る手段はいろいろあるが、女性たちにとっては、住吉酒造の社長の一人娘が、銀行関連にお嫁に行って、たくさんの融資を受けることである。
社長は、金策に走り回っている。
政春は、自社のワインの安全性の立証を実験で証明して、取引先の鴨居商店の鴨居社長と、袢纏を着て、頭を下げて走り回る。
夫がこうした状況にあるときの、家で待っている主婦であるエリー。
夫が帰宅したときの表情もさまざまであるが、家で待っているエリーとの会話の「合わないようで合っている」は、まさに今週のテーマ「破れ鍋に綴じ蓋」である。
破れているのは、政春の仕事であろうか、破天荒な鴨居社長であろうか。
綴じているのは、エリーの家事専念であろうか、優子の日本女性の生き方であろうか。
こうした状況のなかで、政春は、サントリーの鴨居社長の「やりかた」に魅せられていくようだ。
確かに、カモキンさんは、奇想天外な、いろいろ面白いことをしている。
それに、何よりもボスとして、魅力的である。
あんなボスのもとで働いてみたい、と仕事に情熱を燃やす男なら、誰もが熱望するのではないだろうか。
しかも状況として、今いる住吉酒造は、経営難である。
鴨居商店なら羽振りがいい。
そうしたタイミングでの、ヘッドハンティング、つまり、「うちで働いてみないか」の声掛けであった。
鴨居さんは、政春の苦境を知っていて、手助けを申し出たのだろうか、それとも、いい人材をまさにハンティングしようと隙を見つけたのだろうか?
男が仕事をしていれば、あるいは「デキル」男であるならば、こうした瞬間は訪れるものではないだろうか。
それは、実力を認められたということであり、最大のほめ言葉でもある。
政春は悩む。
今週では、まだ結論は出ていないようである。
というのも、さんざん悩んだ挙句に、やはり義理人情を取ろうとしたときに、妻のエリーに「もっと私に相談して」「鴨居さんと仕事をしているときに、あんなに楽しそうだったでしょう」と言われる。
ゴンドラの唄も思わせぶりである。
「命短し恋せよ乙女」「朱き唇あせぬ間に」である。
生きている時間は短い。
日本初のウイスキー造りのためには、時間を惜しんで、チャンスをものにすべきではないのか?
難しい問題だ。
こうしたときに、女性なら「義理人情より、一家の生計を考えるべき」とか「別にいいじゃないの」と夫にアドバイスしてしまいそうである。
しかし、こうした「甘い誘い」に乗ってしまうと、あとあと一生の信頼を失いそうである。
しかし、信頼を大事にしていたら、あっと言う間に、住吉酒造は、だめになってしまうかもしれない。
チャンスといえばチャンス、選択肢がまっぷたつに分かれているときなのである。
自分のしたいことと魅力的な上司、会社の経営、会社のため、ということ…。
男は悩む。
悩んで成長する政春の姿は見ごたえがある。
そしてもうひとつ思うのが、政春は職人気質であり、ウイスキーを造るのは、実験・研究であるのだが、ここで、「採算」という問題が出るところである。
鴨居さんから刺激を受けて得たのは、「商売にならなきゃどうにもならない」「売れなければどうにもならない」ということである。
絵描きや物書きもそうであるが、自分のしたいことを追求していくことと、それが商売になること、このはざまで、もっとも苦しむものである。
こうした葛藤をどう乗り越えるか、これからの「マッサン」の見どころである。