地球環境問題・緑が好きな人たち。

世の中には、環境問題で、深刻に頭を悩ませている人がいる。
自分の人生もままならないのに、なぜ、地球規模の環境問題をそんなに気にしているのか、はたから見ると全然わからないところがある。
人間が息をするときにさえ、二酸化炭素は排出されている。
人口を減らしたら地球環境を守れるだろうか。

原子力発電をしない、というのなら、火力発電に頼るほかないだろうが、火力発電は、多量の二酸化炭素・温室効果ガスを、大気中に排出する。
地球規模の環境問題に頭を悩ます人は、まるで、迷路のなかに、進んで入ろうとしているかのようである。
自分で自分の頭をこんがらかすことに一生懸命であるかのようだ。
自己否定、人間の存在の否定ともなりかねない。

こうした人は、自宅にあっても、洗濯洗剤にエコを使い、ごみを少なくしたり分別したりすることに、時間と命を削っている。
それで本当に、活き活きと生きていられるのだろうか。

20数年前であるが、環境問題が起こった時に、環境活動家たちは、大人に教えても全然実行に移さないので、子どもたちに教えることにしたそうである。
未来ある子どもたちに、ずいぶんな負荷をかけてしまったようだ。
その当時の子どもたちが、今、大人になっていて、自分が使うお箸ひとつにしても、森林資源のことに心を痛めながら生きているのだろう、と思うと、人間のための自然なのか、自然のための人間なのか、わからなくなってくる。

よく、「お金に使われるな」という。
あるいは、「モノに使われるな」という。
「お金を使っても使われるな、モノを使っても使われるな」という意味である。
そういう言い回しから考えると、「環境問題をテーマにしても、環境問題に振り回されるな」と言いたい。
人が人として生きていくためには、現実に立ち向かわなければならない。
環境問題で活動している人たちは、人間よりも植物が大事、動物が大事、空気が大事、と言いたいようである。
まず自分自身が人間ではないか。

実際に、実行力のある、温室効果ガス削減のための、試みは、すでにたくさんの人たちが行っている。
環境白書、京都議定書、という会議もあった。
しかし、京都議定書では、中国もアメリカも署名をしなかった。

本当に、温室効果ガスを削減したいのなら、APECの会議や、日中首脳会談に注目すべきである。
中国とアメリカが手を取り合うような政治状況になって初めて、地球規模で協力しあって、温室効果ガスを減らしましょう、という状況になるだろう。

環境問題活動家は、ファンタジー小説を読んでいる場合ではなくて、きのう、きょう、あすの、国際政治に、活発に参加するべきなのである。

また、先日、名古屋では、ユネスコの持続可能な開発のための会議が行われ、皇太子ご夫妻が参加された。
未来の資源を枯渇させることなく、地球の環境を損なうことなく、開発や経済発展を続けていくには、どうしたらいいか、というチャレンジは、すでに始まっているのである。
環境問題に深刻な思いがあるのなら、こうした活動をよく知って、参加することが、必要絶対条件である。
気分で物事を言ってはいけない。