スキップしてメイン コンテンツに移動

ほかの記事も、読んでみてね!

右上の三本線を、クリックしてみてください。
ラベル(カテゴリー)がでてきます。
これまでのブログ記事を、見ることができます。
よろしくお願いします。

道徳教育の教科格上げについて。

先日、文部科学省の中央教育審議会で、小中学校の「道徳」の科目の、教科格上げが答申された。
答申、ということなので、まだ法案として提出もされていないし、可決されてもいないようだ。
決まっていないことに賛成も反対もないものだが、文部科学省で、子どもたちの教育について、検討が始まった項目ということで、注目したいものだと思う。
意見があるなら、今からでも、パブリックコメントなど自由に参加できる範囲にあると思う。

「道徳」は、学校で習った、道徳の時間というのは確かにあった、と記憶に残る人も多いと思う。
私もその一人である。
しかし今回の「教科に格上げ」というのはどういうことか。
これまでは、国語、算数、理科、社会、というようなレベルで教えていたものではなく、これからは、同じレベルで力を入れて教える、という意味かと思う。
また、「道徳」に成績表はなかったものが、これからは成績をつける、という意味かと思う。
つまりは、学校でもっと力を入れて教育したい、という意味ではないかと思う。

日本社会のいわゆる、倫理道徳の「乱れ」というのは、とても問題になってきている。
学校ではいじめが起こり、社会では、目を覆いたくなるような事件や事故が起こっている。
日常生活でも、ちょっとした道路でも電車のなかでも、道徳とまではいかないとしても、礼儀作法、エチケットの混乱ははなはだしいように思う。

割合に小さいところでは、道路への煙草がらのポイ捨て、割合に大きいところでは、親孝行や犯罪防止、こういったところで、義務教育でなんとか教えられないか、という要望は大きいのではないかと思う。

また、道徳教育というと、とても範囲が広くて、人としてのあるべき姿とか、性格や性質の教育、という意味も含まれるように思う。
つまり、学科の勉強を知識として覚えるだけではなく、人として成長する、大人の人格へと育てる、という意味もありそうだ。
それは、「詰め込み」「ゆとり」等々と、知識に偏った教育から、なんらかの脱皮をはかったもの、と思われる。

こうした意味で、とても幅の広い目的があるように思う。
ただ、目的がはっきりしているので、これに関してのアプローチ方法を模索している段階ではないだろうか。

次に、道徳を、学校教育の教科として格上げすることに関しての、問題点であるが、これは、どんな教科書を使うのか、誰が教科書を執筆・編集するのか、というテーマがある。
もうひとつは、成績をつけるにあたって、たとえば極端な話であるが、「道徳」が、5段階評価の1がついた場合には、その生徒の人格はどう評価認識されるのか、というテーマがある。
成績表のつけ方である。

私は、目的をしぼって言えば、小学校の低学年であれば、電車のなかでの席の譲り合いや、列の割り込み防止などは、やさしい調子での、童話や物語が教科書になっていたらよいのではないか、と思う。
電車のなかで、空いている座席がなくて困っている高齢者がどんな気持ちでいるか、相手の気持ちを知る、はかる、想像する、という力を、養うために、物語を読むのである。
この童話形式は、私たちにの馴染みのあるものではないかと思う。

そして、小学校高学年から中学生になったら、そのあと高校で思想・哲学・倫理社会を学ぶことを前提として、哲学を教えてはどうか、と思う。
今、社会では「生きる目的はなんなのか」といったテーマの本がベストセラーとなっている。
人はそれほどまでにも、「なぜ生きるのか」「なんのための人生なのか」「人生はなにを目的とすべきか」という問に対して、答を持っていないようだ。
こうした問題に答えるのが、哲学である。
中学生であれば、サルトルやニーチェ、カントやデカルトといった、名だたる思想家の名前を憶えて、思想の歴史を学んでもよいと思う。
また、彼ら思想家たちの名文を、教科書に載せてもいい。
実際に文章に触れてみるのもいいし、「無知の知」とか「我思うゆえに我あり」などの意味を、授業で学ぶのもいいかもしれない。
それらを実生活に活かせるともっといいだろうと思う。
中学生のうちは、そうしたことを、ただ頭に入れるだけかもしれないが、まず触れる機会を持つのが、大事なことではないかと思う。
そして、大人になってから「あれはこういう意味だったのか」と思い返すこともあるだろうし、あるいは人生でとても困った時に思い出せるかもしれない。
大人になってから役立つというのは、漢字でも算数でもそうであるが、学校で習ったことが必要になってからである。
そのときにまず、読んだこともない、というのでは始まらない。

現代では、こうした「生きるためのちょっとしたアドバイス」が欠けているように思う。
友情や、人間関係におけるちょっとした工夫、「思いやり」という言葉、自分探し、こうしたものは今のところは、アニメ、コミックのなかにある。
あるいは、シンガーソングライターの囁くような言葉のなかに凝縮されているかもしれない。

私も、部活や運動における、努力や忍耐力については、コミックで読んだ。
「エースをねらえ!」や「ワンピース」である。

友達関係における思いやりについては、週刊セブンティーンで読んだ。
身だしなみや礼儀作法については、月刊女性誌nonnoで読んだ。
こうしたことを、自宅で個人の好みとして行うよりも、学校できちんと基本を学べるようにしたほうがよいかもしれない。

また、日本独自の道徳として、武道や茶道なども、これは、習うというよりは知識として覚える、初めて触れる(入門・基礎とする)などもよいかもしれない。

次に、採点・成績についてであるが、哲学者の人名や、著作名、武道や茶道における専門用語などを、知識として、テストで採点するのがよいかと思う。
また、小論文や作文などを書いてみるのもよいかと思う。

まだまだ、検討の余地がたくさんある、「道徳」の教科格上げ問題である。
日本には、まだまだ希望があると思えるのは、子どもたちの教育を本気で考え、悩み、応えようとする大人がたくさんいることである。
これから答申が進んでいくと思う。
活発な議論と意見交換をもとに、子どもたちにとって一番良い教育を、選びとりたい。


このブログの人気の投稿

雅子さまと紀子さま。

昭和天皇のご記録が出来上がり、国民にも公表された。
「謎の遊び・クロックノール」というのも、何かとてもユーモラスで楽しい。
昭和天皇というかたは、とても身近な雰囲気をお持ちのかたであったように思う。
そして今は、平成26年である。
私はこういうことは、案外ケロッとして口にしてしまうほうなのだが、平成の次はどんな元号になるのだろう?
「平成」の元号が発表されたときに、どこでどんなふうに、そのニュースを聞いたか、覚えていますか?
時代が大きく変わっていく不思議な気持ちがしたものでした。
それは、歴史の中に生きている、という実感のようなものだったと思う。

ところで、平成天皇のお次の天皇陛下は、いったい誰なのかしら?とこれも、私はケロッとして口にしてしまうのだが、実は国民の誰もが、いや女性たちなら誰もが、陰に隠れなくても、表だって、井戸端会議というやつで、話し合っているもっかの話題である。
日本国の女性なら誰しも、天皇陛下は人間なのである、と学校で習った覚えはあって、きっと人間なんだろう、と思うけれども、すごくえらいのかどうかまでは、なんだかよくわからない。
すごく威張っている人はすごくえらいのだと思うけれど、あまり威張らないで、お仕事も民間の人とにこやかに握手をする内容なので、やさしい人なのだと思う。
それでも、この世の中には、「お姫様」とか「王様」「王子様」というかたがたが存在するのだ、と思うと、なんだかその存在と、その人々を尊敬することが、心のなかでとてもうれしい、誇らしい気持ちになる。
王族、という存在は、ワールドワイドな世界状況になって、ますますいろいろな価値を持ってくるものだと思う。
フランス人だって、フランス革命以来、王様を探している、という話ではないか。

私たち女性国民とすると、皇太子殿下というか、次の天皇陛下が誰になるか、という問題は、日本国民を代表する女性トップは誰なのか、という問題になる。
これは女性一般論であると思うし、私も女性の友達とあれこれお茶飲み話をした結論であるが、やはり、美智子妃殿下、皇后陛下は、とても立派でおやさしくて、すばらしいかたであると思う。
そうして、女性週刊誌でも書かれている通り、話題として、「雅子さんと紀子さんと、あなたはどちら派?どちらが好き?」という話になる。
これは、本当にお茶飲みの話題だから、誰もがしていることとして…

NHK「花子とアン」主題歌「にじいろ」感想。

表現と日本語の間。
夏休みも終盤となった。
学生の皆さまには、夏休みの宿題がまっさかり、というところである。
受験生や浪人生の皆さまには、「夏が受験の天王山」ということで、充実した学力づくりに取り組めたのではないか、と思う。
私は、自分自身が、こうして文章を書くことでさまざまな活動をしているので、教育問題は、とても大切なことだと常々思っている。
いろいろと考えたが、やはり私は、自分が文章を書くから、という理由だけではなしに、やはり日本語、語学力、ネイティブな母国語の語学力が一番大切だ、ということが、学力と教育に一番に訴えたいことである。
私は、何よりも「正確な日本語」の習得が、一番大切なことである、と考えている。
正確な日本語は、5W1Hのかなった日本語であるが、これは、事実を正確に伝えるメディアやニュース番組などの、文章が一番であるように思う。

ここで、正確な日本語と、文学的表現について、具体例を示してよく考えてみたい。
NHK朝の連続テレビ小説「花子とアン」は、クランクアップを迎えたようであるが、放送はまだまだ続いている。
みなが毎朝、目にして耳にする、テーマソングの歌詞を例にとってみると、正確な日本語と、文学的表現のちがいがわかりやすいので、書き分けてみたいと思う。

♪ これから始まるあなたの物語
これは、「これから始まる○○の物語」となることが、正確な日本語である。
たとえば、「これから始まるウサギの物語」
「これから始まるミッキーマウスの物語」
などというように、○○には、名詞が入るべきである。
「だれの」あるいは「どんな」物語なのか、という修飾語になるはずだ。
しかし「あなたの」は、二人称である。
名詞にすれば、正確な日本語表現であるが、ここで二人称にしたのは、「ひとひねりした」日本語の修飾となる。
このあたりで、文学的表現となるが、これは、「伝える」日本語としては、とてもわかりずらい。

♪ ずっと長く道は続くよ
一行目に、「これからあなたの物語が始まりますよ」と呼びかけているにも関わらず、今度は、「道」が主語になっている。
これは、考えようによっては、一行目に「あなた」に呼びかけたので、「これから始まる道は長いですよ」と道について説明したようになっている。
しかし、一行目では道は出てこないので、「物語イコール道」と考えたほうがよいだろう。

♪ 虹色…

フィギュアスケート関連。

中国杯 男子ショートプログラム ライブストリーミング →
https://www.youtube.com/watch?v=rp3VLU5JMIw


ボーヤン・ジン フィンランディア杯 SP →
https://www.youtube.com/watch?v=FrGxD28Nal0

ボーヤン・ジン フィンランディア杯 FS →
https://www.youtube.com/watch?v=Kh7VnFxoxS8


歌いまくるゆづ →
https://twitter.com/aoitori1207/status/925395208581234688

きき湯 スペシャルモデル 森林浴調の香り 入浴剤 →https://www.amazon.co.jp/dp/B076PM6T8M/ref=cm_sw_r_tw_dp_x_9UW-zbKKD8P9D

きき湯 オムニセブン限定セット ポストカード付き →
http://iyec.omni7.jp/detail/4904740516974

ファイテンキャンペーン →
http://www.phiten.com/hanyu-project/


G-SHOCKが当たるキャンペーン →
https://xylitol20th.jp/#campaign

ロッテキシリトールガム アソートボトル


東京西川 フォトフレームクロック プレゼント キャンペーン →
http://nishikawadown.jp/

銀座三越7階 →
http://mitsukoshi.mistore.jp/store/ginza/floor/7f/index.html



中国杯 女子ショートプログラム 18:10 ~ 19:36
https://www.youtube.com/watch?v=aVRBzcLGo3o
本田真凛選手 18:50ごろ
三原舞依選手 19:17ごろ
樋口新葉選手 19:23ごろ


中国杯 男子ショートプログラム 20:05 ~ 21:38
ボーヤン・ジン選手 21:18ごろ
田中刑事選手    20:59ごろ
ワンツーフィニッシュ
https://www.youtube.com/watch?v=rp3VLU5JMIw



タッチ 長澤まさみ アマゾンビデオ

タッチ 長澤まさみ DVD


ブラックスワン → https://twitter.com/nickverreos1/statu…