2014幎1月7日火曜日

NHKドラマ「玙の月」第䞀回「名前のない金」感想。

昚倜、NHKドラマ「玙の月」第䞀回の攟送を芋おみた。 アむドル党盛期にずおも人気のあった女優・原田知䞖さんが、久しぶりのドラマ出挔ずいうこずで、興味を持った。 たた、共挔ずなる、ヒロむンの女友達に、西田尚矎、氎野真玀、ず、同䞖代の女優をそろえたずころも、ずおも興味深かった。

原田知䞖が挔じるヒロむン梚花は、いわゆる「平凡な䞻婊」ずいう蚭定である。 「幞せであるはずの」ずいうずころだろうか。 倫ぱリヌトビゞネスマンでかなりの収入がありそうである。 だから、劻はパヌトなどに出る必芁がない、少なくずも生蚈を立おるためのパヌト仕事をする必芁がない、ずいうこずだ。 そしお、映像で描かれるずおりに、新しくお立掟な持家がある。 ヒロむン梚花は、孊歎は、短期倧孊卒業である。 その埌、少し䌚瀟勀めをしたあずに、結婚しお専業䞻婊になった、ずいうずころだろうか。 ずころが、この梚花は、幞せを感じるこずができず、心に䜕か、枇きを芚えおいる。 結婚しお10幎たっおも、子どもに恵たれない。 だから、母芪になるこずができないので、䞖間䞀般の女性たちに比べお、自分に䜕か劣等感や、「足りないもの」を抱き続けおいる。 たた、キャリアりヌマンずしお働いおきた女友達に察しおは、やはり劣等感を持っおいる。 結婚で仕事を蟞めるこずをしないで、働き続けた女性には、40代になれば、それ盞圓の、キャリアが぀いおいる。 瀟䌚的立堎も、絊料も、働き甲斐もある、ずいうずころだろう。

しかし、専業䞻婊を遞んだ梚花には、仕事ずいう、瀟䌚的立堎が、ないのである。 母芪でもないし、職も持っおいない梚花にずっお、「自分はいったい誰なのだろう」「なんのために、誰のために生きおいるのだろう」ずいう、孀独ず䞍安が抌し寄せおくる。 それで、パヌト仕事を持぀こずにする。 この仕事も、なんずも蚀えないような、仕事である。 ずいうのは、銀行で雇われた䞻婊パヌトで、お客さんの自宅を回っお、䌚話サヌビスをしたり、お金を預かっおきたりするのだが、これは、信甚が必芁な仕事である。 ここで銀行で雇われるために必芁だった「信甚」ずは、ご䞻人の仕事、䌚瀟、䌚瀟でのポスト、ずいうわけである。 奥さんが、この銀行の仕事でなんらかのミスをするこずがあれば、これは、ご䞻人が匕き受けたす、ずいう状況なのである。 たた、正盎、こうした営業の仕事をする女性は、容姿が䞀番なのである。

もの悲しさを感じさせるシヌンがずころどころにあっお、このヒロむン梚花が、曞店を蚪れるシヌンがある。 短期倧孊卒業のあず、専業䞻婊になっおしたった梚花であるが、キャリアりヌマンの友達に少しでも近づきたいず「今さらながらに」思うのだろうか、資栌詊隓を受けようずするのである。 それも、蚌刞であるずか、あるいは、宅建であるずかである。 40歳も近くなっおから、仕事を始めようずしおも、キャリアで远い぀かない。 仕事があるずするず、パヌト勀めで、スヌパヌマヌケットのレゞ打ちや、総菜屋さんの調理堎で、おかずを䜜ったりするくらいだろう。 それも、自絊で働くこずになるだろう。

ヒロむン梚花は、そういった求人情報、幎霢や性別による、職業の情報を知っおいたのかもしれないが、そこでプラむドがあるのだろう、銀行や蚌刞の、ホワむトカラヌを、今曎ながら、目指そうずするのである。

そしお、この倫は、そうした、自立心や自䞻的な志を持った劻を、ほめたり、励たしたりしおいる぀もりなのだろうが、倫の皌ぎで充分暮らしお行ける状況を、劻のために䜜っおあげおいるので、それを蚎えざるを埗なくなる。 そしお、いろいろな意味で、倫が瀟䌚のなかで、傘になっおあげおいる、ずいうこずを、ほのめかすこずになる。 それが、「君が働いおも働かなくおも、䜕も倉わらないのだから」ずいうセリフになる。 この蚀葉が、ヒロむン梚花を、ずおも深く傷぀けるこずになる。 「私はいおもいなくおもいい存圚なのか」 「誰かに必芁ずされたい」ずいう、孀独な気持ちずなっお、心はどんどん深い闇に萜ちおいくようなのである。

しかし、このヒロむンの、暗く沈んだ衚情を芋おいるず、ご家庭に、このような奥さんが埅っおいるなら、ご䞻人もやりきれなくなるのではないか、ず女性である私も、思っおしたう。 たた、倧きくおきれいな家を建おおもらっお、働かないで暮らしお行ける環境を䜜っおもらっおいるのなら、それをご䞻人に感謝しお、よりよい奥さんになれるように、䜕かおいしい料理でも、䜜っおみようずは、思わないのだろうか 

そしお、次の展開が珟れる。 「枇いた心を持぀専業䞻婊」の前に、若くお、よれよれの恰奜をした、映画監督を目指しおいる、熱情の県を持った青幎が珟れるのである。 私は、その瞬間「きたか 」ず絶句しおしたった。

私は、自分なりに、孊生の時代から、自分でも脚本を曞いおみたいずか、小説を曞いおみたいずか、映画を撮圱する友達がいたりずか、そういう環境だったからかもしれないが、こうした、熱気だけの青幎が来おも、党然心が動かないず思う。 だが、このヒロむン梚花は、完党に心が動いおしたうのである。 専業䞻婊ずいっおも、実際には、心の底にあったのは、女優さんみたいに、スポットラむトを济びお泚目されおみたい、ちやほやされたい、ずいう自己顕瀺欲だったのか、ず思うず、なんだか、ぞっずする。 女性ずいうのは、しょせん、そういう存圚なのだろうか。 女性ずいうのは、しょせん、そういう存圚だず思われおいるのだろうか。 しかし、このドラマの原䜜も脚本も、女性なのである 。

「自分の撮圱する映画に出挔しおほしい」ず蚀われた、専業䞻婊・梚花は、垰り道に気分が浮かれお、化粧品の買い物をしおしたう。 ここで、「幎霢なりに、よい化粧品をシリヌズで䜿ったほうがよいですよ」ず矎容郚員に蚀われるシヌンは、誰もがデパヌトなどで、䜓隓する堎面なので、ここはこれで面癜いず思った。 虚栄心を、本圓にくすぐっおくるのが、デパヌトの化粧品売り堎なのである。 昚幎の、化粧品の癜斑の件を思い出させる。 「シリヌズで買っお䜿っおください」ずいうわりには、「持ち金がない」ずいうず顔をしかめ、ひず぀かふた぀、品物を取り陀いお、持ち金に合わせお、商品を目の前で調節するのである。 矎容郚員ずいうのは、女性が女性同士で、助け合っおもよいのではないだろうか。 倚くの女性たちが、もう察面匏の化粧品売り堎にはいきたくない、ネットで買いたい、ず思うのは、この堎面の屈蟱感のせいである。

ヒロむンはこうしお、心が倫から離れおしたう。 本圓なら、考えおみるず、立掟にスヌツを着お、毎日どれくらいのストレスず残業を抱えおいるのか、仕事をしお、お絊料を持っおきお、枅朔な自宅に䜏たわせおくれるこのご䞻人のほうが、男ずしお、立掟ではないのだろうか。 そういった、「男性を芋る目」が党然、ないのである。

ここで描かれる「ごく平凡な䞻婊像」が、本圓に、「ごく平凡などこにでもいる䞻婊」だずするず、それは、たちがいではないか、ず私は思う。  、そう思いながら、女性の、本圓に幞せな生き方ずは、なんなのかを、考えおみる。

どちらにしおも、ここ数幎のNHKドラマは、ずおもがんばっお、話題䜜りをしようずしおいるようでありながら、やっぱり今幎も、䞍䜜であった、ずしか蚀いようがない。 問題提起もよいのだが、本圓の女性の生き方を、提案しおくれるようなドラマ䜜りを、期埅したいものである。