NHK「花子とアン」第8週「想像のツバサ?」感想。


花子は、山梨に帰って、小学校の教員になった。
ここで、NHKらしく描かれるのは、当時、若い女性が働く女性となったときに、職場で上司にどんなことを言われるか、どんな扱いを受けるのか、ということである。
当時の時代背景や女性を取り巻く環境があったことはまちがいないので、そこは、学ぶ気持ちで受け止めようと思う。
花子は、初めて生徒たちを受け持って、教師という仕事のむずかしさを知る。
そのときに思い出すのが、修和女学校での、何人もの女性教員の姿である。
こうして、先輩となる女性がいることは、とても心強く励みになるものだ。
また、教師の気持ちがわかり、生徒の気持ちもわかる、という状況になってくる。

そして花子は、自分が小学校の生徒だったときの状況と、とてもよく似た女の子に出会う。
タエちゃんである。
タエちゃんは、幼い弟を背中におんぶして学校にやってくる。
そして、男の子たちにからかわれる。
貧しいところも、同じである。

花子は、タエちゃんに「想像する」「空想する」という概念を教える。
花子自身が小さい生徒だったときに、おなかがすいたときにも空を見上げたときにも、想像の翼を広げて、苦しさや悲しみを乗り越えてきたのである。

聞いた話であるが、どんな個性を持った人も、教師に向いていない、ということはないのだそうである。
というのは、その個性の教師には、その個性にしかわかってあげられない生徒がいるから、ということなのである。
聡子が教師になったとしたら、聡子みたいな人生や感性を持った生徒を、教えたり導いたり育てたりしてあげられる、ということなのである。
花子はそうして、花子にしか導いてあげられない、生徒に出会う。
この生徒の「かけがえのなさ」は、教師である花子にも、何かを教えたり、インスピレーションを与えたりすることである。
まさに教師と生徒はこのようにして、教えたり教えられたりするものなのだろう。

タエさんの要望にこたえて、花子は、ものがたりを作る。
それを話して聞かせる。
その話を、同僚であり幼なじみである朝市くんが「応募してみたら」と勧めてくれる。
花子の個性が全開となっている「みみずの女王」。
タイトルだけでも、本当に花子らしいかんじがする。

見事、当選して、児童雑誌に掲載され、東京で、授賞式が行われる。
花子の、作家としての第一歩が、生徒からの触発であるところは、とても花子らしいところである。
就職活動のときに、地元に戻ることが、遠回りであったように思えたが、本当に花子らしい、作家としてのモチベーションを得るために、生徒たちとのふれあいは、とても大切だったのではないだろうか。

幼い生徒タエちゃんも、遠くから見守ってくれている。
花子の社会人としての第一歩は、本当にたくさんの人たちに見守られながらの、つまづきと試行錯誤の連続で、始まっていくのである。