NHK連続テレビ小説「とと姉ちゃん」第6週「常子、竹蔵の思いを知る」感想。

5月の青空のもと、戸外に飛び出すのもうれしいし、家でテレビを見るのもまたうれしい。
「とと姉ちゃん」も、ヒロイン常子が、さまざまな体験をして、5月の青空のもと、伸びていくのが、とてもうれしい。

この週は、亡くなった父・竹蔵の思いを知る、という題名であるが、その竹蔵の思いとは、君子と祖母・滝子との、確執を解きたい、という思いであった、というストーリーである。
父・竹蔵は、母・君子と結婚するときに、祖母・滝子の反対を押し切ってしまった。
しかし、君子と娘たちとの生活を、月に一度は手紙に書いて、滝子に送っていた、という話が、明るいところに出るわけである。

そうした、竹蔵の思い、そして、常子たち三人姉妹の思いが実って、滝子と君子が、和解する。

母と娘の葛藤、というのは、そんなに古いテーマではない、と私は思う。

むしろ、最近になってから、あちこちで取りざたされているテーマであるように思う。
ずっと以前の名作文学を読んでみても、母と娘というのは、たとえば、義理の関係にある母娘がとてもむずかしい、というテーマはあっても、実の母娘は、共闘仲間のように、親しく仲睦まじかったように思う。

特に女流文学などで、実の母娘の関係が、それも、とても「仲悪く」描かれて、問題視されるようになったのは、近年であるように思われる。

そうした意味で、この週の「とと姉ちゃん」の、母娘和解に関して、とても興味深く観ていた視聴者が、とても多かったのではないか、と思う。

私も、どんなふうにこの母と娘が和解するのか、と面白く思って観ていた。

結局のところ、環境、人間関係、というものが、母娘ふたりを、和解に導いたように思う。
今は亡き、父親の思い。
孫娘たちの思い。
近所の人たちの思い。

そうしたものにあたたかく包まれて、母と娘は、「産んでくれてありがとう」という、地点で、和解に達する。

私は、やはり親子というものは、そうした原点に返るのが、一番のことであると思った。

近代になってから、特に明治時代から現代にかけては、女性に関する人権の解放と、それから、生き方の思想が、大きく変化している時期である。
生き方の思想、時代のありかた、世間のありかた、社会のありかたである。

それも、非常に速い勢いで、女性の解放が、進んでいる。

母親の時代に、「女性はこうすることが幸せ」と思われていた思想が、娘の時代には、別の形に幸せが置かれている。

近代になるまでは、子は親の「持ち物」であった。
これは、たとえば別のドラマになるが、NHK大河ドラマ「真田丸」などで、娘が政略結婚に使われ、それがとても重要な役割を果たしていたことからも、うかがわれる。
娘は、親の持ち物であった。

しかし、近代、それも、ここ数十年になってから、子どもには子どもの人権がある、と「ある日、突然に」言われ始めたのである。
特に結婚に関しても、親が子どもの結婚を、口出しするのではなく、決定することが、当たり前であった。
親が子どもの人生を管理していくことは当たり前であったし、それが子どもにとっても幸せであると、親も信じていた。

近代になって、海外から人権や、個人主義の思想がはいってきて、女性たちの思想は変わっていった。
そうしたときに、母と娘の葛藤が、生じてしまったのだ、と私は思う。

母は母で、母の時代の思想で、娘の幸せを思っているのである。
しかし、娘は娘で、娘の時代の思想で、自分の幸せのために、精いっぱい、生きているのである。

ドラマのなかでも、滝子は滝子の時代にそって、君子の結婚を決めている。
しかし、君子は新しい時代の思想にそって、自分で選んだ相手と恋愛結婚をしようとしている。
ここで、滝子と君子の対立は、昔の時代と、新しい時代との対立である。
あるひとつの思想と、別の新しい思想との対立が、母と娘のうえにあらわれている状況である。

こうして、時代と思想の変化の激しいときには、女性は、母に「すべて」を求めるのではなくて、ただ、母親として、産んで育ててくれてありがとう、という一点で、母親を愛し認められるのではないか、と私は思う。
親というのは、産みの親であり、育ての親であり、看護師であり、教師でもある。
しかし、時代の変化の激しいときに、親にすべてを求めるのは、親のほうとしても、負担が重い、というものである。
女性は、もっと幸せになろうとするときに、家庭の外に、教師を求めるのがいい、と私は思う。

たとえば、海外の著作に学ぶこともある。
あるいはたとえば、学校の教師に学ぶこともある。
仕事を持てば、仕事の上司、先輩に学ぶこともある。

それを、人生のすべてにおいて、母親に求めるのは、期待のしすぎかもしれない、と私は思うのである。

ドラマを観ていても、滝子の時代、君子の時代、そして、常子の時代、と女性の生き方は、どんどん変化していく。
大きく変化していく。
祖母の時代、母の時代、娘の時代、と何代もかけて、女性たちは、みんなで「女性の生き方」「女性の幸せ」「女性の解放」を、少しずつ、粘り強く、続けてきているのである。

私たち平成の時代の女性たちは、平安時代から、戦国時代、江戸時代、とあまり変化のない女性の生き方を強いられてきた状況から、明治時代、大正、昭和、と駆け抜けるように、大きく扉を開くように、女性の人権を獲得しているのだ、と私は思う。

祖母よりももっと解放された母。
母よりも、もっと解放された娘。
娘よりも、もっともっと幸せになるその孫娘。

女性たちは絆を結んで代々続けて、女性の生き方をもっと幸せにしていく。

そうしたときに、母親を恨んだり憎んだりすることは、よくない、と私は思う。
「君がため」と名付けてくれた、お母さんに、感謝の気持ちを持って、そして、そのお母さんのためにも、もっともっと幸せな娘になって、女性の幸せを、みんなでつかんでいこう。

そういう思いをより強くさせてくれた、この週の「とと姉ちゃん」だった。
これからも、楽しみに観ていきたい、と思う。



君がため春の野に出でて若菜摘む わが衣手に雪は降りつつ
君がため惜しからざりし命さへ 長くもがなと思ひけるかな
天つ風雲の通ひ路吹きとぢよ 乙女の姿しばしとどめむ
ちはやぶる神代も聞かず竜田川 からくれなゐに水くくるとは
世の中は常にもがもな渚漕ぐ 海人の小舟の綱手かなしも


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