三浦綾子「塩狩峠」


今年も、夏がやってくる。
毎年夏休みのシーズンには、子どもたちに読書をすすめる意味で、各出版社が本を選抜して紹介する。
これは、夏にさきがけて、ということだろうか、書店で小さなパンフレットをもらった。
「高校生に読んでほしい50冊」という小冊子である。
今、「高校生に読んでほしい」というと、どんな本が推奨されているのだろうか。
興味を持って、一冊一冊確かめてみた。
その中の一冊に、とても印象深い本があった。
三浦綾子さんの「塩狩峠」である。

その紹介文をここに書きとめよう。
「結納のため札幌に向った鉄道職員永野信夫の乗った列車が、塩狩峠の頂上にさしかかった時、突然客車が離れ、暴走し始めた。声もなく恐怖に怯える乗客。信夫は飛びつくようにハンドブレーキに手をかけた…。
明治末年、北海道旭川の塩狩峠で、自らの命を犠牲にして大勢の乗客の命を救った一青年の、愛と信仰に貫かれた生涯を描き、生きることの意味を問う長編小説。」
また、こうした題字も書かれている。
「誰だって、他人のために死にたくない。
……そうだろうか、本当に?」

列車事故も交通事故も、一度あることが、二度も三度もある。
それでも人は、車に乗り、列車にも乗る。
事故の大きさや、影響の大きさで、「一度あることは二度あるからもう二度とこれはしない」というのは、理屈としてはどうなるのだろう。
列車事故が二度も三度も起きている状況のなかで、便利な現代社会に慣れて、我が息子の命だけが大事、列車にも車にも乗るが、原発だけは反対、これで何の筋が通っているものか。
「生きることの意味」「命を燃焼しつくすことの意義」も知らない生存本能だけで、自己保身に生きるだけで、本当に成長をすることができるのだろうか。
「成長」というのは、人間的成長、という意味である。

そうした意味でも、現代の日本には、宗教や生きることの価値が、あまりにも薄れてしまっているのではないだろうか。
なにか根本的な精神を忘れてはいないだろうか。

今、高校生の若者たちが、「塩狩峠」を読んでいる。
大人たちも、見習うべきだと、私は思う。


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