子どもたちの遊び場問題について。


現代の社会において、子どもたちの「遊び場」が、問題となっている。
考えてみれば、昭和の時代には、わざわざ「遊び場」を選ぶ必要はなかった。
公式な公園でなくても、河原や藪、空き地や、塀の隙間、小さな家と家との間の敷地など、遊ぶ場所はいくらでもあって、子どもたちは自然に、ちょこまかと遊んでいたものである。
実際には、「遊び場問題」というのは、都会の問題ではないか、と思うことがある。
というのは、私が暮らしていた北海道などの地方では、一部、都市・市街地を除いては、とても自然な空間が広くて、子どもたちが自由に走り回ったり、ボール投げをしたりすることができた。
心配なのは、自然現象でできた「落とし穴」や、側溝にはまったり、草かぶれを起こしたりすることだった。
あるいは、北海道では、吹雪の吹き溜まりにはまることもあったので、天候に注意は必要だった。
雪は子どもたちの格好の遊び相手で、子どもたちがうらやましくなることもあるが、大人になるとスキー場まで雪遊びにでかける。

都会では、小さな公園さえ、子どもも大人も、安心して遊べないのだという。
私も東京に来てからいろいろな人からアドバイスされたのだが、公園のベンチに座ってお弁当など食べてはいけないのだそうである。
いろいろな都会の事情があったものだ。

遊び場問題は、都会の問題の片鱗であると私は思う。
どうしても都会で、子どもに、身体機能を伸ばすための運動をさせたいのなら、運動ジムや子どもダンスクラブなど、室内で、指導者がついている状態の教室に通わせるのがよいだろう。
都会に暮らす大人の「便利さ」「快適さ」と、その人の子どもが「自然が足りない状態」は、一緒についてくるものである。
子どもたちに万全な環境を保全したいのなら、大人が自分自身の生き方と、住む場所を、再考するのが一番良いのではないか、と思う。