連載・77 サラダビーンズ。

お料理エッセー・そら豆のひとりごと。
春。新学期。
新しく始まるものがたくさんある。
新しく何かを始めよう、と思っていることも、たくさんあると思う。
何かの雑誌で、「やりたいことを、春のせいにして、始めてしまえばいいんじゃないの」みたいなキャッチコピーがあって、「なるほど」と思った。
北海道にいたときには、なにしろ根雪があったので、雪が溶けてからじゃないとできないことが、たくさんたくさん、ありすぎた。
それで「雪が溶けたら」という意味で「春になったら」という言葉を、何度も使ったものだ。
「春になったら、ピクニックに行きたい」という言い回しとか、あるいは、「春になったら、車の免許を習いたい」ということをいう友達もいた。
「春になったら絵を習いたい」こんな言葉には、絵画教室に通うにも、バスの交通の確保がたいへんだから、という意味がある。

春になったので、そろそろ食生活をキチンとしたい、そういう人も、またたくさんいると思う。
身体にいい食べ物、とわかっていても、なかなか摂ることができなかったもの、お料理を習いたい人だって、たくさんいると思う。

きのう、ちょっと街に出てみたら、小さな、ひとり暮らし用のアルミの片手鍋がピカピカに光って並べてあって、「小さなひとり暮らしさん」を応援したい気持ちになった。

「小さなひとり暮らしさん」にぜひおすすめしたいのが、サラダビーンズである。
お豆は身体にとてもいい。
「畑の肉」とも呼ばれて、貴重なタンパク源である。
それでいて、植物性なので、カロリーの心配もない。

でも、調理するには、この固い豆を、どんなふうに煮豆まで仕立てたらよいのか、困ってしまうところである。
なにしろ、前の晩に洗って水にひたしておいて、水をしみこませる、ふやかす、この過程が大事なのだ。
だから、「明日、お豆の料理をします」という予定を立ててから、今夜と明日とで、まったく予定の変更がない生活のなかでしか、豆料理ができない、ということになる。
でも、現代人の生活は、そんな悠長なことはしていられない。
明日は明日で、臨機応変、融通の利いたスケジュールを準備しなければならない。

現代は素敵な時代だ。
こんなときのために、サラダビーンズがある。
これは、すでに水に浸して、煮てある。
そのまま食べられる状態のお豆、それもいろいろな種類のお豆さんが、真空パックに入っているわけである。
サニーレタスを洗ってちぎって、食器に盛る。
その上に、サラダビーンズのパックを開けて、きれいに盛り付けて、お好みのドレッシングをかければ、立派な栄養あるおかずになる。
サラダに気軽に使えるから、サラダビーンズという名前なんだろう、と思う。

このサラダビーンズ、あたたかい白いご飯にまぜまぜしても、おいしい。
ご飯を器に盛り付けたら、サラダビーンズを乗せてスプーンでよくかきまぜ、その上から、お好みのドレッシングをかけて、再びまぜまぜする。
お好みのドレッシングというと、白ゴマドレッシングだろうか、それとも、青ジソドレッシングだろうか。
チョイスを待ちながら、静かに静かに、冷蔵庫の扉の内側で、ドレッシングの小瓶たちが、私の指先を見つめている。