思春期の子どもたちのことを、考えてみる。

このところ、話題となり問題ともなっているのが「スマホ」である。
「歩きスマホ」はもとより、中学生や高校生の子どもたちが、スマホに夢中になっていて、一日に何時間もスマホに向かっている。
一口にスマートフォンといっても、いろいろな使い道がある。
自由にいろいろなアプリを入れることができるので、写真や音楽、ニュースやゲームなど、スマホの使い道はとても広く、個々人でそれぞれの個性がある、と言ってもいいだろう。
中でも人気なのは、無料の通話アプリで、「LINE」というものである。
これは、メールよりももっと、「仲間」という状況が強いものであるようだ。
たとえば、電話なら、一対一で対話するわけであるが、LINEは、数名のグループで「話し合う」「語り合う」という人の輪、サークルになっているようである。

こうした、電波を使っての子どもたちの交流が、とても盛んになっていて、それが理由で勉強をおろそかにする子どもがいたり、仲間はずれができたり、悪口を言い合ったり、という状況になっていて、親たちにとっては、とても心配であるようだ。

私は、私個人の考えであるが、こうした親たちの心配は、そんなに必要ないように思う。
というのは、使う手段がスマートフォンであろうと、携帯電話であろうと、ポケベルであろうと、固定電話であろうと、またファクシミリや電報や封書や、あるいは実際に会うことであっても、こうした思春期の子どもたちが、「仲間」との交流をすることを、やめないだろうから、である。
私が思うのは、思春期の子どもたちにとって、「仲間」こそが、一番大切なことなのではないか、ということである。
すでに、幼少期は過ぎていて、両親のもとで充分に心身が成長している。
次に必要なのは、社会に出る、という段階なのだろうと思う。
そこで必要なのは、友達、仲間、ということなのだ。

仲間という小さな社会のなかで、自己を主張し、確立し、認められることが、とても大切な、成長の過程なのではないかと、私は思う。
だから、この「仲間体験」のなかで、認められ尊敬されるために、全力を尽くしているのだろう、と思う。
それで、勉強がおろそかになったりする。
「仲間」にとても精力を注いでいるので、それ以外のことに力が入らなくなるのだろう。

そして、「仲間」のうちで、株を上げることが、なんとも必要になってくる。
親への途方もない、理由を告げない要求も多くなってくるようである。
私の知っているある子ども(男の子)では、仲間うちのなかで、見せびらかすために、とても流行っているバイクが必要だった。
これを、どうしても両親に買ってもらうために、さまざまな策略をめぐらせた。
そうして、買ってもらったバイクを、仲間に見せびらかす際には、「どうやって親をだましたか」という点を強調してみせたのである。
それは、観方によっては、思春期の子どもが「自分はどれだけ親という大人をだますことができるか」という点よりは「自分はどれだけ親から愛されているか」という点の顕示であるようにも見える。

また、ある子どもは、仲間内のある友達が、実の両親にはとても言えないような悩みを持っていることを知った。
その問題の解決には、大人の知識と大人の「保証」と、大人のお金が必要だったのだ。
その子は、友達を助けるために、親に嘘をついて、困っている友達のための助力を、親から引き出すことに成功した。
こうして、子ども社会のなかで、信頼と尊敬を勝ち取り、株を上げたのである。

こうした時期の子どもにとって、大切なのは、本当は、ただ、人間関係を構築するためのノウハウをよく教えてあげることなのかもしれない。
それは、幼少期によく教えてあげることである。
そうしたノウハウをもってして、思春期に立ち向かうのだと思う。