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NHK「花子とアン」第22週「新しい家族」感想。

今年の春から始まったドラマ「花子とアン」。
NHKの朝の連続テレビ小説では、ひとりの女性にスポットを当てて、その半生を描くものだ。
両親の出会いから、幼い子ども時代、学校に上がる時代、就職活動、恋愛と結婚、仕事と友情、これらを描いて、物語は人生の後半戦に入っていく。
今週の「新しい家族」では、年代が「あれから5年」というふうに飛びながらも、花子の人生の後半が、進んでいくようである。
花子は40代に入り、だいたい45歳ごろであろうか。

女性の人生の、本当の充実期は40歳からである、という話をどこかで聞いたことがある。
何かの歴史小説や西洋の格言にも、やはり女性の人生は40代からが本番である、と書かれていたことを思い出す。
それは、特に女性は、10代、20代で、若い時代のときのほうが、華やかで美しいからではないか、と思う。
ただ「若い」というだけで、本当に輝かしいものだと思う。
それはそれで、若い時代を大切にするべきだと思う。
しかし、人間としての本当の深みと、10代、20代で何をしてきたか、というその結果は、やはり40代になって表れるのではないか、と思える。

物語のヒロイン・花子も、10代、20代では、紆余曲折と悩みと葛藤の連続であった。
女学校に入って学んだものの、自分の生き方が定まらず、家族との間で、それでもそのときそのときで、最善の選択をしてきたと思う。
特に、女学校を卒業した後に、郷里に戻って教員をしたことが、その後の職業を考えると回り道になっており、そうした遠回りを、ひとつひとつ自分の人生の蓄えにしてきたことが、花子の40代につながっているように思える。

そこには、小学校の教員だったころの、「子どもたちにお話を聞かせたい」という気持ちが一筋、芯が通っている。
また、一筋芯が通っているのとはまた別に、住む場所も変わり、人間関係も変わり、結婚して妻となり、母となっている。
そして、仕事も、翻訳と、「ラジオのおばさん」となっている。
変わらない目的と、次々に変わる職種とが、彼女の葛藤を物語っているようだ。
そしてそれらすべてを財産にして、その財産とは、社会的な地位であったり、職業であったり、すでに出版した本であったりするが、そこで、40代が花開くのである。

すでに、「ラジオのおばさん」の仕事は、毎日夕方の「コドモの時間」として安定しており、両親や妹たちには、自分自身の力で楽をさせてあげられるほど、経済力を身に着けている。
この週では、北海道に嫁いでいた妹のモモが、東京に来て、新しい人生を始めているが、この妹が、新しく、近代的な生活を始めることができたのも、苦境から立ち直るための手助けをすることができたのも、花子自身が、キャリアを積んできたからである。
そのキャリアとは、仕事であり、家族でもあるだろう。
また、家族が自宅の敷地内で稼働させている、印刷所兼出版社でもある。
ここの仕事は順調であるようだ。

自分の仕事、翻訳やラジオの仕事が順調で、夫の仕事、印刷所兼出版社が順調で、この状況の花子、45歳過ぎの花子には、経済的にも社会的地位も安定して潤沢な状況であったことがうかがわれる。
これが、教育を受けて、その教育を社会に発展させて努力してきた女性の姿である。

また、「新しい家族」と表題にあったように、当時はよくあったことだったようだが、妹・モモの実の娘を、村岡家の養女にすることができた。
これは、子ども一人を養う力があったということである。
育てる力でもある。

この週からは、時代は戦争の状況に入るようだ。
そして、いよいよ、モンゴメリ「赤毛のアン」との出会いである。
友たちも充分に力をつけて、女流作家として活躍している。
「赤毛のアン」との出会いは、40歳過ぎてからだったのか、と今さらながらに感慨深いものであるが、それこそが、40歳まで、努力を積み重ねてきた、学び働く女性への、人生後半への結実であり、プレゼントでもあるのだろう。
40代という、人生の成熟に向っての、これからの「花子とアン」とても楽しみである。