連載・8 お料理エッセー・そら豆のひとりごと。
理想のキッチン
年末の大掃除で、一番手がかかって苦労するのは、キッチンだと思う。
子どものころから毎年、母が12月に入ると、一日一か所ずつと決めて、
大掃除に取り組んでいたことを思い出す。
中でも、エプロンや帽子まで、上から下まで完全装備で行うのが、
キッチンの掃除である。
キッチンは、日ごろ、油を使っているので、たとえその油が跳ねたり飛んだりしなくても、蒸気になって壁のあちこちに着くらしくて、
キッチンの壁全体が、油でうっすら色がついてしまう。
換気扇というとなおさらだ。
最近はよい洗剤も出てきて、使い捨て方式の換気扇カバーも安価で売られている。
こういうものこそまさに、「お母さんの味方」なのだろう。
一人暮らしのアパートを探すときには、やはりいろいろな条件があったけれど、
キッチンが広くて明るくて使いやすいところが魅力的だった。
最終的に私が選んだアパートは、大家さんの奥さんが間取りを設計したもので、
「私が住みたいくらいよ!」とニコニコして言うほどの、女性向けのアパートだった。
そして、キッチンの壁にはサーモンピンク色のタイルが貼られ、
ひとり暮らしといっても、流し台の広さは一般の4人家族と同じ広さで、
コンロ台も、ガスコンロを2台置ける広さだ。
最近では、ダイニングキッチンを家の真ん中において、
リビングとカウンターでつなぐ形式の設計もあるという。
風水的には、家の真ん中に水を使うところがあるのは、それほど良くない、と言う話だが、実際に使ってみた感想はどうなのだろう?
私の友達の家では、カウンターがむしろ邪魔になって、ダイニングテーブルに皿を持っていくのが大変だったそうだ。
昔の家では、「台所」は、家の裏の、北側の寒いところにあった。
そこに井戸があって、土間があって、女性たちが調理作業をしていた。
女性と調理を南側に出したのは、ひとつの大きな変革だったのだろうと思う。
私の思う理想のキッチンは、ひとつの「女性の砦」となるところで、
それは、女性が家族とは離れて書斎を持つようなニュアンスである。
ダイニングテーブルは、シチューを煮ながら、本を読んだり原稿を書いたりする机になる。
食器棚に読みかけの文庫本も並べたい。
窓には香草類のプランターをいくつか並べ、そこに太陽の陽射しが入ってきたらいい。
そして、家族が「ただいま」と言って帰ってくる。
でも一番の理想のキッチンは、あの目になじんだエプロンをつけて、
お母さんがじゃがいもを向きながら「おかえり」と言ってくれる、
遠い昔のキッチンである。