スキップしてメイン コンテンツに移動

NHK「花子とアン」第19週「春の贈りもの」感想。

NHK連続テレビ小説「花子とアン」。花子の人生も、関東大震災を迎えた。
季節は春、となっている。
この春は、どういう春なのか。
関東大震災が9月1日に起こり、翌年の春、ということである。
春は復活の季節、再生の季節であり、表題の「春の贈りもの」は、関東大震災からの再生をさすものだろう。
何事であっても、半年あればすぐに復活の、村岡夫妻である。
村岡夫妻は、消失してしまった村岡印刷と、やはり銀座にあって焼失した、花子の出版社であった聡文堂、に関して、さまざまな思いがあったようである。
もちろん、再建である。
しかし、この再建の道のりは、たいへんになにか不愉快というか、またも不自然さを感じさせるものであった。
ここのご夫婦は、何につけても、「夫唱婦随」ならぬ、「婦唱夫随」なのである。
「印刷所兼出版社を作りましょうよ!」と高らかに宣言したのは、妻である花子である。
そこに、「そうしよう」と賛同したのが、夫の英治である。
この夫、これが本当に「敷かれた亭主」というのだろうか、妻のいうことを次々に実現するために、一生懸命がんばる夫君で、自ら何かを提案して、始める、というところがまったくない。
実際には、男性は、妻が提唱したことに、賛成することはないし、がんばって仕事をすることは、絶対にない。
…と私は思う。
そういう意味で、ここの村岡英治氏は、いるはずのない男性であり、ある意味、女性作家が作り出した、空想上の男性像である。

こうして、空想上の男性と、あまりにも意気盛んな妻とで、あっと言う間に新しい会社が設立される。
会社の設立資金も、妻が、女学校時代の学友、(正確に言えば、学友の夫君の財産)から、集めた資金なのである。
奥さんがいたれりつくせり、の村岡夫婦であるが、村岡英治氏の自立性はどこにあるのだろうか。
なにかふわふわした、得体のしれない優しい夫として描かれているようで、心もとない。

ともかく、こうして、亡き義弟のための(このあたりもどことなく不自然な)最初の一冊を、印刷・出版することになる。
花子が、初めて翻訳して連載した「王子と乞食」である。
現代では、「乞食」は、使ってはいけない語句となっているのだが、これがこんなに頻発されるNHKドラマもなかなかである。
こうして、関東大震災というとてもつらい状況を、花子がひとりで本を印刷して、ひとりで春を作って、みんなにばらまいた、というわけである。