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論点を整理して書く。


集団的自衛権の解釈、あるいは憲法の改正に関して、論点を整理して書く。
ひとつ。
正当防衛の権利は、アメリカ社会でいう、銃刀法の合法化の理論とイコールであるかどうか。
私が思うのは、日本には伝統的に古来から、武道があったということである。
武士は刀を持っていて、それを使う権利も持っていたが、刀を抜かずに物事を解決する、という、武士の道を習い覚えていた。
これは、道徳であり、倫理であり、「道」である。
日本が軍隊を持つことは、日本人が刀を持つことであり、武士が刀を持つことである。
この刀を抜かずに物事を解決する道が、武士道の根本的な精神なのである。
これは、柔道や剣道にも通じるところである。
アメリカの銃合法化とは、その根底にある精神がまったくちがうものである。

ひとつ。
旧ソ連による、シベリア抑留について。
ソ連が日本人を強制連行したのは、日本が武力や、武力をもとにした強い力を持っていなかったからである。
スターリンのような、未だ捉えがたい、非人道的な独裁者に対して、どのように対応し、被害に遭わないようにするのか。
最終手段として、まずは武力を整えるしかないのではないかと思う。
また、こうした損害に遭わないために、向こうからしかけられた戦争の被害に遭わないために、その被害を最小限にするために、スターリンと闘う方法を身に着けるしかないと思う。
仕掛けられた戦争に「乗らない」ための、武力の保持である。
むしろ、戦争をしないための、武力維持である。
シベリアのような惨劇を繰り返さないために、軍を持つというのが、今の集団的「自衛」の理論である。
シベリアで被害に遭った人たちは、その現実を書き留めたのであって、史実と事実関係を書き留めた、理解した、というわけではない。
要するに、「こんなことはなしにしよう」と言いたかったのだろう。
しかし、最も大切なことは、戦争の原因を確かめることである。
この当時のソ連に、独裁者体制があったことを、筆者は知っていたかどうか、それをよく知って、二度と起こさないことが大切である。

ひとつ。
ハンセン病被害と、差別と、宗教に関して。
このところ、「法人税の軽減」が課題となっている。
法人の見直しを、抜本的にはかろう、ということかもしれない。
私は、「宗教」そのものを、よく研究することが大切であると思う。
思いハンセン病を患った人たちは、当時、医学的、科学的な原因が解明されていなかった。
近代になって、病の原因は科学的に解明されつつあり、治療法も研究されてきている。
しかし、ある人が「なぜ私がこの病気になったのか」という問に答えることはできない。
また、病気の快復だけが、幸せとは言えない。
こうした人たちが、人として生きるために、宗教は必要なものであった。
それは、現代も同じである。
目に見えない力、目に見えないものを大切にする気持ちが、現代の社会全体に広がっているように思える。
それは、科学に対して、認められていないものであるが、未解決の問題であるにはちがいない。

アメリカや中国、ロシアではすでに、超能力を軍事に使う方法を、秘密裡に研究開発しているそうである。
誰もが「虫の報せ」を聞く体験をしているし、幽霊を見たという人もいれば、占いで人生が助かったという人もいる。
日本の現状では、特に若い人たちに、こうした非科学的で目に見えない力に対する興味関心が深まっている、といえる。
たとえば、アニメであり、クールジャパンである。
これらは、宇宙や科学、未来や超能力を使える少年少女たちが、主人公になっている場合が多い。
こうした現象が報告されていたり、あるいは「ない」とは100%言えない状況のなかで、一概に否定してしまうのはどうか、と思える。
わずかに、SFマンガ、SFアニメ、SF小説、ファンタジーとして、市民権を得ているにすぎないが、それは、市民権がない、と同じである。

これらの不可思議現象を、国家を挙げて、予算を組んで、研究に取り組むことがとても大切であると思われる。
科学と、思想、精神医学の深いところを、もっともっと掘り下げていくための、真剣な学問と取り組みが、今、とても必要とされているように思われる。
また、そこに宗教が関わっていることも大切な要素である。
宗教、思想、精神医学、占い、超常現象、死後どうなるのか。
こうした課題に、面と向き合っていくことが、これからの未来と幸せを築くために、とても大切なことである。