🇯🇵💳次世代クレジットカード Nudge

 

ナッジ（東京・千代田）は、2021年9月から次世代クレジットカード「Nudge」の発行を始めた新興フィンテック企業だ。そのNudgeには、ユーザー一人ひとりにつき人工知能（AI）を使った審査で与信枠を付与するなど、これまでのクレジットカードにはなかった特徴がいくつもある。

まず、専用アプリを使ってNudgeの加入申し込みをするユーザーはサービス開始当初、驚くことに、クレジットカードにもかかわらず引き落としのための銀行口座を登録する必要がなかった。カードで決済した翌日から、セブン銀行ATMを使って現金で返済すればよかったからだ（現在は、指定口座への振り込みや銀行口座からの引き落としという手段でも返済できる）。

Nudgeには毎月の限度額という概念がなく、返済し続ける限りいつでも最大10万円を使える。「返済した分だけカードの与信枠（上限10万円）が復活し、使った翌月末までに返済すれば金利も発生しない」（ナッジ代表の沖田貴史氏）。

さらに驚くべきは、名前や住所こそ記入するものの、従来のクレジットカードなら申込時に記入するのが当たり前だった性別やメールアドレス、勤務先、年収、家族構成などについて、Nudgeでは申込時に一切記入する必要がないことだ。

それでいてユーザーは、申し込み後に郵送されてくるICチップ内蔵クレジットカードを使って、従来のクレジットカードと同じく、店頭や電子商取引（EC）などで決済できる。専用アプリを使えば、今どれくらいの金額をカードで決済したか、あとどのくらいの金額を使えるのかといった情報をリアルタイムで管理・表示もできる。

20〜30代の若年層の開拓を図る

ナッジは、Nudgeのメインターゲット層として20〜30代の若年層を見据える。特に、これまで若すぎるなどの理由でクレジットカードを持てなかった人々や、利用した金額や銀行口座からの引き落とし額が分からないためクレジットカードの利用を避けてきたという「現金重視」の人々を狙う。

こうした若年層の人々にクレジットカードを使ってもらい、クレジットカード市場そのものが拡大すれば、クレジットカードと縁遠かった若年層も、カード保有に前向きになる可能性が高い。そうなったとき、Nudgeが選択肢の一番手になっていることを目指すという作戦である。

例えば、月平均5万〜6万円をNudgeで決済するという21歳の学生O氏は、「18歳のときに申し込んでNudgeの利用を始めた。現金払いで返済できるなど現金ベースでクレジットカードの支払いを管理できるところがよかった」とNudgeを選んだ理由を語る。

同じく18歳のときからNudgeを使い始め、現在19歳の学生K氏も、「いくら使ったという通知がすぐに送られてくるところや、アプリでこれまでの利用金額や今後利用可能な金額などを管理できるのもよい。月平均で10万円くらい使うメインカードとして、今後も利用していく」と話す。

Nudgeの利用額をみると、10代の利用額が実に41.2%に達する（24年3月末時点）。加入は18歳以上に限っているため、実質的に18歳、19歳のユーザーだけで利用額全体の3分の1以上を利用している計算になる。サービス開始から3年弱が経過し、若年層、それもクレジットカードに縁遠かった層を掘り起こすというナッジの狙いは当たっているといえる。

提携クラブ数が100を超えた

さらに、普及の仕掛けの一つとして始めた「クラブ機能」も強化し続けている。

クラブ機能とは、ナッジがスポーツクラブやアスリート、アーティストのファンクラブなどとそれぞれ提携し、独自のクレジットカードを1枚からでも発行するNudge独特のサービスだ。

ユーザーは自分の好きなスポーツクラブやアーティストが発行する「クラブ」提携カードを選択。カードの利用金額が一定に達するとあらかじめ定められた特典をクラブからもらえる。ユーザーが店で買い物をしたときに店が支払う決済手数料の一部も、クラブに還元される。

これまでの現金や他の決済手段による買い物をNudgeによる決済に置き換え、利用を繰り返すだけで、ユーザーは喜び、クラブの運営にも貢献できる。提携クラブ数を増やし、そのクラブのファンの加入を促す作戦である。

サービス開始当初は、プロサッカーチーム「ブラウブリッツ秋田」（Jリーグ、当時J2）、プロバスケットボールチーム「岩手ビッグブルズ」（Bリーグ、当時B3）などスポーツクラブとの提携が多かった。

だが、最近ではナッジがターゲットとして狙う若年層の間で「推し活」が当たり前になってきたこともあり、「坂道」シリーズの女性アイドルグループ「欅坂46」（改名後は「櫻坂46」）の元メンバーで初代キャプテンでもあるタレントの菅井友香さんなど、「著名な芸能人の利用も増えてきた」（沖田氏）。提携クラブ数は現在、100を超えている（24年5月時点）。

選べて変更が容易なデザインも大きな魅力

またカード券面のデザインが選べることも、若年層のユーザーには魅力に映っているようだ。

Nudgeデザインと称されるナッジが無料で提供する券面デザインだけでも、シーズンごとに色を増やしたり、著名アニメーターの書き下ろしイラストや有名な絵画をデザイン化したり、様々な種類を選べる。これに加えてクラブを選んで加入したユーザーは、有償にはなるものの、クラブオリジナルデザインの券面も選べる。

しかも、再発行手続きを取ることで、申し込みから受け取りまで2週間程度はかかるものの、カードのデザインを容易に変更できる。

19歳の学生T氏は、「Nudgeを選んだ理由の一つは、デザインがよかったから」だと振り返る。続けて「今は最初に選んだBlackの券面を使っているが、次々に出てくるデザインの中で気に入ったものがあれば変更したい。他のクレジットカード会社では券面デザインの変更が難しいし、そもそも気に入った券面デザインがない」と話す。

もっとも、ナッジが当初掲げた「3年で加入者50万人」という目標にはまだ届いていない。だが、「当初想定した若年層を中心に、メインカードとしての活用が進んでいる」（沖田氏）。

このため、サービス開始からこれまでのこうした実績とシステム基盤の柔軟性を評価して、ナッジへ資金を投じる動きはサービス開始以来、後を絶たない。それもベンチャーキャピタルだけでなく、伊藤忠商事やベルシステム24ホールディングス、セブン銀行といった事業会社や、KDDI Open Innovation Fund、博報堂DYベンチャーズといった事業会社系ファンドが多く資金を投入している。順調な資金調達が、ナッジの取り組みが堅調に推移していることの証左でもあるわけだ。

提携して企業のカード自主発行を後押し

さらに、ナッジはここへきて、クレジットカード市場拡大のための新たな手も打った。クレジットカード基幹システムの受託開発市場で5割近いシェアを握るIT（情報技術）大手TISとの資本業務提携がそれである。

もともとナッジのシステム基盤の一部を担ってきたTISがナッジに出資する代わり、ナッジはTISをOEM（相手先ブランドによる生産）標準パートナーに採択。1枚からクレジットカードを発行できるクラブ機能などを可能にしたNudgeのシステム基盤を、TISにOEM提供する。

TISはナッジから提供された軽量な基幹システムに独自の機能拡張を加え、「ライト版クレジットカードプロセシングサービス」として、新たな市場を開拓する。想定しているのは、「イシュアー（クレジットカードの発行会社）としてクレジットカードの自主発行を新たに検討している企業や、クレジットカード会社と提携して既に提携カードを発行しているが、自主発行への切り替えを模索している企業など」（TISデジタルイノベーション事業本部ペイメントサービス事業部長の津守諭氏）だ。

カードを自主発行すればデータ収集で優位に

データの利活用が当たり前になってきた昨今、多くの企業で、ユーザーの動向をデータで把握したいというニーズは高まってきた。サードパーティー・データの規制が進み、これまでのようなデジタル広告を展開するのが難しくなりつつあることも、「ユーザー関連データを自社でファーストパーティー・データとして把握しておきたい」という企業の思いに拍車をかけている。

こうした企業のうち、消費者を直接相手にするBtoC（消費者向け）企業の中には、ユーザーの購買履歴をデータとして把握するため、クレジットカードの自主発行を検討する企業は少なくない。「メルカード」を自主発行するメルカリや、「PayPayカード」をグループ会社で発行するPayPayのように、実際に自主発行へ乗り出す企業も増えてきた。

実際、イシュアーとして発行したカードとクレジットカード会社と組んで発行した提携カードでは、収集できるデータや収益性に違いが生じる。

例えば、専用アプリでユーザーとコミュニケーションを図り、その動向を把握しようとしても、実際に把握できるのは原則、自社店舗内での動きが中心だ。

一方、ユーザーが自主発行したクレジットカードをメインカードとして使えば、当該ユーザーによる自社店舗内の購買履歴はもちろん、他の店舗での購買履歴まで把握し、ユーザーの消費動向を解明しやすくなる。

また、小売業の場合、ユーザーが他社発行のクレジットカードを店頭で利用した場合、決済手数料を（外部に）支払わなければならない。だが、クレジットカードを自主発行し、ユーザーにそのクレジットカードを利用してもらえば、システム基盤への初期投資こそ必要になるが、日々負担していた決済手数料を外部に支払わずに済む。

クレカ市場の拡大がNudgeの会員数増加につながる可能性も

これまでは、クレジットカードの基幹システムを構築するのに百億円単位の巨額な費用がかかったため、多くの企業にとって自主発行は検討外の事項だった。

しかし、今回、TISはナッジからシステム基盤のOEM提供を受けることで、既に顧客企業に展開している「クレジットカードプロセシングサービス」からさらに機能を絞り込み、軽量にした「ライト版」を展開する。企業にとって導入のハードルを下げた格好だ。

実はナッジにはこれまでも、「『システム基盤を利用したい』という話が複数持ち込まれていた」（沖田氏）。だが、スタートアップであるナッジには、システム基盤をカスタマイズして外部に提供するリソースが乏しかったため、一部を除いて要望に応えられていなかった。

クレジットカードの基幹システムの開発を得意とし、企業のポイントシステムなどとの連係にも豊富な経験を持つTISと提携することで、こうした企業のニーズを実現し、クレジットカード市場の拡大、ひいてはNudgeの利用者増へとつなげる考えだ。

三井住友カードの「stera transit」（ステラトランジット）に続き、クレディセゾンが、クレジットカードなどを使って電車やバスを乗り降りできる、公共交通機関向けのタッチ決済事業に参入するなど、加盟店側からクレジットカードのタッチ決済を普及させる動きも加速している。

拡大するクレジットカード市場の中で、思惑通りに若年層を捉え、ナッジが一定の地歩を築けるかどうか。その手腕をもう少し注視する必要がありそうだ。