登校拒否問題について。 2011年5月29日


登校拒否問題について。



増え続けているという登校拒否問題について、考えたい。



友人との語らいをしていて、

私自身は「登校拒否はね、学校に行きたくないなら、行かなくていいじゃない」

と言う、友人は驚いてしまう。



私自身、学校が苦手だった。

卒業してから友達に聞くと、「学校大好きだった」派もいれば、

「学校嫌い」派だった人もいる。



私は、学校に行きたくないなら、行かなくていいと思う。

義務教育で学ぶレベルの学習を、自宅なり、ほかの教育機関なりで、

身につけることができれば、

それでいいと思う。



実際に、子ども時代にとても内気で、パソコンにばかり向かっていた子が、

大人になって、ITの技術者として優秀な仕事を成し遂げたりもする。



子どもの性格もある。

社会の仕事の仕組みも変わってきている。

なにも無理して学校に行かなくても、大人になったときに立派で幸せであればいいと思う。



…以上が、わが子が登校拒否で悩むという母親に向かって、

さしのべたい言葉である。



わが子の登校拒否は、母親として、「育児能力の成績評価」のようにつらい。

母親業の否定と落第である。

登校拒否問題の解決のキーワードとして、

母親のこういった心理と敗北感(そして、勝利に向かう執念)を、

みなで考えに入れたいと思う。



生徒がなぜ、学校に行きたくないのか、

学校生活のどこに「行きたくない」と思わせる原因があるのか、

これを、生徒自身に語らせることは、むずかしいと思われる。

いまだ幼くて、自分で自分が何を感じているかもよくわからない、

ましてそれを上手に言葉で説明することもできない年齢だろう。



私自身が学校嫌い派だったので、大人になった今、

学校生活の何がいやだったか、言葉にすることができる。



ひとつは、身体が丈夫ではなかったので、体育の時間が苦手だった。

息が苦しくなったり、友達に押されてけがをしたりした。

体育のある日は、学校に行きたくない、と朝思った。



給食も苦手だった。

もともと少食だったのだが、

「食べ物を残してはいけません」という担任の指導のもと、

全部食べ終わるまで、昼休みもなかった。



成績は良かったが、内気な性格で、

学級長にされたときには、もう本当に、学校が嫌いで嫌いでしかたなかった。



掃除当番のとき、さぼる人はいつもさぼる。

真面目なメンバーだけがいつも掃除をしていた。

教師は掃除の時間に教室に現れることがなかった。

不公平な思いを抱いていた。



大人になってから、「掃除当番なんて、やったことなかったぜ!」

と公言する男性友人に出会い、

ひとしきり、小学校の時代の話をして、心が癒えた。



登校拒否問題を解決する、つまり、生徒たち全員に、学校に来てもらうには、

目的観が必要だと思う。

学校に行きたくない朝には、必ずこう思った。

「どうして学校になんか行かなければならないのだろう?」



勉強だけなら、自宅でも、塾でもできる。

義務教育の学校でしか学べないものは、集団生活、社会生活ではないかと思う。

それを、学校に通う目的と定めたい。

そして、学校では、集団生活を上手に行う方法を、教えるのである。

社会生活の在り方を、教えるのである。



具体的には、マナー、コミュニケーション、挨拶、冠婚葬祭などの文化的儀式、

選挙(クラス委員の選挙など)、税制(給食費の集金など)、

団結して行う作業(運動会、リレー、学校祭)

こういったところへ、どう参加していくか、どうすれば、社会生活を円滑に行えるか、

ひとつひとつ教えていくことだろう。



そのために、学校がある。

学校教育カリキュラムにぜひ加えたい。



☆追記☆



登校拒否の子どものなかには、身体的、精神的な不調を持った子どももいる、

という可能性を考えて対応をしたい。



登校再開するときに、学習レベルが遅れないように、

(授業についていける程度まで学習レベルが回復しているように)

心がけたい。