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イスラム国について考える。--イスラム教。

このところ、世界情勢がとても緊張しているように思われる。
世界情勢が抱える課題はいくつかあり、緊急性を要するものもあれば、さまざまな角度から、長期的に解決をはかっていくべき問題もある。

私は、今回は、イスラム国について、考えてみたいと思う。
中東を取り巻く問題は、石油や歴史、地理的条件など、いくつかの要素から成り立っている。
そして、その大きな要素のひとつが、宗教である。
エルサレムは、三つの宗教の聖地となっている。
ユダヤ教、キリスト教、イスラム教である。
これらの三つの宗教は、もともとの文化的な基礎が同じである、と私は思っている。
もっとも現地の人たち、それぞれの宗教を信仰する人たちにとっては、死活問題となるほどの、おおきなちがいなのだろう。
その「ちがい」ゆえに争っているようだ。

しかし、遠くアジアの仏教国から見てみれば、あるいは日本を何の宗教と見るかは見地の分かれるところであるにしても、少なくとも、キリスト教やイスラム教を文化的基礎としていないアジアから見ると、エルサレムを聖地とする宗教は、互いによく似通っている。
そうであるにも関わらず、互いの小さな差を見つけては攻撃しあう姿は、哀しくもあるし、理解できない、と首を振ってしまう状態である。

最近、そう今年になってから、急激な動きをもとに出来てきた国「イスラム国」は、イスラム原理主義の国である。
原理主義というのは、教祖の教えに帰ろう、という運動ではないかと思う。
キリストもモハメッドも、仏陀も、生存していたときから数千年の時が流れてしまった。
彼ら人類の教師の教えは、文字となって残っている場合もあれば、人づてに残っている場合もある。
どちらにしても、「誰か別の人の手」に渡っているにはちがいない。

キリスト教も、キリストが生きた時代には、教会も牧師もなかったはずである。
ただ、教祖キリストに教えを願うだけであった。
キリストが亡くなったあとに、教会が出来て、儀式ができた。
そして、現代になって、近代化が起こった時に、キリストのもともとの教えを、近代的に解釈しよう、という試みがなされた。
この解釈に、不服を申し立てる人たちが、「もう一度、始祖の教えに帰ろう」「本来の教えに戻ろう」としているのが、原理主義ではないかと思われる。

キリストの教えも、モハメッドの教えも、生きた当時の社会文化に基づいて、生活の知恵を教えた部分がとても多い。
そうしたことから、当時の社会風習を、そのまま現代にも当てはめよう、としている面もある。
そうすると、近代的な進歩から取り残される心配が出てくる。
暮らし方、住む家、着る物、使う言葉、儀式や儀式で使う品々、といったことである。
そうしたものを、近代化の波から「守ろう」としているのが、イスラム原理主義であるようにも見える。

しかし、近代化は、ライフライン、たとえば水道や電気、ガスといった、近代的な設備を伴っている。
清潔に、安心して暮らすためのたくさんの知恵と工夫が、「近代化」にはあふれている。
また、物質的な豊かさもある。
そして、精神的な豊かさである。

精神的な豊かさは、たとえば、モラルハラスメント、マタニティハラスメント、アカデミックハラスメント、というように、人権問題への「目覚め」を伴っている。
男女平等、人間はみな平等、という考え方も、人類が人間として、精神的進歩を遂げてきた成果であると、私は思う。

そういった、物質的、精神的進歩を、一切否定しているのが、原理主義であると言わざるを得ない。
それは、近代化の波や、あるいは中東であれば、欧米から侵害されているという懸念から、欧米化を払拭しようという、懸命な抵抗であるように思える。

そうした意味で、イスラム国の、現代人から見れば奇異とも思える教義が、今、活動範囲を広げているようである。

また、イスラム国がとても攻撃的であること、戦闘的であることにも、原理主義のいったんを見ることができるようだ。
というのは、もともと教祖マホメッドという人は、戦闘によって、布教活動をしたからである。
日本には、イスラム教を研究した文献は少ないが、私も、多少ではあるが、井筒俊彦さんの書籍を読む機会があった。
井筒さんはたくさんの文献を残されているが、そのなかで私が特に興味を持ったのは、マホメッドの生涯である。
その人の生涯の軌跡には、その人の思想そのものが現れるように思う。

そして、イスラム国の原理主義の人々が、教祖マホメットの「真似をする」ことで、教えの通りに振る舞おうとしているのなら、本当にその通りでまちがいない、ということだろう。

エジプトや中東など、西アフリカの砂漠地帯には、オアシス都市というのが点在していた。
オアシスをひとつ占拠することが、布教活動につながったのだという。
マホメッドも、戦略を練って、先頭に立って、早朝に橋を破壊するなどして、戦績を挙げた、ということだ。
とすれば、イスラム教というのは、それほど戦闘的なことを、教祖自らしていた、ということなのだろうか。

穏健派のイスラム教徒も存在する、ということなのだが、原理主義の人たちに、マホメット自身の行動について、問いかけをすることは、ひとつのきっかけになるのかもしれない、と思う。
「どんな宗教でもいいところはある」という日本的な認め方をするよりも、もしかしたら、「イスラム教は悪い宗教である」という認識をしていくことも、考えるべきなのだろうか。

これからも、イスラム国とその対応、克服について、折に触れて考えていきたいと思う。


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ここで、正確な日本語と、文学的表現について、具体例を示してよく考えてみたい。
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