連載・79 大正ライスカレー

お料理エッセー・そら豆のひとりごと。

ニワトリが先か、玉子が先か、というテーマがある。
同じように、カレーライスなのかライスカレーなのか、というテーマがある。
これもまた、永遠の謎である。
ライスカレーの淵源は、ご存知のとおりインドであるが、もともとはこうしたアジア熱帯地方のターメリックを中心としたさまざまな香辛料を使った料理である。
日本に入ってきたのは明治時代だったそうだ。
もともと、外国から入ってきた料理を、日本風にアレンジするのは得意なことであるから、その大本を掴んだうえで、いろいろに工夫して広がっていったようだ。
明治時代には、高級料理であった。
現代では、高級ライスカレーもあれば、家庭的ライスカレーもある。
では、日本における、ライスカレーの中心地は、というと、これは東京なのだそうだ。
東京・神田の書店街に、古書店の間と間に、レトロで小さな料理店がある。
あるいは、喫茶店でもある。
喫茶店でナポリタンやライスカレーをメニューにいれている。
そうして、今一番新しいカレーは、神田で作り出されているエチオピアカレーなのだそうだ。

私も、家で作る料理として、ライスカレーは大好きだ。
じゃがいも、にんじん、たまねぎ、を具材として、あるときはチキンカレー、あるときはビーフカレー、またあるときには、小間肉であり、あるときには、ひき肉である。
簡単に、市販の固型ルーを使うのであるが、その仕上げに、何やら隠し味をすると、作るたびにちがった味のカレーができあがる。

幼いころ、お母さんが作ってくれる夕食のカレーも、こうした市販の固型ルーを使ったものだった。
うちの母は、いろいろな種類の固型ルーをブレンドして使っていた。
子どもたちが小さいときは、林檎とはちみつ入りの「甘口」で、少しおとなになってくると、「中辛」にしてくれる。
弟は男の子だからなのか辛いのが平気で、激辛にしてほしい、などという。

母は、夕食の支度をしながらいろいろな話をしてくれるのが好きで、カレーを作りながら、カレーについて話してくれる。
「ずっと前は、バーモントカレーなんでいう便利なものはなかったから、カレー粉と小麦粉とバターとでルーを作ったのよ」
という。
私が不思議に思っていると「お母さん、今から作ってみようか、ね」という。
フライパンにバターを熱して溶かす。
そこに、カレー粉をたくさん入れて、焦がすように炒める。
それから、小麦粉を入れて、これも軽く炒める。
そして、水を少し流しいれる。
そうすると、カレー味のとろっとしたルーができあがる。
これを別にとっておいて、別のお鍋に、ニンジンと玉ねぎを炒めて、豚の小間肉を炒める。
ちょうどいいころ塩梅になったところで、さっきフライパンで作ったルーを野菜にからめるように流し込んで溶かす。

「ハウスバーモントカレーなんてのがなかったころは、こうして小麦粉でとろみをつけたのよ、どう、食べてみる?」
ほかほかのライスを横長の深い皿に盛って、その上にカレールーをかけた。
はっきりいって、バーモントカレーとはちがうものだ!

お母さんは、「どうかな?おいしい?いつもとちょっとちがうでしょ?」と言って、大きなスプーンを渡してくれる。
きっとたぶん、明治大正のカレーはこんなふうだったのだろう、と思う。

大人になって本場エスニックカレーを作るようになっても、あのときのやさしい小麦粉の甘さは忘れられない。
今、なつかしの昭和レトロブームだという。
神田の古書街には、今も当時の味のまま、今も当時の皿とスプーンのままの、カレーがあるのだという。
タイムトリップしたようにときおり昔の味を、作ってみたくなる。
母から電話が来て、「札幌スープカレーにブームが来てるんだ、作ったし」と笑い声がする。

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