花束を君に
普段からメイクしない君が
薄化粧した朝
始まりと終わりの狭間で
忘れぬ約束した
花束を君に贈ろう
愛しい人 愛しい人
どんな言葉並べても
真実にはならないから
今日は贈ろう
涙色の
花束を君に
花束を君に贈ろう
愛しい人 愛しい人
どんな言葉並べても
君を讃えるには足りないから
今日は贈ろう
涙色の
花束を君に
2016年の4月から始まった、NHK連続テレビ小説「とと姉ちゃん」。
ここ数年、朝のテレビ小説は、とても面白くて楽しくて、視聴率もグングンあがっているそうである。
そうしたなか、始まった新しいドラマは、「どんなふうになるかな」と、とても注目されているようだ。
私も、「どんなふうになるかな」「ヒロインはどんな道を選んで、どんなふうに悩んで、どんなふうに成長していくのかな」と、一緒に観て、一緒に悩んで、一緒に笑っている。
今回のドラマは、お父さんを早くに亡くした三姉妹とお母さんとが、昭和の時代をたくましく生き抜いていくストーリーである。
ヒロイン・常子の出発点、原点となるのは、早くに亡くなった、父親との「約束」である。
常子は、一生かけて、父・竹蔵との約束を守る。
そして、妹たちと母を守って、強くたくましく明るく生きるのである。
主題歌となった「花束を君に」は、この物語の、原点を歌った歌のようである。
「ようである」と書いたのは、宇多田ヒカルさんのこの歌が、いろいろな意味にとれる歌だからである。
宇多田ヒカルさんは、15歳のときに、「Automatic」で、鮮烈にデビューした。
アメリカのR&B、リズム&ブルースに、日本語の歌詞を見事に乗せた歌は、私たちにとって、とても新鮮だった。
それで夢中になったのだが、いざカラオケに行ってみると、歌えない。
日本で産まれて、アメリカで育った宇多田さんの、宇多田さんにしか歌えない、アメリカとも日本ともつかない、ミックスされた歌は、私たちにとっては、とてもむずかしかった。
今回の、「花束を君に」も、歌ってみると、本当にむずかしい。
聴いているだけならば、耳に心地よく、素直に伸びていく歌なのに、いざ歌おうと思うと、半音高かったり、八分音符ひとつ早く入っていたりして、本当にむずかしい。
宇多田さんならではの、本当に才能が生きた歌だ、と思う。
そして、宇多田さんの歌詞には、「宇多田ワールド」「宇多田主義」ともいうべき、思想・哲学があって、それは、生きる意味とか、恋心の深さとか、悲しみとか慈しみとかを表しているのである。
これまでにも、宇多田さんのアルバムを購入して、何度も聞き返したけれども、深い河のような、何か深淵に触れるような気持ちがして、気楽には聞けないかんじのときもあった。
今回の「花束を君に」の歌詞も、「君」が、男性なのか女性なのか、ドラマとリンクしていなければ、はっきりとはわからないところがある。
「薄化粧した朝」とは、結婚式なのか、お葬式なのか、それも、はっきりとわからないところもある。
また、薄化粧した「君」に、花束を贈ろうとしている「私」あるいは「僕」が、「君」とどんな関係なのかも、しっかりと明記されていないところがある。
だから、どんなふうにも、捉えることができる歌詞になっている。
「私」は、実は姉である常子で、「君」は、妹の鞠子かもしれない。
普段からあまりおしゃれはしないほうだけれども、その妹の鞠子が、いよいよお嫁さんに行く朝になって、結婚式の化粧をしているのかもしれない。
これまで見守ってきた姉としては、寂しかったり、うれしかったり、そう、うれし涙の、「涙色」かもしれないのだ。
そうして、幾重にも、想像を広げていけるのが、宇多田ワールドの、歌詞である。
それでも、ストレートに捉えれば、これは、常子が、亡くなる直前の父親と、交わした約束のことを描いているのだろう、と考えられる。
もしも、このあと、父親が「死」という終わりを迎えるのでなければ、この約束はそれほど重みを感じさせるものにはならなかったかもしれない。
「始まりと終わりの狭間」は、生きている間、出会って顔を突き合わせている間なのかもしれない。
その約束を、守ろう、としている。
あの父親が、常子に約束してほしかったのは、「三姉妹、女の子どうし、仲良く、たくましく、明るく生きていってほしい」
「そして、みんな幸せになってほしい」
「約束だよ」
という意味ではなかっただろうか。
最初の一週間で、父は消えてしまう。
残された、母と三姉妹、眠る前には、お布団を敷いて、皆で語り合うシーンが印象的である。
仲良く、明るく、そして、嘆くだけでなく幸せに、幸せに、どこまでも幸せになってほしい、幸せになることが、それが約束なんだ、と私は思うのである。
これから半年間、常子、鞠子、美子、三人姉妹の物語が続く。
ここに、母と祖母も集まって、女性たちが一生懸命生きていく物語が続く。
その物語の、15分の最初には、「お父さん」との約束の歌が、流れるのである。
リズムも、メロディも、とてもむずかしい歌である。
この歌を、心地よく歌えるまで、半年もかかるかもしれない。
でもそうやって、一生懸命、「お父さん」との約束を、果たしていきたい、と思う。
そういう、歌なんじゃないだろうか。
さあ、花束を、君に。