集団的自衛権・解釈変更の目指すところ。

集団的自衛権の解釈をめぐって、世論が行き来している。
かねてより続いていた与党内での協議は、いわゆる「落としどころ」を見つけて、自民党と公明党の間で妥結されたようである。
この、集団的自衛権の妥結のニュースを聞いて、「すぐに戦争が始まる」「日本が戦争になる」と早合点した人も多く、危機感を募らせる人も多いようである。
私もこの、集団的自衛権の解釈変更、言ってみれば、拡大解釈、という点について、その目的と意図を、考えに考えてみた。
また、戦争が「すぐ、すぐ」始まるのか、「すぐ、すぐ」始まるという危機的状況にあるのか、それが「今」なのか、とてもよく考えてみた。
実際に、昨年、一昨年の状況を思い返してみても、アジアの危機はまだ去ってはいないのかもしれない。
中国や韓国との関係も、あまりよくない状況である。
でもそれは「すぐ、すぐ」なのだろうか。

私は、これは、そんなに「すぐ」「今」という問題ではない、と考えている。
理由はいくつかあるのだが、そのひとつとして、安倍政権の目指す「国造り」という点である。
私は、この集団的自衛権の拡大解釈にともなって、確かに戦争は「すぐに始まる」のではないか、と考えている。
しかしそれは、アメリカ的な戦争だ、と思う。
アメリカ的に、戦争をする国になるのだ、ということだ。

アメリカ的な戦争と私が思うのは、こういう状態である。
つまり、「アメリカは今、戦争中ですか?」という考えである。
アメリカ大陸、アメリカ本国のなかにおいて、爆弾が落ちたり、いわゆる戦場となっているところは、一か所もない。
アメリカは経済的にも繁栄している国であり、平和な状態であるといえるだろう。
また、民主的な状態でもある。
しかし、アメリカは軍隊を持っている。
これは、職業軍人である。
アメリカは軍隊を、アメリカ本土以外の国や地域に派遣して、治安維持活動を行っている。
治安維持活動のなかには、武力行使も含まれている。
シリアやイラン、イラク、中東や南スーダンに軍隊を派遣することもある。
だから、「アメリカは今、戦争中ですか?」という問いかけに対しては、「はい、戦争中です」という言い方もできるかもしれない。

こうして、日本の人々が、「日本は戦争状態になるのではないか」と恐れている、その戦争状態ではなくて、私は、今回の集団的自衛権解釈では、アメリカのような「戦争中」になるのではないか、と思うのである。
日本の人たちは、私も含めてであるが、第二次世界大戦のような、日本の国土に爆弾が落ちて、物資不足になり、国民皆兵状態になることを、「戦争」であると認識しているようである。
だが、アメリカ的戦争中も、国の存続状態として、あると思うのだ。

また、この状態は、フランスも、イギリスも、ドイツも、そうである。
つまり、職業軍人を持ち軍隊を持って、世界各地に軍を派遣して、武力を使った治安維持の活動をしている状態である。

私は、日本が、世界情勢のなかで、世界的にトップレベルの国として、他国特に欧米諸国と対等の立場に立つために、イギリスやフランスと同じ、軍隊の持ち方をする、という目的があって、そこを目指しているのではないか、と思う。

これは、国造りであり、国の「あり方」である。
安倍政権としては、多少の説明不足はあったと思うのだが、集団的自衛権とはなにか、という点も、首相みずからテレビ番組で、一時間にわたる説明を行った。

また、日本という国と国民を守るために、アメリカやほかの国と同盟を結ぶだろうし、その同盟関係の維持のために、アメリカを守ることもあるだろう。
同盟国を「他国」と考えずに、「自国を守るために必要な味方国」と捉えたのだと思う。

先日亡くなった小松一郎法制局長官は、こうしたことを言っていたのではないか、と思う。
また、イギリスやフランス、アメリカでも、自衛権つまり、自国を守る権利として、集団的自衛まで広げて解釈をしているのではないか、と思う。

私が思うのは、こうした解釈の変更によって、「すぐ、すぐ」に変わるのは、たとえば南スーダンにすでに出ている自衛隊の「戦い方」であって、日本がどこか他国から攻撃される、ということではないと思う。
そういった意味で、今、日本国民が生活や仕事などで、不安になる必要はないと思う。

また、今後は、国連軍への参加、ということも視野に入っているようである。
国連は、世界の平和の警察隊のようなものだ。
シリアへの国連軍の派遣の当時は、国連軍がとてもかなわないということで引き返してきてとても残念だったのを、覚えている。
国連が武力による鎮圧を認めているのなら、それは世界的スタンダードだ、ということになる。
ただし、こうなってくると、これは憲法の解釈だけではなく、変更が必要になってくるだろう。
今、イラクでは、シリアから流入してきた、本当にどうにも対応のしようがないグループが、悪いことをしている。
こうした状況をなくすには、どうするべきなのか、現実的な視点から考えてみるべきだ。

ともかく、私は、今回の集団的自衛権の解釈妥結には、安堵している。
日本の国造り、世界スタンダードへの道は、また一歩大きく前へ進んだ、と言えると思う。
たくさんの国民が参加しながら、これからも論議を進めていくことが、望ましいと思う。
本当の平和を造るために、何が必要なのか、もっともっと考えてそして進めていきたいと思う。