少子化問題について。その1 2011年5月30日


少子化問題について。



少子高齢化社会が進んでいる。特に子どもが少ない。

これについて考えてみたい。





少子化問題について語る人たちが、

「子どもが少ない」という点について、頭を悩ませている理由は、

「跡継ぎがいない」という問題である。



あるいは、「国力が減退する」という理由である。



あるいは、税金や年金の財源となる若者(働ける年齢の人たち)が、

将来的に減ってしまう、という理由である。



少子化問題対策として、

特にあまりにもストレートな例は、

町村でお見合いパーティを開いたり、

都市部からの若者(若者だけ)を村に招いたりする作戦である。



もっとストレートに言えば、

若い女性に、まず結婚をしてください、

そして、産んでください!

というお願いコールのような気がする。



私自身は、女性として、「子どもを産む」ということを考えるとき、

さかんに少子化に危惧を唱える人たちに対して、

冷やかな笑みを送りたくなってしまう。



「子ども」はなんのためにいるのだろう。

国のための子どもなんだろうか。

のれんを継ぐための子どもなんだろうか。

有名大学を存続させるための子ども。

情のこもった村を存続させるための子ども。



戦時中の「産めよ。増やせよ」を思い出す。

「国のための子ども」なんか絶対に産まない。



ひとりの女性として、

この世にたったひとりの愛する男性とめぐりあい、

家庭を築き、

愛情で包んだ子どもを産み、育てたい。

幸せな子どもを育てたい。



ひとりの女性として、

「国家の存続のために、子どもを産もう!」と思う女性は、

どこにもいないと思う。



人口が減ったとしても、

子どもたちやその国に暮らす人たちが、

幸せで健康であれば、それでいい。



少子化になった原因はいろいろあると思うけれど、

まず、この「問題視」の理由、

「なんのための子どもなのか」という点を明確にしたい。



女性が、母親として、自分が産んだ子どもが、幸せに暮らせる、と察した時に、

自然に子どもたちが授かってくるように思う。



現代の世の中は、女性ひとりが生きていくにも、辛すぎる。厳しすぎる。

まず、女性ひとりひとりが、「この世に生まれてきてよかった」と感じること、

安心して暮らせること、それが大事だと思える。



おりしも今、女性たちは、特に「食品の安全」「環境問題」に興味を寄せている。

「自分の」子どもを育てるために、まず環境を整える準備をしているように思える。