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平凡な一市民。

私は、平凡な一市民である。
役職も無ければ、肩書きもない。
原稿料も無ければ、報酬もない。
将来の年金も無い。

しかし、おかげで、責任もない。
自由である。

世間では今、人質事件や国際問題で、とても大変な思いをしている人たちがいる。
責任ある人々は、大変だろう、と思う。
それこそ、将来の年金がかかっている。
地位も名声もかかっている。

今、日本国民はおびえている。
おびえながらもこうして、名もなき一市民であることに、ほっとして胸をなでおろしている人は、たくさんいることだろう、と思う。

国際情勢と人命がかかった、こんな大変なときに、原稿料をもらって書いているんでなくて、本当によかった。
老後の年金のために、信念を曲げてまで、文章を書くことにならなくて、本当によかった、と胸がせいせいしているブロガーたちが、たくさんいるだろう、と思う。

縁の下の力持ち、という言葉がある。
自分の暮らす縁の下に、「誰か」力持ちさんがいてくれたら、それはきっと、「当たり前」だと思ってしまうくらい、居心地がいいことだろう。
そして、その人を、ずっと永遠に、縁の下に閉じ込めておくのだろうと思う。

私は、縁の下に閉じ込められているような気がしていたが、ここで、もっと素晴らしいことに気が付いた。
それは、自由である、ということである。

雇用契約も結んでいないし、お給料ももらっていない状況で、なんの因縁があるものか。

日本が危ういこのときには、地位も名誉も責任もある人たちにすべてまかせて、私は今の、平凡な一市民の生活を、楽しもうと思う。