スキップしてメイン コンテンツに移動

欲しがりません勝つまでは。

今年にはいってから、もう一か月が過ぎようとしている。
「一月は行く。二月は逃げる。三月は去る。」と言われるとおりである。
年が明けると、月日の過ぎ去るのは、本当に早いものである。
いったい何をしていたのやら、一月の新しかったカレンダーは、もう二月にめくれようとしている。

この一か月のことを考えてみると、社会の状況というのは、昨年よりも悪くなった、と感じざるを得ない。
人間というのは不思議なもので、新しい年が明けると、何かこう、前の年よりいいことが起こりそうだ、とか、前の年より佳い年になりそうだ、とか思うものである。
しかし、世の中は、昨年よりもっと、悪くなっているかんじがする。

これは、単なる社会不安というより、戦争が起こっている、という状態であるだろうと思う。
どこの国とどこの国、というわけでもない。
日本が戦争中である、とはっきり言えるわけでもない。
しかし、世界の状況を見ていて、これはなんらかの形の戦争であるように思えてしかたない。

私たち、戦後生まれの、「戦争を知らない子どもたち」は、第二次世界大戦に関していろいろなことを教えられてきた。
戦争の記録を忘れない運動、子どもたちに伝える運動、というのもさかんだった。
だから、戦時中の暮らしについて、いろいろと考えてしまう。

やはり、「富国強兵」なのだろうか。
そして、私が思うのは、「欲しがりません。勝つまでは」という標語である。
インフレーションも少しずつ進んでいるようである。
ぜいたくは慎んで、質素な生活に、ライフスタイルを見直そうと思っている。

ところで、人質事件が長引いている。
これまで、誘拐事件の身代金に関してはとても「甘かった」日本であるが、今回は、日本のイメージを払拭しようと、壁を乗り越えようとしているようである。
テロには断じて屈しない、ということを、はっきりと態度に表している。

しかし、親日国ヨルダンを巻きこんでしまった。

今回の人質事件では、日本政府は、さっさとこの民間人をあきらめてしまって、このふたりを見捨ててから、「イスラム国ってひどいじゃないか」と世論を沸き立たせ、その機に乗じて、自衛隊を集団的自衛権で派遣しようとしていたように思う。
パリで新聞社の襲撃事件が起こってから、イスラム国への、欧米プラス日本の、軍を作っての攻撃は、計画されていたように思う。

しかし、ここで日本人人質事件が長引いてしまった。
ここは、ヨルダンに頼み込んでも、いったん人質を解放してもらって、日本国の世論を収めたほうがよいように思う。
それから改めて、日本の世論をまとめあげて、国連軍を組織し、そこに参加する、という順番でよいように思う。

ヨルダンにもさまざまな考えがあるだろうと思うけれども、日本からヨルダンへのさまざまな形での支援を約束すれば、要求されている女性を解放することもできるだろう。

また、人質の解放、交換にあたっては、慎重を期すべきである。
こちらから、トルコとの国境地帯を指定して、そこにイスラム国の指導者と人質を呼び、話し合いをすることも可能であるだろうと思う。

時間と場所を指定することは、主導権を握ることになる。
日本政府にもここはがんばってほしい。
そして、不安におびえる日本国民をまずは、落ち着かせてほしいと思う。