新聞少年アンド…。

新聞週間が始まった、という。
今、全国的に、新聞の問題、メディアの問題が話題となっているときだけに、タイムリーなことである。
新聞というと、ずっと以前は、確かに少年が、肩から数十部もの重い新聞の束をさげて、一部一部、走りながら配達していたものだったように思う。
このごろでは、走って、という新聞配達はあまり見かけないように思う。
地域によってそれぞれに形態があるのだろうが、自転車やバイクに積んで、という形が多いのではないだろうか。
北海道では、橇、というのがあった。
小さな、家庭用のプラスチックのボブスレーや、木でできた橇に、たくさん新聞を積んだおばちゃんが、配達してくれたものだ。
このごろは、雨の日はどういうものか、機械なのか手作業なのか、丁寧にビニールに包んである場合もある。
配達の人のまごころには本当に頭が下がる。

新聞奨学生という制度が、今は私の周囲には見かけないが、以前は確かにあって、私の学生時代の同級生でも、そうした奨学生がいて、夜は10時には店舗に帰らなければならない、ということで、コンパなどは出られなかった。
店舗というのは、住み込み型の新聞販売店である。
そして、朝2時には起きて、配達店の奥さんの手作り朝ごはんをいただく。
それから配達に出て、配達から帰ってきてから、学校に行く。

新聞記者さんや編集部というところは、深夜に締め切りを迎え、その後、印刷所がそのあとの深夜に、回転する。
それから、トラックなどで配達店に運ばれ、そして、配達員の手で一部一部、一軒一軒、配達されることになる。
こうした、一種のチームプレーが、私は大好きである。

しかし、こうした感想も、たくさん聞く。
それは、新聞配達店の、勧誘員の態度の悪さである。

窓から米10キロを入れてしまう、とか、宅配便の印鑑のふりをして、新聞の契約を12か月分させてしまう、とか。
あるいは、埼玉から勧誘専門の人を雇って、この専門員は、「お宅、どこ新聞ですか?」と問いかける。
「読売」と答えれば「朝日はどうでしょうかね」
「朝日」と答えれば「読売はどうでしょうかね」
というあんばいである。
また、この勧誘員は、一軒一軒が描かれた詳細な地図を持っていて、どのお宅がどの新聞を取っているか、情報交換しあっている。
そして、新聞をとっていない家というのは、ターゲットにされたようなもので、連日連夜、勧誘員が来る。
昼間、奥さんがひとりで居るような家では、玄関に上がりこまれて、本当にこわい。

また、ターゲットとして「人気」なのが、上京してひとり暮らしの学生である。
学生は、仕送りで質素に暮らしている。
新聞は大学に行けば、図書館で自由に何部でも読むことができる。
また、先輩や友達がひとり、新聞を取っていれば、周回して読み合わせることもできる。
それは個人の自由であるし、新聞の良さでもあるだろう。
つまり、学生は一軒一軒、新聞を取る必要はないのである。
しかし、玄関のドアを、何時間もたたき続けるような新聞勧誘員には、結局のところ、こわくて根負けして、取ることになる。
そのかわり、学生のほうでも意地があって、「読まない」とアピールするために、玄関の郵便受けにたまりっぱなしにするのである。

こんなことだから、新聞は大切にされなくなるのではないか、と情けなくなる。
でも本当は、この勧誘員にも大切な家族がいて、部数のノルマがあるのだろう、と思う。
コメやビール券、商品券は、いったいどこの予算から出ているのだろうか。

勧誘員たちが、ときには頭をすりつけるようにしながら、契約した新聞が、興覚めするような文章であったときには、本当に、どうしようもない気持ちになる。
東京の新聞記者さんたちは、高い塔のてっぺんにいて、こうした配達員さんの苦労を知らないんじゃないだろうか?

私は小さいとき、お父さんのお手伝いで一番好きなのは、玄関の郵便受けから、お父さんの朝食のテーブルまで、新聞を運ぶことだった。
朝一番の新聞は、まずお父さんに一番の優先権があって、絶対に開けてはいけない。
ぴかぴかのまっすぐな紙である。
お父さんがすっかり読み終わったら、お母さん、それから、子どもたちである。
子どもたちのところに来たら、切り取りたいところでいっぱいであるが、これは、お父さんの許可を得なければならない。
朝、一番で新聞を開く。
新しいときめき、という意味で「新聞」なのだと思う。




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