吉田松陰の門下として。

きょうは日曜日。
日曜日の夜というと、NHK大河ドラマである。
今回の大河ドラマ「花燃ゆ」は、山口県が舞台となっている。
総理大臣の安倍氏の、「肝入り」とも呼ばれている。
本当に、安倍総理大臣が、NHK大河に口出しをしたのかどうかは、定かではないが、私たちの国のトップが、どのようなことを考えているのか、どのような人物なのか、そうしたことを推測するには、とても参考になるドラマだと思う。

どんな人も、我が郷里の偉人を尊敬し、誇りに思うものだ。
郷里の学校では、その偉人の教えを学ぶこともできるだろう。
だから、安倍総理大臣も、山口県出身の政治家も、やはり人として、郷里の偉人を尊敬して、模範としていることは、考えられると思う。

特に、吉田松陰は、私たちが学校の歴史の教科書で学ぶ偉人である。
私の推測であるが、安倍総理大臣は、吉田松陰の教えに、とても詳しいのではないか、と思う。
吉田松陰の書いた本や、長州藩の歴史を、深く学んで心に刻んでいるのではないだろうか。

そう考えながら「花燃ゆ」を見ていて、ある大事なことに気が付いた。
それは、吉田松陰が、もともと、兵学家の家に養子に入って学んでいるということである。
兵法の天才なのである。
これは、確か山鹿流と呼ばれていたと思う。

だとすると、安倍総理大臣は、山鹿流の兵法にとても詳しいのではないだろうか。

これから、戦争が始まるかもしれない。
そうしたときに、私たちがとても不安になるのは、ある日突然、砲弾の投げ合いになるのではないか、ということで、人々が混乱しながら撃ち合うような状態である。

しかし、日本のトップである総理大臣が兵法を修めているとなると、これは話がちがってくる。
戦争についてとてもよく学んでいて、詳しくて、それを順番に兵法の通りに実行している、ということである。

戦争とは無秩序であり、崩壊である、と漠然と考えている人も多いかもしれない。
戦後70年を、戦争なしで生きてきた私たちにとっては、「戦争のやりかた」というのは、どこからも聞いたこともないし、学校でも習わなかった。

しかし、「戦争のやりかた」というのは、あるのである。

たとえば、私たちも小説やコミック、映画でもよく知っている「三国志」というお話がある。
中国の昔々の戦乱の世の中の話である。

ここでは、戦乱の世の中を治めようと、劉備玄徳や関羽や張飛が、立ち上がる。
しかし、志とヤル気の劉備玄徳や、力と刀の関羽だけでは、戦乱の世を、どのように治め、どのように戦争をしたらよいのか、わからない。

それで、三人は、策士を雇うことにする。
雇うといっても、お願いである。
三顧の礼は有名なエピソードであるが、ここで才知に長けた諸葛孔明に戦争のやりかたを教えてもらうことで、戦争が成り立ち、勝って行けるのである。

たとえば、私は映画の「レッドクリフ」で観たけれども、「赤壁の戦い」という有名な戦いがある。
これは、諸葛孔明の策士の腕の見せ所である。

まず、地形である。
高い壁、せまい入り組んだ海。
そうした地形と風土と気候を利用すると、たとえば、「敵」が、万単位の兵を持っていたとしても、こちらが数千の兵力で、勝つことも可能なのである。

これが、策であり、戦略である。

こうした戦争のさまざまな方法、勝ち方が、兵法であり、兵術である。
吉田松陰はこの兵法の勉強をしていた、ということなのである。


それなので、日本の総理大臣も、兵法をわきまえたうえで、戦争に臨んでいるのではないか、と思うのである。
そうすると、明治維新において、長州藩の動きを考えてみれば、京都では、鳥羽伏見の戦いがあり、そのあとには戊辰戦争があった。
そして、長州藩は倒幕・開国派となり、見事、江戸幕府を倒して、新政府を築き、開国を成し遂げている。

安倍総理大臣は、長州藩のこの倒幕、開国のやり方で、戦争を計画して実行しているのではないか、と想像できるのである。

長州藩は、京都や江戸に、兵を出して、どんどん東へと勢力を伸ばして行った。
そのとき、最前線の火花を散らす戦場というのは、必ずしも、山口県ではなかった。
もしも、山口県で火花が散っていたとしたら、それは負けが込んできた、という状況だったろう。
城攻め、ということになる。
実際に城攻めを行ったのは、長州藩(倒幕派)が、福島県、会津の鶴ヶ城攻めである。
そして、会津は負けて、戊辰戦争は終わった。
(会津は、松平家、徳川派であった)


このような、長州藩の明治維新の戦い方で、今の平成の世でも、戦略を仕掛けているのではないか、と私は思うのである。

これは、なんの計画性もなくやみくもに実弾を飛ばしあうのとは、わけがちがう。
そういった意味で、計画性のある戦争は、勝てる見込みもあるのではないか、と私は推測するのである。
また、日本の国土で砲弾が飛び交うようなことは、今のところはまずないのではないか、と推測するのである。

しかし、日本流、山鹿流の兵法は、そんなに強いものだろうか。
世界に通用するものだろうか。

世界には世界レベルの兵法、戦法がある、と私は思う。
たとえば、ヨーロッパでは、ナポレオンである。
考えてみれば、ナポレオンは、ヨーロッパのあちこちに進軍しては、密談、密約、条約を結んでいた。

今も、ウクライナをめぐって、ベラルーシで、四か国の首脳が頭をそろえて、密談をして条約を結んでいる。
これは、まったくナポレオン式の戦法であるように、私には見えるのである。

では、アメリカはどうだろう。
アメリカでは、軍隊、ペンタゴンが、世界中、古今東西の戦法、兵法を、分析し、研究を日々重ねているはずである。
やはり今、一番強い兵法を持っているのは、アメリカではないだろうか。

しかし、日本でも、吉田松陰の山鹿流に限定せず、防衛大学校では、兵法の研究は進んでいるはずなのである。

こう考えると、各国の兵法のぶつかりあいが、よく見えてくるような気がする。
どちらにしても、どんな兵法でも、まずはお金、国を豊かにすることが肝要だろう。
それから、武器調達が必要だろう。
それから、民主的な世の中であるから、法整備も必要だろう。

そうしたことを、この2年間ですべてやっているのが、今の日本国のように思えるのである。

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