NHK「花子とアン」第四週「嵐を呼ぶ編入生」感想。


2014年。今年の春は「花子とアン」で、朝を始めることにした。

物語は、第四週目に入り、子ども時代から、女学校入学、ほのかな初恋を経て、この週は、「腹心の友」との出会いである。
このドラマ「花子とアン」は、モンゴメリの「赤毛のアン」と、ストーリーを絡めてあるところがある。
そして、「赤毛のアン」で、とても大切なテーマのひとつとなっているのが、女の子同士の友情である。
「赤毛のアン」のなかでは、アンは、ダイアナと友達になる。
夢見がちで文学少女のアンは、この友達、親友のことを「腹心の友」と呼んでいる。
「腹心の友」という表現は、何か企てや悪巧みを持っている仲間同士が使う言葉なので、そのあたりのアンの感性は、「赤毛のアン」の読みどころである。
そしてまた、アンとダイアナの数々の友情エピソードで、誰もが忘れられないのが、「ワインまちがい事件」である。

第四週目「嵐を呼ぶ編入生」では、アンとダイアナの「ワイン事件」が、さっそく取り上げられていた。
おそらくは、物語の上でこれから、重要な友達のひとりになっていくであろう、編入生との「出会い」が描かれている。
この編入生は、お名前を「葉山蓮子」という。
登場の仕方はとても華やかで、公爵家のお嬢様ということもあってか、桜吹雪のなかを、まるでおとぎ話のお姫様のように現れた。

ところが、観ていてなんだか、「?」と思うのは、この蓮子さんのお着物である。
公爵令嬢なのだから、ゴージャスだ、ということなのだろうが、どうにも、これは、おいらんさんのセンスである。
半襟と着物の色、帯との合わせ方など、どうにもあでやかすぎて、気品には欠ける。
髪の結い方も、おいらん風である。
これは、困った編入生である。
私も、本当に台本には、公爵家の令嬢、という設定になっているのか、それとも、公爵令嬢としては、こうした艶っぽい服装をする、あだな女性、という設定なのか、わからなくなってきてしまった。

また、授業中の発言も、与謝野晶子の名歌、名歌であるが、どうにも女学校的ではないようなお歌「やわはだのあつきちしおにふれもみで」と言ってのけるのである。
目つきもなんだか色っぽい。
そして、話し方も、である。
ということは、これは、現代の高校に当てはめると、いわゆる「不良」というタイプなのだろうか。
確かに、学校のクラスに、ひとりやふたりは、こうしたお姉さんぽい女学生はいたと思う。
そうした女学生は、「大人の世界」をすでに充分知っていて、まだまだヒヨコっぽい一般の女学生を、「ふん」と言った調子で、教室の片隅から見下ろすのである。
本当に、やなタイプの編入生が、やってきたものである。

そして、寮では、個室を占拠する。
それで、純朴なヒロイン花子をお世話係にまでして、その上、「滋養のお薬ですのよ」と飲ませたのが、ワインなのである。

お酒だと知っていたら飲まなかったワインであるが、花子は、これを故郷山梨県のぶどうの香りがする、と喜んで飲んでしまった。
そしてすっかり酔いつぶれてしまったのである。
これは、未成年の女学生にとっては、たいへんな出来事である。
退学決定、というところだろう。
そして、このいきさつを弁明するにあたって、葉山蓮子は、「花子さんが勝手に飲んだんです」とうそを言うのである。
うそを、学校の先生たちも校長先生も信じてしまった。

ここに、現れたのが、女学校での噂を聞きつけた、父親の吉平である。
さっそく、学校まで来てくれた。
こういう親は、子どもにとって本当にありがたい。
父親は、花子の話を、最初から最後までじっと聞いてくれた。
そして、花子のことを、信じてくれた。

こうした際、つまり、子どもが学校で何か問題を起こしたときに、学校側の言い分だけを聞いて、子どもを叱るような親であっては、子どもが追いつめられてしまう。
学校の言い分だけを聞いて、子どもを叱るような親というのは、実のところは、世間体を気にしているのではないだろうか。見栄っぱりなのではないだろうか。
どんなことがあっても、自分の子どもを信じる、こういう親御さんがいて、花子はようやく気力を取り戻すのである。

また、こうして父親が、娘さんのために奔走してくれる姿を見ていたのが、葉山蓮子である。
蓮子には、何か特別な事情がありそうであるが、ともかくは、こうして親身になってくれる親がいない、ということは、事実であるようだ。

この、花子の父親の吉平は、物語が時代とともに、家族とともに進んでいくにつれて、とても興味深い方向へと進んでいく。
山梨県から離れて、東京にもあちらこちらにも行商で広い世界を見聞して歩く吉平は、社会主義というものを知る。
当時、労働者の権利というのが、盛んに叫ばれ始めた時代であった。
街角で、演説をする社会主義の人がいる。
この話にさかんに同調して、「自分も何かしてみたい」と思い、新聞社に行く。
そして、勧められるままに伝道行商を始める。
社会主義の思想を書いた本を、売って歩く行商の商売なのである。

新しいもの、新しい時代にどんどん飛びついていく、父親の性質が、花子に受け継がれているようで、本当によく似た親子であると感じさせる。
しかし、時代は、日清戦争と日露戦争の間くらいの状況で、社会的には安定しているとはとても言いきれない。
一方で、長男の吉太郎は、山梨に来た軍隊の行進を、見に行って、深く何か感じ入るのである。
吉太郎は軍国主義に進んでいくことになるのだろうか。

父と息子は、どうしてこんなふうに、対立するのだろう。
まるでそれは、思想信条の内容にかかわらず、父親のしていることに対しては、何もかも反対する、という息子の反抗心であるように思われる。
これは、理由なき反抗であり、反抗のための反抗であるようにも思われる。

話を、花子の女学校へ戻そう。
父親の奔走と、気力を取り戻した花子の、蓮子への抗議で、蓮子は「私が飲ませました」と本当のことを、校長先生に言う。
それで、ようやく、花子の「ワイン事件」の容疑は晴れるのである。

学校というのは、本当にいろいろなことが起こるものだ。
そして、いろいろな生徒がいるものだ。
それをどんなふうに、先生と学校と、両親と生徒たちが、乗り越えていくのか、みんなで成長していくのか、本当に「嵐」が起こってしまったときが、教育の正念場なのだろう。

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