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連載・74 春のキッチン。

お料理エッセー・そら豆のひとりごと。

少しずつ、だけど確かに、陽射しが強くなった。
今年はまだ、水がとても冷たいけれど、キッチンはちょっと厚めのカーディガンを羽織れば、気楽に動けるほど、温かい。
空気が温かいというのは、気分のよいことだ。
私は北海道育ちだからだろうか、それともみんながそうなのだろうか、冬の間はじっとして部屋でインドアな編み物をしていたとしても、春になると、少しからだを動かして、何かしてみたくなる。
春の陽射しには、なんだかそんな魔法の力があるみたいな気がする。

友達に誘われて、キッチンの整理整頓をしてみることにした。
女性たちが、「しようと思っていてなかなか手が付けられないこと」のひとつに、「片づけ」があるそうだ。
それも、日々の片づけというよりは、大々的に、「この棚ひとつ全部きれいに片づけなきゃ」というような規模である。
これが、なかなか手をつけられないので、友達とお誘いあわせの上、一緒に片づけに取り掛かることにする。

携帯メールで連絡を取り合って、「いったん休憩しよう」「次はどこに取り掛かろう」「こんなものが出てきた」「ここはこんな洗剤を使おう」と、互いに状況報告しあいながら、つまり、励ましあうというか、同類項で力を合わせる、というわけである。

毎年、春になると、そうして一部屋一部屋片づけてみるのだが、今年はキッチンに取り掛かっている。
新しいカフェカーテンも、新しいカレンダーも、新しい食器もカトラリーも、次々に買い足しては、棚に入れてある状態だ。
それを、いったん見直して、もう3年も使っていなかった食器は、きれいに洗って包んで、奥の棚にしまう。
5年もしまっておけば、きっとまた、懐かしくなって出してくることになるだろう。

そして、また互いちがいに、8年も前にしまっておいた、古い食器も出てくる。
それらを水にひたして、「これ大好きだった」「あの店で買ったのだった」と思い出すのも、また楽しい。

キッチンの仕事は、毎日の仕事である。
一日に何回も、水仕事、火の仕事をする。
食事という、人々の生活は、それが営むということなのだろう、毎日、たんたんと続けていくよりほかはない。
あるときに、ふと速度をゆるめて、全体を見直す、ということは、とても大事なことだと思う。

冷蔵庫のなかから出てきた野菜と、食料庫のなかから出てきた調味料と缶詰と乾物とで、煮物を始める。
鍋にお湯を沸かして、固型コンソメを溶く。
えのきだけをサクサクっと切って、鍋に入れる。
ベルギー産の小さな丸いじゃがいもの缶詰を開ける。
それから、豆の缶詰も、思い切って全部入れてしまう。
冷凍のホウレンソウも使い切る。
ホールトマトも賞味期限がせまった。
トマト風のスープになりそうである。

コンロで煮物をコトコトと続けながら、またキッチンの上の棚に、のぼってみる。
ひと段落したら、また友達にメールして、きょうの分を片づけ終えて、そしたら、あたたかいスープをいただこう。
ひよこ豆のやわらかい粒に、ふと微笑みがこぼれる。