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3・11-ーあれから3年。

今年も、3月11日がやってくる。
季節はめぐり、時は流れていくもの、と頭ではわかっていたかもしれないが、
こうして、3・11からの3年が流れていくと、
それは、人生で初めての体験であるかのように、
「時は流れていくもの」と思わされるのだ。

あの春も、寒かった。
揺れが来たとき、どこにいて何をしていたか、
もう誰も語らなくなっている。
でも、心のうちでは、あのとき、
どこにいて何をしていたか、よく覚えている。
ガラスが扉を開く音も。

今年も、3・11が近づいてきて、
年明けからはめっきり、「あれからどんなふうに人生を…」と、
語ることが多くなっている。
不思議なことだけれど、3年より前のこと、
震災前の自分とか、震災前の人生とかいうのが、
はっきりと思い出せなくなっている。

そして、震災の年の2月になにをしていたか、とか、
3月にどんなふうだったか、とか、
5月、6月、そして、夏にどんなふうだったか、
その季節の記憶だけが鮮明すぎるほど鮮明だ。

日本では、ちょうどツイッターのブームが来ていた。
2011年の1月に、エジプトでツイッターで集ったメンバーの、
デモがあったのを覚えている。
ハッシュタグは1月25日を表すものだったろうか。

日本でも、そういったインターネットを使ったデモが起こるんじゃないか、
と思われていたころだった。
それで、私もツイッターのアカウントをとった。

日本では、ツイッターブーム、デモの動きは、
震災と共に起こった。
私も、何か言わなければならない、という気持ちになって、
ツイッターやブログ、そのあとにフェイスブックのブームがきた、
夢中で何かを、言葉を、発し続けたように思う。

誰にとっても、震災は大きな、大きな、ことだった。
あのとき、あの東北の状況を見て、
人生を変えた人、ライフスタイルを変えた人は、たくさんいると思う。
私もそのひとりだ。
できるだけ早く、命を燃やし尽くして、書き始め、書き続けよう、
どんな形でもいいから、言葉を発してから、命をつなげよう、と、
本気で思ったのだった。

3月が近づくたびに、あちこちで、特集が組まれる。
これから日本においては、永久に、3月の特集が組まれていくのだろう。

福島の人々は、「まだ私たち被災地が復興していないのに、
東京でオリンピックを開くなんてどういうこと?」と怒りもあるようだ。
でも、あの震災でつらかったのは、被災地のその当地の人たちだけじゃないんだ。
それをわかってほしい、と思う。
私たちは、みんな一様にとてもつらかった。
それで、未来に向けて、日本の国が、前を向いて歩いていくための、
何か明るい希望が、すごく必要なんだということを、
被災地の人々にも、わかってほしい、と思う。

私は、誕生日が3月である。
あの年、私には、誕生日のプレゼントもお祝いの膳もなかった。
これから毎年、誕生日には、生きる変節となったこの3月を思いながら、
年を重ねることになる。

陽射しがどんどん強くなり、
毎日が新しく生まれ変わるこの3月に、
また今年も、もう一歩、
前に前にと、しがみつくようにであっても、
進んでいきたい、と思うのだ。