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NHKドラマ「紙の月」第一回「名前のない金」感想。

昨夜、NHKドラマ「紙の月」第一回の放送を見てみた。 アイドル全盛期にとても人気のあった女優・原田知世さんが、久しぶりのドラマ出演ということで、興味を持った。 また、共演となる、ヒロインの女友達に、西田尚美、水野真紀、と、同世代の女優をそろえたところも、とても興味深かった。

原田知世が演じるヒロイン梨花は、いわゆる「平凡な主婦」という設定である。 「幸せであるはずの」というところだろうか。 夫はエリートビジネスマンでかなりの収入がありそうである。 だから、妻はパートなどに出る必要がない、少なくとも生計を立てるためのパート仕事をする必要がない、ということだ。 そして、映像で描かれるとおりに、新しくて立派な持家がある。 ヒロイン梨花は、学歴は、短期大学卒業である。 その後、少し会社勤めをしたあとに、結婚して専業主婦になった、というところだろうか。 ところが、この梨花は、幸せを感じることができず、心に何か、渇きを覚えている。 結婚して10年たっても、子どもに恵まれない。 だから、母親になることができないので、世間一般の女性たちに比べて、自分に何か劣等感や、「足りないもの」を抱き続けている。 また、キャリアウーマンとして働いてきた女友達に対しては、やはり劣等感を持っている。 結婚で仕事を辞めることをしないで、働き続けた女性には、40代になれば、それ相当の、キャリアがついている。 社会的立場も、給料も、働き甲斐もある、というところだろう。

しかし、専業主婦を選んだ梨花には、仕事という、社会的立場が、ないのである。 母親でもないし、職も持っていない梨花にとって、「自分はいったい誰なのだろう?」「なんのために、誰のために生きているのだろう?」という、孤独と不安が押し寄せてくる。 それで、パート仕事を持つことにする。 この仕事も、なんとも言えないような、仕事である。 というのは、銀行で雇われた主婦パートで、お客さんの自宅を回って、会話サービスをしたり、お金を預かってきたりするのだが、これは、信用が必要な仕事である。 ここで銀行で雇われるために必要だった「信用」とは、ご主人の仕事、会社、会社でのポスト、というわけである。 奥さんが、この銀行の仕事でなんらかのミスをすることがあれば、これは、ご主人が引き受けます、という状況なのである。 また、正直、こうした営業の仕事をする女性は、容姿が一番なのである。

もの悲しさを感じさせるシーンがところどころにあって、このヒロイン梨花が、書店を訪れるシーンがある。 短期大学卒業のあと、専業主婦になってしまった梨花であるが、キャリアウーマンの友達に少しでも近づきたいと「今さらながらに」思うのだろうか、資格試験を受けようとするのである。 それも、証券であるとか、あるいは、宅建であるとかである。 40歳も近くなってから、仕事を始めようとしても、キャリアで追いつかない。 仕事があるとすると、パート勤めで、スーパーマーケットのレジ打ちや、総菜屋さんの調理場で、おかずを作ったりするくらいだろう。 それも、自給で働くことになるだろう。

ヒロイン梨花は、そういった求人情報、年齢や性別による、職業の情報を知っていたのかもしれないが、そこでプライドがあるのだろう、銀行や証券の、ホワイトカラーを、今更ながら、目指そうとするのである。

そして、この夫は、そうした、自立心や自主的な志を持った妻を、ほめたり、励ましたりしているつもりなのだろうが、夫の稼ぎで充分暮らして行ける状況を、妻のために作ってあげているので、それを訴えざるを得なくなる。 そして、いろいろな意味で、夫が社会のなかで、傘になってあげている、ということを、ほのめかすことになる。 それが、「君が働いても働かなくても、何も変わらないのだから」というセリフになる。 この言葉が、ヒロイン梨花を、とても深く傷つけることになる。 「私はいてもいなくてもいい存在なのか」 「誰かに必要とされたい」という、孤独な気持ちとなって、心はどんどん深い闇に落ちていくようなのである。

しかし、このヒロインの、暗く沈んだ表情を見ていると、ご家庭に、このような奥さんが待っているなら、ご主人もやりきれなくなるのではないか、と女性である私も、思ってしまう。 また、大きくてきれいな家を建ててもらって、働かないで暮らして行ける環境を作ってもらっているのなら、それをご主人に感謝して、よりよい奥さんになれるように、何かおいしい料理でも、作ってみようとは、思わないのだろうか…?

そして、次の展開が現れる。 「渇いた心を持つ専業主婦」の前に、若くて、よれよれの恰好をした、映画監督を目指している、熱情の眼を持った青年が現れるのである。 私は、その瞬間「きたか…」と絶句してしまった。

私は、自分なりに、学生の時代から、自分でも脚本を書いてみたいとか、小説を書いてみたいとか、映画を撮影する友達がいたりとか、そういう環境だったからかもしれないが、こうした、熱気だけの青年が来ても、全然心が動かないと思う。 だが、このヒロイン梨花は、完全に心が動いてしまうのである。 専業主婦といっても、実際には、心の底にあったのは、女優さんみたいに、スポットライトを浴びて注目されてみたい、ちやほやされたい、という自己顕示欲だったのか、と思うと、なんだか、ぞっとする。 女性というのは、しょせん、そういう存在なのだろうか。 女性というのは、しょせん、そういう存在だと思われているのだろうか。 しかし、このドラマの原作も脚本も、女性なのである…。

「自分の撮影する映画に出演してほしい」と言われた、専業主婦・梨花は、帰り道に気分が浮かれて、化粧品の買い物をしてしまう。 ここで、「年齢なりに、よい化粧品をシリーズで使ったほうがよいですよ」と美容部員に言われるシーンは、誰もがデパートなどで、体験する場面なので、ここはこれで面白いと思った。 虚栄心を、本当にくすぐってくるのが、デパートの化粧品売り場なのである。 昨年の、化粧品の白斑の件を思い出させる。 「シリーズで買って使ってください」というわりには、「持ち金がない」というと顔をしかめ、ひとつかふたつ、品物を取り除いて、持ち金に合わせて、商品を目の前で調節するのである。 美容部員というのは、女性が女性同士で、助け合ってもよいのではないだろうか。 多くの女性たちが、もう対面式の化粧品売り場にはいきたくない、ネットで買いたい、と思うのは、この場面の屈辱感のせいである。

ヒロインはこうして、心が夫から離れてしまう。 本当なら、考えてみると、立派にスーツを着て、毎日どれくらいのストレスと残業を抱えているのか、仕事をして、お給料を持ってきて、清潔な自宅に住まわせてくれるこのご主人のほうが、男として、立派ではないのだろうか。 そういった、「男性を見る目」が全然、ないのである。

ここで描かれる「ごく平凡な主婦像」が、本当に、「ごく平凡などこにでもいる主婦」だとすると、それは、まちがいではないか、と私は思う。 …、そう思いながら、女性の、本当に幸せな生き方とは、なんなのかを、考えてみる。

どちらにしても、ここ数年のNHKドラマは、とてもがんばって、話題作りをしようとしているようでありながら、やっぱり今年も、不作であった、としか言いようがない。 問題提起もよいのだが、本当の女性の生き方を、提案してくれるようなドラマ作りを、期待したいものである。