2014年12月23日火曜日

ロシアと中東。

今、私は、ロシアの問題を考えている。
ロシアは、以前はソ連と呼ばれていた。
ソビエト連邦は、東欧や中央アジアを連邦国として、強大な帝国を構えていた、といっても過言ではない。
しかし、ゴルバチョフ率いるペレストロイカによって、その連邦制は崩れてしまった。

それでも、あれだけ広い国土を維持している。
もしもロシアが、さまざまな国と関係を結びたいと思うなら、中国側、ヨーロッパ側と、いくつもの選択肢があるはずである。
それなのに、黒海からバルト海、そして中東へと、ロシアからの道が伸びているのはなぜか。
それは、エネルギー問題ではないか、と私は思う。

中東には、豊かな石油資源、原油がある。
原油は、燃料になるだけでなく、プラスチック製品を造ったりすることもできる。

ロシアのエネルギー事情を、一度よく考察してみる必要があるように思う。
液化天然ガスもある、ということであるが、これは性質が原油とはまったくちがう。
また、とても気温の低い冬が、一年の半分以上続き、国民の生活に、燃料は欠かせない。
そのほかにも、火力発電などで、燃料は使うだろう。
その上に、経済的発展というと、エネルギー源、資源は、とても必要となってくる。

国土は広大であるが、一年の半分を冬として過ごすとなると、労働や都市化には向かないだろう。
資源の発掘にも、たいへんな時間と労力がかかると思われる。

また、港の問題もある。
ロシアの国土事情から、港は冬の間、凍りついてしまう。
貿易や国防に際して、夏は港を使えるが、冬はまったく使えない、ということである。
北海道の近くの北方領土は、ロシアの数少ない不凍港として、重要なのだそうである。
だから、日本側がどんなに折衝しても、ロシアがこの不凍港を手放すわけがない、と私は考えている。

ロシアは、ソ連時代と比べると、経済的に凋落してしまったと言えるかもしれない。
それは、温かい豊かな土地を、連邦制度に依存していたからではないだろうか。
ウクライナの穀物資源や、東欧の貿易、中央アジアの農業、というところではないかと思う。

ペレストロイカ以降のロシアが、経済の活路を、まず燃料エネルギーに求めて、もしかすると国民の凍死寸前の命をかけて、中東にその手を伸ばしているのではないか、と私は思う。