短編小説・初戀
そのころ、月の夢をよくみたと思う。
夜空に浮かぶ、大きな丸い満月で、 夢の中でわたしは、その月を追いかけていた。 アパートの角を曲がって、 一軒一軒ドアベルを鳴らして、 尋ねて探していくけれど、 どうしてもその人に追いつけない。 そんな夢ばかり見ていた。
初夏の晴れて乾いた日に、
朝刊を読んでいたときだった、庭先で。 彼は音もなくわたしの心の風景に立っていた。 とにかくまず、嫌いになった。 とにかく彼は、強かった。 仕事も、勢いも、誰からも好かれて、 身のこなしも、言動も、圧倒的だった。 圧迫された。 明日も彼にまた会わなければならないのだろうか。
突然の嵐は、熱風とからから高笑いする彼の勇ましい声だった。
アンダンテ、というより、アレグロ。 早くて快活で、いつも走っていて。 どうしていつもそんなに、笑って走っていられるのだろう。 子どものころ、同級生の男子生徒たちに、 「ちび」「のろ」と呼ばれたのを思い出す。 彼はまさにおそらくきっと、小学生のときには、 真面目で勉強熱心な女子生徒を、 そう呼んでからかっていたにちがいない。 バスケットボールを追いかけ、奪い取り、 ダンクシュートを決めていたようなやつだ。 わたしは体育館の隅で、バスケの男子生徒を、 詩に書いていたっけ。 全員の前で突然、わたしを彼女呼ばわりした。 雷が落ちてきたようだった。 それ以来、彼女になってしまった。 彼のそのやり方が大嫌いだった。 あれから毎日、夢をみる。 大きく輝く太陽が、笑いながらわたしを追いかけてくる。 |