スキップしてメイン コンテンツに移動

NHK「花子とアン」第7週「さらば修和女学校」感想。


花子の就職活動。
NHK朝の連続テレビ小説「花子とアン」。
ひとりの女性をヒロインにして、その生涯を描いていくのが、朝の連ドラの楽しみである。
ヒロイン花子は、今週は、いよいよ20歳を迎え、女学校の卒業を目前にして、就職活動にいそしむこととなる。
この週は、女学校時代の友達や、幼なじみ、妹たちが、それぞれに、職業を持って社会に羽ばたく物語になっている。
それにしても、女性の就職先はいろいろと本当に選択肢があるものである。

花子の腹心の友、蓮子は、遠く九州へお嫁に行った。
お見合い結婚である。
「小さい人たち」と呼ばれた入学のころから一緒だった醍醐さんは、何回もお見合いを繰り返して、お医者さんと縁談がまとまった。
ここまでなら「お見合い結婚派」となる。
以前は、結婚のことを「永久就職」などと呼んだものであるが、その「職」を選ぼうとしている。ところが…それを蹴って、職業婦人となる。
花子自身は、まずは、女学校の英語担当の教師、あの厳しかった富山先生から「この学校で英語の教師になりませんか」と声をかけてもらうことになる。
だがこのとき、山梨の故郷から、妹のカヨが、女工場から逃げ出して、東京の姉である花子のところに身を寄せていた。
当時、山梨県では、製糸工場というと、とても勤労の条件が厳しかった、という描かれ方である。
それで、「もう二度と、工場には戻らない」と言い出す。
工場に戻らない、ということは、山梨には戻れない、という意味である。
5年間の労働契約に違反したことになるので、山梨では顔が立たなくなる、という意味でもあるだろう。
労働基準法が確立していない時代のことであるから、妹のカヨとしては、自分自身が生きるために、懸命の選択をした、ということだろう。
それを許してくれた実家、母親、姉であった。
そして、姉である花子のコネクションで、東京で、外国から来た人たちの衣服を作る仕事の見習いに就くことになる。
お針子見習い、ということである。
これも、当時の女性の、職業選択だろうと思う。

花子自身は、富山先生からの、英語教師の申し出を断り、東京で出版社勤務をしたい、と思う。
そして、以前、ブラックバーン校長先生の紹介でアルバイトをした出版社に、ほとんど直談判ともいう形で、「お願いします」と行く。
そして、了承をもらうのだが、ここで、山梨の妹ももから、葉書が届く。
山梨の実家では、花子に、実家に戻ってきてほしいと思っているのだ。

このあたりが、花子の人生の選択である。
人生の分岐点にさしかかり、この選択の仕方が、花子の生き方であり、価値観ともなる。
実家の経済状態や環境、これまで応援してくれた家族のことを考えれば、大人になって、今度は親や兄弟姉妹に楽をさせてあげたい、家の力になりたい、と思うのは、成長の証として、自然であるかもしれない。

視聴者としては、どんな障害があっても、より自らの能力を高める職業へ就いてほしい、とも願うので、実家にはがまんしてもらって、出版社で働けたらいいのに、とも思うところである。
しかし、花子は、誰よりも家族から愛されてきて守られてきた。
その家族が、幸せになれなかったら、どんな立派な職業に就いても、穏やかな気持ちや幸せな気持ちを感じられないのだろう、と思う。

女性の職業選択にはこうして、より高い地位に、というよりも、よりみなの幸せのために、という心が働くように思う。

視聴者としては、花子が将来、翻訳家になることはわかっているので、これはちょっと腑に落ちないストーリー展開であるように思えることもある。
ただ、きっと職業、天職というのは、巡り合えるまでに遠く回り道をして、試行錯誤していくものなのではないか、とも思える。
これから、若い人たち、女性たちが、いろいろな視点から将来の職業を選択していくことだろうと思う。
「夢をおいかけて」「夢をかなえたい」とも思うだろう。
その「夢」ってなんだったのか、まだわからない、ということもあるだろう。
私は、若い人たちには、まず目の前に開かれた一本の道、選んだ最上の道を、一歩一歩着実に、歩んでほしい、と思う。
どんな職業であっても、今目の前にあることに、ひとつひとつ、丁寧に取り組んでいったときに、道は開けてくるのではないか、と思う。

花子は、実家の山梨に戻って、故郷の母校で代用教員を務めることにする。

卒業式のシーンは、とても思い出深い、印象深いシーンとなった。
ブラックバーン校長の送辞を、私もメモ書きしてしまった。
花子と一緒に、女学校で教育を受けたような大切な思い出となった。
修和女学校の先生がた、ありがとうございました!