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小鳥たちの歌声。

夏至が近い。
朝が早くなっている。
まだ3時ごろなのにすでに明るくなってきて、小鳥たちがさえずり始める。
いつも思っていた、小鳥たちはどうして、なにがうれしくて、あんなに楽しそうに啼いているのだろう?
私は今、小鳥を飼っている。
ベランダのサンのところまで来て、定位置でチュンチュンさえずっている。
「チュン太」と名前をつけた。
フリー契約である。

小鳥たちもなにか、言葉を交わしあっているのだと思う。
どんな会話をしているのだろう?
「ああ、朝だ、うれしいなあっ!」
「きょうも空が青くて、晴れ晴れするなあっ!」
「ちょっとあの枝まで飛んでみようっと、さあ、翼を広げて」

小鳥たちは、この世界を満喫している。
この世界に生まれてきたことを、体中で楽しんでいる。
限られた短い命かもしれないが、この世界に身体を持って生まれてきたおかげで、目が開いて空の青さや花の赤さを感じることができる。
波の音や、風の音、友達の歌う声を聴くことができる。

羽つくろいをすれば、翼を広げれば、この世界を感じることができるし、おいしいごちそうも味わうことができる。
何しろこの世界はとても広くて、いろいろなものがたくさんある。
新しい場所も、まだ知らない場所もたくさんあるし、大きな海や、大きな山や、透明な湖や、真っ白な冬の山もある。

世界を五感で満喫するために、小鳥たちはこの世界に生まれてきて、そして「楽しい、楽しい」と歌っているのだろう、と思うのだ。

人間だって、本当は命ある生き物だから、そうして小鳥のように、楽しい楽しい、と生きていけるはずだ。
でも人間は、心を持って生まれてきてしまった。
エゴも自尊心もある。
友達と仲良くしたい、できるだけ好かれたい、という気持ちもある。
だから、なかなか、世界を楽しめないのかもしれない。

でも、人間だけが生まれ持ってきた「心」と「自尊心」は、人間にしかできない何かを、生み出したり作り出したり、することができるかもしれない。
知性や頭脳だってそうである。
なまじ頭が良いばかりに、知識がたくさんあるばかりに、なかなか世界を楽しめないのかもしれない。
でも、人間にしかない知性と頭脳で、たくさんのことができるのではないだろうか。
そしてそれが、人間にしかできない、地球の楽しみ方かもしれない。

心や知性、自尊心を、上手にコントロールして、そして、人間にしか生み出せないコミュニティや社会や政治や文化というものを、たくさん作っていくことができたら、もっと世界を楽しめるのではないだろうか。
ただただ克服して抑えるのではなく、人間として生まれてきたこと、心と頭脳と自尊心と、コミュニティを作りたい気持ちを、いっぱいに生かしたときに、人間として生まれてきたことを、心から充実して楽しめるのではないか、と思う。

人間が、小鳥のように世界を楽しむために、古今東西、たくさんの知恵があり、それが示されている。
生まれたての子どものように、世界を遊ぶためには、たくさんの努力と知恵が必要だけれども、それができたときには、地球というフィールドで、遊びたわむれることが、きっとできるのだと思う。